Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

V系

HAZUKI - EGØIST

Artist HAZUKI
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Album 『EGØIST』
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Tracklist
01. EGOIZM
02. XANADU
03. C.O.M.A.
04. 七夕乃雷 -Shichiseki no rai-
05. AM I A LOSER?
06. CALIGULA
07. LIGHT
08. THE MIDNIGHT BLISS
09. HEROIN(E)
10. ROMANCE
11. +ULTRA
12. BABY,I HATE U.
13. CYGNUS

以前の記事に「今年のヴィジュアル系はDIR EN GREYと摩天楼オペラとImperial Circus Dead Decadenceの新譜3枚だけ聴いときゃ間に合う」的な事を書いた気がするけど、それでは現在のヴィジュアル系ボーカリストのソロ事情ってどないやねんと。

いわゆる「V系バンドのボーカリストのソロ・プロジェクト」というと、一先ずX JAPANの出山ホームオブハート利三改め龍玄としはさて置き、代表される所ではルナシーの河村隆一やラルクのHYDEが有名だが(ラルクはV系じゃないだろ!w)、個人的にV系バンドのボーカリストのソロといえば、Janne Da Arcのボーカルyasuのソロ・プロジェクトであるAcid Black Cherryに他ならなくて、自分の中では過去に何度もライブに足を運ぶほどの存在だった。しかし、バンドマンのソロ活動において最大の懸念とも言える「本家のバンド(JDA)よりもソロ(ABC)の方が人気が出ちゃったパティーン」←これに該当したのがJanne Da Arcyasuの関係性だったのも事実。ご存知、その結末としては(表向きでは)某メンバーのやらかしによって、長らく活動休止中だった本家ジャンヌは解散を余儀なくされ、静養中だったyasu自身も活動休止という名の実質引退宣言を発表するに至った。ともあれ、自分の知る限りではV系バンドマンのボーカリストはソロでも成功している例が比較的多いイメージがある。

そんな、大阪の枚方市からヴィジュアル系バンドならではのナルシシズムやエロさを追求したのがJanne Da Arcのyasuだとするなら、yasuとは別次元の“エロさ”を名古屋県は名古屋市から発信しているのがlynch.のボーカルである葉月だ。そんな、名古屋県を代表するネオ・ヴィジュアル系バンドのフロンロマンであるHAZUKIの記念すべきソロデビュー作となる『EGØIST』は、(Acid Black Cherryよりも全然見識の広い)現代的なヘヴィミュージックに精通しているバンドのフロンロマンだからこそ成せるソロ・プロジェクト、そのヴィジュ仕草をまざまざと見せつけるような内容となっている。

本家lynch.のエクストリーミーな音楽性とシンクロするように、V系ならではの艶やかな歌声の葉月とスクリーマーとしての葉月が共存する、それこそDIR EN GREYのボーカリスト京に肉薄するほどストイックなボイスチェンジャーでも知られる彼は、このソロアルバムにおいてもJ-POPさながらの楽曲と、その対極にあるエクストリームな楽曲をスムースに歌い分ける、持ち前のフレキシブルな才能が遺憾なく発揮されている。

本作の幕開けを飾るバキバキの打ち込みSEに次ぐシングルで、世界的な歌姫オリビア・ニュートン=ジョンの同曲名を冠する#2“XANADU”からして、「声が出せないのであれば」とばかりにオーディエンスの気分をageるクラップユアハンズを要求しながら、相対性理論さながらの00年代のオルタナ風のバッキングを背に、ヴィジュアル系のルーツの一つである昭和歌謡さながらのクサいメロディを発する葉月の歌声が俄然“ポップ”で“キャッチー”に織りなす、まさにHAZUKIのソロデビューその幕開けを飾るに相応しい一曲となっている。

一転して、lynch.らしいメタルコア然としたモダンなスタイルとスクリーマーとしての葉月を垣間見せる#3“C.O.M.A.”、本作で最も“ポップ”と呼んでいいメルヘンチックなキラキラシンセをフィーチャーした、魔訶不思議アドベンチャー!ばりにエキゾチックな世界観に観客を誘う#4“七夕乃雷 -Shichiseki no rai-”、古き良きV系らしいパンキーでファンキーなアプローチを効かせた#5“AM I A LOSER?”、冒頭からジャジーでアダルティなオトナの雰囲気を醸し出す...それこそAcid Black Cherryの“黒猫 ~Adult Black Cat~”とシンクロするバーレスク東京さながらのシャッフルソングの#6“CALIGULA”、その流れでyasuも葉月もリスペクトするラルクのHYDEが作曲/プロデュースした中島美嘉の“GLAMOROUS SKY”とシンクロする#7“LIGHT”、そしてアルバム中盤のハイライトを飾る#8“THE MIDNIGHT BLISS”の何が凄いって、ギターの弦の重心をゴリッと落としたヘヴィネスとサビの悪魔と成り 永遠をこの夜に~とかいうヴィジュアル系然とし過ぎている厨ニ歌詞を情感を垂れ流しながら肉欲的に歌い上げる葉月のエロい歌声が好き過ぎるヘヴィバラードで、シンプルに葉月にしかできないバラードって感じで「んほ~たまんね~」ってなる。

確かに、邪道っちゃ邪道かもしれんけど、この手のヘヴィなバラードに弱い性癖というか嗜好回路を持つギャ男...とまではいかないピチピチのジャンナーだからしょうがないけど、とにかく秋口にさしかかる今まさに聴いてほしい、秋の夜空に映える一曲だと思う。また、それらの個人的な嗜好のみならず、ジョーダン・フィッシュさながらのモダンなシンセやインダストリアルなアレンジには、葉月なりのBMTH愛が仕込まれている気がするし、この曲の一定のテンポを維持する重厚感溢れるドラミングは摩天楼オペラのドラマーである響が担当しているとか・・・これ以上は書ききれないほど「俺の好き」が詰め込まれ過ぎている(そら“永遠”リピートするわ)。

再びギアチェンしてlynch.風のモダンヘヴィネスをベースに、間奏パートではDjentの影響下にあるテクニカルでマッシーな動きを見せる#9“HEROIN(E)”、そのタイトルはもとより、サックスをフィーチャーしたスカパンク的なチャラいノリまでJanne Da Arcの“ROMANCE”をフラッシュバックさせる#10“ROMANCE”、ポスト・マローン並のAEPXフリーク(最高ダイヤ帯)であるゲーマー葉月らしいタイトル(オクタンのタトゥー)が名付けられたラウドロックの#11“+ULTRA”、V系現場のライブハウスでしか見られない光景が頭に浮かび上がる#12“BABY,I HATE U.”、そしてアルバムのラストを飾る#13“CYGNUS”は、未来への希望と光に満ち溢れたノスタルジックなキーボードの旋律が、それこそ本家lynch.を襲った武道館公演の延期およびバンドの活動休止を含めて、この数年の間に身をもって苦渋を飲む経験を重ねてきた葉月の胸中を物語っているようでもあり、しかし一方で、その苦しい状況下でlynch.を支え続けたバンギャの想いが巨大なシンガロングとなって、この11月に遂に実現(約束)を果たす武道館の天井に響き渡るような、とにかく不慮の出来事によりバンドが活動停止に追い込まれた葉月の信念が凝縮されているようで、あまりに説得力に溢れ過ぎていて泣く。それはまるで(言)葉が奏でる響きと(夜)月が照らし出す朧気な光が、この世界の闇を覆い尽くすように...。

この『EGØIST』は「ヴィジュアル系バンドのボーカル葉月のソロ・プロジェクト」←ただそれだけのようでいて、実は葉月がライブハウスにおけるステージ側の視点からオーディエンスを「視ている」、一方でlynch.のファンは武道館のアリーナ/スタンド席側から未来の葉月とlynch.の姿を「視ている」、要するに「過去」と「未来」が交錯する2つの視点、すなわち“視覚”から“聴覚”が呼び起こされた結果の作品であると。ともあれ、同様にポップな視点とヘヴィな視点が理路整然と入り乱れた、一見矛盾するかのようなラウドロックを繰り広げる本作は、lynch.のファンのみならず、Acid Black Cherryや龍玄ナンチャラに代表されるヴィジュアル系ボーカリストが好きなら必須アイテムです。

摩天楼オペラ - 真実を知っていく物語

Artist 摩天楼オペラ
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Album 『真実を知っていく物語』
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Tracklist
01. 真っ白な闇がすべてを塗り替えても
02. 零れ落ちていく未来
03. 赤い糸は隠したまま
04. 桜
05. 残された世界
06. 黒い海
07. 終わらぬ涙の海で
08. 悲しみは僕への罰
09. 流星の雨
10. 儚く消える愛の讃歌
11. 真実を知っていく物語

当方、ティーンエイジャーの頃からのX JAPANを経由した(“ナイフ”を延々リピートしてた)ゴリゴリのジャンナー(Janne Da Arcフアンの呼称)なので、例に漏れず00年代以降のいわゆるネオ・ヴィジュアル系バンドのシーンには疎いわけです。

疎いながらも認識している事だけを話すと、まずX JAPANを火付け役とする90年代のヴィジュアル系ブーム以降に発展を遂げた、ネオ・ヴィジュアル系の先駆け的な存在であるJanne Da Arcや同期のDIR EN GREYに代表される「99年組」よりも後、それこそ00年代以降にデビューしたヴィジュアル系の音楽性は多様性を極めている。一例として挙げると、デスコアやメタルコアの影響下にあるDEXCORENOCTURNAL BLOODLUSTなどのV系バンドは、90年代ヴィジュアル系の後継というよりも、現代メタルシーンのサブジャンルから派生したエクストリーミーなスタイルを特徴としている印象。もとより、X JAPANが活躍した90年代ヴィジュアル系からV系とヘヴィメタルは切っても切れない関係性にあり、とにかくヴィジュアル系というジャンルの音楽的な変遷はなかなかに興味深いものがある。


00年代のネオ・ヴィジュアル系を代表するVersaillesのKamijo主宰のレーベル出身の摩天楼オペラも同上である。そんな自分と摩天楼オペラの出会いというか馴れ初めを述べると、それこそex-A Ghost of Flareのドラムスである響がジャンヌやX JAPANをはじめ、スリッペやHalloweenなどのゴリゴリのメタルソングをドラムカバーしている動画をYouTubeで(約一年前くらいに)観たのがキッカケというわけでもないけど、それよか今年はDIR EN GREYやフォロワーのICDDことImperial Circus Dead Decadenceの新譜が立て続けにリリースされるなど、言わばヴィジュアル系のプチリバイバル的なリリースラッシュが起こっているのも事実。で、それらとほぼ同タイミングで摩天楼オペラが発表した9thアルバム『真実を知っていく物語』が、あまりに伝統的なヴィジュアル系のド真ん中をブチ抜いている件について。

まず『真実を知っていく物語』という昨今の混迷を極めし現代社会をメタする、いわゆるポスト・トゥルース時代のピークを超えたディストピアを暗喩したタイトルからして、一方的な引力を感じ取ったのも事実。そんな摩天楼オペラは、先述したネオ・ヴィジュアル系の中でも古き良き90年代ヴィジュアル系の伝統的なスタイルを踏襲したバンドで、そのバンド名に違わぬ、それこそVersaillesの系譜にあるオペラティックなシンフォニックメタルをベースとしており、ある意味では『真実』の対義語と呼べる「真っな闇」という、いかにもポスト・トゥルース的なメタワードを冠する冒頭の#1“真っ白な闇がすべてを塗り替えても”からして、X JAPANの代表曲である“Silent Jealousy”や“DAHLIA”の系譜にあるスラッシーなキザミとツーバスドコドコ、ギターとキーボードのスリリングなソロバトル、そして出山ホームオブハート利三を彷彿とさせるボーカル苑のヴィジュアル系ならではのナルシシズム全開のビブラートを効かせたハイトーンボイスが織りなす、条件反射でバンギャのヘドバンを誘発するBPMを刻む疾走感溢れるメロスピチューンで、往年のヴィジュアル系を聴いて育った世代としては無条件でナヨること請け合い。


この摩天楼オペラと他のネオ・ヴィジュアル系バンドの明確な違いを挙げるとするなら、それはバンドメンバーにキーボーディスト(彩雨)がいる比較的珍しい編成である点に他ならない。特に、#3“赤い糸は隠したまま”の冒頭のシンセの音色からして、同じくキーボーディストのkiyoちゃん擁するJanne Da Arcの初期の名作である『D・N・A』時代、中でもデビューシングルの“RED ZONE”や“Stranger”を連想させるエキセントリックなシンセの旋律を皮切りに、正直ここまでJanne Da Arcの影響を感じさせるV系は他にないってほどに(ドラムの響のみならず、ボーカルの苑もジャンヌの曲をカバーしている)、とにかく全編に渡って主張するkiyoちゃんさながらのキラキラシンセは、文字通りバンドの光を握っている。そもそも、ジャンヌはメンバー自身で「V系らしくないV系」と自称するほど、どちらかと言えば同時期に活躍したSIAM SHADE寄りの立ち位置だったJanne Da ArcというV系シーンにおける“曖昧”な存在を、(もちろん、同じキーボード編成という意味でも)ネオ・ヴィジュアル系を代表して2022年のV系シーンに連れ戻してくれた摩天楼オペラには只々感謝しかないし、ジャンナーとして素直に嬉しい。

Janne Da Arcのメジャーデビュー作『D・N・A』の“桜”も名曲だが、この摩天楼オペラが描き出す同名の“桜”もkiyoちゃんさながらの瑞々しいポップなキラキラシンセをフィーチャーした曲となっている。また、X JAPANにおける“Say Anything”や“Tears”、Janne Da Arcにおける“DOLLS”や“Rainy~愛の調べ~”に代表される、要するに「ヴィジュアル系≒バラード」みたいな格言を裏付けるように、V系における数々の名曲バラードに肉薄するコテコテのV系バラードの#5“残された世界”、シンフォニックメタル然としたSEを引っ提げたギターインストの#6“黒い海”という名の序章に次ぐ組曲の#7“終わらぬ涙の海で”は、まるで「摩天楼オペラなりのEagle Fly Free」と言わんばかりのメロスパー歓喜のキラーチューンで、冒頭から響のシンフォニック・ブラックメタル然としたブラストビートを擁して壮大なスケールで描き出す#8“悲しみは僕への罰”、マスロック的なギターインストをフィーチャーしたV系らしからぬほどポップでキャッチーな#9“流星の雨”、フォーキッシュなニューエイジズム溢れるアレンジを効かせた#10“儚く消える愛の讃歌”、そしてこの物語の大団円を迎えるに相応しい表題曲の#11“真実を知っていく物語”まで、とにかくメロスパーの血湧き肉躍るメロスピとV系ならではのバラートという、変化球なしの潔さにも好感しかない。

ともあれ、V系好きを自称すなら、今年はICDD『殯――死へ耽る想いは戮辱すら喰らい、彼方の生を愛する為に命を讃える――。』DIR EN GREY『PHALARIS』、そして摩天楼オペラ『真実を知っていく物語』の実質三部作だけで全然間に合います。

sukekiyo 『INFINITUM』

Artist sukekiyo
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Album 『INFINITUM』
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Tracklist
01. 偶像モラトリアム
02. 猥雑
03. 沙羅螺
04. kisses
05. dorothy
06. アナタヨリウエ
07. 君は剥き出し
08. 本能お断り
09. こうも違うモノなのか、要するに
10. 濡羽色
11. ただ、まだ、私。
12. 憂染
13. 漂白フレーバー

tamapiyoもといsukekiyoといえば、DIR EN GREYのボーカリスト=のサイドプロジェクトであり、個人的に2014年に発表されたデビュー作の『IMMORTALIS』と2015年作の『VITIUM』を聴いて以降の作品は、何かライブ会場限定?の映像音源集というこのネット時代に時代錯誤な流通方式で販売されたらしく、意地になって聴かなかったというか必然的に聴けなかったわけなんだけど、しかし一方でSpotifyでは配信されている(らしい)という現代的な側面もあったりと(と思ったらフルちゃうんかいw)、世はまさに映画/ドラマならびに音楽までもが“大ストリーミング時代”、それに伴うCDという時代遅れの化石円盤は、地球環境に悪影響を与えるプラスチックゴミを増やすだけという“イマドキ”の環境意識高い系の思想の持ち主なのかは知らんけど(海外の紙ジャケってそういう配慮もあるの?)、ともあれ“いつでもSpotifyで聴ける状態だと結局いつまで経っても聴かない説”という“Spotifyあるある”の話。しかしこの度、2017年作の3rdアルバム『ADORATIO』から約2年ぶりとなる4thアルバム『INFINITUM』をリリースするタイミングで、これまで会場限定だったEPの『ANIMA』と前作の『ADORATIO』が一般流通盤として3枚同時リリースされた。勿論、個人的に意地になってSpotifyでも聴いてこなかった過去作(結局フルで配信してなかったよくあるオチ)、そして待望の最新作である『INFINITUM』“今のsukekiyo”がどうなっているのか?そういった個人的な事情からも、とても楽しみにしていた。

まずsukekiyoの音楽性をおさらいすると、Kscope主導のPost-ProgressiveをはじめいわゆるPost-系にも精通するATMS系およびアートロック志向の強い洋風な音作りに、日本のヴィジュアル系ならではの、それこそ日本を代表する久石譲ばりの“和”の叙情性を抱き合わせた歌モノのV系オルタナで、それこそ衝撃的なデビューを飾った『IMMORTALIS』はその特異なサウンド・スタイルと、怖いもの見たさの和製ホラー映画に精通する怪奇な世界観を極めし名盤だった。

今作の幕開けを飾る#1“偶像モラトリアム”から、繰り返し鳴り響く奇々怪界の怪奇音を奏でるオルタナギター、ギターベース、打ち込み、そして江戸川乱歩の怪作『孤島の鬼』並みに“アンタッチャブル”な物語の始まりを宣言するかのような、“声”を一つの“楽器”として捉えたのボイスが一つ一つ折り重なって、sukekiyoにしか描けないsukekiyoならではの極上のミニマリズムをもって、まるで気分は『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』ばりの洋風モダンホラーの世界を繰り広げる。これはずっと前から、それこそデビュー当時から思ってた事なのだけど、sukekiyoの音楽性および音楽的な変化および変遷は、Riversideのフロントマン=マリウス・デューダくんのソロプロジェクト=Lunatic Soulに近いものがあって、この洗練されたミニマルな曲構成にしてみても後期Lunatic SoulすなわちKscope系=Post-Progressiveの王道中の王道を目抜くソレで、(元々そのキライはあったけど)ここにきてインダストリアル/エクスペリメンタルなスタイルが本格化している。

これまでのsukekiyoにはなかった、本家DIR EN GREY『ARCHE』を更に重くしちゃいましたみたいな、それこそオルタナティブ・スラッジみたいな鬼ヘヴィネスをフィーチャーしたヘヴィロックの最高峰となる#2“猥雑”、パーカッションを駆使したオリエンタルな世界観をバックにタイトルの“沙羅螺”を花魁の踊り子が如し口ずさむという構図の#3における、転調から突如メタル化してバチグソにエロいGソロからGojira“Magma”っぽいフレーズに繋がるプログレスな展開は、sukekiyoなりのOpethへの回答なのか、はたまた本家DIR EN GREYへの回答なのか。

sukekiyoって元々、それこそデビュー作から往年の昭和歌謡を現代に蘇らせたような、(そもそもV系自体が古き良き昭和歌謡リバイバルであるという話はさて置き)それこそ2ndアルバムの『VITIUM』では、まるで『はぐれ刑事純情派』堀内孝雄が歌う主題歌あるいは美空ひばりが作詞した松浦亜弥“草原の人”ばりの昭和歌謡リスペクトな、言うなれば『はぐれ刑事変態派』をやってのけた。ギタリスト兼ピアニストのによるクラシカルでありながらジャズみのあるピアノが奏でる艶美な旋律との昭和歌謡リスペクトな歌メロで構成されたシングルの#4“kisses”は、まさにsukekiyoのアイデンティティが凝縮された『IMMORTALIS』の名曲“zephyr”と双璧をなす一曲と言える。

その昭和歌謡ルーツの流れを引き継いで、イントロからゲーム音楽風のシンセをフィーチャーした#5“dorothy”は、それこそTWO-MIXあるいはシティーハンターの“Get Wild”もしくはジャングルの王者ターちゃんのEDじゃないけど、とにかくaccess=浅倉大介界隈の90年代のアニソンを彷彿させる懐かしくもクサい雰囲気のある、あるいは当時アイドル視されていた中森明菜荻野目洋子、そしてテレサ・テンをはじめとする昭和の歌姫が昔の歌番組で歌っていそうなシンセ・ポップで、そのバンド・サウンドと電子音のsukekiyoらしい“オルタナティブ”なまぐわいは、初期のチャーチズばりにダーティなビートを刻むエレクトロ・ポップ風の#6“アナタヨリウエ”で真骨頂を迎える。このJ-POPにも精通するダサさは、ついさっきまで洋風モダンホラーやってたバンドとは思えないほどギャップが凄くて、この和から洋、洋から和へと自由に行き来する音楽性のフレキシブルさ=振り幅もsukekiyoならでは、魅力の一つだ。(もはやローレン・メイベリー大好き芸人からすればチャーチズっぽいシンセ要素があれば何でもいいという風潮)

Post-系はPost-系でも今度はバンド・サウンド中心のPost-Pならではのインテリジェンスとフェミニンな叙情性を発揮する#7“君は剥き出し”から、“インコにコンドーム事件”リスペクトなコンドームの暗喩が込められた歌詞がエッチな#9“こうも違うモノなのか、要するに”まで聴き終えると、僕は今作のテーマがBUCK-TICKリスペクトの“胎内回帰”である事を思い出す。そこで気づいたのが、今作って実は妊婦を模ったアートワークでお馴染みの本家DIR EN GREY『ARCHE』と対になる“裏アルケー”なんじゃねぇか説で、帯に書かれた胎内回帰への憧憬と無限の恋情を求める旋律は、終盤以降の曲に“希望”となって現れる。その中でも、ここまで溜まりに溜まりまくった情欲的な感情が激情的に溢れ出すピアノの旋律をフィーチャーした、歌舞伎で言うところの女形の役になりきる紅一点のがドストレートに“禁断の愛”を叫ぶ#11“ただ、まだ、私。”は今作のハイライトで、もしアートワークの六芒星が“子宮”の暗喩だと解釈するなら、真ん中の白い線がマンピーへと誘う“別次元”の入り口(ド下ネタ)、その線の下で光り輝くのがクリちゃんの暗喩であり(童貞並感)、もう我慢できないくらいヌレヌレでピューピューピヨピヨに鳴いちゃう#12“憂染”で遂に絶頂=オルガスムに達し、その毒毒しい“欲望”が“未来”への“希望”となって“胎内回帰”=“子宮還り”に成功した僕、するとオカンが嬉しそうにこう叫んだ。


「アンター!ひよこクラブ買ってきたわよーーーーー!!」

(お腹の子が“悪魔の子”であることも知らずに)


今作の裏テーマである“子宮還り”、あるいは“何度でも新しく生まれる”的なある種の“無限地獄”で思い出したのが、Kscope=Post-Pの創始者で知られるスティーヴン・ウィルソン『To the Bone』に他ならなかった。この『INFINITUM』は、ある意味ではSW『To the Bone』と真逆で、ある意味では同じ。生命の誕生、すなわち音楽の誕生、そして子宮を暗喩する“逆さの六芒星”、これが意味するのは“逆再生”の暗喩であり、“始まり”“終わり”の曲タイトルが漢字+カタカナという椎名林檎リスペクトな点も実に示唆的で、その漢字+カタカナシリーズで今作と強く共振しているのが、実は相対性理論『天声ジングル』というよくあるオチ

このアルバムで1番の“マンピーポイント”と呼べるのがその“終わりの曲で、アルバム中盤辺りからこれもうTrap鳴らしにきても全然おかしくない流れだと感じながらも終盤に差し掛かり半ば諦めかけたその時、その“終わりの曲となる#13“漂白フレーバー”のブレイクビーツ的なEDMというか、それこそ2019年を象徴する一枚となったBMTH『アモ』から“Fresh Bruises”を彷彿とさせるamoい打ち込みブッコミに笑った。というか、最後の最後でここ最近の世界的かつ俺的トレンドである“EDM”の伏線回収という想定外の展開。しかし、その予測不可能な“想定外”の存在がsukekiyo、その存在証明でもある。そもそも、“終わりの曲以前に#10“濡羽色”でもPost-Trapっぽい音鳴らしてて、もっと言えば前作の“純朴、無垢であろうが”の時点でTrap的な要素を取り入れた、先見の明のある変態的かつ前衛的な才能の持ち主でもあって、もはや本家よりも前衛的過ぎて薫くん「ちょっとTrapはやめてくださいよ。営業妨害でしょ・・・」って怒られちゃいそうw

もはや自分の知ってるsukekiyoじゃなくなってたってのが本音で、sukekiyoメンバー、特に楽器隊のポテンシャルはデビュー作と比べたら別人説が囁かれそうなくらいの変貌ぶりで、確かに全てが未知数だった1stアルバムとはベクトルはまるで違うけど、とにかく前作までのニッチな界隈向けのB級感あふれるオルタナ風の歌モノV系のイメージ、あくまでもオルタナの範囲内でバンド・サウンド重視だったその1stアルバムとは真逆、同時にのボイスもこれまで以上に楽器の一部としての役割が著しく強調され、つまり“京のサイドプロジェクト”の枠組みを超えた、れっきとした一つの“バンド”として本格化=“sukekiyoとしてのアイデンティティの確立と自覚”に繋がった結果、これもう本家超えちゃってるんじゃねぇかくらい全方位、全音楽ジャンルに向けて尖りまくっている。

しかし“sukekiyoらしさ”も健在で、バンドとして進化するところは着実に深化する一方で、『IMMORTALIS』時代の妖艶さだったり、持ち前の底抜けにポップでキャッチーなメロディはより優雅に、より大きな広がりを与えるチュー・マッドセンによるプロダクションも含めて音のスケール感が過去作と比べて段違い。つまり、ヴィジュアル系としてのアンダーグラウンドなマニア性=エクスペリメンタルな実験性とBMTH『アモ』=K-POPおよびJ-POPにも精通するポップでキャッチーな大衆性の両立、その絶妙なバランス感覚こそsukekiyoの真髄、sukekiyoの特色であると、今回それが極まりまくっててもう言葉にならない。

なんだろう、BMTH『アモ』Welcome To My ”俺の感性”における“ポップス”の再構築、Baroness『Gold & Grey』“俺感”におけるメタル/オルタナ/プログレそしてガルバンの再構築だと強引に解釈するなら、このsukekiyo『INFINITUM』“俺感”におけるV系/Post-系/アニソン系/EDM系の再構築なんじゃあねぇかって。この10年代の終わりを告げる2019年を象徴する3枚のアルバムは、この10年間“俺感”が書き記してきた事の全てが詰まっているといっても過言じゃあない、見事な“俺感”の総括でありマンピー。そんな事より八田エミリかわいい騙されたい(いきなり何の話)。

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【7/14】 Dreamcatcher ”Welcome to the Dream World” World Tour ”東京”@マイナビBLITZ赤坂

ぼく「ムニャムニャ...ジユタソ...( ˘ω˘)スヤァ...」

???「ほ~可愛い寝顔だねぇ」

ぼく「( ˘ω˘)スヤァ...?!」

???「ジユだと思ったのかい?」

???「残念だったねぇ...」

「あたしゃキンバリー・ゴスだよッ!!」
キンバリーゴス

ぼく「うわぁ!『悪夢』だぁ!!」
キイチキュン

全てはBTSの全米ビルボード1位の獲得をキッカケに始まり、次にWEBで「韓国のメタル事情」の記事を読んで、次に北欧メタル界のアイドルことキンバリー・ゴスが出てくる『悪夢』を見て、そしてキンバリー・ゴスの7人の娘たちであるDreamcatcherのライブを観るまで、その存在を知ってから一ヶ月も満たない期間内での展開(BPM)の速さはメロディック・スピード・メタル。

もはや「ドリキャのシヨンにムチでシバかれながらユヒョンにローキックされて二度と立ち直れなくなった状態でスアのムチムチな太ももに挟まれて窒息しかけた所にガヒョンにボディプレスされて瀕死の状態のままジユに膝枕されながらイイ夢見たい」ってくらい、ここ最近は「いま最も膝枕されたい男」としてジユもといドリキャのことしか頭になくて、そんなドリキャが奇しくも7月14日にワールドツアーの一環である東京公演が行われることを知った僕は、スグ様チケットを手に入れた。実はこの公演、本来なら5月に行われる予定だった公演がメンバーのビザの関係で来日できなかったため、今回はその振替公演としての役割も果たしているらしく、この時点でちょっと「引力あんな」って思ったりした。しかし、西日本の記録的な豪雨から、今度は記録的な猛暑が日本に襲いかかる始末で、とにかくここ最近の日本国内で起こっていることはまさに『悪夢』としか言いようがなくて、「あ、これヘタしたらまた来日中止あんな」って思ったくらいで、そんなメンタル的にもフィジカル的にも心身ともに万全じゃない状況の中、無事にビザ関係もクリアして来日してくれたドリキャって、なんだろう、こいつら「きっとイイ奴」なんだろうなって。

その前に、ふと気づいたことがあって、それはドリキャはまだ「日本デビュー」していないという事で、それを知った時は「ん?それじゃあこのライブって何のアレなん?プロモーション?」ってなって、しかしプロモーションがてら赤坂ブリッツでライブやろうなんて何事かと。個人的に初赤ブリだったけど、現地に着いた瞬間「ほぼTBSやんこの会場」ってなった。本公演は1階フロアは椅子あり、その後方に立ち見があって、そして2階席というフロア構成だったりで、実際にどれくらい埋まるかなんて予想不能だったけど、一部二部ともに一階の椅子席はほぼ全て埋まっている状況で、でも自分が選んだ後方立ち見は立ち見を選んだ人が前の柵に全員寄りかかれるくらいの人数しかいなくてワロタ。結果的に、この後方立ち見がベストポジションじゃねえかってくらいステージ全体が見渡せるベスポジでちょっとラッキーってなった。

しかし、僕自身K-POPのライブなんて人生初だから、一体どんな構成でどれくらい曲数やってどれくらいの時間やるのかも全くわからない未知の世界だった。現状、二枚のミニアルバムとシングルを二枚出していて、オリジナル音源の全13曲をやったとしても尺不足は否めないわけで。もう一つ想像つかなかったことと言えば客層で、男は大学生くらいからオジサマまで、女は大学生くらいから20代メインの客層で、割合としては男6女4くらいだけど、2階席を含めると恐らく五分五分の男女比かも。てっきりK-POPのファン層って女性が9割だと思い込んでたから、ちょっと驚いたというか、ちょっと安心した。

1部は2時に開演。恐らくライブオリジナルSEの”ヘビーメタル”な激しいサウンドと共に、中央のスクリーンには”悪夢コンセプト”を掲げるドリキャらしいホラー/サスペンスな映像が映し出される。それが鳴り止むと同時にメンバーが登場。するとフロア1階のファンは一斉に立ち上がり、ある男は「ユ゛ヒ゛ョ゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!!」と、ある男は「ハン゛ドン゛アアアアアアアアアアアアアアア!!」などなど、ある種の奇声にも近いメンバーの名前を叫ぶ声が飛び交い、僕は一瞬にしてその会場の熱狂的かつ一種異様な空気に飲み込まれた。まるで気分は「新大久保民VS.俺」だ。

その流れで、5月に本国でリリースされたミニアルバム『悪夢・Escape the ERA』からリード曲となる”YOU AND I”を披露。この曲は、静かに始まるイントロからサビにかけて徐々に盛り上げていく曲で、ドリキャがウリの一つとするキレッキレのダンスが堪能できる曲でもある。またイントロから推しメンのジユの見せ場がある曲だ。スクリーンに映し出されるステージで踊る本物のジユ、バックのスクリーンに映し出されるジユは、涙が出そうになるくらい可愛過ぎ膝枕してってなった。途中のスアガヒョンの股抜きパフォーマンスから、ラップメンことダミのステッキパフォーマンスが成功すると、会場から一際歓声が上がる。

曲が終わるとMCタイム。まずはメンバー一人ずつ覚えたての日本語を交えて自己紹介。「ドリムキャチャのメインボーカルのシヨンです」や「ドリムキャチャのリーダーのジユです」や「ドリムキャチャの末っ子のガヒョンです」や「ドリムキャチャのラップ担当のダミです」など。MCでもK-POPならでは?の驚きがあって、それはメンバーが韓国語で何かを話すと、次の瞬間にどこからか日本語で吹き替えした声が聞こえてきて「!?」ってなった。どうやら裏で通訳さんがメンバーの話を吹き替えてるらしい。それが何か二ヶ国語みたいな感じで斬新過ぎたし、それがまた謎の面白さになってて、しかも通訳さんの喋り方もできるだけ若い子風に寄せたような感じで、なんか通訳の仕事って大変だなって思ったし、その通訳さんの吹き替え技術だけで8Kの元取れるレベル。しかしドリキャのMCってメチャクチャ賑やかというか、さっきまでクールに踊ってたのに、MCに入ると本当に年相応のイマドキ女子って感じにノキャッキャしてて、しかも推しメンでリーダーのジユが思った以上に落ち着きのない子で、途中でステージ袖に捌けてまた直ぐに戻ってきたり、とにかくMCがめっちゃ自由(ジユだけにw)。

そのMCのワチャワチャが落ち着いたところで、デビュー曲の”Chase Me”のカップリングとなる”Emotion”を披露。この曲は、マイクを持ったメンバーがステージ一列に横並びになって歌い上げるアコースティックなシットリ系のバラードで、さっきのダンスパフォーマンスから一転して今度は歌声を聴かせる。これ初めてSpotifyで聴いた時も思ったけど、どう考えてもサビで「間に合った」って日本語にしか聴こえない空耳ポイント。続けて3曲目が始まると、「これSpotifyにもない曲だな・・・ん?なんだこのベビメタオマージュ曲!?」ってなった。これは後に分かったのだけど、この曲はSeo Taiji and Boysとかいう、90年代に一世を風靡した今のK-POPの源流となる韓国音楽界のレジェンド的な存在のカバー曲らしく、それを大胆にベビメタっぽくkawaii_メタルアレンジに仕上げている。

ここで再びワチャワチャした賑やかなMCを挟んで、ドリキャの代表曲である”Fly high”を披露。これは問答無用にアガる。ここでメンバーが袖に捌けると、今度はスクリーンにジユハンドンの紹介映像みたいなサスペンス風の演出から、その二人によるTrouble Makerとかいう韓国ユニットのカバー曲を披露し、ジユハンドンの息の合ったセクシーなダンスで観客を魅了していく。すると今度はユヒョンガヒョンの紹介映像がスクリーンに映し出されると、今度はその二人のコンビが椅子に腰を掛けて美しい歌声を聴かせる。この辺で、どうやら各ユニットに別れたカバータイムだと察した。次はダミスアのコンビが登場してアダルトなカバー曲を披露したのだけど、スアのセクシャルなダンスとラップメンのダミが普通に歌ってて面白かった。そして最後に奇数余りのシヨンがピンで登場すると、アラン・ウォーカー”Faded”をスタンドマイクを握りしめて熱唱するシヨンの歌唱力にド肝抜かれたというか、ダテにドリキャのメインボーカル名乗ってないなって。

ここで再びメンバーが袖に捌けて、再度秀逸なシンフォニックメタルインストをバックに、スクリーンに『悪夢』コンセプトらしいサイコホラーなちょっと長めの映像演出を挟んで、それが終わると真っ赤な衣装に衣替えしたメンバーが何事もなかったように登場し、オーディエンスに対して「今の映像怖かった?」的なMCへと繋ぐ。てっきり、ここは映像演出から間髪入れずに”Chase Me”ブッ混んでくる流れかと思ったら、普通にMCしてからオリジナル曲の”It's Okay!”から”あの星”へと繋いだのは少し違和感あった。

再びMCで、ドリキャはカバー曲をウリの一つとしているグループで、また日本語カバーも構想中とのことで、そのカバー曲の中でも最もYouTubeで再生されているのが”Lucky Strike”との話があって、ここで今さら初めて「この曲ってマルーン5のカバーだったのかよ!?」って気づいた。その曲を始める前にこの曲の「oh oh oh oh Hey!!」の部分を観客と一緒に練習する。そこからは一曲ごとにMCを挟みながらのライブ構成で、まずはオリジナル曲のEDMなダンスナンバーの”Sleep-walking”から、MCを挟んで満を持して代表曲の”Chase Me”から、再びMCで「これが最後の曲です」的なお約束からメンバー1人づつ最後の挨拶的なのがあって、そして”Chase Me”の続編にあたる”GOOD NIGHT”を披露して一旦メンバーがステージから捌ける。

直ぐに観客からアンコールが湧き上がって、五分もしないうちにメンバーが再登場。ジユが「最後って言ったのに、最後じゃないって分かってたでしょ?」的なSっぷりMCを挟んで、本当に本当に最後の曲に”Full Moon”を披露する。終盤でもキレッキレのダンスを見せつけるドリキャメンバー、一番のサビ前の髪の毛バイーンパートのカッコよさに惚れた。最後はステージでメンバーが手を繋ぎながら一礼して1部公演は幕を閉じた。

ザッとこんな感じって言ったら全く伝わらないかもだけど、実際に肌で感じて思ったのは、日本のアイドル現場とは少し空気感が違うくらいで、やっぱり曲間のコール&レスポンスはじめ全体的なノリはほぼ日本のアイドル現場と変わらないってこと。結果的に全15曲中オリジナル曲を9曲、カバー曲を6曲披露して、アンコール含めて約95分ほどのライブだった。正直、観る前はオリジナル曲少ねえしヘタしたあ60分くらいで終わるんじゃねえかって心配してたけど、確かに曲数こそ少なめだがカバー曲や映像演出を駆使して期待以上の内容はあったと思う。あとはやっぱり全員センター張れるレベルでビジュアルが良くて、MC中も観客に向かって積極的に手を振る姿勢は日本のアイドルにはない良さがあって、もはや膝枕された過ぎてメンバー全員の膝の上をスイスイ~っと伝って泳ぎたくなったわ。

恐らく、ダンスが激しい『悪夢』シリーズの時はヘッドセットマイク仕様の口パクで(音源はライブ用にミックスしたやつっぽい)、マイクありのスタンディングパフォーマンスあるいはユニット曲だと普通に生の音声が入ってる感じ。この辺を見ても、ドリキャのライブって踊る時は踊る、歌う時は歌う、喋る時は喋る、みたいな感じで、その曲その曲が輝くようなパフォーマンスを最優先に考えているのがわかる。


(シヨンとユヒョンとジユがベビメタのギミチョコとワンオクを歌ってる証拠)

7時からの2部公演は、披露する曲は1部と全く同じだったけど、メンバーの緊張が解けてきたのか日本語MCもスムーズで、特にメンバーが食べたい日本の食べ物みたいな話では、シヨンは日本式の卵焼き食べまくったとか、スアは砂肝食べたいとか(ジユはそれに同意)、ガヒョンは寿司食べたいとか、ハンドンはたこ焼きやお好み焼き食べたいとか話して、しかも後半のMCではシヨンがワンオクの曲を歌おうとしたけど歌詞を忘れて、結局いきものがかり”SAKURA”のサビ部分を披露するあたり、シヨンだけは日本語レベルが他よりも高いのが分かる(MCでもそれは顕著)。

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そもそも、これは本公演では披露されなかった2ndミニアルバムの”Mayday”を聴いて思ったのだけど、もはや”シヨンの曲”と断言していいくらいシヨンのロックな歌唱力が活かされた曲で、しかもこの曲のシヨンは日本のアニソン界のトップに君臨するLiSAをリスペクトしたような歌い方で、元々他の曲でもシヨンの高域はLiSAを意識した所があるし、むしろ日本オタクのシヨンLiSAの存在を知らないわけがない。しかも、この曲ってアニメ『ワンピース』のOPあるいはEDにありそうな、それこそJanne Da Arc”Shining ray”を彷彿とさせるキーボードのキラキラ感やメタリックなリフ、かつBPMが完全にV系J-Rockのソレなんですね(たぶんNO MERCY林もドリキャ気にいると思う)。これは憶測だけど、ドリキャの楽曲が日本のアニソンやJ-Rockをベースにしてるのって、実は全部シヨンの指示なんじゃねーか説(シヨン怖い)。あと、ここではあえて誰とは言わないが、あの日本の某ロックバンドの曲のサビと”YOU AND I”の韻を踏んでいくようなサビとかね・・・本当に面白いなって・・・。

でもドリキャが路線変更して本当に良かったって思うのは、これは思い込みというか勝手なイメージだけど、普通のK-POPのガールズグループってそこまで歌唱力を必要としないイメージがあって、だから前身のままだったらシヨンユヒョンの歌唱力の高さが活かされないまま埋もれっていたかもしれない。でもロック路線に変わったことで、メンバーそれぞれの歌のポテンシャルが最大限に引き出されているような気がしないでもなくて、だから本当に路線変更して良かった。っていうのは、本人たちが一番良く理解しているんだろうね。

しかし2部で一番盛り上がったのは、本編が終わってアンコールでメンバーが再登場して、ジユが「サプライズプレゼントがあります」と言ってまた1人でステージ袖に捌けてスグまた戻ってくるとスクリーンに「2018年ポニーキャニオンから日本デビュー」のサプライズ発表がって、そこから日本デビューに向けて目標的なことを聞かれたダミが「東京ドーム」と発言すると、今度はユヒョンが「私の目標はもう叶いました。日本デビューできたことです」的な発言をすると、他のメンバーに「今後の目標」ってツッコまれて、再度ユヒョンが「本日のようにコンスタントに日本でライブすることです」と語った。そのユヒョン、印象的だったのは2部では編み込みヘアーにヘアスタイルを変えてきて、それがバチクソ可愛くて気絶するかと思った。正直、ユヒョンだけは現時点でドームに立つ資格あると思うし、立たせてやりたいと願うレベルの存在感が半端ないって。もはやジユ推しの俺ですらiPadの壁紙をユヒョンにするレベル。

「ユヒョン半端ないって、こいつドリキャのエース兼センターの完璧超人なのに、荒野行動でもフォートナイトでもなくPUBGでキルしてドン勝狙うんだもん、そんなんできひんやん普通」

(こっち見る瞬間がエグい可愛さ)

しかし今思うと、1部の初っ端からジユは袖に捌けたりして「あいつ落ち着きなさ過ぎやろw」って思ってたのが、まさか日本デビューの伏線だったとは・・・リーダーなのに天然キャラっぽい雰囲気を出しておいて、実はちゃんとその先を計算してるっていう、いやジユぶりっ小悪魔過ぎるわ俄然膝枕してほしいわ。でもジユは日本デビューする前にもうちょっとリーダーらしい落ち着きみたいなのがほしいというか、でも今の破天荒なジユに振り回されたいと思っちゃった自分もいるのも確かで、あえて今のままで良いのかもしれない。でもあいつホントにジユウ過ぎるだろw

そして、その流れからラストの”Full Moon”は1部公演と比べ物にならないくらい、サブイボ立ちっぱなしでブチ上がったというか、とにかくエモさを超えたアツい何かを感じたのは確かで、なんだろう、「やっべ、これ日本のロックフェスでモッシュしてぇ!日本のロックフェスで盛り上がってるとこ見てぇ!」ってくらい最高にハイ!な気持ちになった。間違いなく、”Chase Me””GOOD NIGHT”、そして”Full Moon”を日本のフェスで披露してブチ上がってる未来が見えたというか、このパフォーマンスを日本のフェスで見せれたら本当にドームも夢じゃないというか、初めてドリキャ観るって人も一発で”ドリキャ沼”に落とせると思うわ。


(フリのダサさが謎のハロプロ感)

1部2部ともにアンコールを飾った”Full Moon”って、イントロ→Aメロ→Bメロ→サビまでアニソン大賞で優勝狙えるガチの神曲で、このとかいうクソオタク事務所サイコーだな!ってなるくらい、正直”Full Moon”を超えるアニソンって今の日本のアニソン業界には存在しないと思う。人が音楽にハマる理由って意外と身近なもので、ここまでドリキャの楽曲に底知れぬ親近感が沸くのって、やっぱり一般的なK-POPというより90年代のアニソンあるいはJ-RockもしくはV系の曲調、かと思えばジャパメタっぽくもあったりするから、それが日本人からするとどこか懐かしくもあり、逆に今では新しく新鮮に感じられる所がドリキャの楽曲の魅力だと思うし、何よりも面白いところだと思う。何度も言ってるけど、事務所のがどこまで狙ってやってるかなんて知る由もないけど、恐らくその殆どは確信犯なんだと思う。しかしは日本デビューに向けてどれだけ日本の音楽研究してんねんと...もはや怖いくらい舌を巻くわ。もはや、これだけの事やっといて日本でブレイクしない理由が見当たらない。あるとすれば、それは”ヘビーメタル”のイメージが先行して聴く前から拒否られるパティーン。でもドリキャって売れれば売れるほど面白くなるタイプのグループだと感じていて、今日の物販でもヴィジュアル系バンドにありがちな黒マスクがグッズにあって(買ってないけど)、今後そういったオリジナルのグッズ展開とか(安眠枕とかw)、将来的に生バンド入れる可能性とか・・・いや、それはいらねぇか。

更に個人的な親近感を一方的に語ると、昨年解散した℃-uteドリキャって不思議と重なる部分があって、まずのリーダーの舞美ドリキャリーダーのジユが最年長の長女キャラで、真ん中には絶対的なエースの愛理ユヒョンがいて、そして末っ子キャラにはマイマイさんとガヒョンが必然的に重なるし、あと”Fly high””Full Moon”のフリとか℃-uteっぽい部分あるし、実は後期の℃-uteってK-POPのワンガっぽいフリとか部分的にあったりしたから、そういった面では往年のハロヲタにもアプローチできる存在なんじゃないかなって。

再び「ドリキャの日本デビュー」について話を戻すと、まず「日本デビュー」そのものは想定内の範囲内だから、それよりも「日本デビューの仕方」の方が大事になってくる。まず2部の最後にサプライズ発表された「2018年日本デビュー」を信じるとすれば、今年中に『悪夢』シリーズ最終章となる5部作完結編となる1stフルアルバムと同時に日本デビューさせる可能性が一つ。それとも日本独自の企画版でお茶を濁すパティーンか。どう考えても理想的な日本デビューは、前者の『悪夢』シリーズ五部作を収録して、なおかつ世界最強のアニソン”Full Moon”を追加した1stフルアルバムで豪勢に主要メディアに売り出していきたい。他はカバー曲よりもアルバム曲が理想だけど、正直2ndミニアルバムの”Mayday””Scar”も普通に名曲だからフルアルバムにブッ込みたい。こいつら名曲多すぎるな。

ここ最近はもうずっと「ドリキャを日本でブレイクさせる方法」を考えていて、現実的に考えても今日の赤ブリは椅子ありでソールドアウトしてないのが現状で、それでは今の主なインソムニア(ファンの呼称)の割合を新大久保民が10割の状況から、どうのようにして日本のV系ファンもしくはメタラーあるいはアニオタもしくはドルヲタはたまたフェスキッズ好きで埋めるには一体どうすれば良いのか?その”ヒント”はドリキャのK-POPとしては唯一無二のアプローチを持つ独創的なアイデンティティに隠されていて、要するに「普通のK-POPじゃない奴ら」に「普通のK-POP」と同じ売り方やプロモを展開しても絶対に売れないし、面白くない。今までにない「普通のK-POPじゃない奴ら」ならではの「普通のK-POP」とは違ったアプローチをしていかないと、この日本でドリキャがブレイクすることなんて、ましてや東京ドームで演るなんて話は『夢』のまた『夢』、それこそ最悪の『悪夢』になりかねない。

その辺の日本戦略的な部分を事務所のやポニーキャニオンがどこまで計画しているのか、ハッキリ言って謎。勝手に僕が期待しているのは、とりま日本のロック系アイドルとの対バンを期待したい。特にドリキャと同じように、(改名はしてないけど)音楽的な部分で初期から路線変更したPassCodeは、昨今アジアツアーを組んでるから何れ本国でのツーマンを渇望したい所。あるいはBiSHBiSが所属する新興事務所のWACKが、”未来志向”のアイドル事務所であることを証明するために、そしてベビメタ包囲網をより強固なモノとするには、WACKアイドルとドリキャの対バンは不可欠じゃね渡辺?それか本家のBABYMETALがもしアジアツアーを組んで韓国公演を行う際には、KOBAMETALは前座としてドリキャ呼んで(敵の総大将に対して火の玉交渉していくスタイル)。えぇ!?親のキンバリー・ゴスとのツーマンで来日するだって!?(これやったら2秒でチケ完売不可避) 兎にも角にも、クリマンの清水社長に懇願するしかドリキャの未来は開かれないのも事実。あ~、でも誰が一番早く対バンするんだろうな~。オラ、今からワクワクしてきたぞ!

これは今日の1部公演と2部公演を見て確信したこと、厳密に言えば2部の終わりも終わりに確信した事があって、それは「こいつら絶対に日本のフェスで見たい」ということ。とりあえず、日本デビューしたら真っ先にクリマンの清水社長のとこに挨拶行くべきだし、何故ならこの日本でロック系のグループがやバンドがブレイクするにはサマソニやロッキンは一種の登竜門的な意味合いを持つし、逆にそれができなきゃ話にならない。とにかく、ドリキャが日本でブレイクするには日本のロックキッズをインソムニア(ファンの呼称)に引きずり込むのが最低条件だ。だって世界的に「ロックは死んだ」と叫ばれ続けている状況で、未だにロックをありがたっていて、かつフェスブームで世界一アニソンが好きな音楽リスナーがいるこの日本で、そのあらゆる「日本人好み」を知り尽くしたドリキャがブレイクしない理由が逆に見当たらないというか、それくらいドリキャが売れる土壌が驚くくらい揃いすぎているのが日本の音楽業界だ。いっそ本国でダメなら日本拠点で活動しちゃえばいいし(えっ)。しかし、結局のところ対バンやフェスの話なんてのは、一応はK-POPの枠組みにいるドリキャがどれくらい”フレキシブル”に日本で活動できるのか、その制約次第で、何故ならこれまでのK-POP/ガールズグループと同じやり方だと日本のフェス出演なんてのは相当難しいだろうから。結局それって、ポニキャが事務所のとどれだけ交渉できるかにかかってる。どうでもいいけど、そのポニキャが遂に”ヘビーメタル”表記をやめて”ヘヴィメタル”って言い出したの何か悲しい。ブレイクするまでは”ヘビーメタル”表記が良かった。どうでもいいけど。

確かに、日本デビューは喜ばしいことなんだけど、じゃあ日本デビューに不安がないと言ったら嘘になる。これは他のK-POPにも同じことが言えるのだけど、日本デビューしたことで過去の名曲を日本語リメイクみたいな、無理に日本語化するようなつまらないことだけはやめてほしい。今のネイティブ言語や空耳っぽく聴こえるような曲が至高だし、作曲やメロディも現状なんら不満はないので(不満があるとすればメタルの部分)、いま下手にイジられる方が怖い。この辺だけは念押ししてポニキャにお願いしたい。それこそ日本語曲はお得意のカバーで補えば万事解決じゃね。そもそもカバーよりもオリジナル曲に力入れてほしいってのはまた別の話?


(将来的に日本でもこの演出してほしい)

今日のライブに対する不満も決してゼロではない。まずはセットリストの面で、てっきりオリジナル曲は全部やると思ってて、それこそ2ndミニアルバムから”Mayday””Scar”は演ってくれるだろうと。今後、恐らくドリキャの代表曲となりそうなその2つの曲がセトリになかったのは不満だったけど、恐らくリリース後間もないからダンスのフリとか完璧じゃないんだろうなっていう、ドリキャのカツカツな内部事情を察した。演出面では、やっぱり衣装替えの時のホラー風映像の後にはMCじゃなくて、そのまま曲に繋いだほうがより『悪夢』コンセプトの世界観が継続されて良かったんじゃないかと思うし(その後に演った曲も選曲ミス)、もちろんこれはメンバーの体力的なペース配分を考えたセトリであることを理解した上で、その辺の最初から最後まで継続した緊張感のあるライブ感というか、ライブのテンポやメリハリの部分はもっともっとブラッシュアップできそうだし(終盤の畳み掛けとか)、それこそホラー/サスペンスな映像を交えた演出はV系バンドっぽくてカッコイイし、8Kの価値はあると思う。他にもまだまだ未完の部分はあるけど、それは今後の課題と成長として期待したいし、そして何よりも自らのアイデンティティである『悪夢』を活かした演出を更に磨きをかけてほしい。まだ日本デビューしてないと考えたら将来性の塊しかないし、相当なポテンシャルと伸び代を秘めた原石としか言いようがない。だから演出面に関してはもっと面白くなるのは確信してるし、それに伴ってもっと人気も上がってくると思うし、それらの伏線や改善点を一つ一つクリアしていった先に、初めて東京ドーム公演みたいなドでかい(悪)夢が正夢として見えてくるのかもね。

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(シヨンのキツネさんポーズ)

改めて、クサメタラーが多い日本からこの手のアイドルが生まれずに、まさかメタル不毛の地と思われた韓国からキンバリー・ゴスの後継者が現れたのは本当に面白くて、これはもう日本のV系界メタル界アニソン界ロック界の総力を上げて日本でブレイクさせるしかないなと。とりま日本デビューした暁には、ディスクユニオンは「キンバリー・ゴスが残したメタル魂はッ!20年の時を経て、この7人の娘たちへと受け継がれたッ!!」みたいなクサいポップを作って、いずれ出る1stフルアルバムをメタルの棚に置いたってくださいw まぁ、それは冗談としても、本来ならば日本屈指のメタル雑誌『バーン』とは違うキリッと豪語しているコアなメタル雑誌気取ってる『ヘドバン』こそが、例の「韓国メタルシーンの今」の記事を執筆した『マンガ 嫌韓流』でもお馴染みの山野車輪氏に更にディープな記事を依頼して、最終的にそことドリキャを結びつけるような記事を載せるべきなのにね。しかし現状、某鳩女に手駒にされてるようじゃ期待できないけどね。でもこれで『ヘドバン』ドリキャのことスルーしたら、やっぱり『ヘドバン』は所詮ベビメタ機関誌だって煽っちゃうかもしれない(『ヘドバン』を煽れるのはインターネットトップレビュアーの僕だけなので、良い子は真似しないでください)。そもそもシヨンとか完全にメイトだしね。つうか、シヨンとかあいつ”ただのオタク”だし、そんなこと言い出したらウチの大エース様なんてPUBGでドン勝狙うオンゲマニアの時点でね・・・。

ドリキャが現れたことで俺の界隈これからもっと面白くなるって確信したわ(だから皆んな協力して)。本当に、こんな素晴らしい娘たちを遺してくれたキンバリー・ゴスには只々感謝しかない。今はただ、ガチ恋してる女に日本でブレイクしてほしいという素直な気持ち。今はただ、こいつらにこれまでのガールズグループが一度も見たことのない景色を見せてやりてぇという素直な気持ち。そして今はただ、ジユに膝枕されてイイ夢見てぇという純粋無垢な気持ちしかない(なお)。本当に最後の最後で鳥肌立つくらいにライブが良かったから、1部と2部の間にある特典会の握手会に免許証忘れて参加できなかったという、人生最大の失態すら忘れさせてくれるくらい良かった。



終演後に今日のセトリをSpotifyのプレイリストにしてアップしてくれるのは、音楽ファンとしては本当にありがたいことで、こんな当たり前のことすらできない日本のアーティストがどれだけいるのかって話でもあって、そもそも未だにサブスクに参入してないのが沢山いる時点で「オメーの頭化石かよ」って感じ。こういった面でも、日本の音楽は韓国をはじめ世界中の音楽から遅れを取っている事実を日本人は知らなきゃならない。どうでもいいけど、ポニキャ所属のメンツ覗いてみたらまれいたそこと内田真礼とかブクガおってワロタ。声優やアイドルが中心だけど、他も意外とバラエティに富んでいて、ここにドリキャが入っても意外とシックリきそうな感じだから、ポニキャから日本デビューできて良かったのかもね。

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凛として時雨 『#5』

Artist 凛として時雨
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Album 『#5』
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Tracklist
01. Ultra Overcorrection
03. Tornado Minority
04. Who's WhoFO
05. EneMe
06. ten to ten
07. Serial Number Of Turbo
09. High Energy Vacuum
10. #5

凛として時雨って、こう見えて日本のバンドシーンの中でもなかなか珍しい立ち位置にいるバンドで、一般聴衆からはいわゆる”邦ロック”に分類され(決してメインストリームではない)、特定のジャンルに分類するとマスロックやポスト・ハードコアの影響下にあるオルタナだと思うのだけど、実はその邦ロック界隈や特定の音楽ジャンル以上に、この凛として時雨が強く影響を受けている界隈が存在する...それが”ヴィジュアル系”だ。

確かに、ドラマーのピエール中野X JAPANYOSHIKIをリスペクトしているなんてのは界隈では有名すぎる話だし、最近ではそのYOSHIKIとも関わりの深いDIR EN GREYのフロントマンのソロsukekiyoのリミックスをTKが手がけたり、5thアルバムの『i'mperfect』ではDIR EN GREYの作品でも知られるメタル界屈指のエンジニアイェンス・ボグレンを起用し、各界隈リスナーのド肝を抜いたのは今も記憶に新しい。近年では、V系界のレジェンドLUNA SEA主催の『ルナフェス』にも出演し、それらの活動からバンドの立ち位置を見ても、凛として時雨って何かとV系界隈に縁がある言わばポストV系バンドだ。この、1stアルバム『#4』から”5”枚のアルバムと約13年の月日を重ねた、前作から約4年10カ月ぶりとなる6thアルバム『#5』は、これまでV系に”影響を受ける側”だった彼らが、今度は逆に”影響を与える側”の立場から見たある種の”原点回帰”であり、そして”その先”である。



アルバムのリード曲であるこの曲を聴いて、改めて時雨というかTKスゲーなと思ったのは、これもう”凛として時雨のメインリフ”だろってくらいキレッキレな初っ端のリフ回しから、時雨が影響を与えたフォロワーtricot”TOKYO VAMPIRE HOTEL””E”を連想させるダッダッダッっと切れ味鋭いリフやリズムを刻みながら、そのtricotポルカドットスティングレイなど時雨が影響を与えた数多くのバンドの残響とThe Fall Of Troyなどの海外マスロックレジェンドの影響下にある時雨の”原点”を紡ぎ出し、そしてBメロではMOON CHILDをはじめ90年代V系あるいはJ-Rockのニューロマンティックな耽美的かつアンニュイなムードを醸し出し、凛として時雨における”もう一つの原点”を赤裸々にナルシスティックに露出している。この曲の何が凄いって、いわゆる国産マスロック界のオリジネーターとしてフォロワーへの「格」の違いを見せつけながら、他国にはない”日本の音楽”である”ヴィジュアル系”というオリジナリティ=独創性を追求した、この凛として時雨しかできない唯一無二のスタイルをバンッと提示してみせるカッコよさ。なんかもう”時雨にして時雨”みたいな、今の時雨が全部詰まったような一曲で、これもう最高傑作だろと。

少し驚いたのは、これまでの若気の至りのような切羽詰まった焦燥感はなく、えらく落ち着いたというか驚くほどカッチリと整然とした俄然プログレッシブな曲構成で、とにかくピエールのドラムと345のベースとTKのギター、それぞれの”プレイヤー”としてのテクニック/ポテンシャルが秘められた、各楽器が発するインストゥルメンタルを聴かせる強い意思を持っていて、その大人びた意識がちょっとした”メジャー感”に繋がっている部分もあって、それ即ち彼らがバンドとして”ベテラン”の域に足を踏み入れたことを証明していた。

”曲がV系”なら”MVもV系”なのはお約束。このMVに登場する「謎の外国人女性」の存在、それこそX JAPANDIR EN GREYJanne Da Arcなどのヴィジュアル系に精通している人なら察しがつくと思うが、この「謎の外国人女性」というのはV系を象徴する一つの”アイコン”≒”イコン”であり、例えばV系全盛のMVには必ず「謎の外国人女性」を採用しなければいけないという、今の時代からは考えられないような”逆ポリコレ”ルールみたいなのがにわかに存在していて(そなの?)、とにかくV系界隈では「謎の外国人女性」の存在は様式美であり伝統芸能でもあるのだ。この「謎の外国人女性」の女体の格パーツを切り取ったフェティッシュな映像美、最後のシーンで”オルガスム”に達しちゃってるのほんとウケる。もう最高にV系だし、かなり激しい曲展開なのに、いつもどおりマイペースに淡々と弾いてる345すき。ともあれ、これは凛として時雨V系であるという、その確固たる証拠と言える。

このように、凛として時雨というバンドを語る上で、彼らのことをオルタナ?それともプログレ?あるいはマスロック?もしくはポストハードコア?はたまたポストロック?なんならV系?・・・結局のところ、どのバンドもそうなのだけど、そのバンドをどの文脈で語るかによって、話の結論が大きく変わってくるものだ。しかし、僕がこのレビューで書かんとしているのは、凛として時雨=ヴィジュアル系という周知の事実ではなく、この凛として時雨”ポスト・ブラック”であるという”ある仮説”、その確信に迫ることを最大の目的としている。

僕はずっと3ndアルバム『just A moment』凛として時雨の最高傑作だと思っていて、実はその『just A moment』の存在が、自分の中で凛として時雨=”ポスト・ブラック”であるという仮説を生んだ大きなキッカケとなった作品なのだ。まず、いわゆる”ポスト・ブラック”を代表するバンドは他ならぬフランスの貴公子ネージュ率いるAlcestだ。そもそも、凛として時雨の音楽って「TKの咆哮はネージュに似てる説」をはじめ、特にアコギやエレキのフレーズ/リフレインやリバーブの効かせ方、その音響センスやノスタルジックな世界観および内省的なメロディがAlcestのソレと限りなく密接な関係にあると常日頃から感じていて、曲を例に出すと4thアルバムの”Ef”や3rdアルバムの”mib126”なんかはもう確信犯なんじゃねーかと思うほど。何を隠そう、今作の『#5』はまさに”mib126”の方向性を更に発展させた印象があって、この『#5』にはそれらの初期時雨を構成するエレメンツが要所に散りばめられている。

奇しくも『#5』と同じ#5で、今作のハイライトを飾る#5”EneMe”は、この『#5』の”原点”となる”mib126”の強い影響下にある曲で、開幕から徹底してプログレッシブさを意識づけるように展開し、クライマックスでは日本が誇る激情ハードコア界のレジェンドenvyの魂を継承するような、TKの激情的な咆哮へと怒涛に展開していく。で思ったのは、この感覚ってAlcestネージュを迎えたDEAFHEAVEN『サンベイザー』と重なる部分があるというか、もちろんenvyD F H V Nに影響を与えているガチのレジェンドってのもあるのだけど、なんだろう、凛として時雨がその親とも呼べるenvyを喰らって完全なる”V系ポストブラック”に化けるという、このアツい展開カッコ良すぎて激情的に泣けます。しかし、AlcestD F H V Nのハイブリッドが凛として時雨だった展開マジアツい。

実はこのアルバム、ド頭から”ポストブラック”なんですね。幕開けを飾る”Ultra Overcorrection”のイントロから、それこそオランダ御三家のアンダーグラウンドなポストブラック勢やオサレブラック界の貴公子であるUSのSannhet、そしてネージュ人脈のAmesoeursLantlôsなど、それらに直結する「刹那と激情のバイブスが焦燥とともに蜃気楼のごとく歪み激しく鼓動を揺さぶるギター(中二病)」の音作りからして、完全にPost-BlackあるいはBlackgazeが得意とする空間表現のソレ。それ以外でも、さりげない空間表現(アトモスフィア)が一線級の音作りで唸らせるのと、#4”Who's WhoFO”のSFライクな歌詞/曲調もだけど、特にATMSフィールドを展開するアウトロの打ち込みとかana_thema”Distant Satellites”を彷彿とさせるし、衝撃だったのはアコギ曲の#7”Serial Number Of Turbo”の2分30秒からのエレキパートのキザミとか細かい音がいちいち凄すぎて笑った。TKガチの天才だろ。日本のギタリストでこのレベルのフレーズ出せるあたりやっぱ天才だと思う。



その流れで、#8”DIE meets HARD”みたいなテレ東ドラマのタイアップが付いたコマーシャルな曲を他のアルバム曲と違和感なく聴かせるのもまた成長の証というか、やっぱり今の凛として時雨はベテランの域に達したことの証明、そういった今の時雨にある明確なメジャー感と”原点回帰”の貪欲な姿勢を持つアンダーグラウンドな時雨が、13年の時を越えてクロスオーバーしたのがこのアルバム『#5』である。

ラストを飾る表題曲の”#5”の空間表現もやっぱりAlcestっぽい。なんだろう、2016年にAlcestが日本的なコンセプトをモチーフにした『KODAMA』を発表したことで、よりその”Alcestっぽい”イメージが強くなった感あって、というのもこの『KODAMA』ネージュの”原点”でもあるUKオルタナからの影響を惜しげもなく披露した作品、かつネージュのオルタナ系ギタリストとして、1人のギターリスト/プレイヤーとしてのエゴをむき出しに音楽と向き合った作品でもあって、それってつまり凛として時雨がこの『#5』の中でやってる事と全く一緒なんですね。共にUKオルタナへの”原点回帰”がギターのフレーズを中心に節々に感じられる。フェンダーはジャズマス使いのネージュ、一方でテレキャス使いのTK、愛用するギターは違えど、彼らが奏でる独創的なフレーズやメロディには共通する何かがある。

しっかし、UKのマス界隈を代表するRolo Tomassi”女版デフヘヴン”みたいなアルバムを出したかと思えば、今度は日本のロック界から凛として時雨がそれに対する回答として『#5』を発表したのは、一体何の因果か・・・。そして、envyの正統後継者かつ新時代のポストブラックが、まさかの時雨だなんて、今年最大の衝撃ってレベルじゃない。間違いなく今の日本が世界に誇るべき最高のバンドです。

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