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J-POP

宇多田ヒカル - BADモード

Artist 宇多田ヒカル
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Album 『BADモード』
badmode

Tracklist
01. BADモード
05. 
Time
06. 気分じゃないの (Not In The Mood)
07. 誰にも言わない
09. Face My Fears (Japanese Version)
10. Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー

Bonus Track
11. Beautiful World (Da Capo Version)
12. キレイな人 (Find Love)
13. Face My Fears (English Version)
14. Face My Fears (A.G. Cook Remix)

2010年の「人間活動」と称した活動休止、そして2016年に活動再開してからのヒッキーといえば、それこそ2016年作の6thアルバム『Fantôme』は復活を祝すに相応しい個人的にもパンチラインな作品だったけど、一転して2018年作の7thアルバム『初恋』はイメージ通りバラード志向の強い、いわゆる一般的なJ-POPの域を出ない作風で個人的に全くと言っていいほど刺さらなかったというか、単純にディープなヒッキーファンではない自分が聴くような音源ではなかった。

そんな風にノラリクラリしてたら、この度は約4年ぶりとなる待望の8thアルバム『BADモード』がリリースされたとの事で、いざ表題曲の#1“BADモード”を再生してみて(厳密に言えば)2分18秒までは「まぁ、いつもの感じかなぁ」くらいに思った次の瞬間→「な、なんじゃこりゃああああああああああああああ」と椅子から転げ落ちるくらいの、それこそ「いつものポップス(と見せかせて)」から日本のSSWこと岡田拓郎や本家SW、そして雷猫ことサンダーキャットもビックリのアンビエント・ポップ~ニューエイジ~ファンク~ジャズへと緩やかな流動性をもってスムースに展開していく楽曲構成、それはまるで森は生きている『グッド・ナイト』を想起させる場面の転換を伝えるアルペジオ・ギターと幽玄なアトモスフィアを運んでくるプログレ然としたシンセが「宇多田ヒカルなりの美しきポスト・プログレッシブの調べ」を奏で始めたこの瞬間、僕は今回の宇多田ヒカルは「なにか違う、なにか絶対にヤバい」と全てを察する事となった。


そのイギリスに籍を置く音楽レーベル=Kscopeに象徴されるアートポップ/ポスト・プログレッシブを連想させる、それこそ近二作とはかけ離れた本作の『BADモード』における岡田拓郎を凌駕する鬼ヤバいトラックメイク、そのトラックの「ヤバさ」を司る象徴的な楽器が存在する。それこそがドラムを構成するハイハットの「鳴り」に他ならない。

近年、ハイハットをトラックの基とした音楽ジャンルといえば、いわゆる現代ヒップホップにおけるトレンドの一つであるトラップ、そのトラップにおけるハイハットの概念に新たな解釈を加えたハイハットの表現法を、世界中のアーティストが自身の楽曲内で披露する熾烈な争い、それは現代音楽シーンにおける「ハイハット鳴らし大合戦」に宇多田ヒカルが満を持して電撃参戦してきた事を意味しており、本作におけるヒッキーは“日本の歌姫”ではなく“ハイハット使いの女王”の異名を持つ一人のトラッピストとして堂々君臨している。

例として挙げると、『GOODモード』な旋律を奏でるピアノと対をなす『BADモード』な旋律を奏でるシンセが人間の心や感情が持ちうる二面性のメタファーとして繰り返し鳴り響く#2“君に夢中”における独立した強い意思を持ったハイハットの「鳴り」を皮切りに、いわゆるトラップにおけるハイハットの王道的なビートを打ち込む#5“Time”、在りし日のPerfumeみたいな中田ヤスタカサウンド感を醸し出すエレポップな#8“Find Love”のハイハッティな三曲がそれに該当する。

冒頭のシンバルの鳴りからしてムーディなジャズの調べを奏でる前半パートから、シームレスにアンビエント~ニューエイジ化していく美しい流れがポスト・プログレッシブ然とした#6“気分じゃないの (Not In The Mood)”は、ジャズ本来の姿であるインプロヴィゼーションを示唆するような、続きの存在を想像させる曲の終わり方もより生々しいライブ感を印象づける(終盤に入るメルヘンチックな少女の歌声は猛烈なデジャブを感じた)。そのジャジーな雰囲気から、チェンバー・ミュージックとシェイカーやパーカッションによるトライバルなアプローチとエレクトロな打ち込みが交錯する、俄然コンテンポラリーかつアヴァンギャルドな気質を兼ね備えた#7“誰にも言わない”では、完全に岡田拓郎の上位互換とでも呼ぶべき年の功と格の違いを見せつけている。このハイハットの「鳴り」とアンビエント/ニューエイジを経由したアートポップの邂逅といえば、それ即ち日本の岡田拓郎とノルウェーのUlverが現在進行系で探求している現代音楽のソレに他ならなくて、それこそ(2021年のAOTYにも挙げた)Ulver『惡の華』を再構築したライブアルバム『Hexahedron』におけるコンテンポラリーかつインプロ的な生バンドならではのライブ感は、まさに宇多田ヒカル『BADモード』におけるライブ感と波長が同じで、そういった意味でも本作は一種の“ライブ音源”と認識すべき作品と言えるのかもしれない。

その実質ライブ音源である『BADモード』『Hexahedron』の共鳴を著しく裏付ける、現代ポップ・ミュージック界におけるトレンド、その条件の最重要項目である「3分以内の曲」には一切見向きもしない、まるで“宇多田ヒカルなりのポップス”をシーンに再提示するかのような本編ラストを飾る約12分に及ぶ#10“Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー”に象徴される本作の革新性と実験性、その宇多田ヒカルの音楽史を司るオルタナティブな流動性と『Hexahedron』という名の“エヴァ∞インフィニティ”案件、およびUlverの音楽史を司るオルタナティブな流動性が骨の髄まで共振しまくる点からも、この『Hexahedron』は本作の『BADモード』を紐解く上で欠かせない最重要作品なんですね。また、映画『シン・エヴァンゲリオン』の冒頭のシーンに赤く染まったフランスのパリ旧市街とエッフェル塔の描写があって、この“ーマルセイユ辺りー”における岡田拓郎風のパーカションやハイハッティをはじめ、テクノミュージックのビートを刻む打ち込みとシンセ✝ウェイブが織りなすミニマルスティックな曲調が本作の中で最も『Hexahedron』のライブ感に近いのは俄然面白いし、俄然“エヴァ∞インフィニティ”の共∞鳴を感じる。とにかく、そのヒッキー史上最も前衛的でありレフトフィールド内で音を鳴らしている作風といい、普段からJ-POPをナメてる岡田拓郎をワンパンKOするかのようなサウンドメイクに終始『GOODモード』気分。

確かに、活動再開してからのヒッキーは明らかにKscope界隈に通じる気質が芽生え始めていたし、過去作におけるヒップホップ/ラッパーとのフィーチャリングはもとより、クラブミュージックの重鎮であるSkrillexとのコラボに象徴されるような、現代音楽シーンにおけるトレンディな音を自身の楽曲に常識の範囲内で巧みに取り入れてきたアーティストの一人で、本作におけるローファイ・ヒップホップばりに気分はBADモードなリラクゼーション効果のあるアンビエント~ジャズ~ニューエイジを経由した現代ポップスは、彼女にとってあくまで流動的な変化に過ぎないと捉えるべきというか、そう考えれば考えるほどあまりにも流動的で必然的な結果と言える。それこそ、本作の楽曲一つ一つを司る物質や原子の流動性がそのままダイレクトに宇多田ヒカルという存在、また彼女が歩んできた「嫉妬されるべき人生」の流動性へと直結している。要するに、2010年の活動休止を挟んで前作から約8年の『空白』が生んだ復活作『Fantôme』における音の変化と、2018年作の『初恋』から約4年の『空白』が生んだ2022年作の『BADモード』における音の変化、どんぶり勘定で倍の時間差があるにも関わらず、その変化量(前作比)の差は言わずもがな『Fantôme』よりも『BADモード』の方が遥かに大きい。その『空白』部分は、ヒッキーが本作において成し遂げている事の大きさを如実に現している。

結局のところ、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』および『新劇場版:破』の主題歌である“Beautiful World”、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の主題歌であり「宇多田ヒカルなりのポスト・プログレッシブ」の源流である“桜流し”、そしてシリーズ完結編となる『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』の主題歌となる“One Last Kiss”と本作のボートラに収録された“Beautiful World (Da Capo Version)”という、新劇エヴァシリーズの『音楽』を背負っている宇多田ヒカル岡田拓郎Ulverは、現代ポップ・ミュージック界におけるトラッピスト的な意味でも、“エヴァ・インフィニティ”案件的な意味でもニアリーイコールの立ち位置から音楽と向き合っている事を証明してみせたのが本作の『BADモード』なんですね。

また話の文脈的に全く関係なさそうなスクリレックスの存在は、過去のKORNBMTHのコラボ相手あるいはEDM(Trap)もしくはキンハーくらいしか繋がりを見出すこと以外のネタも関心もないし、そして伊集院パワハラ光のお笑い枠も含めて、要するに2021年の俺的年間BESTと地続きで繋がってる案件、それこそ13位のスティーヴン・ウィルソンと1位の東京事変(椎名林檎)が対角線上で守護するAOTYを真の意味で『総合』するかのような完全究極体伏線回収アルバムなんですね。ある意味で、2021年の年間BESTのランキングで『BADモード』の内容を潜在的に未来予知していたと考えたら、やっぱ俺って未来人(ニート)なんかなぁ?w

この『BADモード』は「カラオケで歌われること」を前提としていない音楽、ミックスもプロダクションも根本から一般的なJ-POPとは一線を画した、それこそヒッキーの「声」が「歌」以前に楽器の一つとして機能している作品、みたいなチープな表現でしか言語化できなくて大変恐縮だけども、とにかく近代J-POP最大のクソダサコンテンツこと「THE FIRST TAKE」に出演してマジ顔で歌ってるようなカラオケマイスターとの(比べるまでもない)立場の差というか、長年のヒッキーファンがヒックーもとい戸惑いそうなくらいには『音楽』としての次元がダンチ。今後、J-POPとかいうジャンルはコレを最低基準にしなきゃダメだと思うホントに。あれ?でも本作って「THE FIRST TAKE」のケツモチであるFソニーミュージックからリリースされてね?wっつー話は置いといて、これが年明け早々に登場するのはもはやチートでしかなくて、ともあれ昨年のAOTY(1位)である東京事変からバトンを引き継いだ、今年2022年のAOTY暫定1位の作品です。

星街すいせい - Still Still Stellar

VTuber 星街すいせい
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Album 『Still Still Stellar』
FAsaZ-tVEAAtriy

Tracklist
01. Stellar Stellar
02. NEXT COLOR PLANET
03. 天球、彗星は夜を跨いで
04. GHOST
05. バイバイレイニー
06. 自分勝手Dazzling
07. Bluerose
08. comet
09. Andromeda
10. Je t'aime。
11. Starry Jet
12. 駆けろ

今やサンリオをはじめとする一端の企業の広告塔としてリアル社員採用されるまでとなった、今をときめく“バーチャルYouTuber”ことVTuber界隈を牽引する天下のホロライブプロダクション所属の“永遠の18歳”を自称する“すいちゃん(愛称)こと星街すいせいの1stアルバム『Still Still Stellar』は、すいちゃんの共同作曲者としてアニメ・ゲーム関連楽曲に携わっている複数のコンポーザーを迎え制作された王道アニソン系のポップスを繰りホロげている。

それこそ、新海誠映画『君の名は。』のティアマト彗星に乗り移ったすいちゃんが地球を一周して、その蒼い彗星のごとく美しい軌道を描く歌声が世界中に轟く#1“Stellar Stellar”を皮切りに、ジャジーでアダルティなピアノが軽やかに舞うマイナーチューンの#3“天球、彗星は夜を跨いで”、すいちゃん“キレイなAdo”と化すアクションアニメの主題歌にタイアップ不可避のエモーショナルな#4“GHOST”、もはや『カウボーイビバップ』の新キャラとして登場する勢いのジャズ/フュージョン風のオシャンティな#5“バイバイレイニー”、従来のアニソンにはないイマドキ風のアレンジを効かせたギャップ萌えすいちゃんの#6“自分勝手Dazzling”、ピコピコした打ち込み中心の少女漫画原作アニメのタイアップ不可避な#7“Bluerose”、すいちゃんの歌い手としての表現力の豊かさを裏付けるロックバラードの#9“Andromeda”、再び“キレイなAdo”と化して貴重なラップを刻む#11“Starry Jet”、四つ打ち邦ロック志向の強い#12“駆けろ”まで、ホロかにAdoみのあるすいちゃんの歌声は、90年代のJ-POPを彷彿とさせるビーイング系のアレンジや『カウボーイビバップ』でもお馴染みの菅野よう子風のジャジーでファンキーなアレンジを駆使しながら、銀河系の数ばりに多彩なすいちゃんの歌声を聴かせる。

その楽曲を聴いていると、すいちゃんが目指す武道館ライブで青いサイリウムを振り回してフッフ~と奇声を上げながら推しジャンしてる景色が頭の中に浮かぶような、そしてライブの最後にはホロホロと涙をこぼしているのが容易に想像できる。事実、先ほど豊洲PITで開催された1stソロライブ『STELLER into the GALAXY』において、リアルのライブ会場とネット回線を介したデジタル配信という双方の観客を前にしたライブパフォーマンスは、まさにポストコロナ時代の“今”を密に映し出す歴史的なライブとなった。そのライブでも垣間見せた、CD音源を凌駕するすいちゃんの歌声は「たかがVチューバー」と侮るなかれ、俄然“キレイなAdo”としてAdoの名曲“うっせぇわ”のカバーをキボンヌしたいレベル。また、先日の1stソロライブでは“comet”のジャズアレンジなどの粋な演出やVチューバーのAZKi戌亥とことのコラボ曲を披露し、改めてVTuber界隈の横の繋がりはVTシーンの繁栄に直結する最大の要因と言える。

個人的に、この手の非実在ナンチャラの流行からフラッシュバックするのは、大昔に2ちゃんねるのVIPと今はなき『こえ部』で若本規夫御大の声真似してアナゴさんごっこしてた、ある意味でVチューバーを先取りしていた黒歴史が頭ん中に蘇って「うっ・・・頭が」ってなった。こうなったら、すいちゃんに触発されて今日からエセ若本規夫ボイスの33才のおっさんVチューバーとして頑張っていきたいと思います!よろしくお願いします!(←需要ねぇからカスw)そして、ホロライブ入りに成功したアナゴさんとすいちゃんが熱愛発覚して2秒で炎上するまであるぞこれ・・・!(←ねぇよカスw)

DADARAY - ガーラ

Artist DADARAY
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Album 『ガーラ』
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Tracklist
2. 流光
3. ハートの合図
4. URARAKA
5. パリ帰りのレインボー
6. 蛮勇
7. GALS
8. YOI
9. 恋してばかり
10. fake radio
11. 黄昏のBAY CITY
12. 花は買わない
13. イキツクシ(HOME VER.)

DADARAYって「誰でい!?」みたいなクソつまんねぇダジャレしか思いつかないくらいの認知度しか自分の中にない、リアルな話をするとゲスの極み乙女の(いつもツイッターで彼女いないアピールしてスベってる)ベーシストがやってるサイドプロジェクト的な印象しかないバンドの話をいきなり何故に・・・?というのも先日、部屋の掃除中にSpotifyで佐藤千亜妃の新譜『KOE』を聴き終えた後に偶然流れてきて、試しに先日リリースされた2ndアルバム『ガーラ』を聴いてみたら、中でも“花は買わない”が名曲過ぎて延々リピートしてたら今に至るという謎の経緯。

DADARAYって、音楽的に言えばゲスの極み乙女の系譜にあるメロディとかリズムとか雰囲気を兼ね備えたバンドで、ゲスいベーシストの休日課長よりもボーカリストのレジェンズもといレイスindigo la Endのサポートでも知られるkatyusha(えつこ)という二人の女性ミュージシャンを中心とした三人トリオである(てっきり認知度なさ過ぎてレイス安田レイの偽名と疑ってたくらい)。しかし、いくらDADARAYの楽曲がゲス~インディゴの雰囲気に近いからといって、さすがに作曲者はゲスの川谷絵音じゃないだろうと思いきや、そもそも“花は買わない”を含め絵音本人がDADARAYをプロデュースしていたという経緯。その絵音いわく、この“花は買わない”は本来(それこそ初期のYUI並に歌謡曲経由の内省的な)サビがindigo la End“チューリップ”という曲のサビに使われる予定だったという逸話があるらしくて、そりゃ本家で採用されかけるレベルのフッキーなメロディなんだから中毒性高いし延々リピートさせるよなと納得。となると逆に、ゲスやインディゴじゃなくてDADARAYにこの殺傷力の高いメロディを回してくれて感謝しかないというか、この曲で初めて絵音のこと天才だと思ったかもしれん。

極端な話、このDADARAYはゲスやインディゴみたいな事もできれば、一方でキングヌーみたいな曲やkatyushaも所属するP-VINE系のレフティな楽曲まで節操なくこなせる、良くも悪くも器用貧乏なバンドである。本作においてもレイスとえつこのツインボーカルを活かした、ファンク~ジャズアレンジ風のグルーヴ感溢れるアダルティなJ-POPはあらかた不変っちゃ不変で、少なくとも前作比で言えば“ロックバンド”としての強度が目に見えて増しているのは確か。前作『DADASTATION』の印象としては、いい意味で昭和歌謡の影響下にある辛気臭さが古き良きハロプロ曲っぽくもあって、そのノスタルジックな懐かしさがクセになるというか、その良くも悪くも心地のいい辛気臭さこそDADARAYの一つのセールスポイントだったのが、この『ガーラ』では程よく辛気臭さが抜けて絶妙な塩梅で聴かせるようになっている。


いわゆる昭和歌謡からインスパイアされた前作の幕開けを飾る“少しでいいから殴らせて”から一転して、本作の幕開けを飾る#1“Ordinary days”は洗練された英詞のサビをはじめ、それこそ前作のラストを飾るZARDばりの歌謡曲バラードの“優しく鬼に”で垣間見せた謎ラップの伏線を地続きで回収するラップパートを織り込んだファンキーでプログレッシブな曲構成からも、前作における“辛気臭さ”から吹っ切れた事を証明するかのような「違い」を示している。

その“辛気臭い殻”をブチ破るような、BPM指数の高い疾走感溢れるハードなギターロックナンバーの#6“蛮勇”は、それこそDADARAYの新機軸であると同時に、このアルバム『ガーラ』におけるメリハリ/緩急の効果とバンド自身のさらなる可能性を拡げる強度の高まりという点でも、実に象徴的な一曲となっている。イマドキのトラッピーなアレンジを施したジャズ風バラードの#5“パリ帰りのレインボー”、前作における“ダダステーション”の“ダダ”系譜にある(ハイハットの使い方に近年のUlverみを感じる)シティポップチューンの#7“GALS”、そして本作イチで昭和歌謡あるいはフォークソングリスペクトな#11“黄昏のBAY CITY”を経て、そのリリック的な意味でもメンヘラちゃんと一緒に堕ちるとこまで堕ちていくような中毒性のある#12“花は買わない”、その流れからDADARAYを代表する名曲“イキツクシ”のリミックス版は、そのレフティな打ち込みやハイハットの刻み方が俄然岡田拓郎“Shore”Ulver“Little Boy”ラインのド真ん中のソレでブッ刺さる。このアルバムのラストを飾るリミックスの存在は、俄然バンドの器用貧乏キャラぶりを著しく強調しており、大袈裟じゃなしに“花は買わない”と同等レベルのエグい“引力”を放ってて笑う。楽器的な面では、全体的にドラムのハイハット/シンバルの鳴らし方が興味深くて面白い。ちなみに、“花は買わない”のインディゴ版らしき音源も聴いてみたけど、絶対にDADA版の方がいいです(昭和歌謡的な意味で)。

改めて、佐藤千亜妃の2ndアルバム『KOE』が今どき珍しいゴリゴリのJ-POPなら、同じくしてDADARAYの2ndアルバム『ガーラ』『KOE』の流れで素直に耳馴染みするようなゴリゴリのJ-POPだ。ゲスやインディゴはもとより、絵音絡みのジェニーハイにもまるで興味ない人にも気軽にオススメできるのがDADARAYの良さだと思うし(むしろ前情報ない状態で聴いた方がいい)、本作について絵音がバンドが覚醒してると豪語するように、ショージキ絵音界隈のバンドはダダだけ聴いときゃ間に合うレベルにはオススメできます。事実、この秋の夜に『ガーラ』聴きながら散歩してみな、飛ぶぞw

佐藤千亜妃 - KOE

Artist 佐藤千亜妃
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Album 『KOE』
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Tracklist
1. Who Am I
2. rainy rainy rainy blues
3.
4. カタワレ
5. 甘い煙
6. 転がるビー玉
7. リナリア
8.
9. Love her...
10. 愛が通り過ぎて
11. ランドマーク
12. 橙ラプソディー

コロナ禍という生者と死者の関係すらも分断された世界で、因果不明のままこの世を去った人々を『ルックバック』する、即ち「きっと忘れない」と想う気持ちを込めて故人を『追憶』する作為的なイベントがあちこちの界隈で起こったり起こらなかったりした昨今。もはや、その大切な『メッセージ』に気づけなかった人は信用に値しないレベルと言っても過言じゃあない。

まぁ、そんな冗談は置いといて、きのこ帝国佐藤千亜妃がバンドが活動休止してソロ活動を本格化させ、満を持して発表した待望のソロデビュー作となるEPのタイトルが『SickSickSickSick』と知った時に「正体現したね」とツッコんで以来、その間は佐藤のプライベートに関する真偽不明の噂を耳にしたりしなかった中で、久々にその名前に出くわす事となったのが映画『花束みたいな恋をした』の作中で、きのこ帝国の名曲“クロノスタシス”が使われてプチバズリした時だった。そのままのらりくらりして、約2年ぶりとなる2ndアルバム『KOE』がリリースされた今の今まで聴くタイミングがなかったのも事実。しかも本作を聴くまでに至る動機が、佐藤千亜妃本人に対する関心ではなく本作に参加しているゲストミュージシャンに関連する事にあった。

2019年、自分の中にBring Me the Horizon『amo』King Gnu『Sympa』という二つの世界線、その分岐の選択を迫られた当時、後者のハイレゾ音源を買っていながらも悩みに悩んでBMTHの世界線に足を踏み入れた僕は、最終的にコロナ禍になる前に実質「最後のライブ」として観たのが、同年に開催されたBMTHの大阪公演(最前列)だった。もちろん、当時BMTHと並行してキンググヌゥにハマっていた事をわざわざ書いてはこなかったけれど、UKのBMTHがソニーの広告塔としてXperiaのCMに抜擢されて世間への認知度を高めれば、それに対抗して日本のヌーヌーでソニーのワイヤレスイヤホンのCMに抜擢され、それこそBMTHと全く同じ“ソニーの広告塔”として活躍している姿を目にしては(ニチャア)としたり、そして常田大希がモデルのemmaとの熱愛が発覚した時も同じように(ニチャア)としたりしたわけ。で、その解釈で言うと、もし当時にBMTHではなくキンググヌゥの世界線に足を踏み入れていたとしたら、それこそフジロック2021に出演したヌーのライブを最前列で観ていた“もう一つの未来”が生まれていた可能性もなきにしもあらず。


この話がどうやって佐藤千亜妃の新作に関わってくんねんという至極ごもっともな話をすると、本作のタイトルである『KOE』を象徴する佐藤のアカペラから幕を開ける#1“Who Am I”から、それこそキンググヌゥのベーシストである新井和輝他豪華なゲストを迎えてレコーディングされた、ザックリと言えば初期椎名林檎みたいな往年のオルタナ系J-POPのステレオタイプだが、この曲のキモとなる楽器隊をフィーチャーしたアウトロの疾走感溢れるアヴァンギャルドかつグルーヴィな空気感を聴いてフラッシュバックした存在こそ、赤い公園『黒盤』から“透明”のアウトロの空気感に他ならなかった。この曲に関して、佐藤本人のツイッターで去年、人の生き死にに関るショッキングなニュースがあり、そんな時どうしても書かずにはいられなかった曲ですのツイートを見た時は、一瞬「ちょっと待って、去年ってなんか事件でもあったっけ?」と思い返したら、2秒でトラウマ級の記憶が蘇った(←お前が一番信用できねぇw)。もちろん、この曲が赤い公園の津野米咲を「きっと忘れない」と追憶する想いを意図して込めた曲かなんて知る由もないし、あくまでも個人的な感想として赤い公園の空気をこの曲から感じ取ったのは少なからず事実。

実は、冒頭に書いた「ゲストミュージシャンに関連する話」って、もちろんキンググヌゥの新井くんもそうなのだけど、その新井くんを超える大本命こそSSWの岡田拓郎くんの存在に他ならなかった。先日、この話に関して衝撃的な事実を知ったのだけど、それがヌーの新井くんと岡田くんは同じ東京出身であり(学年は一個違い)、高校生の頃に新井くんの地元である福生のチキンジャックというライブハウスで互いにセッションし合う仲だったという衝撃の事実だ。もっとも面白いのは、今やMステの常連でありフジロックのヘッドライナーを務めるまでのゴリゴリのメジャーアーティストとなったヌーに対し、今やソロミュージシャンとしてアンダーグラウンド界の帝王となったと見せかけて、シレッとMステに出演するまでのメインストリームな存在となった岡田拓郎、この二人のMステ出演者の過去に繋がる“意外な共通点”を、今このタイミングで再び再会させた本作はメインストリームとアンダーグラウンドの“イイトコ”を両方知ってる作品と言える。しかしながら、一緒にセッションしていた学生時代から約十数年が経過し、現在は音楽シーンを代表するバンドとSSWとしてそれぞれ別の角度から“ポップス”を探求し続けている姿を見たら、流石にエモすぎて(ニチャア)しながら泣くよな普通に。

そして何より、その岡田くんと佐藤千亜妃の共演にただただ感動する#2“rainy rainy rainy blues”は、岡田くんの“らしい”ギターや素朴なピアノをはじめ、ほのかにフォーキーさを装ったアナログチックなアレンジを効かせた、これまでの佐藤関連作品としてはありそうでなかったトクマルタイプの現代的なシティポップというか“Left-Field Music”で、広義の意味では岡田拓郎くんのソロ作の流れで聴けなくもない曲となっている。その岡田くん参加の曲を挟んで、再び新井くんが参加している表題曲の#3“声”は、本作を司る佐藤の『声』にフォーカスしたストリングス主体のバラードで、例えるならアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』における主人公のヴァイオレットが依頼人の代わりに想いを記した手紙を書く“代筆者”ならば、この『KOE』において様々な曲調に合わせて憑依的な『声』で歌い上げる佐藤は(ある種のイタコ芸)、『声』を出したくても出せなくなってしまった人たちの“声なき声”に代わって想いを伝える“代弁者”としての役割を担っている。

上記のことから、どうしても自分の中では冒頭の3曲で完結させたいアルバムというか、この3曲に色々な追憶の想いを凝縮させたい気持ちが強くあるけど、だからといって個人的な関心の9割を占める冒頭が終わった後は実質ボートラみたいな扱いをするわけにもいかず。事実、この他にもローファイ風のアプローチを効かせながら、ファンキーなギターやトランペット/サックスが織りなすジャジーに大人びた雰囲気の#5“甘い煙”、映画『転がるビー玉』の主題歌となった#6、メロディやアレンジまでほぼほぼ“ソロ版桜が咲く前に”なバラードの#7“リナリア”、個人的にその存在を見て見ぬ振りしてきた気鋭のギタリスト=Ichikaをギターではなくハープ奏者として迎えた、無慈悲なストリングス・アレンジと今にも消えてなくなりそうな佐藤の絞り出すような『声』が昭和歌謡並に泣かせるオルタナバラードの#8“棺”、#5の系譜にあるローファイヒップホップ的なイマドキの洋楽的なオシャアレンジを施した宇多田ヒカルリスペクトなR&B調の#9“Love her...”、開始2秒で椎名林檎の“闇に降る雨”を追憶させるストリングス主体の#10“愛が通り過ぎて”、ブルージーでノイジーな#11“ランドマーク”など、さすがに『声』を冠するだけあって、作風の傾向として必然的にローテンポのバラードやラブソング色が強くなるのは致し方なき事で、そのバラードもJ-POPにおける王道中の王道だし、確かにベタだけど佐藤の『声』がダイレクトに鼓膜に伝わるのでそれもまた良し。意味深なタイトルを冠する#8あたりの佐藤は、(Ichikaの美しすぎるハープの音色も相まって)もはやフジロッカー青葉市子レベルのシン・ニューエイジャーの領域に入りつつあると感じた。

要所にイマドキっぽいアレンジを匂わせつつも、基本的にはメジャー以降のきのこ帝国をベースに、佐藤が尊敬してやまない宇多田ヒカルと同EMIの大先輩である椎名林檎(東京事変)の影響下にある、もはや「いつの時代のJ-POPだよ」とツッコミ不可避なくらいには、今どき珍しいゴリゴリのJ-POPを繰り広げている。誤解を恐れずに言うと、そのJ-POP然としたキャッチーなメロディやストリングのアレンジも実質現代に蘇ったZARDみたいなもんで、その辺りの制作者側が意図した既視感に何を感じ何を思うかは聞き手次第といった所ではある。ちなみに、本作のほぼ半数以上の楽曲にアレンジャーとして携わっている河野圭氏は、ヒッキーや(Mステで岡田拓郎と共演した)BiSHアイナ・ジ・エンドをはじめとするメジャーなJ-POPや、海外では女優のIUにも楽曲提供/プロデュースとして関わっている、言うなれば“J-POPとは何か”を知り尽くしている人物の協力のもとで成り立っている事実が全ての答えなのかもしれない。少なからず言えるのは、佐藤のアクの強いナルシスティックな側面が表面化したような、“ソロ”だから可能にした自由な想いと祈りを真正面から体現したかのような1枚であるという事。

最後に、キンググヌゥの新井くんと岡田くんが古くからのセッション仲間という事実に衝撃を受けた話に次いで、個人的に佐藤千亜妃に関して最近知って驚いた事といえば、佐藤が自分と同じ1988年生まれだった事(ずっと年下のイメージだったから)。あの大天使ローレン・メイベリーと同学年でありながら、佐藤と同じ88年生である自分が88年会の仲間に対して悪いことなんて書けるわけねぇよな、っていう話。

Split end - moratorium

Artist Split end
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EP 『moratorium』
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Tracklist
02. 2番目の星
03. アネモネ
04. 夜半の月
05. week end

「今、関西のガールズバンドシーンがアツい」とのことで(知らんけど)、この奈良出身の同級生バンド、その名も(日本語で“枝毛”を意味する)Split endは、昨今の邦楽オルタナシーンの最右翼的存在の(フジロック2021にも出演した)羊文学きのこ帝国の系譜にある、いわゆる90年代のシューゲイザーをルーツとする「This is Alternative」なサウンドを特徴とした若手インディーズ界の新星だ。先日リリースされたEP『moratorium』では、彼女たちの『mid90s愛』に溢れた往年のシューゲイザーらしいリバーヴを効かせた立体的な空間表現からなるダイナミズムと、コンポーザーであるななみ(Vo.Gt.)の今にも消えて無くなりそうな弱々しくも愛らしい歌声を中心に強調される、J-POPならではのエモーショナルでキャッチーなメロディが無邪気に弾け飛ぶ一枚となっている。


いい意味でコア的な粗さを残した2019年のmini album『deep love』と比較すると、このEP『moratorium』では比較的ゆったりしたドリーミーなオルタナやってる印象。それこそ、青春真っ只中のティーンエイジャーの刹那的な焦燥感と生き急ぐ逸る気持ちを疾走感溢れるギター・サウンドに乗せてかき鳴らす#1“TEENAGER”からして、ポップティーンとジャパニーズ・シューゲイザーの相性の良さを垣間見せ、放課後の帰り道に訪れる出口のない白昼夢を彷徨うドリーム・ポップ的な#2“2番目の星”、オルタナ然とした歪みに歪んだ轟音の壁=サウンドスケープを展開する#3“アネモネ”と同じく“轟音のススメ”な#4“夜半の月”、ティーンムービーの主題歌に打って付けのポップでキャッチーな#5“week end”まで、とにかくFor Tracy Dydeをはじめ、この手のオルタナ~シューゲラインのポップスが好きなら、今後抑えておかなきゃいけないバンドだと確信させるレベルにはある完成度。特に#4はライブで体感したいノスタルジックな名曲。

しかし現状では、羊文学きのこ帝国みたいにメジャーになりきれない、つまりインディーズの域を出ないのも事実で、例えばインディーズのティーンムービーの主題歌としてフックアップされたりなんかしたら面白いし、既にその下地というか資質は十二分にあると思う。
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