Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

Deftones

Muse - Will Of The People

Artist Muse
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Album 『Will Of The People』
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Tracklist
01. Will Of The People
02. Compliance
03. Liberation
04. Won’t Stand Down
05. Ghosts (How Can I Move On)
06. You Make Me Feel Like It’s Halloween
07. Kill Or Be Killed
08. Verona
09. Euphoria
10. We Are Fucking Fucked

Museはメタル・・・というのも、何を隠そう初期のMuseって一部界隈住人からはプログレ兼メタルというか、厳密に言えばオルタナティブ・ヘヴィの文脈で語られるようなバンドで、しかし近作においてはチャーチズさながらの80年代風のシンセ/エレクトロ主体の作風が相次ぎ、気づけばソッチ界隈では微塵も話題に挙がらない存在となっていた。そんなUKロックを代表するMuseが今回、初期作における“Museはメタル”の精神を引っ提げた、約4年ぶりとなる待望の新作でカムバックしてきた件について。


この『Will Of The People』の足がかりとなる、1stシングルの“Won’t Stand Down”の何にド肝を抜かれたかって、“メタル”は“メタル”でも今やUKを代表するモンスターバンドと化したBring Me the Horizonの“MANTRA”を彷彿とさせるカルト宗教の儀式的なMVをはじめ、同バンドがEDMポップスと化した問題作の『amo』における某シングルのアイコニックなリフ、そしてUSのDeftones『Diamond Eyes』で目覚め20年作の『Ohms』において確立させた“20年代のヘヴィネス”を、Museなりの解釈でオマージュしてんのがガチでヤバ過ぎる件。で、シャウトとともにザックザクにキザミに刻んでくる俄然メタリックな間奏パート、およびメインリフのヘヴィネスが入ってくる直前の“タメ”に該当するギターのギョーンギョーンギョーンも同様にアイコニックかつパンチライン過ぎて語彙力消失(バッキングのシンセの音とか、ほぼほぼジョーダン・フィッシュ)。

とにかく、今や日本のアイドル(PassCode)やガールズバンド(Trident)にオマージュや楽曲カバーされるBMTHがいかにしてアイコニックな存在となったのかを、UKロックレジェンドのMuse“MuseなりのBMTH”と呼ぶべき1stシングルを介して証明して見せるという想定外の展開に、改めて現行のヘヴィミュージックシーンはBMTHを中心に回っている事に感動を覚えた。そもそもの話、このシングルだけ『amo』以降のBMTHや最近のDIR EN GREYお抱えのエンジニアであるダン・ランカスターを迎えている時点でほぼ確信犯です。


1stシングルと並び“ミューズはメタル”の直接的なアンサーソングとなる#7“Kill Or Be Killed”は、冒頭のGojiraさながらのテック・リフとメシュガーさながらのギョーンの合せ技からして、もはや“ミューズなりのメシュゴジラ”の領域に片足を突っ込んじゃってる、それこそ3rdアルバム『Absolution』における“The Small Print”を超えるミューズ史上最高にヘヴィな曲で、その“20年代のヘヴィネス”の原型となるメシュゴジラに象徴される現代的なプログレ・メタルのアプローチやデスメタルさながらの間奏パート、そしてイケメンことハーマン・リ顔負けのピロピロギターソロが織りなす、まさに初期作の楽曲を正統にアップデイトさせたようなゴリッゴリのメタルを繰り広げている。

なんだろう、00年代を代表するUKオルタナのMuseが、当時しのぎを削ったUSオルタナのDeftonesと約20年の時を経て邂逅するエモ(amo)さったらないというか、ザックリ約20年のブランクがあるにも関わらず、現代ヘヴィミュージック界のトレンドである“20年代のヘヴィネス”を的確に捉えるマシュー・ベラミーの審美眼、その“したたかさ”に震える。リアルな話、来年のダウンロードフェスジャパンで全然トリでいけるっしょ(準トリがBMTHで)

自分の中では完全に終わったバンドという認識だったのに、今作聴いたら「ホーリーシェイ!」ってなったわ。なんだろう、近作の内容があまりに酷すぎた結果、自分みたいな初期厨のニワカファンが離れて一気に人気を落としたタイミングで、(海外ではワーナーだが、日本におけるレーベルを担う)Fソニーが「あんたら人気落ちとるからエエ加減に売れる曲書いて初期みたいなメタル回帰してもろて」みたいにケツ叩かれたとしか思えない、知らんけどw

確かに、音楽通ぶりたい批評家からは近作と同様に不評だと思うけど、俺らみたいな初期厨のニワカが寄ってたかって飛びつき、手放しで褒め称えそうな楽曲をFソニーにスパンキングされて意図的にソングライティングしてきたわけだから、そのバンドというよりはレーベルの意向を素直に汲んで受け取るべきだし、むしろMuseニワカであるメタラーの俺たちが支持したらんと誰も支持せんと思うわ今作。


そもそも、オペラさながらの大仰なクワイアが「ちんこ~ちんこ~」という空耳を連呼する表題曲の#1“Will Of The People”からして、本作におけるサウンド・スタイルの回帰を示唆するキザミを効かせたハードロック的な曲調だし、他にも前作の『Simulation Theory』における80年代路線を踏襲した、映画『ロッキー』の劇中歌であるヨーロッパの“ザ・ファイナル・カウントダウン”のオマージュとばかりのシンセをフィーチャーした曲で、この絶妙なタイミングで「昆虫すごいぜ!」のカマキリ先生こと香川照之やキャバ嬢にてめぇの爆乳さわってもいい?と聞いてそうなひろゆきに対して企業コンプライアンスの大切さを訴える#2“Compliance”、UKレジェンドことクイーンの意思を受け継ぐかの如しクラシカル/オペラティックなコーラスワークをフィーチャーした#3“Liberation”、ピアノ主体のバラードナンバーの#4“Ghosts (How Can I Move On)”、再びジョン・カーペンターの『ハロウィン』シリーズや『エルム街の悪夢』などの70年代から80年代にかけてのスラッシャー/ホラー映画的なゴシック・ミュージカルを繰り広げる#6“You Make Me Feel Like It’s Halloween”、マシュー・ベラミーのファルセットボイスをフィーチャーしたバラードの#8“Verona”、Bメロで「乳輪~」と空耳させることで再び日本人に対してコンプライアンスのギリギリを攻める#9“Euphoria”、飼い主であるFソニーに対してFワードを吐いて抗う曲で、同UKのPure Reason Revolutionさながらのクラシカルな電子ロックの#10“We Are Fucking Fucked”まで、とにかく“ファイナル・カウントダウン”オマージュといい、80年代ホラー映画の明確な影響といい、コンプライアンスのギリギリのラインを攻める下ネタ(空耳)といい、なんだろう全体的にBMTH(Deftones)meetチャーチズとでも例えたくなる作風で(Deftonesは主宰のフェスでチャーチズと共演しているのも伏線)、もはやピンズドで俺受けを狙ってるとしか思えないし、これマジでFソニーにケツぶっ叩かれてるってw

Deftones 『Ohms』

Artist Deftones
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Album 『Ohms』
Deftones-Ohms

Tracklist
02. Ceremony
03. Urantia
04. Error
05. The Spell Of Mathematics
06. Pompeji
07. This Link Is Dead
08. Radiant City
09. Headless
10. Ohms

白ポニーこと『White Pony』から20年、白梟こと『Diamond Eyes』から10年・・・デブ豚ことDeftonesって、10年周期の節目節目にその後の10年間のヘヴィロックシーンのトレンドとなる「ヘヴィネスの基準」を更新してくるバンドで、そんなバンドが10年周期の始まりを告げる2020年に待望の新作を出してくるってんだから、その内容にも普段とは違う特別な期待を寄せずにはいられなかった。

2000年に発表された白ポニーがいかに偉大なアルバムかなんて事は散々語り尽くされているはずだから割愛するとして、個人的にデブ豚の卓越的な音楽センスって2010年に発表した白梟こと『Diamond Eyes』にあると思っていて、というのも“10年代メタル総選挙ランキング同率1位”メシュガーが編み出した現代的なヘヴィネスをオルタナティブの解釈を通して自身のヘヴィロックに落とし込むことで、10年前の白ポニー「ヘヴィネスの基準」をシーンに掲示したバンドが10年周期で新たに「ヘヴィネスの基準」を刷新した歴史的名盤に他ならないから。その白梟がシーンに及ぼした影響は計り知れず、ザッと思い出すだけでもDIR EN GREY『The Insulated World』やヘヴィロック界のレジェンド=TOOLの約13年ぶりとなる『Fear Inoculum』は、漏れなく白梟におけるガニキ考案の「ガーの精神」に則った10年代のヘヴィロックを総括するような名盤だった。そんな白梟から2年後、あのゴリゴリにトガった硬派な白梟をシーンの先駆者という立場的な意味でもメインストリーム=大衆的なヘヴィロックへとスタイリッシュにブラッシュアップしてみせた次作の『恋の予感』も、同じくしてエクストリーム・メタルの始祖メシュガー「ガーの精神」を大衆の耳に届けることに成功した名盤である。

2010年代早々にヘヴィロック界の金字塔とも呼べる2枚の名盤をリリースし、その後も安泰かと思われたDeftones。しかし、2016年作の『Gore』はバンドにとって黒歴史的な駄作となった。このアルバムの何がダメだったかって、端的に言ってしまえば「曲が書けていない」の一言に尽きると思うのだけど、その『恋の予感』にあったセクシャルなエロさも白梟にあったリフも革新的なヘヴィネスも、肝心の音作りにおいても、このアルバム特有の突出した「何か」があるというわけでもなかった。本当に何がやりたいのかわからなかった。強いて言うなら、表題曲以降の曲を聴く限りでは、「Deftonesなりのポストメタル」がやりたかったんじゃないかって。そのニューロシスに代表されるポストメタルを目指してみたはいいものの、いかんせんその前に出た二作が完璧過ぎたってのもあって、あまり好意的なイメージが持てなかったのも確か。知らんけど。

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デブ豚ってこう見えて、音楽的にもフレキシブルな感性と価値観をもってヘヴィロックを昨今にアップデイトし続けているバンドだけあって、ロックシーン以外の音楽シーンに対する見識の広さと昨今における世界的潮流の一つであるダイバーシティ=多様性への意識の高さを兼ね備えていて、最近その音楽業界や音楽ジャンルの垣根を超えたダイバーシティぶりを発揮した案件こそ、ローレン・メイベリー率いるエレポップバンド=チャーチズデンゼル・カリーとのコラボでも知られるボルチモアのラッパーJEPGMAFIA、そしてメタル界からは“10年代メタル総合ランキング同率一位”ことGojiraがラインナップされたDeftones主催のフェス『Dia De Los Deftones』の開催である。

しかし、それに対して反発したメタル界屈指の問題児ことHatebreedジェイミー・ジャスタがツイッターで放った今の音楽業界マジクソすぎ!のツイートに、チャーチズの大天使ローレンが噛みついて激しいレスバトルが繰り広げられ、そのレスバの中で大天使がゴジラ好きだという新事実が発覚したのは今も記憶に新しい(ジェイミーナイス!)。その流れで、イギリスのロック雑誌Kerrang!の表紙にデブ豚チノ・モレノローレン・メイベリーがツーショットを飾るというダイバーシティの連鎖を引き起こす。しかし、表紙の「この女があのジェイミーをレスバで負かした女か・・・怖いから近づかんとこ・・・」みたいな少し距離感のあるチノの引き顔は傑作だった。とにかく、近頃のDeftonesは音楽ジャンルの垣根を超えたフェスを主催したり、常に革新的な音楽性のみならず、各音楽シーンの「壁」を超えた対外的かつ改革的な意識でファンを驚かせてくれるレジェンドなんですね。で、この話の本筋はここからで、実はそのフェスにラインナップされたメンツの中に見覚えのあるバンドを発見した。それこそ今年、約22年ぶりの復活作をリリースしたHumで、もちろん去年の時点ではその存在すら知らなかったから、その伏線がここに繋がってたなんて思いもよらなかった。何を隠そう、本作の『Ohms』Humの約22年ぶりとなる復活作『Inlet』に対する回答的な役割を果たしているんじゃあないかって。


一聴して驚いたというか、妙な違和感を憶えたのは、本作の最後を飾る表題曲だけ少し毛色の違うヘヴィネスを披露している点で、実はその一際「異質」なヘヴィネスこそ本作を紐解く重要な鍵を握っているんじゃないかって。ある種のブルーズがかったストーナー的なイントロから始まって、その00年代のポストメタルを象徴するペリカンを彷彿とさせるミドルテンポのリフ回しを耳にした瞬間、最近どっかで聴いたようなデジャブを感じた。そのデジャブの正体こそ、Humの復活作の冒頭を飾った“Waves”に他ならなかった。その90年代のオルタナシーンを縁の下から支えたHumの復活作その内容って、それこそ2010年以降のデブ豚や現代ポストメタルのニューロシスの影響下にある現代的なヘヴィネスをバックグラウンドとした、まさに「新世代ポストメタル」と呼ぶに相応しい内容だった。そこから導き出せる答えはただ一つで、実は『Ohms』の目的って駄作だった前作の『Gore』で実践していたニューロシス型のポストメタルという名のペリカン=アートワークのゴアさん(正確にはフラミンゴだけど)を救い出すために、過去に遡って10年前の白ポニーに乗り、そして20年前に発見した1カラットのブラックダイヤモンド『恋の予感』を懐に忍ばせて、グロテスクな黒歴史として過去に葬り去られたゴアさんを救い出すメタ的なアルバムなんじゃないかって。再三の考察の末に、たった一つの『真実』にたどり着いたら、俄然『Ohms』のジャケ写ばりにぴえん🥺ってなった。まるで「失われた600万羽のペリカンを取り戻す」ならぬ「失われた600万匹の豚さんを取り戻す」とばかり、それこそ何者かによって豚さんを略奪された飼い主のような「ぴえん🥺」の気持ちだ。

冒頭の“Genesis”から、主催のフェスに何故チャーチズが呼ばれたのかを証明するような、80年代を彷彿とさせるネオン瞬くノスタルジックなシンセと、(例えるなら)真夜中に“Sextape”を再生してオキニのAV女優を発見して「ムム...これは『恋の予感』・・・!!」とガチ恋発令警報不可避のドリーミーでフェミニンなリフレインからしてぴえん🥺案件で(最近のオヌヌメ女優は梓ヒカリぐらいかなぁ)、その「人をバールのようなもので殴り続けると死ぬ」を座右の銘とするサイコパスみたいな武骨で粗暴なヘヴィネスの重さと適度なグルーヴ感は、まさに白梟『恋の予感』が芽生えかけているゴアさんのようでもり、そしてアウトロのシャウトから津波のような鬼ヘヴィネスへと畳みかける楽曲構成は、それこそ白梟をはじめ『Saturday Night Wrist』あたりの2000年代後半から2010年にかけてのデブ豚、その「ナイトプールで自撮りする水着美女の官能的なエロスの後にそびえ立つ伏魔殿に轟く重厚なヘヴィネス」という構図、それこそ映画で例えるなら『アンダー・ザ・シルバーレイク』みたいな、一見複雑のようで実はシンプルな構図で成り立っているのがデブ豚の真髄をメタしてて俄然ぴえん🥺。

本作のリフって思いのほか「動く」。盟友TOOLの傑作『Fear Inoculum』に触発されたのかは知らんけど、デブ豚にしては珍し過ぎるソリッドなキザミリフを駆使した#3“Urantia”は、これこそまさに「動けるデブ」そのもので、その「動けるデブ」の本領を発揮する『恋の予感』をベースとした「チャラいメシュガー」みたいな10年代のヘヴィネスでアップテンポにギョンギョン飛び跳ねる#4“Error”、まるでシルバーレイクの闇へと引きずり込まれるようなシンセの魅惑のアトモスフィアと、低域の底を突き破ったポストメタル然とした轟音ヘヴィネスは嫌でもハムのジューシーな新作を匂わせる通称「指パッチンメタル」の#5“The Spell Of Mathematics”、そしてゴアさんへの『恋の予感』に終止符が打たれ失恋を経験した「ぴえん🥺」な気持ちを歌った#6“Pompeji”は本作のハイライトで、10年代のヘヴィネスから抽出されるギョン成分の濃度を高めたヘヴィネスをニューロシス的なポストメタルに邂逅させたバチグソタイトなリフと、ゴアさんとの幸せだった日々の思い出を懐かしむノスタルジックなシンセと例のアートワークを暗喩するカモメさんの鳴き声がこだまする【浜辺を寄せては返す美しい波=浜辺美波】でお馴染みのアウトロのSEも確信犯で泣ける🥺。ホラー映画のサントラ的なイントロのシンセから、全盛期を思わせるバグったシャウト中心のチノのボーカルと10年代風のモダンなリフがクロスする#7“This Link Is Dead”、本作を象徴する「動くリフ」主体の#8“Radiant City”は、曲構成は元よりチノのシャウト的な面でも白梟“Rocket Skates”を2020年代仕様にアップデイトしたような曲で、もう隠す気もなく普通に「Deftonesなりのポストメタル」やっちゃう#9“Headless”、そして表題曲の“Ohms”は先ほども述べたように他と比べて明らかに異質。

冒頭で述べたように、10周年の節目となるDeftonesだからこそ、時代の動き、シーンのトレンドを先読みした流動的かつ革新的な音楽性で常に時代の最先端を走り続けてきた彼らだからこそ、この10周期の節目となる2020年に一体どんなヘヴィネスを鳴らすのか?20年前の白ポニーや10年前の白梟の時と同じように、全く新しいヘヴィネスを更新してくるに違いないと。正直そこの部分にしか興味なかった。しかし実際に伏魔殿の蓋を開けてみると、意図的なのか過去作とリンクさせるメロディやフレーズ、そしてチノのシャウトまでもどこかデジャブのような既視感を憶えたのも事実で、それこそ本作が「伏魔殿に囚われたゴアさんを救い出す物語」のメタファーであると解釈すれば、白梟『恋の予感』で培った10年代の現代ヘヴィネスとヘヴィロック全盛の00年代のヘヴィネスを、あくまでもフラットな状態で繋ぎわせたのが20年代のDeftones説あって、つまり前作のゴアさんで培ったポストメタル的な側面と革新性に溢れていた10年代と20年代のDeftonesが邂逅して“20年代のヘヴィネス”へとアップデイトしている。決して10年代のように変に色めき立つわけでもなく、色気は色気でもフラットな平常心から放たれるオーガニックなヘヴィネス、その「落とし所」が絶妙過ぎる。

その過去作からの引用を意図的なものと捉えるか、それとも単にネタ切れ的なものと捉えるかは人それぞれかもしれない。過去作で手に入れたブラックダイヤモンドや恋心を装備した豚=豚に真珠が陰毛がモシャモシャと蠢く伏魔殿からゴアさんを救い出す物語だと捉えた人には名盤に聴こえるだろうし、一方でクソゲーマー伊集院光もといチノ・モレノのボーカルワークをはじめ、表題曲を筆頭に一貫して統一性のないヘヴィネスや「動けるデブ」並みに動くリフ(これは意図して過去作をミックスしているから説)に対して「単なるネタ切れ」と捉える人には駄作に聴こえるかもしれない。

しかしTOOL『Fear Inoculum』といい、最近のメタルシーンは新時代のヘヴィネスを追求していくと最終的にポストメタルに行き着く説あって、それこそ本作は聴けば聴くほどHum『Inlet』にしか聞こえないというか、むしろ復活後のHumの方がよっぽどニューロシスmeetデブ豚やってるのは皮肉ではある。オリジナリティの面でも完成度の面でもぴえん🥺。このやって様々な面でぴえんと泣きたくなるアルバムなのは確かです。

このバンドに対して「集大成」みたいな言葉は使いたくなかったけど、「集大成」と呼ぶだけの内容になってるのも事実。自分自身の過去を総括するという意味でも、駄作を駄作と、失敗を失敗と認めて、そこからまた新たに改良を施すベテランの業に唸る作品でもある。そういった意味では、白梟よりも一年先に“10年代のヘヴィネス”を先取りしていたスウェーデンのクソゲーマーもといKATATONIAが今年出した『City Burials』と方向性は近いのかもしれない(やっぱりKATATONIAデブ豚ってボーカルの体型以外は全く繋がりないように見えて、実はめちゃくちゃ共通点があり過ぎるその意外な関係性は、この2020年においても互いの新作同士で繋がっている)。

ある意味、ある意味で本作は『Gore』の続編であり、『Gore』で本当にやりたかった事がやれている気がする。確かに、確かに白ポニーは元より、白梟『恋の予感』のような革新性は皆無に等しい。2020年という10年周期にあたる貴重な一枚を、「強奪された600万匹の豚さんを取り戻す」その一心で棒に振ったと考えれば考えるほどやっぱりぴえん🥺。これも全てゴアさんのおかげかもしれない。ゴアさんが報われて本当によかった・・・ありがとうゴアさん・・・。

ローレン・メイベリーはメタル

チャーチズはメタル

デブ豚主催のフェスにチャーチズ出演というわけで、(パワー系繋がりという意味で)デブ豚チャーチズはまだしもGojiraチャーチズの並びは流石にシュール過ぎて笑う(これメシュガーじゃなくてゴジラってのがキモなのかも)(このメンツの中にsukekiyoが入っても全然違和感ない)。つまり、これはもう“チャーチズはメタル”=“ローレン・メイベリーはメタル”だな!


しかし案の定、この(メタル/ラップ/ポップス/オルタナ/エレクトロごちゃ混ぜの)ラインナップに噛み付く奴=メタル界一の問題児ことHateBreedのフロントマン=ジェイミー・ジャスタローレン・メイベリーのレスバトルがツイッター上で始まって、まずジェイミーなんでゴジラの上にチャーチズおんねん・・・今の音楽業界マジクソとつぶやくと、そのイキリツイートに対してすかさずローレンデブ豚が決めたラインナップやから音楽業界云々はウチ知らんし、そもそもジャンル論争は時代遅れの化石やし、そういったジャンル間のギャップを埋めていく事の方が大事やと思うし、ウチ過去に地元グラスゴーでゴジラ観てるし、デブ豚にいたっては3回も観てるし(というリアル“ローレン・メイベリーはメタル”発言からの)、“ポップ・ミュージック”やってるからって他のジャンルに理解がないわけじゃないでという火の玉ツイートぶん投げてて、なんだろう、やっぱローレン・メイベリーには敵わねぇなって。・・・そうなんだよね、僕はローレンの超可愛いルックスなんかよりも、このカッコ良すぎる内面的な部分をリスペクトしているんだよね(嘘こけ)。

でも、今回の件でローレンがツイートで言ってることって真理に近くて、このラインナップに象徴されるようなジャンルの垣根を超えたジャンルレスな“未来志向”の音楽こそ、BMTHが最新作の『amo』でやってる事そのものなんだよね。そうなんだよね、全ては『amo』に繋がっているんだよね。世はまさに“amo時代”なんだよね。でもちょっと待って、改めてローレンゴジラのライブ観てる姿を想像したらクソ萌えたんだけど・・・ローレンすき。好きすぎてもう100回くらいライブ観てる気分なのに実際は一度も生で観れてないという・・・。ダメだ、これ一生観れない奴だ・・・。ともあれ、そんなチャーチズBMTHがラインナップされている日本のサマソニすごい・・・(アツい掌返し)。

Junius 『Eternal Rituals for the Accretion of Light』

Artist Junius
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Album 『Eternal Rituals for the Accretion of Light』
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Tracklist

01. March Of The Samsara
02. Beyond The Pale Society
05. All That Is, Is Of The One
07. Telepaths & Pyramids
08. Masquerade In Veils
09. Heresy Of The Free Spirit
10. Black Sarcophagus

USはボストンが生んだ”天才バンド”ことJuniusといえば、ポストロックやポストメタルやポストパンクなどのPost-系をはじめ、同時にシューゲイザーやオルタナティブ・ロックやら幾多のジャンルを経由した、いわゆる”ごった煮”系の音楽性を特徴としたバンドで、俺的年間BESTの一枚に選んだ2011年作の2ndアルバム『Reports From the Threshold of Death』では、崇高かつ神々しいクワイヤを擁したエピカルでコンセプティブな”ヘヴィ・シンフォニー”を繰り広げ、その天才的な才能が高く評価された天才バンドは同年にAlcestとのカップリングツアーにも参加し、2014年にはEPの『Days of the Fallen Sun』をドロップする。この勢いのまま、恵まれた環境でエリートコースまっしぐらのキャリアを積み上げ、さてそろそろフルアルバム!と周囲が期待するなか、今年に入ってから急遽ギタリストが脱退、気づけば中心人物のJoseph E. MartinezとドラマーDana Filloonの二人組バンドになっていた。そんな苦難に見舞われた天才バンドが、約6年ぶりに放つフルアルバムがこの『Eternal Rituals for the Accretion of Light』だ。

天才バンドといえば、曲タイトルに()のついたSEをアルバムの中に組み込み、そのスピリチュアルでコンセプチュアルな作品の世界観をより深めるギミック的な演出を設けていたが、しかし今回の曲目を見れば分かるように、本作には天才バンドのキモである()が付いた曲が見当たらない。確かに、ほんの些細なことかも知れないが、これは一体ナニを意味するのだろうか?

EPの延長線上にある、原始的な未開の部族の遠吠えとパーカッションによる儀式的な幕開けを飾る一曲目の”March Of The Samsara”から、変拍子を効かせたシューゲイザーライクなアトモスラッジ系のヘヴィネスと荘厳かつ神聖な世界観を構築するゴシック/シンフォニックなシンセサウンドが織りなす、天才バンドらしいスケール感溢れる壮大なサウンド・スケープは不変で、よりヘヴィに、よりダークに、そしてよりモダンなサウンドを展開し、少なくとも二人組になった影響は音からは微塵も感じさせない。



天才バンドらしいポストパンク風のボーカルワークとまだDeftonesが「シューゲイザー」と呼ばれていた初期の頃を彷彿させる2曲目の”Beyond the Pale Society”チノ・モレノのモノマネ芸人名乗れるレベルのチノ声やモダン・ヘヴィネス然としたグルーヴィにウネるギターまで全てがデブ豚リスペクトな3曲目の”A Mass for Metaphysicians”、そしてCircle Takes The SquareDrew Spezialeをゲストに迎えた曲で、近年のDIR EN GREYを彷彿させるリフ回しを垣間見せる4曲目の”Clean The Beast”を聴けば、今作がいかに「オルタナティブ・メタル」という特定のジャンルに歩み寄った作品なのかが分かる。

そして、本来は()が付いているはずの今作唯一のSE曲となる5曲目の”All that is, is of the One”から、イントロからエレクトロポップが始まったかと勘違いするポップなメロディをフィーチャーした6曲目の”The Queen's Constellation”を皮切りに、神聖なクワイヤを駆使した暗黒スロウコアみたいな7曲目の”Telepaths & Pyramids”、ミニマルでオリエンタルなシンセの妖しげなメロディをフィーチャーしたアコギチューンの”Masquerade in Veils”、一転して再びデブ豚ライクなサウンドを聴かせる9曲目の”Heresy of the Free Spirit”、そしてスロウコアな幕開けから徐々にスケール感を増していく10曲目の”Black Sarcophagus”まで、後半からは非メタル的な曲調を中心に、近未来感のあるモダンなアレンジやオリエンタルな側面を垣間見せる、それこそ天才バンドとしての異質な才能を遺憾なく発揮する。

音の面で言うと、前作みたいな盟友Rosettaライクなごった煮ポストメタル感は希薄で、今作はメタルはメタルでも往年のDeftonesリスペクトな、あくまでもモダンなヘヴィネスに振り切ったオルタナティブ・メタルだ。正直、ギタリスト脱退という窮地に追いやられたにも関わらず、ここまでの作品を出してくるなんてもはや天才バンドたる所以としか言いようがない。

Eternal Rituals for the Accret
Junius
Prosthetic Records (2017-03-03)
売り上げランキング: 608,668

Deftones 『Gore』

Artist Deftones
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Album 『Gore』
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Tracklist
01. Prayers/Triangles
02. Acid Hologram
03. Doomed User
04. Geometric Headdress
05. Hearts and Wires
06. Pittura Infamante
07. Xenon
08. (L)MIRL
09. Gore
10. Phantom Bride
11. Rubicon

欧州最大の怪獣であり、現在エクストリーム・ミュージック界の頂点に君臨するGojira『MAGMA』は、Lamb of GodMastodonをはじめとした、いわゆる「アメリカのメタル」を喰らい尽くした末、遂に『シン・ゴジラ』へと突然変異を遂げた。そのゴジラが喰らった「アメリカのメタル」の中には、90年代から現代アメリカのモダン・ヘヴィネス界隈の繁栄に大きく貢献してきた「デブ豚」ことDeftonesの姿があった事を、あの日の僕達はまだ知らない。

デブ豚がアメリカの現代ヘヴィネスを更新し続ける一方で、遠い北欧スウェーデンの魔神Meshuggahが独自の解釈で新時代のモダン・ヘヴィネスを創り上げ、そして遂にDjentとかいうメタルの新しいサブジャンルが確立、辺境界隈の中で小規模ながらも爆発的なムーブメントを起こしていた。そのシーンの変化に危機感を覚えたデブ豚は、「アメリカのメタル」を代表してメシュガーへの回答として、ベーシストチ・チェンの悲劇を乗り越えた末に誕生した6thアルバムのDiamond Eyesをドロップした。その二年後、デブ豚は7thアルバムの『恋の予感』とかいう謎アルバムをリリースする。今作の『Gore』は、その前作から約4年ぶりとなるフルアルバムだ。



幕開けを飾る#1”Prayers / Triangles”からして、前作の恋の予感を踏襲した「男のフェミニズム」全開の色気ムンムンなシンプルなロックナンバーで、しかしかき鳴らし系のギターや全体的な音使いは、ダイヤモンドのように硬いガッチガチなヘヴィネスを鳴らした過去二作と比べると軽めだ。 一転して『Diamond Eyes』を彷彿とさせるスラッジーな轟音ヘヴィネスやGojira顔負けのクジラのように「キュルルゥゥ!!」と鳴くギターをフューチャーした#2”Acid Hologram”、今度はMastodon顔負けの動きがアクティブなリフ回しを披露したかと思えば、転調してプログレッシブなアプローチを垣間見せる#3”Doomed User”、Post-Djentなリズムで攻める#4”Geometric Headdress”、正直ここまでは現代ヘヴィネス勢の影響を感じさせる曲が続く印象で、過去二作と比べても存外アッサリした感じ。 某”U, U, D, D, L, R, L, R, A, B, Select, Start”のポストロック系譜にある、ここにきてようやくデブ豚らしいセンセーショナルなメロディセンスを発揮する#5”Hearts / Wires”だが、しかし如何せんイントロがクライマックス感は否めない。

中盤もパッとしない、そんな中で今作が如何にイマドキのモダン・ヘヴィネスから影響を受けているのかを証明するのが、他ならぬ表題曲の#9”Gore”で、この曲ではDjent然とした軽快なグルーヴを存分に取り入れている。シューゲイザーかじってた5thアルバム『Saturday Night Wrist』の頃を彷彿とさせる曲構成と、これまでセンセーショナルな感情を押し殺していたチノがここにきてようやく本気を出し始める#10”Phantom Bride”、そしてDIR EN GREYが大喜びしそうな音響アレンジが際立ったラストの#11”Rubicon”まで、中盤までの曲と違って終盤の三曲は明らかに本気度というか、気の入りようが違う。つうか、本気出すのおせぇ・・・。

基本的なバンドの音使い自体は近年のデブ豚を踏襲つつも、曲の雰囲気的には5thアルバム『Saturday Night Wrist』への回帰を予感させる、つまり脱力感のある”Alternative”なロックへの回帰を予感させるノリというか、過去二作にあった張り詰めたような独特の緊張感みたいなのは薄くなって、良くも悪くも聴きやすくはなった。これは別に過去二作と比べて地味だとか、手抜きだとか決してそういうわけじゃあないが、しかしどこか徹底したナニかに欠けて聴こえてしまうのも事実。例えば『Diamond Eyes』のように 徹底してゴリゴリのモダン・ヘヴィネス貫くわけでもなし、前作のように『恋の予感...!』不可避なエッチなフェロモンを色気ムンムンに醸し出すわけでもなく、となると今作の『Gore』にはどこか一貫した”コア”の部分がゴッソリと抜け落ちている気がしてならない。それはフロントマンチノ・モレノの歌メロを筆頭に、アレンジ含むメロディや肝心のリフに関しても、極端に突出しないどっちつかずな、悪く言えば中途半端な、良く言えば変に取り繕ってない自然体で素直な”Alternative”やってた本来のデブ豚への回帰、いわゆるシューゲイザーかじった掻き鳴らし系ロックバンドへの回帰と捉えることも出来なくもない。一貫した”ナニか”がない分、逆に アレンジやリフの種類が豊富に楽しめる利点もあるし、完成度という点ではそこまで過去作に引けを取っているわけではない。例えるなら、『Diamond Eyes』が脂ギットギトの豚骨ラーメンだとすると、今作は脂控えめなアッサリ系の豚骨ラーメンみたいな。

ゴジラの『MAGMA』もそうだったけど、今作はそのゴジラや「アメリカのメタル」の象徴であるマストドンをはじめ、現代モダン・ヘヴィネスの最先端であるDjentからの影響が著しい作品でもあって、そういった側面から分析すると、この『Gore』はかなりパンピーやキッズ向けのアルバムと言えるのかもしれない。当然、それはイマドキのモダン・ヘヴィネスをベテランなりに解釈した結果でもあるし、常に「最先端の音楽」を臆せず自分たちの音楽に取り入れてきた、実にデブ豚らしい好奇心旺盛な作品でもある。しかしそれ故に、精神面での弱さが目立つというか、これまでのメンタルエグってくるような音のギミックは稀少。ウリである「存在の耐えられないエモさ」ではなく「存在の耐えられない(音の)軽さ」、むしろデブ豚がカモメのように空を飛べるくらいの「軽さ」がキモになっている。フアンの中には、四年かけてこの内容は正直キツいと難色を示す人も少なからず居るはず。しかしこれだけは言えるのは、過去二作の中ではDIR EN GREYが一番のオキニにしそうなアルバムだということ。あとやっぱ丼スゲーなみたいな話。

Gore
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