Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

Alcest

Alcest 『Spiritual Instinct』

Artist Alcest
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Album 『Spiritual Instinct』
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Tracklist
01. Les Jardins De Minuit
04. L'Île Des Morts
05. Le Miroir
06. Spiritual Instinct

だから言ったんだ。僕は“日本のメタル・メディア界のキング”として、近年のメタル界に蠢く「ある懸念」に警鐘を鳴らしていた。それが“東京一極集中”ならぬ“ニュークリア・ブラスト一極集中”だった。そして、その嫌な予感は「最悪な結果」となって目の前に現れた。それこそがフランスのレジェンド=Alcestのニュークリア・ブラスト入りだった。

このアルセもといアルセストって、海外では初期の頃からずっとProphecy Productionsという一応はアンダーグラウンドなレーベルから作品をリリースし続けていて、この日本に至ってはアルセストの絶対的な信頼感と音楽的な根幹部にあるアングラ性を担っていた、あのディスクユニオンから“帯・ライナー付国内盤仕様”というもはや“国内盤”と呼んでいのかすらわからない謎仕様(恐らく盤自体は輸入盤)=ユニオン盤としてリリースされ続けてたんだけど、ここにきて遂に海外はメタル最大手のNuclear Blast、そして国内盤はワードレコーズという、恐らく盤に至っても正真正銘の正規の国内盤がリリースされるという・・・一言で言えば「地獄」だよね。もう聴く前から「地獄」。このアルセストの絶妙なアングラ性とニッチ感および童貞オタク感=その絶対的な信頼を担保していたユニオンからミーハーメタルレーベルのワードに変わるとか「地獄」以外の何者でもない。

結局、「アルセストの魅力」ってメタルのサブジャンルの中でもニッチなPost-Black/Blackgazeとかいう同人オタク音楽の開祖としてその存在を誇示し続けながらも、(例えるならKATATONIAが初期の頃から今でもほぼずっとPeacevlleに籍を置き続けるように)メタルシーンの中でそれなりの立場にいながらも初期の頃から世話になったProphecyで生涯を全うするという、その“ガワ”の部分にこそアルセアルセストたる由縁に繋がっていたにも関わらず、このタイミングでニュークリア・ブラスト入り脱ユニオンという最悪の結果を迎えてしまったわけ。それこそ1stアルバムの頃からユニオン盤を出し続けてきて、そこさえブレなければ何があっても大丈夫なはずだってずっと思ってたし、それはずっと変わらないものだと思ってたから、まさかこの“勝利の方程式”が崩れ去るなんて想像もしてなかった。だってNBに移籍した途端、まるで“メタル中央政府”の権力を見せつけるかのようにMV連発して積極的なプロモーション攻勢に出てくるんだもん。ヤダヤダヤダヤダ!こんなの俺たちの知ってるアルセじゃない・・・とは言え、前作の『Kodama』で現状やりきった感があったのも事実。というわけで、ここからはアルセストが偉大なポストブラックの開祖であり、常にポストブラックを次のステージにアップデイトし続けてきたレジェンドである事を十分に理解した上で言わせてもらう。

“メタル本願寺”ことニュークリア・ブラストに入信したことで、アルセストの音楽性がどうなるのか想像してみてほしい。幕開けを飾る#1“Les Jardins De Minuit”から、ブラストはブラストでも今は亡き盟友ASMRもといAmesoeurs直伝のブラストビートだった2ndアルバム『Écailles De Lune』とは一味違った、ヴィンターハルターの粗暴なブラストとメロブラかよってぐらいのトレモロ・リフがキレッキレに動くのなんのって。本来のアルセストらしい幻想的なアトモスフィア、その霧のようにリバーブがかった残響感は皆無に等しくて、むしろ過去最高に激しく“メタル”な重さが備わったドラムの音作りまでアルセスト史上最高にメタリックな仕様で、とにかく音の輪郭をソリッドにクッキリカッチリと鳴らす。それもそのはずで、先述したように今作は海外/国内レーベルの“ガワ”も違えば、それと同じようにサウンド・プロダクションという名の“音のガワ”もまるで違う。今作はレコーディングとミキシングこそフランスで行われているが、最後の仕上げとなるマスタリングにはエンジニアにLOVEBITESでもお馴染みのMika Jussilaを迎え、メタル王国フィンランドのFinnvox Studiosで仕上げられている。ここで今一度冷静に考えてみてほしい。アルセストの作品にLOVEBITESと関係するエンジニアが絡んでる時点で(わりと地獄)、これまでのアッサリ醤油味を看板メニューとしていたラーメン屋が急にコッテリ豚骨味に鞍替えしたような、今作は麺の質は元より具材やスープの味付けまでもコッテコテの「バリカタ・コッテリ・メタル」を目指しているのが分かる。


このシングル“Protection”が先行公開された時、いつにも増して激しく動く、言うなれば“アグレッシヴ”に動くリフを聴いて一体何を思ったかって、それこそアルセストフォロワーでありデンマーク出身のMØLに他ならなくて、つまり「メタル化したアルセって、それもうフォロワーのMØLじゃん・・・」って。なんか久々に“アグレッシヴ”って言葉使った気がするけど、それこそMØL以来に使った気がするけど、その久々がまさかアルセだなんて夢にも思わんかったわ・・・。正直、“アグレッシヴなメタル”という脳筋バカみたいな言葉をアルセに対して使いたくなかったけど、でも実際に今作を一言で例えると“アグレッシヴなメタル”になるんだからしょうがない。そのリフや音作りの面だけじゃなく、リズムの面でもいわゆるプログレ・メタル然とした転調を駆使して、とにかく曲を機敏に動かしていく#4“L'Île Des Morts”“アグレッシヴなメタル”と揶揄できる曲で、ここまでくると流石に“ガワ”“中身”のメタル仕様は一部分ではなくて、作品の根幹部分から細部にわたりアルバム全体にまで及んでいる事を理解する。

例えば、1stアルバム『Souvenirs D'un Autre Monde』ではフランス映画『エコール』顔負けのロリータ・コンプレックス的な世界観とポストブラックとの「相性最高」、2ndアルバム『Écailles De Lune』では幻想的なフレンチアニメとポストブラックの「相性最高」、4thアルバム『Shelter』ではシガロ界隈のポストロックとポストブラックとの「相性最高」、5thアルバム『Kodama』ではジブリアニメ=『もののけ姫』2:54Esben and the WitchなどのUKオルタナと「相性最高」ときて、そして今回は“アグレッシヴなメタル”とポストブラックの「相性最悪」・・・。つまり、前作の“オルタナバンドとしてのアルセ”から一転して“メタルバンドとしてのアルセ”に180度様変わりする姿にギャップ萌え、裏を返せばアルセというバンドのフレキシブルな創造性、その豊かさの証明に他ならない。そのように、過去作との比較や前作とのギャップを知った上で考察的な観点から見ると面白いアルバムに違いないんだけど、いかんせんネージュの青春の音楽だった往年のニューウェイブ/ポストパンクすなわち“UKオルタナ”と、ニュークリア・ブラスト直伝の“アグレッシヴなメタル”、それぞれの音とアルセの相性は・・・まぁ、なんだ、「音は正直」だったよね。

賛否両論というか、恐らくそこまで悪くない内容だと思うけど(いや、やっぱ悪いか?)、いかんせん“ガワ”の部分が“中身”の部分に与えるイメージが強過ぎるせで、必要以上に悪いイメージがつきまとってくるのは確か。改めて、“中身”以前にまず“ガワ”が作り上げるバンドのイメージ、その影響力って思った以上に大きんだなって。正直、アルバムという“結果”に至るまでの過程はこれまで通り、それすなわち「未知の領域にポストブラックを進撃させる貪欲な姿勢」は何一つ変っちゃいない。しかし1番大事な“結果”が悪すぎた、“結果”が。これはあくまで結果論に過ぎないし、その攻めにいった結果がダメならもうどうしようもないし、開拓の精神を持つ挑戦者としてメタル本願寺に挑んだ結果、その結果がダメならしょうがない。少なくとも保守的な老害になるよりは全然マシ。それらを踏まえた上で、僕はこのアルバムの事を“肯定的駄作”と名付けたい。だから今回の件に関してはアルセネージュは何も悪くないです。悪いのはニュークリア・ブラストワードレコーズです。

これ「超えちゃいけないライン考えろよ」案件以外の何者でもなくて、言うなれば「アルセがガチメタルやった結果www」みたいな、でもアルセがこれやっちゃうと途端にダサくなる。なんだろう、例えるなら陽キャになりたくて無理してる陰キャみたいなね。それこそ前作がジブリのスピリチュアルな世界観を忠実に再現したコンセプトとUKオルタナという音楽的バック・グラウンドが化学反応を起こしバチっとハマった結果の名作だっただけに、それと比べるとこの『Spiritual Instinct』ならではのとっておきのパンチラインがNothing(=何もない)、要するにガワから中身まで全てが“メタル仕様”の音の方向性とコンセプトおよび世界観の統一感がまるでない。随所で前作の名残りを感じさるのがまたライティング不足というか、その世界観の構築に失敗している印象を受ける。皮肉にもタイトルの“スピリチュアル”の文字が虚しく響く、・・・そう、僕の心の叫びとともに・・・


(ディスクユニオンーーーー!!早く帰ってきてくれーーーーー!!)


Jambinai 『ONDA』

Artist Jambinai
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Album 『ONDA』

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Tracklist
02. Square Wave
03. Event Horizon
04. Sun. Tears. Red
05. In The Woods
06. Small Consolation
07. ONDA Prelude
08. ONDA

これは前にも書いたけど、自分の記憶の中にある“韓国の音楽”っつーと、もう十数年前に高校生の頃にクォン・サンウ主演の韓流ドラマ『悲しき恋歌』をたまたま観たらハマって主題歌入りのサントラを買ったのがなり染めで(この主題歌はマジ名曲)、そんな過去を持つ自分からしたら現代の“韓国の音楽”を代表するBTSTWICE、そしてIZ*ONEをはじめとする“K-POP”が初めての“韓国の音楽”という人はニワカ以外のナニモノでもないんですけど、そんな僕と同じように「K-POPはFAKE(LOVE)だ!」と、まるで「本物の韓国音楽を見せてやる!」と豪語する勢いのバンドがいる、それが2010年に韓国ソウルで結成されたJambinaiだ。


このジャバンノリもといジャムビナイといえば、3年前にThey Keep Silence”のパフォーマンスビデオがアップされるや否や、朝鮮の伝統楽器として知られる管楽器のピリ(觱篥)や擦弦楽器のへグム(奚琴)、中国の琴を改造して生まれたコムンゴ(玄琴)を駆使した、そのエクスペリメンタルでアヴァンギャルドな音楽性が瞬く間に巷で話題を呼んだ。これまでにもフランスのヘルフェスを皮切りに、グラストンベリーやSXSWなどの世界的なフェスにもジャンル問わず招待され、更に2016年にはイギリスのインディー・レーベル=ベラ・ユニオンと契約し2ndアルバム『a Hermitage』を発表すると、2018年の平昌オリンピックの閉会式では圧巻のパフォーマンスを披露、今年2019年のコーチェラではK-POPのBLACKPINKとともに韓国音楽の“今”と“伝統”を代表して自国の音楽文化を世界に轟かす事に成功する(日本的にはtricotの韓国ツアーの前座に招待されたのが記憶に新しい)。そして、これまでライブ・サポートだったリズム隊を新たに正式メンバーとして迎え入れ5人組となったJambinaiは、全世界待望の3rdアルバム『ONDA』を(日本ではSWデンゼル・カリーでお馴染みのHostessから)リリースするに至る。

この『ONDA』の幕開けを飾る#1“Sawtooth”から、スコットランドの伝統楽器であるバグパイプで言うところのピリをはじめ持ち前の伝統楽器がケルティックな装いで、それこそエンヤばりにニューエイジな情景が目の前一面に広がるような民俗音楽と、自らが影響を受けたと公言するポストロック界のレジェンド=モグワイ譲りの湿り気のある寂寥感や全てを飲み込まんとする混沌蠢く轟音ノイズ、その伝統的な東洋の民族楽器と西洋の発明品であるギターが時代と国境を超えてバイブスる“静と動”のコントラスト、静寂と喧騒が交錯する重厚なダイナミズムと壮観なスケール感は、例えるならスコットランドの民俗音楽であるケルト音楽に回帰したモグワイのようでもあり、同時に日本のVampillia的な“破壊の美学”を感じさせる。

このジャバンノリもといジャムビナイ、一見すると#1“Sawtooth”のような王道的なポストロック〜ポストメタルを軸にしたイメージ通りのサウンドが主かと思いきや、へグム奏者のキム・ボミによる耽美的な歌声をフィーチャーした#2“Square Wave”では、一転して歪んだギターのリフを前面に押し出しながら女性ボーカルを中心とした叙情的なメロディを、転調を駆使したプログレスでドラマティックな展開美へと落とし込む、これぞまさにメタラー好みの“動き”のある曲構成と“ドラマティックで叙情的”な“メタルの醍醐味”を知ってる人たちに他ならなくて、つまりステレオタイプのポストロックだけじゃなく、それ以上に“メタル”に精通したバンドなのが分かる。

表題の『ONDA(オンダ)』は韓国語で“来る”を意味していて、(これはちょっとタイムリーな話なのだけど)“来る”といえば個人的につい最近邦画ホラーの『来る』を観たんだけど、その映画の終盤のクライマックスに日本全国から霊媒師や朝鮮の祈祷師が集結してドンチキドンチキと悪霊退散するシーンがあって、その場面が國村隼主演の韓国映画『哭声/コクソン』の祈祷シーンを思い出した人も少なくないと思うのだけど(自分もその1人)、その映画哭声/コクソンに登場する似非祈祷師のダンサブルな祈祷シーンのバックで流れていそうな、朝鮮の伝統楽器がお祭り気分の焦燥感を伴いながらカオティックに狂喜乱舞する#3“Event Horizon”。最近では、国民の三分の一がキリスト教を信仰している韓国の映画にしては珍しく、言うなれば“キリスト教徒から見た仏教観”をテーマにしたNetflixオリジナル映画『サバハ』が邦画の『来る』とは比べものにならないくらいの傑作ホラーなのでオヌヌメです(間違いなく2019年のBEST映画の一つ)。

このJambinaiっていうバンド名、実はtoolの曲名=“Jambi”から取ったんじゃねぇか説あって、俄然そう思わざるを得ないのが今作のハイライトを飾る#4“Sun. Tears. Red”で、まず初っ端からtoolの3rdアルバム『Lateralus』から“The Grudge”のウネウネウネる呪術リフを彷彿とさせるGリフと、同曲のメイナード・キーナンオマージュの歌い回しからもう確信犯で(これで確信犯じゃなかったら何)、そのtool的密教ライクな世界観をより妖しく彩る民族楽器とともに、曲が進むにつれてコアっぽい激しさを伴いながら、そして来るクライマックスではまるで日本統治時代の朝鮮独立における“日本帝国主義”に対する“怒り”バンドの中心人物でありギタリスト兼ピリ奏者のイ・イルに憑依したかのような、それこそフランスのポスト・ブラックレジェンド=Alcestのネージュ顔負けの激情的な咆哮から、初期のネ・バブリシャスに匹敵する超絶epicッ!!な怒涛の展開からのカタルシスを見せるあたり、こいつらダテに五輪で演奏してないなというか、toolAlcestが共存するバンドとか今までありそうでなかったというか、なんだろう、伝統だなんだポストロックだなんだって言うけど、むしろ“イマドキのメタル”のド真ん中やってるバンド、その証明以外のナニモノでもないです。あと2018年に発刊された“韓国のメタル”が詳細に記された『デスメタルコリア』を読んでもわかるように、韓国のメタルバンドの“日帝ディス”は韓国のメタルを象徴するアイデンティティの一つでもあって、このジャンビナイはその“韓国のメタル”のド真ん中の王道を貫いているという事実は、(イ・イルによれば)この曲のインスパイア元が“日帝時代の朝鮮独立についてのドキュメンタリー”である事からも明らかだ。

約13分にも及ぶ#5“In The Woods”は、環境汚染に晒された自然、大地、海、日々受け続ける地球の悲痛な叫びを、朝鮮の土着風土に息づく伝統楽器ならではの繊細緻密な表現力をもって、それこそ韓国映画にも通じるエモーショナルな感情表現の豊かさに溢れた“心技体”に染み渡るような美しくも力強いメロディが、“自然災害vs環境汚染”という形で互いに傷つけ合う地球と人間の心をリリカルに優しく紡ぎ出していく、まさに“再生の音楽”である。今度は“ヨンシーinコリア”みたいな、モグワイとともに自らが影響を受けたと公言するアイスランドのポストロックレジェンド=シガーロスをはじめ、北欧ポストロックばりのリリカルな叙情詩を描き出す#6“Small Consolation”は、中国〜朝鮮半島から伝わった日本の雅楽的な雰囲気が味わえる(和楽器バンド笑)。

ここでも「聞けば聞くほどスゲーVampilliaっぽい」という答えに行き着くのだけど、というのも日本のVampilliaもアイスランドと縁のあるバンドだし、同時にAlcestとも深い縁のあるバンドだしで、だからといって“韓国版Vampillia”って表現したらめちゃめちゃチープに感じるからやめた方がいいと思うけど、こうやってポストロック界の2大レジェンドをフォローしつつ、一方で叙情的なメタルの醍醐味だったり、13年ぶりに新作を発表するtoolだったり、Alcestdeafheavenにも精通するイマドキのメタルだったり、そして“韓国のメタル”の王道を行ったりと、音楽的な面でも思想的な面でも出自のバックグラウンドをJambinaiの民俗音楽を介して奏でられるアイデンティティとオリジナリティは説得力に溢れすぎている。捨て曲ないのは当然として、いわゆるK-POPよりも韓国の伝統や真の美意識が感じられる傑作です。勿論、伝統楽器が1番のウリなのだけど、要所で入るギターのフレーズが一々センスフルなのが、このジャムビナイをメタルバンドとして本物たらしめている所以のように思う。

これもう日本のMonoVampilliaあるいtricotとのスリーマンツアー期待していいですか?もし来日公演がないなら、ユーチューバーのあゆたびに頼んでジャムビナイの国内ライブを観に韓国に連れてってもらおっかな?だからあゆたびーーーー!!僕を韓国に連れてってーーーーー!!

Onda
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MØL 『JORD』

Artist MØL
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Album 『JORD』

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Tracklist
01. Storm
02. Penumbra
03. Bruma
04. Vakuum
05. Lambda
06. Ligament
07. Virga
08. Jord

あの歴史的名盤『サンベイザー』を境にdeafheavenが大ブレイクしてからというもの、各界隈のレーベルが血眼になりながら”Post-deafheaven”のポスト、あるいは原石を求めて奔走していた。UKを拠点とするHoly Roar Recordsもその一つで、Holy Roarは所属するUKマスコア界のエースRolo Tomassi”女版デフヘヴン”に魔改造することに成功した腕利きのレーベルである。そして2018年、そのHoly Roarから”Post-deafheaven”の最終兵器として満を持して登場したのが、2012年にデンマークはオーフスで結成された5人組のMØLだ。

幕開けを飾る”Storm”のイントロから、ポストブラック界のレジェンドAlcest『KODAMA』を彷彿させるノスタルジックでドリーミーな音響意識の高い甘味なメロディ、そしてブラック・メタル然としたトレモロ・リフをバックに、デフヘヴン”ジョージ・クラークの妹分”Rolo Tomassiエバちゃんだとするなら、このMØLのフロントマンキム”ジョージ・クラークの弟分”と言わんばかりの激情的な金切り声を「イ゛ヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!」と吐き散らす、その名のとおり”嵐”のような冒頭の展開からして、なんかもう「ウェーイ!!僕たちデフヘヴンのサンベイザーとアルセストのコダマに感動してポストブラックはじめました!!」みたいな微笑ましさすらあって、端的に言ってしまうと「Alcestとdeafheavenがエクストリーム合体した場合」、そのif=もしもの世界(タブー)を現実に再現してしまった禁断のバンドがMØLだ。


確かに、10年代以降Alcestdeafheavenのフォロワーはポッと現れては2秒で消え、あるいは2秒で伝説と化していったけど、正直ここまでポストブラック界の二大レジェンドの影響やエレメンツを咀嚼し、それを完全に自分たちのモノ(音)にしてるブラゲって実はこのMØLが初めてなんじゃねえか?ってくらい、既に姉貴分のRolo Tomassiana_thema、そしてAlcestや同郷のMyrkurもラインナップされているUK最大のPost-系フェス『ArcTanGent 2018』に名を連ねている所からも彼らの注目度の高さを物語っているし、だてにHoly Roarの秘蔵っ子やってないってのが、この『JORD』を再生して数分もしないうちに理解できる。実際、レーベルメイトでもあるRolo TomassiのメンバーはライブでMØLのTシャツ着ちゃうほどの大フアンだ。



アルバム冒頭から自らの存在がAlcestdeafheavenの間の子であると現代メタルシーンに堂々宣言してから、初期デフヘヴンをハイグレードにブラッシュアップしたブラゲナンバーの#2”Penumbra”、今度はAlcestの2ndアルバム『Écailles de lune』直系の童話を元にしたフレンチアニメの幻夢世界の入り口へと誘うアルペジオをフィーチャーした#3”Bruma”、中でも今作のハイライトを飾る#6”Ligament”は、極悪ブラゲ~Alcestリスペクト~ポストメタルを大陸横断のごとく流動的に行き来する、まさに「MØLとはナニか?」を一つに集約したような曲で、ここまで来るともう「ポストブラック全部のせ」みたいな贅沢感がとにかく半端ない。

確かに、この手の『サンベイザー』の表題曲みたいな天国から地獄みたいな急転直下型の緩急を織り交ぜた標準的なギャップ萌えのブラゲスタイルを特徴とした、いわゆる”フォロワー”タイプのブラゲってワンパターンな曲調/アレンジに陥りがちだけど、#4”Vakuum”のようなOpethをはじめとしたエクストリーム系のメタリックでヘヴィな曲もイケるのは北欧ならではだし、一方で#5”Lambda”のようなD F H V Nもビックリの西海岸系のインストもイケちゃうし、表題曲の#8”Jord”に至ってはAlcestもドン引きするレベルの80sポスト・パンク/ニューウェーブ的な「意外性」のある側面を垣間見せたりと、決してフォロワーの枠に留まらないそのメロディやフレーズには光るものがあるし、想像以上に幅広いアレンジやリフの引き出しもあって、この手の”フォロワー止まり”のブラゲ勢とは一線を画した非凡なセンスと確かなオリジナリティがある。

楽曲もAlcestdeafheavenみたいな10分超えの長尺はないし、曲構成も比較的シンプルなブラゲで(と言いながらわりと展開する)、いわゆる激情ハードコアとも呼べるスタイルなのだけど、そんなMØLの中で最も魅力的に映るのはやっぱり”メロディ”の良さだろう。まず、その郷愁に溢れたメロディやリバーブの扱い方とか完全にAlcestをはじめ90sシューゲイザーの影響下にあるし、#2や#4や#7みたいなドチャクソエピックなテンションをドーピングかまして常に絶頂期を維持し続け、未曾有のアドレナリンを垂れ流しながら目の前に広がるお花畑をルンルン気分で走り回る恍惚感と高揚感に塗れたメロディの洪水は、初期のLiturgyに匹敵する「最高にハイ!」ってやつだ。

まさに欧州であったりUKであったりUSであったり北欧の”いいとこ取り”みたいな、お前は一体どこの国のバンドやねん!とツッコミたくなるくらいインターナショナルなハイブリット型サウンドで、1stアルバムでこれだけやれるのは素直に半端ないし、普通に完成度が高いです。そらブラゲ界に衝撃走るわ。この手の激情ハードコア案件としては、日本支部のenvyHeaven In Her Arms、アイドル支部ではネクロ魔、そして最近では凛として時雨『#5』とかいうAlcestdeafheavenの正統後継者、そのハイブリットとして名乗りを上げるような傑作を発表してPost-界隈のド肝を抜いた。その凛として時雨の襲名式に「待った!」をかける新世代のバンドが、それもまさか北欧デンマークから誕生したのは本当に面白くて、この機運は間違いなく同郷のMyrkurが作り出した流れがあることも色々な意味で確かな事で、恐らく今年のPost-界隈では1番のマスト案件です。これは余計なお世話だけど、今年のArcTanGent凛として時雨が出ない意味がわからない。

凛として時雨 『#5』

Artist 凛として時雨
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Album 『#5』
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Tracklist
01. Ultra Overcorrection
03. Tornado Minority
04. Who's WhoFO
05. EneMe
06. ten to ten
07. Serial Number Of Turbo
09. High Energy Vacuum
10. #5

凛として時雨って、こう見えて日本のバンドシーンの中でもなかなか珍しい立ち位置にいるバンドで、一般聴衆からはいわゆる”邦ロック”に分類され(決してメインストリームではない)、特定のジャンルに分類するとマスロックやポスト・ハードコアの影響下にあるオルタナだと思うのだけど、実はその邦ロック界隈や特定の音楽ジャンル以上に、この凛として時雨が強く影響を受けている界隈が存在する...それが”ヴィジュアル系”だ。

確かに、ドラマーのピエール中野X JAPANYOSHIKIをリスペクトしているなんてのは界隈では有名すぎる話だし、最近ではそのYOSHIKIとも関わりの深いDIR EN GREYのフロントマンのソロsukekiyoのリミックスをTKが手がけたり、5thアルバムの『i'mperfect』ではDIR EN GREYの作品でも知られるメタル界屈指のエンジニアイェンス・ボグレンを起用し、各界隈リスナーのド肝を抜いたのは今も記憶に新しい。近年では、V系界のレジェンドLUNA SEA主催の『ルナフェス』にも出演し、それらの活動からバンドの立ち位置を見ても、凛として時雨って何かとV系界隈に縁がある言わばポストV系バンドだ。この、1stアルバム『#4』から”5”枚のアルバムと約13年の月日を重ねた、前作から約4年10カ月ぶりとなる6thアルバム『#5』は、これまでV系に”影響を受ける側”だった彼らが、今度は逆に”影響を与える側”の立場から見たある種の”原点回帰”であり、そして”その先”である。



アルバムのリード曲であるこの曲を聴いて、改めて時雨というかTKスゲーなと思ったのは、これもう”凛として時雨のメインリフ”だろってくらいキレッキレな初っ端のリフ回しから、時雨が影響を与えたフォロワーtricot”TOKYO VAMPIRE HOTEL””E”を連想させるダッダッダッっと切れ味鋭いリフやリズムを刻みながら、そのtricotポルカドットスティングレイなど時雨が影響を与えた数多くのバンドの残響とThe Fall Of Troyなどの海外マスロックレジェンドの影響下にある時雨の”原点”を紡ぎ出し、そしてBメロではMOON CHILDをはじめ90年代V系あるいはJ-Rockのニューロマンティックな耽美的かつアンニュイなムードを醸し出し、凛として時雨における”もう一つの原点”を赤裸々にナルシスティックに露出している。この曲の何が凄いって、いわゆる国産マスロック界のオリジネーターとしてフォロワーへの「格」の違いを見せつけながら、他国にはない”日本の音楽”である”ヴィジュアル系”というオリジナリティ=独創性を追求した、この凛として時雨しかできない唯一無二のスタイルをバンッと提示してみせるカッコよさ。なんかもう”時雨にして時雨”みたいな、今の時雨が全部詰まったような一曲で、これもう最高傑作だろと。

少し驚いたのは、これまでの若気の至りのような切羽詰まった焦燥感はなく、えらく落ち着いたというか驚くほどカッチリと整然とした俄然プログレッシブな曲構成で、とにかくピエールのドラムと345のベースとTKのギター、それぞれの”プレイヤー”としてのテクニック/ポテンシャルが秘められた、各楽器が発するインストゥルメンタルを聴かせる強い意思を持っていて、その大人びた意識がちょっとした”メジャー感”に繋がっている部分もあって、それ即ち彼らがバンドとして”ベテラン”の域に足を踏み入れたことを証明していた。

”曲がV系”なら”MVもV系”なのはお約束。このMVに登場する「謎の外国人女性」の存在、それこそX JAPANDIR EN GREYJanne Da Arcなどのヴィジュアル系に精通している人なら察しがつくと思うが、この「謎の外国人女性」というのはV系を象徴する一つの”アイコン”≒”イコン”であり、例えばV系全盛のMVには必ず「謎の外国人女性」を採用しなければいけないという、今の時代からは考えられないような”逆ポリコレ”ルールみたいなのがにわかに存在していて(そなの?)、とにかくV系界隈では「謎の外国人女性」の存在は様式美であり伝統芸能でもあるのだ。この「謎の外国人女性」の女体の格パーツを切り取ったフェティッシュな映像美、最後のシーンで”オルガスム”に達しちゃってるのほんとウケる。もう最高にV系だし、かなり激しい曲展開なのに、いつもどおりマイペースに淡々と弾いてる345すき。ともあれ、これは凛として時雨V系であるという、その確固たる証拠と言える。

このように、凛として時雨というバンドを語る上で、彼らのことをオルタナ?それともプログレ?あるいはマスロック?もしくはポストハードコア?はたまたポストロック?なんならV系?・・・結局のところ、どのバンドもそうなのだけど、そのバンドをどの文脈で語るかによって、話の結論が大きく変わってくるものだ。しかし、僕がこのレビューで書かんとしているのは、凛として時雨=ヴィジュアル系という周知の事実ではなく、この凛として時雨”ポスト・ブラック”であるという”ある仮説”、その確信に迫ることを最大の目的としている。

僕はずっと3ndアルバム『just A moment』凛として時雨の最高傑作だと思っていて、実はその『just A moment』の存在が、自分の中で凛として時雨=”ポスト・ブラック”であるという仮説を生んだ大きなキッカケとなった作品なのだ。まず、いわゆる”ポスト・ブラック”を代表するバンドは他ならぬフランスの貴公子ネージュ率いるAlcestだ。そもそも、凛として時雨の音楽って「TKの咆哮はネージュに似てる説」をはじめ、特にアコギやエレキのフレーズ/リフレインやリバーブの効かせ方、その音響センスやノスタルジックな世界観および内省的なメロディがAlcestのソレと限りなく密接な関係にあると常日頃から感じていて、曲を例に出すと4thアルバムの”Ef”や3rdアルバムの”mib126”なんかはもう確信犯なんじゃねーかと思うほど。何を隠そう、今作の『#5』はまさに”mib126”の方向性を更に発展させた印象があって、この『#5』にはそれらの初期時雨を構成するエレメンツが要所に散りばめられている。

奇しくも『#5』と同じ#5で、今作のハイライトを飾る#5”EneMe”は、この『#5』の”原点”となる”mib126”の強い影響下にある曲で、開幕から徹底してプログレッシブさを意識づけるように展開し、クライマックスでは日本が誇る激情ハードコア界のレジェンドenvyの魂を継承するような、TKの激情的な咆哮へと怒涛に展開していく。で思ったのは、この感覚ってAlcestネージュを迎えたDEAFHEAVEN『サンベイザー』と重なる部分があるというか、もちろんenvyD F H V Nに影響を与えているガチのレジェンドってのもあるのだけど、なんだろう、凛として時雨がその親とも呼べるenvyを喰らって完全なる”V系ポストブラック”に化けるという、このアツい展開カッコ良すぎて激情的に泣けます。しかし、AlcestD F H V Nのハイブリッドが凛として時雨だった展開マジアツい。

実はこのアルバム、ド頭から”ポストブラック”なんですね。幕開けを飾る”Ultra Overcorrection”のイントロから、それこそオランダ御三家のアンダーグラウンドなポストブラック勢やオサレブラック界の貴公子であるUSのSannhet、そしてネージュ人脈のAmesoeursLantlôsなど、それらに直結する「刹那と激情のバイブスが焦燥とともに蜃気楼のごとく歪み激しく鼓動を揺さぶるギター(中二病)」の音作りからして、完全にPost-BlackあるいはBlackgazeが得意とする空間表現のソレ。それ以外でも、さりげない空間表現(アトモスフィア)が一線級の音作りで唸らせるのと、#4”Who's WhoFO”のSFライクな歌詞/曲調もだけど、特にATMSフィールドを展開するアウトロの打ち込みとかana_thema”Distant Satellites”を彷彿とさせるし、衝撃だったのはアコギ曲の#7”Serial Number Of Turbo”の2分30秒からのエレキパートのキザミとか細かい音がいちいち凄すぎて笑った。TKガチの天才だろ。日本のギタリストでこのレベルのフレーズ出せるあたりやっぱ天才だと思う。



その流れで、#8”DIE meets HARD”みたいなテレ東ドラマのタイアップが付いたコマーシャルな曲を他のアルバム曲と違和感なく聴かせるのもまた成長の証というか、やっぱり今の凛として時雨はベテランの域に達したことの証明、そういった今の時雨にある明確なメジャー感と”原点回帰”の貪欲な姿勢を持つアンダーグラウンドな時雨が、13年の時を越えてクロスオーバーしたのがこのアルバム『#5』である。

ラストを飾る表題曲の”#5”の空間表現もやっぱりAlcestっぽい。なんだろう、2016年にAlcestが日本的なコンセプトをモチーフにした『KODAMA』を発表したことで、よりその”Alcestっぽい”イメージが強くなった感あって、というのもこの『KODAMA』ネージュの”原点”でもあるUKオルタナからの影響を惜しげもなく披露した作品、かつネージュのオルタナ系ギタリストとして、1人のギターリスト/プレイヤーとしてのエゴをむき出しに音楽と向き合った作品でもあって、それってつまり凛として時雨がこの『#5』の中でやってる事と全く一緒なんですね。共にUKオルタナへの”原点回帰”がギターのフレーズを中心に節々に感じられる。フェンダーはジャズマス使いのネージュ、一方でテレキャス使いのTK、愛用するギターは違えど、彼らが奏でる独創的なフレーズやメロディには共通する何かがある。

しっかし、UKのマス界隈を代表するRolo Tomassi”女版デフヘヴン”みたいなアルバムを出したかと思えば、今度は日本のロック界から凛として時雨がそれに対する回答として『#5』を発表したのは、一体何の因果か・・・。そして、envyの正統後継者かつ新時代のポストブラックが、まさかの時雨だなんて、今年最大の衝撃ってレベルじゃない。間違いなく今の日本が世界に誇るべき最高のバンドです。

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凛として時雨
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【4/9】 ンアルセストゥ 『いいにおいのするALCEST JAPAN TOUR 2017』@名古屋Rad Seven

「ANATHEMAの新譜に伴うツアーに抜擢されたAlcestすごい」
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「そんなAlcestと対バンするVampilliaすごい」 
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「そんなVampilliaのライブを3回観る俺すごい」

・・・僕はそんな謎理論を展開しつつ、2014年に4月に開催された前回の来日ツアーから約二年ぶり通算三度目となる、フランスの貴公子ンネージュゥ率いるAlcestのジャパンツアーに行ってきた。基本的にAlcestの来日ツアーって、初来日となる2012年のツアーから謎の音楽集団Vampillia主催の「いいにおいのする」シリーズに招待される形で来日公演を行っていて、三度目となる今回のツアーもVampilliaの招待があって実現したツアーだ。

自分の中でのVampilliaって、それこそ新生アイドル研究会BiS戸川純とコラボした『the divine move』と実質1stフルアルバムの『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』というダブルアルバムを聴いて以降時間が止まってて、ここで僕と同じく「最近のポンピリャ~って何してんの?」と疑問に思ってる人の気持ちを代弁すると、最近のエビフリャ~といえば、派生バンドのVMOを立ち上げたり、二年前に縁があった戸川純と再び本格的なコラボアルバムをリリースしたり、そのコラボがてら漫画『ハンターハンター』の作者で知られる冨樫先生にイラストを描いてもらったりしてて、これには「もっと仕事選べよ富樫、つうか仕事しろ富樫、あっ、仕事してんのか富樫」ってツッコんだ憶えがある。

そんなポンピリャ~の本日の予定は、本来なら意識高い系フェスでお馴染みの『After Hours'17』に誘われて出演する予定だった(きっと、きっとそうに違いない)、そう、きっと誘われている「ハズ」だったその豪華イベントを蹴ってまで、このンアルセストゥを名古屋に連れてきてくれたエビフリャ~には改めて感謝の言葉を贈りたい。

7時に開演すると、まずベースのミッチーがステージに出てきて「漫談でも始めんのか?」って思いきや、「いつもセトリが変わらないヴァンピリアだけど、今日は新しいアルバムに収録される新曲二曲を初披露するよ」とのミッチーによる前説があり、そして竜巻太郎氏と吉田達也氏のツインドラムを携えたエビフリャ~の面々が登場。一発目はお馴染みの曲で、モンゴロイドの咆哮や男の娘の喘ぎ声、ヴァイオリンのお姉さんやピアノの先生、いつものギターとベース、真部(行方不明)そしてツインドラムを駆使した、いわゆる「静と動」のコントラストと緩急を効かせた超絶怒涛のサウンドスケープを展開する。やはり、この日本でンアルセストゥ-スタイルに唯一対抗できるバンドはエビフリャ~しかいないと再確認させられた。

僕自身、ポンピリャ~のライブを観るのは前回のンアルセストゥ来日ツアーの時以来、今回で三度目となる。とは言え、今日のポンピリャ~は全部で6曲か7曲披露したセトリの中で、僕が認識できた曲は一曲目と名曲"endless summer"くらいで、だから僕にとっては知らない曲=新曲みたいなもんで、だからどれが前説でミッチーが言ってた新曲なのか分からなかった。けど、2曲目はモンゴロイドがデフヘヴンっぽくて激しかったし、3曲目はマスロックなアプローチあったりして、とにかく本日披露した全曲良かったから新譜はかなり期待できると思う(適当)。あと、ここまで近い距離でポンピリャ~のライブを観たのは初めてだったから、ヴァイオリン弾きのお姉さんの美しみに惚れたし、いつヴァイオリンの弓がモンゴの頭に突き刺さるかヒヤヒヤしたというか、よくあんな狭い空間でお互いに接触せず激しいパフォーマンスできるな、って妙に感心してしまった。正直、今日のポンピリャ~は過去に観た二度のライブを余裕で超えるくらいのベストライブだった。

「ンアルセストゥマジビッグ・イン・ジャパン」

お次はお目当てのンアルセストゥの出番だ。このンアルセストゥもヴァンピリアと同じでライブを観るのは三度目だ。この日は日曜日で、いくら名古屋と言ったってンアルセストゥの出番が始まる前にはスタッフから後ろが詰まってるから前に詰めてください的なアナウンスがあったくらい、フロアはほぼ満員御礼で、俄然「ンアルセストゥマジビッグ・イン・ジャパン」ってなった。

8時半に開演。カーテンが開くと地べたに座ってるネージュの後ろ姿が完全に女形にした見えなかったのと、立ち上がって正面を向いたネージュが手にしているのは、他ならぬ白のフェンダー・ジャズマスターのシングル・コイルだ。そして、新作『Kodama』のエンディングを飾る”Onyx”をライブのオープニングとして幕を開ける。

『会場の僕ら』
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そのオープニングに次いで始まったのが、他ならぬ『Kodama』を象徴する表題曲の”Kodama”だ。なんかもう、白いジャズマス抱えて2:54ばりのガリガリしたダーティなリフを弾き倒すネージュが完全に90年代のオルタナ系のギタリストにしか見えなかったのと、というかもう完全に「オルタナティブ・ロックバンドとしてのAlcest」のソレだった。Winterhalterによる力強いリズムを刻むドラミングをフィーチャーしながらダイナミックに展開しながら、宮﨑駿の最高傑作である『もののけ姫』ばりの崇高な世界観を描き出し、それはやがてシシ神となってステージ上に舞い降り、ほぼ満員の会場にいる僕たちは森の妖精「コダマ」となって「わーい!シシ神様だー!」と狂喜乱舞する。もう完全に俺ら『もののけ姫』に出てくるコダマだったわ。

『Kodama』は、これまでの作品とは違ったアプローチで挑まれた作品で、その中でも特にドラマーのWinterhalterはロック然としたグルーヴ感やポストパンクばりに跳躍感溢れるリズムを刻んでいて、そんな彼の活躍が顕著に現れた2曲目に披露された”Je Suis D'ailleurs”をライブで聴いたら、俄然そのドラムビートとグルーヴ感を体全体で感じることができたし、改めて『Kodama』の中に込められたAlcestの生々しいオーガニックな部分がより立体的に具現化して見えた。

その新譜からの流れで、2ndアルバムの”Écailles de lune - Part 2”へと違和感なく繋いでみせる。やはり、『Kodama』に最も近いイメージを持つ2ndアルバム『Écailles de lune』との相性はグンバツだ。次に3rdアルバムから”Autre Temps”でシンプルかつキャッチーに盛り上げる。

そして再び「オルタナティブ・ロックバンドとしてのAlcest」を垣間見せる、新譜から”Oiseaux de Proie”とライブのハイライトを飾る”Eclosion”を立て続けに披露。こう新譜からネージュのスクリーム連発されると本当にAlcestが帰ってきたんだって感慨深くなる。その後は、再び2ndアルバムから”Là où naissent les couleurs nouvelles”、そして前回のライブから恒例となった4thアルバム『シェルター』から”Délivrance”で一人ずつ退場していく謎の感動を呼ぶ演出を最後に、トータル約70分におよぶライブは幕を閉じた。で、アンコール待ちの時にようやくネージュが出てきたかと思ったら手首の空時計を指差して「ジカンマジヤバイ」みたいなアピールしだして、結局ハコの時間の都合でアンコールは演らずに皆んなで記念撮影して終わった。これは毎回思うんだけど、Alcestのアンコールやりそうやらない雰囲気ほんと苦手。

Alcestの凄いところって、新譜の『Kodama』で往年のンアルセストゥ-スタイルに回帰しているように見えて、実はこれまでにない全く新しいアプローチから曲作りしてる所で、このライブでは往年のンアルセストゥと全く新しいシン・ンアルセストゥが共存する姿を、それこそ『もののけ姫』のテーマのように、人と人が、人と動物が、そして人と自然が共存する、人類が目指すべき社会を訴えかけるようだった。そういった意味でも、過去二回のライブとは間違いなく一線をがしたライブだったと言える。

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