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墓っ地・ざ・ろっく!

黄金の道

椎名林檎 『日出処』

Artist 椎名林檎
new_Land+of+the+Rising+Sun+2014

Album 『日出処』
日出処

Tracklist
01. 静かなる逆襲
02. 自由へ道連れ
03. 走れゎナンバー
04. 赤道を越えたら
05. JL005便で
06. ちちんぷいぷい
07. 今
08. いろはにほへと
09. ありきたりな女
10. カーネーション
11. 孤独のあかつき
12. NIPPON
13. ありあまる富

Post-Progressive界の第一人者 ・・・事の発端は、昨年リリースされた赤い公園猛烈リトミック、そしてきのこ帝国フェイクワールドワンダーランドで、今年に入ってからは相対性理論のライブを皮切りに、tricotねごとはじめとした、それらのガールズ・ロックおよび女性ボーカルバンドの楽曲を聴いてもの凄く痛感した事があって、それは椎名林檎という一人のババアもとい一人の女性アーティストの存在が、いかに日本の音楽シーンに多大な影響を与えてきたのかという事で、それに伴って→【なぜ日本におけるPost-Progressiveが女性的なジャンルであるのか?】という疑問にブチ当たった。何を話そう、その疑問に対する答えは、既に約10年以上前の椎名林檎が証明していると言っても過言じゃあなくて、それこそ昨年リリースされたオリジナル・アルバムとしては約5年半ぶりとなる5thアルバム『日出処』は、この椎名林檎が日本におけるPost-Progressive界の第一人者であるという事実を物語るような一枚となっている。
 

音楽の王道』=『黄金の道 ・・・まるで椎名林檎が執り仕切るキャバレーの開演を知らせる合図の如く、トランペットやサックスが織りなすダーティなブラスとジャジーでアダルトな世界観を繰り広げていく#1静かなる逆襲”は、初っ端の「東京なんてのは危険なトコよ」とかいう歌詞をはじめ"らしさ"のあるシニカルな歌詞からして、つい最近きのこ帝国のアンダーグラウンドからメインストリームへの移行を目の当たりにした身には痛く染みるほど、もはやソレに対する皮肉にも聞こえて俄然面白いし、お得意の転調から巻き舌風にオラオラと捲し立てる大サビまでのポスト-な展開力にはぐうの音も出ない。で、まるでRATMばりのUSヘヴィロック然とした縦ノリグルーヴで幕開けを飾り、ハードロック調のアッパーなノリで展開していく#2自由へ道ずれ”は、それこそアルバムのリード・トラックと呼ぶに相応しい、驚くほどストレートでシンプルかつキャッチーな、そして作品の明確なツカミとしてその大胆不敵な存在感を放っている。一転してフルートのエスニックな音色とファンキーなバンド・サウンドが、初期の傑作勝訴ストリップ虚言症”をフラッシュバックさせるワチャワチャしたリズム&グルーヴを刻んでいく#3走れわナンバー”、それに負けじとイヴァン・リンスのボイスとトロンボーンをフューチャーしたジャズナンバーの#4”赤道を越えたら”、また一転してエレクトロな打ち込みと壮麗優美なストリングスがシリアスに交錯する、それこそPost-Progressiveに精通するオルタナチューンの#5JLOO5便”、まるで気分は怪盗ルパン三世あるいはカウボーイビバップな映画音楽顔負けのスケール感溢れるブラスとド派手なストリングス、そしてGrimesSusanne SundførをはじめとしたSSW/海外アート・ポップ勢に負けず劣らずな日本人らしいコピー能力の高さを発揮する林ンゴのオリエンタルなボーカル、極めつけは「テレッテッテッテーテレレテーレレレ…Ringo!!」とかいうアゲアゲなコーラスに草木生える#6”ちちんぷいぷい”、また一転してケルティックなアレンジと壮麗なストリングスを擁したドラマティックなバラードナンバーの#7”今”、若作りに必死なババアの激萌えボーカルとチェンバロの摩訶不思議な音色が織りなす、一種のおとぎ話のようにアンニュイでメルヘンチックな世界へと聴く者を誘い込んで行き、そして転調に次ぐ転調を見せる後半の展開、そのポスト-な展開力をはじめギターの音使いからも、林ンゴのプログレッシブ・ミュージックに対する見識の広さを垣間見る事ができる#8”いろはにほへと”、ピアノ一本で聴かせるシンプルなバラードかと思いきや、間もなく高鳴る心臓の鼓動のように力強くテンポアップして純情的かつ情熱的な歌声を披露する#9”ありきたりな女”、終盤は朝ドラのOPでお馴染みの#10”カーネーション”、この手の打ち込みメインの英詞曲やらせたら菅野よう子の右に出る者は椎名林檎しかいないと思わせる#11”孤独のあかつき”、そして「フエ~フエ~ニッポンハエ~」こと#12”NIPPON”から、児童合唱団による清らかなコーラスを駆使したクラシック/アコースティックなシットリ系バラードの#13”ありあまる富”まで、林ンゴ自ら「もう王道のことしかしたくない」と語るように、 オルタナとしてもプログレとしても普遍的なJ-POPとしても聴けちゃう懐の深さ、アヴァンギャルドに見せかけて『王道』、奇をてらったように見せかけて『王道』、これぞ『王道、まさに王道中の『王道』を行く『王道音楽だ。本来、王道だけの音楽って面白くもなんともないハズなのに、むしろ『王道』のことしかやってないのに、それこそ王道的なことの面白さ、素晴らしさを突き詰めたような一枚と言える。つまりこの『日出処』には、椎名林檎なりの『王道の道、すなわち黄金の道』が描かれている。もはや椎名林檎とかいう女は、『ジョジョの奇妙な冒険』荒木飛呂彦『インターステラー』クリストファー・ノーランが映画あるいは漫画という創作場の中で描き出している『王道映画』及び『王道漫画』を、この椎名林檎は音楽の世界で『王道音楽』として表現しようとしているのかもしれない。
 


椎名林檎はプログレ ・・・このアルバム、ほぼ全曲にタイアップが付いている。よってその音に一貫性というのは皆無で、しかしバラバラの楽曲コンセプトを一つにパッケージングしてアルバム『日出処』として一つの物語を完結させてしまう、もはや音楽の枠組みを超えた1人のクリエイターとしての椎名林檎にリスペクト不可避だし、同時に「ババア最高だ・・・ってなる。とは言え、なんだかんだ東京事変で培ったジャジーでアヴァンギャルドなサウンドを聴かせる序盤、そんな中で"自由へ道連れ"のようなベッタベタなロックチューンを2曲に配置する曲順も実に王道的だし、そのアダルトな雰囲気から赤道を越えたら”→JLOO5便”→”ちちんぷいぷい”までの流れは本作のハイライトで、この椎名林檎がなぜオルタティブババアと称されるのか?なぜアヴァンギャルド変態ババアと称されるのか?その所以を垣間見る事ができる。中盤以降は、総勢数十名を超えるストリングスを全面にフューチャーしたプログレ度マシマシな楽曲が続き、その極めつけに【椎名林檎はプログレ】である事を証明するかのような曲で、そして【なぜ日本におけるPost-Progressiveが女性的なジャンルであるのか?】の答えを指し示すかのようないろはにほへと”の存在感ったらなくて、もはや森は生きているの岡田君がブヒりそうな気配すらある名曲だ。しかし、今作から醸し出される謎のプログレ感はそれだけじゃあなくて、それは今作の曲と曲の繋ぎが驚くほど自然(スムーズ)な所で、その音の繋ぎの異常な"こだわり"や細かな気配りが過去最高に研ぎ澄まされた結果、アルバム終盤の朝ドラOPすら例の「ニッポンハエ~」すらもアルバム曲として違和感なく馴染んでいる。というより、アルバムを通して聴いた時の違和感というか異物感を最小限に抑える事を最大限に考慮した曲順が功を奏していて、つまり全13曲まとめて一曲として聴かせる林ンゴの熟した身体に巻かれた一枚の絵巻物、それこそデカパイ(擬乳)もといプログレだ。これはプログレ以外ナニモノでもないのだ。
 

椎名林檎≒ANATHEMA ・・・昨今、かのスティーヴン・ウィルソンを中心とした本場イギリスのPost-Progressive界も、大所帯のストリングスを積極的に曲に組み込む流れがあるのを読者はご存知のはずだが、結論から言ってしまえば→待望の来日公演が決まったANATHEMAの『Distant Satellites』はPost-JPOPであるという俺の解釈を、このJ-POP界の女王すなわち卑弥呼である椎名林檎が身をもって証明してくれたのだ。おいら、一般的なJ-POPの嫌な所って、とりあえずサビでストリングス鳴らしときゃエエやろ的な、全く必然性の感じられないストリングスを平然と使い回すのが本当に嫌で、もはやバカにされているような気分になってしまうのだけど、しかしこの『日出処』の中で展開されるストリングスというのは、(これだけ過剰にストリングスぶっ放してんのにも関わらず)ダメな邦楽にありがちなストリングスの安売りとは正反対のソレで、それこそANATHEMA『Distant Satellites』と同じように必然的かつ必要不可欠な音として存在している。また面白いのは、この『日出処』とかいうタイトルの意味で、一見【日出ずる国のシンボルを背にしたブロンドヘアーの日本人】という皮肉の効いたジャケや「ニッポンハエ~」とかいうネトウヨマーケティングを狙った曲からも日本を指す語だと考えがちだが、林ンゴいわく「陽の光」をイメージして付けられたタイトルとの事で、そんな所からも俄然ANATHEMAの音楽性及び世界観と椎名林檎の親和性を見出す事ができる。

かつお
↓↓↓
中嶋

邦楽界のスティーヴン・ウィルソン ・・・もちろん初期の毒素やヤンデレ感は皆無に近いが、とは言えこれは紛れもなく椎名林檎のアルバムだ。しかし、それ以前にJ-POPのお手本のようなアルバムでもあって、今作の中にはJ-POPの王道を知っている人の素晴らしいメロディとJ-POPの『王道』を知っている人の素晴らしいソングライティング以外の概念は存在しない。それこそ現代の『勝訴ストリップ』、というより漢字とカタカナを組み合わせたタイトルからも分かるように、津野米咲自身が意図的にソレを狙って作った赤い公園猛烈リトミックも、実にバラエティに富んだ傑作アルバムだった。が、この『日出処』は更にその上をいく、 楽曲のコンセプトや和洋ごちゃ混ぜのオリエンタルな林ンゴのボーカルやバックの音使い的にも、まさに本当の意味でバラエティ&バラエティなアルバムと言えるのかもしれない。洋楽は大手女性SSW、かたや邦楽菅野よう子から森は生きているに至るまで、もはや邦楽界のスティーヴン・ウィルソンと呼ぶに相応しい日本人らしい咀嚼能力の高さと器用過ぎる創作技術を、いわゆる椎名林檎ごっこに余念がない昨今のガールズ系バンドに格の違いを見せつけるような、かつ今の日本に対する林ンゴらしい皮肉が込められた隙のない傑作だ。

「お~い佐藤~!椎名林檎ごっこしようぜ~!」
かつお2
↓↓↓
「アホくせぇ」
かつお3

椎名林檎ごっこ ・・・と言えば→まず赤い公園は、2ndアルバム『猛烈リトミック』の楽曲プロデュースをはじめ、遂には津野米咲が亀田のおっさんとバンド組み始めたり、このタイミングでねごとのドラマー澤村小夜子も亀田のおっさんプロデュースのGLAYの新曲に参加したり、一方でtricotは2ndアルバム『A N D』の中でこの 『日出処』にも参加しているex-東京事変のドラマー刄田綴色H ZETT Mことヒイズミマサユ機とコラボしてたり、一方できのこ帝国林ンゴの背中を追うようにしてEMIからメジャーデビューを果たし、そして最新シングルの桜が咲く前にでは名盤『勝訴ストリップ』を手がけた井上うにをエンジニアとして迎え入れ、その楽曲もポスト-椎名林檎を襲名するかのような作風だった。そのようにして、椎名林檎が生まれた1978年から十年後の1988年に自分をはじめ(えっ)、きのこ帝国佐藤千亜妃tricotヒロミ・ヒロヒロが誕生し(定期的にヒロミ・ヒロヒロを推していくスタイル)、その世代が成長して音楽を聴く側から創る側になった結果、どのバンドも何かしらどこかしらの部分で林ンゴからの影響を著しく受けている現状からも、あらためて椎名林檎が当時の音楽シーンに与えた衝撃、その計り知れない大きさを物語っている。全盛期が過ぎ去った今も、これからも椎名林檎常に邦楽界の最先端を行く唯一無二の存在、J-POP界のセックスシンボルすなわちSUNNYであり続けるのだろう。

「お~い津野~!椎名林檎ごっこしようぜ~!」 
かつお4
↓↓↓
っっっg

林檎フェス  ・・・昨年の後半から今年に入ってからも漠然としたままガールズ系バンドの尻を追っかけてきて、しかしその先に一体何があるのか?一体どんなオチがつくのか?と自分でも不安に思っていたけど、結局そのオチは他でもない椎名林檎のデカパイ(擬乳)だった、というわけです。決して今の林ンゴを聴かず嫌いしていたというわけじゃあないけど、いかんせん勝訴ストリップ 信者の自分は今作を積極的に聴こうという気持ちにはなれなくて、確かになぜ今更みたいに思うかもしれないが、むしろ逆に今このタイミングだからこそ意味があったと、上半期の流れを汲んで満を持して聴いたからこそ得ることができた感動なのかも知れないそれくらい、今の自分の耳に驚くほどマッチングする内容だったし、それこそ上半期の流れを総括するかのような、それと同時に、あらためて【音楽即ち引力だという事を確信させるような音楽体験だった。で、この音楽体験から予測できる事があるとすれば、それは近い将来、椎名林檎主宰の林檎フェス開催される可能性で、そのフェスを成功させて初めて椎名林檎は日出ずる処のシンボル、すなわち卑弥呼として邦楽界の頂点に即位し、そして腐海に沈んだ日出ずる国は真のクリエイティブ 国家として復活を遂げるッ!林ンゴよ、今こそ貴様が与えられた使命を全うする時だ...ッ!
 
日出処
日出処
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椎名林檎
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きのこ帝国 『桜が咲く前に』

Artist きのこ帝国
きのこ帝国

Single 『桜が咲く前に』
桜が咲く前に

Tracklist
01. 桜が咲く前に
02. Donut
03. スピカ

メジャーデビュー ・・・きのこ帝国が昨年リリースした2ndアルバムフェイクワールドワンダーランドが邦楽ロックリスナーの間で話題を呼び、某『ネットの音楽オタクが選んだ2014年のベストアルバム』では、幸か不幸か総合2位を獲得するくらいには評判を呼んで久しい。と同時に、1stアルバムではあいつをどうやって殺してやろうかとかなんかぜんぶめんどくせえとか言って邪気眼に目覚めた根暗の厨二病患者が、この2ndアルバムでは何を血迷ったのか日々あなたを思い描くとか言って西野カナばりのラブソングを歌い始め、その音楽性も従来のオルタナ/シューゲイザー/ポストロックから、椎名林檎は元よりチャットモンチーYUIを連想させるメジャー感と大衆性に帯びたJ-POPへと姿を変え、従来のフアンの間で大きな戸惑いと猛烈な賛否両論を巻き起こした。そして、きのこ帝国がアルバム『フェイクワールドワンダーランド』の中で指し示した→"アンダーグラウンド"から"メインストリーム"への移行は、メジャー移籍第一弾となるシングルの『桜が咲く前に』をもって堂々の完結を迎える。 



東京→桜 ・・・アルバムフェイクワールドワンダーランドの幕開けを飾った、アルバムのリード曲でありシングルの"東京"は、それこそ新種のマッシュルームが邦楽シーンに芽生えたことを暗示するかのような曲で、これまでのきのこ帝国が歩んできたサウンドとは一線を画したものだった。何を話そう、このシングルの『桜が咲く前に』は、その"東京"から10年前の物語をテーマに、桜舞い散る卒業の季節にピッタリな刹那い春ソングとなっている。しかし"東京"の次に"桜"という流れは、今時珍しいメジャーアーティスト感満載だし、ライティングよりも普遍的なテーマからなるメッセージ性や季節感とリンクさせた話題性を重視した戦略を見ると、彼らがメジャー・デビューしたことを強く実感させる。で、佐藤tricotヒロミ・ヒロヒロと同じ1988年生まれ勢の自分的に、いわゆる"桜""春"をテーマにした曲で思い出深い曲といえば→MVに鈴木えみの全盛期が記録されている事でも知られ、「さくら舞い散る中に忘れた記憶と 君の声が戻ってくる」で有名なケツメイシ"さくら"、そしてJanne Da Arc"桜"や卒業ソングの"振り向けば・・・"は、遡ること約十年前...まさに自分がリアルタイムで高校卒業を迎える時に聴いていた、とても思い入れの深い曲だ。あの頃は、まさかコッテコテのビジュアル系が出自のJanne Da Arcが、まさかまさか"卒業ソング"を書くなんて・・・「こ、これがメジャーの力かッ!」って、そしてその後のJanne Da Arcに何が起こったのかを考えると・・・メジャー許すまじ!



「あなた」と「君」 ・・・このMVは、フロントマン佐藤千亜妃の生まれ故郷である盛岡市を舞台に撮影され、そして前作で「"東京"で生きていく」と誓った佐藤千亜妃"過去"が赤裸々に浮かび上がるような、リアルに上京組である佐藤のパーソナルな経験をもとに、この曲の歌詞は生まれている。少し考察すると→"東京"ではあなたという主語を使っているのに対し、この"桜が咲く前に"では意図的にという主語を用いていて、前者が『LIFE!』女優の臼田あさ美が演じる女性視点からの歌詞で、後者は深水元基演じる男性視点からの歌詞となっており、つまり深水元基演じる男を想う臼田あさ美が演じる女の切ない恋心を描き出したのが"東京"、しかし男=(あなた)心の中に他の誰か=(君)がいた事を示唆する"桜が咲く前に"という風に、それら2つの曲の無垢で無邪気な歌詞が紡ぎ上げるストーリーからも、思春期から10年後の大人へと成長する青春物語として繋がりや一つの解釈を持たせる事ができる。しかし双方に共通するのは、いずれもその恋心が"不完全"に描かれている所で、そのポスト-ネガティヴな儚さや尊さを映し出す描写力は、実にきのこ帝国らしいと言えるのかもしれない。まぁ、"完全"なラブソングは西野カナ辺りに任せるとして、それとは対極に人間の心内に眠る不穏な空気感だったり、心の闇に潜む狂気だったりを、このメジャー・シーンで描き出さんとするきのこ帝国の反骨精神は、2000年代はじめに邦楽界の風雲児として名を馳せた椎名林檎の片鱗、その面影をデジャブさせる。

『トリハダ』 ・・・このMV、何と言っても駒井蓮演じる「君」の存在が大きな見どころで、それこそ昔仲の良かったあの子・・・的な、一種の"幻"のような非現実的かつ刹那的な存在感は、それこそ岩井俊二映画ようなノスタルジーを誘うプロフェッショナルな演出と物語に聴き手を引き込むには十分過ぎる魅力を放っている。しかし、まるで漫画のキャラクターでもあるかのように、なぜここまで徹底して純粋無垢な描き方をしたのだろう・・・?それは、この十年の間に東北で何が起こったのかを考えれば、自ずとその答えやこのMVが伝えたい裏のメッセージが見えてくるのかもしれない。まさかと思ったけど、やっぱり最初と最後のアパートの部屋と”東京”の部屋は同じ部屋らしい。その最後の部屋のシーンは妙な殺気が漂ってて、それこそ"過去"佐藤千亜妃が役者として出演した恐怖系ドラマ『トリハダ』のワンシーンに見えてどうしても笑ってしまう。どう見てもこの後に臼田あさ美が後ろから男に襲いかかる前のシーンじゃん(笑) これ狙ってやったんだとしたら面白いな。次作の伏線みたいな。しかしあの『トリハダ』に佐藤が出てたなんて驚いた。自分は全話観たことあるのだけど、コレに佐藤が出てたなんて全く記憶になかったから。まぁ、それはそうとして、このMVを見るに岩井俊二作品とは相性良さそうだから、いずれコラボしそうな予感はする。ともあれ、ほぼ間違いなく年間BEST MVです(でも音量の小ささは気になった)。

上京する前のYUI→「東京は怖いって言ってた

上京したYUI→「恋しちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょ?

ぼく→「あっ、大丈夫っす・・・」

初期佐藤千亜妃→「あいつをどうやって殺してやろうか」 

中二病から目覚めた佐藤→「日々あなたを思い描く

ぼく→「東京コワイ」

YUIリバイバル ・・・アルバム『フェイクワールドワンダーランド』の面白さ、及び"東京"の面白さって、やっぱり初期椎名林檎初期YUIがクロスオーバーしたハイブリッド・ポップだからであって、何を話そうこの"桜が咲く前に"は、その邦楽界の一時代を築いた椎名林檎YUIが過去に歩んできた"根暗なりの王道"を行く楽曲となっている。まるで初期の"WHIRLPOOL"から"余分な音を削ぎ落した"ような、それこそ"WHIRLPOOL"を一巡させたようなイントロのギターが奏でる叙情的な旋律からして、アルバム『フェイクワールドワンダーランド』のリア充的世界観を踏襲しているのが分かる。その、今流行りの"余分な音を削ぎ落した"系のシンプルで脱力感のある優美なアコースティック・サウンドと、俄然初期のYUIをデジャブさせる儚くも美しい、そして素朴な佐藤千亜妃の歌声が、いわゆるJ-POPの教科書どおりのコード進行を描きながら、そして桜の花びらが美しく咲き乱れ可憐に舞い散るかの如く、誰しもが持つ"あの頃"の思い出と故郷への郷愁を記憶の底から呼び覚ますような、佐藤千亜妃の扇情感かつ情熱的なサビらしいキャッチーなサビへと繋がっていく。正直、初めて聴いた時は猛烈に心揺さぶられた。僕が10年前にJanne Da Arc"振り向けば・・・"を初めて聴いた"あの頃"と同じ感動をフラッシュバックさせるほどに。とにかく、この往年のJ-POP然とした起伏を効かせたドラマティックな曲展開、そして何よりもバンドの圧倒的個性でありアイコンでもある佐藤千亜妃の歌声から解き放たれるエモーショナルな感情表現に涙不可避で、佐藤はまた一段と"ボーカリスト"としての才能を開花させている。これはメジャー・デビューの影響もあるのか、この曲の佐藤は大衆の耳に耐えうる"ポップ"な歌声を意図的にチョイスしている。マジな話、ここまでJ-POPの王道を行く明確なサビが書けるバンドって今の時代どれくらい存在するのだろうか。前作の"東京"もそうなのだけど、今回の上京物語的なテーマも俄然初期のYUIリバイバル感あって、クシャ顔で今にも泣き出しそうな佐藤の歌い方的にも"余分な音を削ぎ落した"系の音像的にも、それこそ初期のYUIが椎名林檎カバーしてみたノリすらある。アルバム『フェイクワールドワンダーランド』の中に、初期のYUI椎名林檎とかいう福岡が生んだファッション・メンヘラ・コンビの面影を感じたのは、決して間違いじゃあなかったんだと。それを核心的に裏付けると同時に、もしやきのこ帝国YUI椎名林檎が成し遂げられなかった"ヤミ系J-POP界"の高みへ向かっているんじゃないかと勘ぐりたくなるほどだ。事実、全盛期のYUI椎名林檎のような、その時代の絶対的なアイコンに成りうるヤミ系女性ボーカルの不在が近年著しくて、しかし佐藤千亜妃はその端正なビジュアルや凛とした存在感も含めて、この時代のアイドルもといアイコンに成りうる唯一の可能性を秘めている。この"桜が咲く前に"を聴いて、長らく空席だったそのピースが埋まったような気がした。でもこのままYUI路線に行って、ある時期に「あの頃の俺達はどうかしてたのさ・・・」みたいな海外メタルバンドのインタビューみたいなこと言い出したら笑う。笑う。

   佐藤千亜妃
new_photo06・・・「誰かと出会いたい一心で音楽をやっている

       ぼく
ゲスニックマガジンの西条・・・「佐藤千亜妃...僕と出会おう!」

  佐藤千亜妃
new_photo03・・・「アホくせぇ

       ぼく
ぼく・・・「てか佐藤の下の名前標記って千亜妃だったの!?」

  佐藤千亜妃
new_kinokoteikoku・・・「イカくせぇ

    ぼく
イカ大王様・・・「イカ大王様だーーーーーーーーー!!」

黄金の道』 ・・・この曲は、いわゆる"余分な音を削ぎ落した"系の音使いなのだけど、それにより音の隙間や空間、あるいは一つ一つの楽器の残響感を大事にした繊細かつ静寂的なサウンドを鳴らしていて、これまでのノイズという轟音のベールに誤魔化されていた、もといかき消されていたバンドの音が、バンドのアンサンブルがより鮮明に浮き彫りとなった事で、演奏力や技術力までも生々しく赤裸々に、それはまるで水彩画のように浮かび上がってくる。それこそ佐藤千亜妃の某インタビューにもあるように→「きのこ帝国はジャンルにこだわったグループではない」という言葉の意味を立証するかのような曲で、洗練されていながらも今のきのこ帝国にしか成し得ないバラードと言える。むしろ、今の時代にここまでベタで王道的な曲やってるのは逆に新鮮で面白いというか、それくらい今じゃ珍しいほどのポップスやってて、しかもそれをやってんのが元根暗の奴らだってんだから尚さら面白くて、それこそ佐藤が某インタビューで語った→光の強さを知ってるからこそ闇が描けるという言葉の説得力ったらなくて、それこそANATHEMAが歩んできた"オルタナティブ"な音楽変遷に通じる、すなわち『ジョジョの奇妙な冒険』の作者であり東北出身の荒木飛呂彦が提唱する黄金の道』を歩もうとしているのかもしれない。これがきのこ帝国が目指す黄金の道』なんだ。これはANATHEMAは元より、『ARCHE』DIR EN GREYにも同じことが言えるのだけど、 過去に一度 "人間の底すらない悪意"を極めたバンドは、何故ある日突然悟りを開いたようにシンプルなアンサンブル重視の路線に回帰するのか・・・?初めから普遍的な音楽をやっても何一つ面白くないけど、過去に黒歴史(中二病)みたいな闇を抱えたバンドが、突拍子もなく普遍的な事をやりだすとどうしてこんなに面白いのか。それが光の強さを知ってるからこそ闇が描けるという佐藤の言葉の意味なのかもしれない。とはいえ、このきのこ帝国はキャリア的に一応は若手に分類されるのだろうけど、そういった視点でモノを考えてみると、このきのこ帝国の成長性の高さに俄然驚かされる。しかし、その成長スピードの早さがキャリアの中で仇となる場合もある。それが良いか悪いかは、今後のきのこ帝国が歩む道のみぞ知る。

桜が咲く前に

次作『漆黒の殺意』 ・・・このシングル『桜が咲く前に』には、他に"Donut""スピカ"の二曲が収録されている。前者の"Donut"は、それこそノイズ・ロック化した椎名林檎とでも例えようか、このシングルの中では最も”らしさ”のある曲だ。まずイントロからお得意のノイズバーストして、初期林檎リスペクトな佐藤のボーカルと”あるゆえ”を彷彿とさせるアンニュイなムードを醸しながら、そして三分あるアウトロでは再び轟音ぶっ放して、ライブ感溢れる終わり方で締めくくる。後者の"スピカ"は、このシングルで、というよりきのこ帝国史上最もポップスのイメージに近いラフさが印象的な曲で、特に繰り返し響き渡る凛としたミニマルなメロディが印象的。”桜が咲く前に”は元より、この二曲のメロディ・ラインやアレンジを耳にすれば、前作の”東京”に引き続いて椎名林檎界隈の井上うにをエンジニアとして起用した理由が嫌でもわかるハズだ。しっかし、佐藤が"椎名林檎ごっこ"やるにはまだまだ全然シニカルさが足りないな(笑) とは言え、それぞれ三者三様に今のきのこ帝国らしさに溢れているし、同時にきのこ帝国の未来予想図が詰まった極めて良質なシングルだと思う。そんなこんなで、リアルに高校生だったあの頃は、何も疑問に感じずにシングルCDなんて買ってたなーとか昔を懐古しつつ、あれから約10年の月日が過ぎ去り、昔と比べて音楽シーンも大きく変わりゆく中で、今日日こうやってきのこ帝国のメジャー・デビュー・シングルを買うなんて、俺はあの頃から何も変わっちゃあいないのかって、我ながら本当に時代に取り残された人間だなって、この瞬間もこうやって彼らが描き出す『桜』を聴いているなんて・・・でもまぁ、それも別に悪くないんじゃネーのって。冗談じゃなく、まるで僕の青春の記憶と今を紡ぎ出すかのような一曲だった。つまり、これが佐藤が語る→誰かと出会いたい一心で音楽をやっている、という言葉が示す一つの答えであり、その結果なのかもしれない。もし次回作で、心の中に他の誰か=(君)がいた事に気づいちゃった臼田あさ美演じるアラサー女の復讐劇、その名も『漆黒の殺意』とかいうタイトルで、つまり『東京』→『桜が咲く前に』→『漆黒の殺意』みたいな女の復讐三部作完結せたら俺マジで一生佐藤についていくわ。
 
桜が咲く前に
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きのこ帝国
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ANATHEMA 『Fine Days 1999 - 2004』

Artist ANATHEMA
ANATHEMA

Album 『Fine Days 1999 - 2004』
Fine Days 1999 - 2004

Music for Nations ・・・今年驚いたニュースの一つに、90年代のメタルシーンを支えた偉大なインディ・レーベルとしてその名を馳せたMusic for Nationsの復活で、過去にはOpethParadise Lost、そしてANATHEMAをはじめ著名なメタルバンドが数多く在籍していた事で知られるMFNだが、そのMFNが2004年に消滅してしまい路頭に迷ったANATHEMAKscopeと契約し、すると間もなく人気に火がついたこのタイミングで→ここぞとばかりに「ANATHEMAのオルタナ期(全盛期)を支えたのは他でもないワイらや!」という"したたか"な主張とともに、ANATHEMAMFNに在籍していた1999年から2004年までの間に発表されたアルバムおよびライブ作品、要するにANATHEMAが最も"オルタナティブ"していた中期の名作、つまり『Judgement』『A Fine Day to Exit』『A Natural Disaster』の三作品の音源にリマスターを施し、そこにライブ作品『Were You There?』をプラスして再発したのが、今作の『Fine Days 1999 - 2004』というわけ。正直、1999年発の『Judgement』はまだしも、2001年発の『A Fine Day to Exit』『A Natural Disaster』あたりはリマスターするほど悪いプロダクションじゃあないのだが、とは言いながらも今回のリマスター&再発はファンとして素直に嬉しい限りだし、そして何よりもMFNの復活を素直に祝福したい。

アナセマ×ジョジョ

『Judgement』 ・・・初期の絶望と破滅を描いたデス/ドゥーム・メタルから現在のラブ&ピースなオルタナティブ路線に至るまで、音楽性の振り幅が世界で最も大きいバンドとして有名なアナセマだが、そもそもアナセマの"オルタナ化"というのは、いわゆる"UKゴシックメタル御三家"として名を馳せていた3rdアルバム『Eternity』、そして4thアルバム『Alternative 4』の頃から既に"オルタナバンド"としての素質やその片鱗を音から垣間見せていて、その"オルタナ化"がより顕著に表面化する事になったのが、1999年にリリースされた名盤と名高い5thアルバム『Judgement』だ。このアルバムは、まだ90年代特有の垢抜けないアングラな雰囲気やギター・サウンドもメタル然とした歪んだ音作りではあるが、しかしバンドは新たにキーボードによるPink Floydばりのアトモスフェリックな浮遊感を身に付け、それこそ現在のPost-Progressiveなサウンドの先駆け的な変化を呼んでいる。幕開けを飾る"Deep"のアルペジオは、近年のアナセマを代表する傑作Weather Systemsの名曲”Untouchable, Part 1”を彷彿とさせるし、それこそWeather Systemsはこの『Judgement』の世界を一巡させたアルバム、という俺の解釈がシックリくる。今回リマスターされた三作の中で最もリマスターの恩恵を受けているアルバムでもあって、今作が一番のウリとする荘厳な世界観と『デビルマン』のラストシーンばりに慈悲深きコンセプトが、輪郭のクッキリハッキリした音と相まってより鮮明に、かつ深裂に浮かび上がってくる。

『A Fine Day to Exit』 ・・・21世紀に差しかかると、2001年にアナセマは6thアルバムとなる『A Fine Day to Exit』をリリースする。かのトラヴィス・スミスが手がけたアートワークをはじめ、そのサウンド的にも一気に垢抜け始めるとともに、少し湿り気のあるUKロック的なアンニュイな色気とグランジにも通じるダウナーな気だるさが融合した、ほのかにアート・ロック的な側面を持つオルタナへと大きく変化し、完全にメタルからの脱皮に成功する。もはや90年代の不毛のメタルシーンを生き抜いたアナセマの面影はなく、そこには"オルタナティブ・バンド"としてのアナセマが存在しているだけだった。このアルバム、今回のリマスター版とオリジナル版では少し異なる所があって、まずリマスター版の一曲目には”A Fine Day”というインストが新曲として追加されていて、それによりオリジナル版の一曲目を飾る”Pressure”がリマスター版では6曲目に、オリジナル三曲目の”Looking Outside Inside”がリマスターでは8曲目になってたり、”Barriers”にいたっては(Breaking Over The)の部分が取り払われて”Breaking Down The Barriers”に改名されたりと、もの凄い曲順に違和感あるけど逆に言えば新鮮な気持ちで聴ける利点もある。このアルバムは、とにかくイギリスの空模様のように不機嫌な空気感と憂鬱な雰囲気がたまらなく魅力的で、音使い的には中期アナセマの中では最も今のアナセマに近い、存外ソフト&ウェットなアトモスフェリック・ロックを展開している。しかし、このアルバムも結構特殊なアルバムで、ラストの大作がほぼSEメインだったり、色々と個性的なアルバムではあるが、持ち前のコンセプティブな世界観は不変である。イメージ的には、このアルバムの世界を一巡させたのがWe're Here Because We're Hereみたいな、ちょっと強引な解釈もできなくもない。

『A Natural Disaster』 ・・・前作で完全に脱メタル化したアナセマは、その二年後、更に"オルタナティブ・バンド"としての真価を発揮し始める。2003年にリリースされた7thアルバム『A Natural Disaster』は、Post-系のヘヴィネスや俄然幽玄さを増した音響的な意識を高めると同時に、UKオルタナ界の長であるRadiohead顔負けのエレクトロな要素を積極的かつ大胆に取り入れた、これまでで最も実験的かつ賛否両論を呼んだ作品と知られていて、それこそ『Judgement』から本格化したオルタナ路線の一つの終着点であり、名実ともにオルタナバンドとしての音を極め尽くした、中期アナセマの集大成と位置づけられる一枚だ。今聴いても、やはり最新作の10thアルバムDistant Satellitesには、この『A Natural Disaster』からのエレクトロな要素やミニマリズムを意識した作曲面における実験的な部分からも、ソレと限りなく近いフィーリングが感じ取れる。それこそ映画『インターステラー』の深宇宙(ワームホール)の中を彷徨うかの如し、『A Natural Disaster』の狂気的なコンセプトと五次元的な世界観を一巡すなわち『メイド・イン・ヘブン』にブチ上げたのが『Distant Satellites』、という俺の解釈に説得力が生まれるんじゃねー的な。また表題曲に(まだ正式加入する前の)リー・ダグラスをメイン・ボーカルに携える所も、リー姐さんが未来のアナセマのキーパーソンとなる重要な存在である事を示唆している。あと約10分を超えるラストナンバーの”Violence”は、現代ポストブラックの先駆けと言っても過言じゃあない。全てにおいて、声を大にして傑作と呼べる一枚だ。

黄金の道』 ・・・惜しまれながら2004年にMFNが消滅し、数年間の空白期間を経て、2008年にスティーヴン・ウィルソン主宰のKscopeと契約したアナセマは、今回の三作を含む過去作の名曲をアコースティック・リメイクした『Hindsight』をリリースする。そして、2010年にはSWのプロデュースにより晴れて"Post-Progressive"界の仲間入りを果たす8thアルバムWe're Here Because We're Hereをドロップし、2012年には近年アナセマの最高傑作と名高い9thアルバム『Weather Systems』を、その二年後には最新作の10thアルバム『Distant Satellites』を、まるで水を得た魚の如くコンスタントに作品を発表し、今現在の黄金期』に至る。正直なところ近年のアナセマは、細部の所では微妙な違いはあるものの、広義で見れば"Post-Progressive"という一つのジャンルに定義することは容易に可能で、しかし今回リマスターされた三枚のアルバムというのは、それぞれ音使いも音色も世界観もコンセプトもライティングも何一つとして同じ要素がなくて、それだけで如何に中期のアナセマが豊富なアイデアと創作者としてのポテンシャル/インスピレーションを多感に切り拓いていった時期であったか、それすなわちアナセマの"全盛期"だったのかが分かるし、と同時に如何に彼らが"真のオルタナティブ・バンド"であったのか、その証明でもある。時の流れ(流行り)を巧みに咀嚼すると共に、その時代その時代の音に合わせてその姿を変え、常に"オルタナティブ"な存在であり続けたアナセマは、こうしている今も自らの黄金の道』を突き進んでいる事だろう。そう遠くない未来、アナセマはワームホールを抜けた先にある五次元世界、すなわち人類未達の地に辿り着き、そして遂にアナセマは黄金界隈の神(未来人)となるッ!

ファッ◯ンソニー ・・・しかしながら、いま聴いても新たな発見があるし、むしろ今だからこそ再評価されるべき名作だと思う。アナセマが如何様にして、これらのクリエイティブ!!deエキサイティング!!な経験を経て今のスタイルに至ったのか、その数奇な音楽遍歴を改めておさらいするという意味でも、バンドのディスコグラフィー的な意味でも大変重要な作品と言える。同時に、この時期のアナセマの面白さ、つまりアナセマが音楽的に最も充実していた時期、それこそ1999年から2004年までの『Fine Days』を追憶する事で、今のアナセマとの違いや面白さというのが浮き彫りになってくる。とにかく、これからアナセマを聴いてみようって人に打って付けの作品だし、むしろ黄金すげぇ!」みたいなノリで今のアナセマを崇拝している人にオススメしたい。ちなみに、ライブDVDの方はPAL方式うんぬんで観れない可能性が高いので注意が必要です。で、個人的に面白いと思ったのは→アナセマのDistant Satellites"Post-JPOP"であるという俺の解釈を、"いま最も評価されるべきバンド"であるねごとの3rdアルバムVISIONが証明してくれた事で、そもそもMusic for NationsソニーBGMとなった2004年にレーベル閉鎖に至るのだが、奇遇にもねごともソニー所属のアーティストだったりと、要するにこの"偶然"めちゃくちゃ面白くね~?しかし当時のアナセマを路頭に迷わせたソニー許すまじ!
 
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