Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

津野米咲

誰が津野米咲を殺したのか?

この訃報を聞いた時はしばらく動悸が止まらなかった。

確かに、確かに赤い公園についてはこのブログで好き勝手書いてきたけれど、津野米咲が亡くなったのは「俺のせい」だなんて話は、それこそ自意識過剰の勘違い野郎でしかないので(そもそも津野がこんなブログ見てるわけがない)、そういう事は微塵も思ったりしないんですけど、確かに佐藤千明が脱退してから興味を無くした自分が「今更」何を言ったところで本当に「今更」だけど、でもこの先死ぬまでずっと津野のいない世界が続いていくと考えただけでどうしようもない悲しみが込み上げてくる。

今年、この2020年における当ブログのラッキーカラーって「オレンジ」あるいは「Orange」もしくは「Oranssi」だったのと、事実上の津野の遺作であり最新シングルのタイトルが『オレンジ』なのは偶然の一致と思いたい。その名前にOranssiを冠するブラック・メタルバンドの新作でも、日本のシンガーソングライター岡田拓郎の新作でも赤い公園の影がチラついたのも事実だけど、それについては津野が筋金入りのジム・オルーク好きと知って腑に落ちた。そのジム・オルークとのコラボでも知られるギタリスト=クリスチャン・フェネスが、Ulverの新作『惡の華』で披露した唸るように歪みまくったギターノイズにも津野米咲の影が脳裏を過った。僕は知らず知らずのうちに赤い公園の残像を追い求めていたのかもしれない。まだ『華』のある20代のうちに死にたかったなんて推測するだけ無駄だけど、その『命』という名の『華』の散らせ方=終末論が津野なりの『惡の華』の咲かせ方だったんだろうね。

この訃報に寄せられたロキノン編集長の言葉にもあるように、赤い公園が2014年に発表した歴史的名盤『猛烈リトミック』に反応できない現代日本人の反知性主義が極まった結果が昨今における『鬼滅の刃』ブームで、その設定/ストーリー/キャラクター/絵柄まで歴代のジャンプ漫画からトレースしただけのような、つまり赤い公園の音楽とは真逆のオリジナリティのカケラもない、何も考えなくても脳死で喜怒哀楽できるジャンプ史上最悪の駄作漫画を有り難がっている日本人の未熟な感性が憎い。

僕は思う。津野米咲を殺した犯人の正体は、その日本人の幼稚な感性であると。

赤い公園から佐藤千明が脱退することについて

最近、PCがブッ壊れて修理に出した結果、どうやら蘇生不能みたいで、実はPCが戻ってくるまで更新停止するつもりだったけど、今はこうやってiPadから記事を更新している。何故なら、この件に関してはどうしても黙っちゃあいられなかったからだ。

さすがにバビった。赤い公園からボーカルの佐藤千明が脱退すると聞いて、遂に僕と漫才コンビを組んでくれる気になったのか?と思ったら違った。と言うのも、数年前に赤い公園がやってた深夜のラジオ番組に、ラジオネーム【スティーヴン・ウィルソン】で「佐藤千明のうるせえなあ!というツッコミをベースにした漫才コンビ組んだらM1準々決勝くらい狙える気がする」的なメールを送ったら、それが採用されて読まれた思い出を持つ自分としては、今回の佐藤千明の脱退発表は正直かなりエモい状況。まさか、2015年の『マンマンツアー』を観に行って以来、赤い公園から距離を置いていた僕が(シングル乱発してたのは知ってた)、再び赤い公園に強い関心を示すことになる出来事が、まさか佐藤千明の脱退だなんて思いもよらなかった。

しかし津野は一体ナニをやっとんねんと。もちろん、佐藤千明が恐らく悩み抜いて出した脱退という結論に対して、僕たちフアンがどうこう言う筋合いはないのだけど、本当に「まさか」というか、まさか赤い公園に限って「そういうこと」は起こり得ないと、むしろ私がおばさんになーってもバンド続けてる様子が容易に想像できるくらい仲良しバンドだと、結果的にそれは「ただの思い込み」だったのかもしれない。まさか先月℃-uteが解散したせいで津野がただメンヘラを拗らせただけなのか…?そうであって欲しかった。しかし現実は違った。その佐藤千明は脱退理由として→赤い公園で過ごした7年の年月は、控えめに言って、最the高でした。その中で、自分の手に負えないほどのズレが、生じてきていることに気付きました。そのズレにぶつかり、擦り合わせようと出来る限りの努力をし、最善を尽くしましたが、ズレはどんどんと大きくなっていきました。そのズレが、迷いとして音楽にまで介入してきた時、赤い公園のボーカルという使命に、限界を感じましたと述べている。この言葉の中で一際目を引く自分の手に負えないほどのズレとは一体何なのか?

確かに、昨今のガールズバンドが売れるためには、特にフロントマンとなるボーカルにはその歌声以上に高いルックスが求められるのも事実だ。これはもう「しょうがない」ことなのかもしれないが、しかし唯一赤い公園に限っては例外だった。赤い公園は佐藤千明がフロントマンに立って初めて成立するバンドだからだ。事実、これまでの作品、特に僕が10年一度の名盤だと思っている『猛烈リトミック』は、佐藤千明が居たからこそなし得たアルバムだと。だから単純に不仲ゆえの脱退とは思いたくないし、そうは思えない。今回の件で「赤い公園は津野マイサのバンド」と再認識されるかもしれないが、しかしこれは「そういう問題」ではない。あえて「そういう問題」だとするなら、それこそ初期の頃こそ作詞作曲なんでもござれな津野のコンポーザーとしての才能だけ注目され、そしてその頃はまだ津野は赤い公園という名の「檻」の中で、ゴリラもとい佐藤千明を自由自在にコントロール(調教)できていたんだと思う。しかし、バンドが様々な経験を重ねていくにつれて、佐藤千明はフロントマンとしての才能およびボーカリストとしての才能を開花させ、そして日に日にバンドにおける存在感と権限を強めていった。そして遂に、佐藤千明は津野のコントロール(調教)が効かないほどの猛獣へと成長してしまったのだ。まさに、今の佐藤千明は檻から解き放たれたゴリラだ。ゴリラとなった佐藤千明は、生まれて初めて津野と「絶対的な関係」ではない「対等な関係」を求めたのだ。脱退はあくまでもその結果でしかなくて、これは「なるべくしてそうなった」と捉えるべきだ。あくまでこれは妄想の域を出ない話だが、しょうもない不仲説よりも、こんな風に解釈した方が面白いというか、つまり目出度く2013年に『公園デビュー』した佐藤千明は、彼女自身を最も強く成長させた『猛烈リトミック』経て、2016年には無事に『純情ランドセル』を背負い、そして四人体制では最後のアルバムとなる『熱唱サマー』を最後に「赤い公園」から卒業するんだって。

こう見えてメンヘラ拗らせてる津野よりも、実は佐藤千明の方がナイーブな考え方を持っているなんて事は、様々なインタビューを通して見れば分かるし、これは別に関係ないことかもしれないが、実は佐藤千明だけツイッターをやってなかったりする。とにかく、佐藤千明の脱退で一番デメリットを被るのは他ならぬ津野含めた残りの三人だろう。既に佐藤千明以外の三人はスリーピースバンドとして赤い公園を継続していくとアナウンスしているが、スリーピースってことは、新しいボーカルはどうなんの?とか、確かに今はまだ気が早いかもしれないが、正直この時期にフリーで歌える女ボーカリストってお…

ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ!!

リアルに鳥肌たった。さっき℃-uteって書いた時は何も思わなかったけど、何故かこのタイミングで「鈴木愛理」の名前が脳裏に浮かんだ、けど…さすがにそれはネーよ。でも、正式メンバーはネーにしても、津野は愛理が「歌える場所」を提供する気マンマンだと思うし、間違いなく愛理に楽曲提供する気マンマンなのはバレバレだぞ津野マジで。つうか、℃解散からの佐藤千明脱退からのPCボンバーとか…ヘラりたいのはこっちだっつーのマジで。ザケンナ津野マジで。これもう完全にナントカタイムズのせいだろ。やっぱあいつらクソだわ(八つ当たり)。

こうなったからにはもうどうしようもないというか、佐藤千明には8月まで赤い公園のフロントマンとしての人生を悔いのないよう精一杯全うしてほしい。ただただ、それを願う。今後なんて、佐藤千明レベルの 芸人もとい歌い手ならどの舞台どの業界でもやっていけるハズだから何も心配してない。むしろ他の三人の方が心配だ。今後 、どのツラ下げて赤い公園名乗っていくんだ。相当困難な未来が待ち受けているのは目に見えているし、フアンよりも残されたメンバー三人が佐藤千明というオモロイ存在、あるいはその亡霊の影に苦しむ事になるだろう。この試練をどう乗り越えるのか?皮肉なことに、今回の件で赤い公園こそ 「いま最も目が離せないガールズバンド」となってしまった。

きのこ帝国 『猫とアレルギー』

Artist きのこ帝国
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Album 『猫とアレルギー』
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Tracklist

03. 夏の夜の街
04. 35℃
05. スカルプチャー
06. ドライブ
08. ハッカ
09. ありふれた言葉
10. YOUTHFUL ANGER
11. 名前を呼んで
12. ひとひら

フロントマンの佐藤千亜妃曰く→「絶望の中から見上げる希望」と語った、2014年に発表された2ndフルアルバムフェイクワールドワンダーランドは、初期の『渦になる』『eureka』の頃の音楽性を全否定するかのような、言うなれば初期の椎名林檎”CHE.R.RY”以降のYUIがクロスオーバーしたような、『絶望』から一転して『希望』に満ち溢れた普遍的なJ-POPへとその姿を変え、その翌年には椎名林檎の後を追うようにEMI Recordsへと移籍し、2015年初頭に発表されたメジャー1stシングル桜が咲く前にでは、これまでにないほどメジャー色に染まったきのこ帝国を披露してみせた。

そんなきのこ帝国は、次なるメジャー1stアルバム『猫とアレルギー』で一体どんな姿を見せたのだろうか。何を隠そう、まず僕はアルバムのリードトラックであり表題曲でもある”猫とアレルギー”のMVに映る佐藤千亜妃の姿に興味を惹かれた。これまでは、その音楽性と同調するかのようにボクっ娘あるいはボーイッシュなビジュアルイメージで売っていた佐藤千亜妃が、このMVではまるで「ユニクロの新作ニットのCMかな?」と見間違えるくらい、音楽性を含め色々な意味で『黒』を好む男性的(中性的)なイメージから一転して、エクステや純のセーターに身をまとい、何時にもなく『女性的』なシンボル(象徴)を身につけ、何時にもなく『女性的』なアイコンとして輝き放つ佐藤千亜妃のビジュアルに度肝を抜かれた。それすなわち→佐藤千亜妃が都会色に染まりきったことを示唆していた。気づくと僕は、「東京コワイ」と呟いていた。



その佐藤千亜妃のビジュアルよりも驚かされたのは、他でもないその『楽曲』イメージで、シングルの『桜が咲く前に』の路線を素直に踏襲しつつも、しかし随所に椎名林檎”虚言症”に対するオマージュ&リスペクトを織り交ぜながら、柔らかなピアノの音色と壮麗優美なストリングスというJ-POP界の専売特許と言わんばかりの音を大胆にフューチャーした、教科書通りのJ-POPを繰り広げる。まさに新生きのこ帝国の襲名と同時に、椎名林檎の正統後継者を宣言するかのような、まるでツイッターのハッシュタグに「#椎名林檎の後継者なの私だ」と付けてツイートしてそうな佐藤千亜妃の圧倒的な存在感に震える。
 

表題曲と並んでアルバムのリードトラックを担う#2”怪獣の腕のなか”は、一定に鳴り続けるミニマルなメロディと和音ギターのリフレインと音(残)響をフューチャーした曲で、過去に「あいつをどうやって殺してやろうか」と歌ってた中二病バンドと同じバンドとは到底思えない可愛い歌詞まで、その全てに度肝を抜かれる。一見「普通のポップス」に聴こえるこの曲の凄い所は、出自のセンスを感じさせるギターのリヴァーヴィな音響意識にあって、USのWarpaint”Intro”直系の空気圧/空間描写からは、奇しくもきのこ帝国と同じく2014年間BESTに名を連ねたウィーペイントと同レベルの音響世界、その更なる高みに到達したことを意味していた。その#2の音響意識を受け継いだ曲で、音響指数ビンビンな#3”夏の夜の街”でも、懐かしい郷愁を呼び起こすケルティックなメロディを靡かせながら、#2と同じく和音ギターのリフレインと出自を想起させるシューゲイザー的なアプローチで聴かせる。

次の”35℃”は、USのWhirrを彷彿とさせる焦燥感溢れるノイズポップ風のギター、バンドの土台(低域)をガッチリと支える谷口君のベースとロックなリズム&ビート感を刻む西村コン君のドラムが織りなすアンサンブル、そして佐藤千亜妃の幼少期にタイムスリップさせる歌声と、思春期の焦燥と刹那、そして煩悩といったあらゆる感情が交錯する、むせ返るような真夏の夜の切ない恋模様を描き出すエモい歌詞が絶妙にマッチした、ここまで90年代のJ-POPを意識したコード進行はないってくらい王道的なポップスで、これはもはやきのこ帝国なりのホワイトべりー”夏祭り”、あるいはレベッカ”フレンズ”と言っても過言じゃあない。当然、この曲でも”普通のポップス”ではないことを、ノイズという名の音の蜃気楼を巻き起こす轟音パートを耳にすれば分かるはずだ。

昭和の匂いを内包したジャズ風味のピアノをフューチャーした”スカルプチャー”は、椎名林檎”罪と罰”みたいにガッツリ巻き舌する勇気はないけれど、少しオラついた演歌歌手ばりにコブシを握って椎名林檎になりきる佐藤千亜妃が、別れたオトコの匂いに執着するオンナの未練と怨念が込められたダーティな歌詞を熱唱する、それこそ佐藤千亜妃「#椎名林檎の後継者なの私だ」とツイート連投してそうな歌謡曲で、これはもうきのこ帝国なりの”歌舞伎町の女王”ならぬ”メンヘラストーカーの女王”だ。しっかし、思春期の無垢で甘酸っぱい片想いを歌った”35℃”から一転してオトナのオンナに化けるギャップ、というか曲の振り幅に柔軟に対応する佐藤千亜妃の表現力≒演技力には、伊達に女優業やってなかったと関心してしまった。

さっきまでの『夏』をテーマにした曲とは一転して『冬』をテーマにした”ドライブ”は、その『冬』のイメージどおり、Daughter2:54をはじめとしたUKインディ直系のリヴァーヴィな音像と北欧ポストロック的な幽玄なメロディがリフレインするダウナーなスロウコアで、一言で「洋楽っぽい」とかそういったチープな表現はナンセンスで、とにかく初期の”ユーリカ”を彷彿とさせる激シブいアンサンブルと、森田童子ばりに陰鬱な佐藤千亜妃の歌声が真冬の夜の淫夢へと誘うかのような子守唄ソングだ。

そして、今作のハイライトを飾る#4~#6までの流れを締めくくるように、シングルとは違ってピアノのイントロで意表を突いてくる”桜が咲く前に”を中盤の山場に迎えるが、正直アルバムに収録される上でここまで効果的なシングルになるなんて想像してなかったし、単体じゃなくアルバムの流れの中で聴くと、俄然この曲が持つ他とは一線を画した力強いエネルギーと凄みを感じる。

それ以降も→若手SSWの片平里菜からの影響を感じさせる、実質佐藤千亜妃のソロとして聴けなくもないシンプルなピアノの語り弾きを聴かせる”ハッカ”、在りし日のYUIが歌ってそうな賑やかでアップテンポなポップチューンの”ありふれた言葉”、一転してニルヴァーナばりにダーティなヘヴィネスと椎名林檎”弁解ドビュッシー”を想起させるメンヘラ風ボコーダーを効かせた佐藤千亜妃の歌、そしてポストブラックメタルばりの不協和音的なメロディが狂気じみてる”YOUTHFUL ANGER”は、別の意味で(G)ソロもあって完全に「マッシュルーム・エンパイアはメタル」なセイント・アンガーばりの一曲で、在りし日の僕に「東京コワイ」を痛感させた『CAN'T BUY MY LOVE』の頃のYUIをイメージさせる、「女の趣味は全部オトコの影響!きのこ帝国の変化はオトコの影響!」と言わんばかりの”名前を呼んで”、ラストの”ひとひら”ねごと辺りが演ってそうなストレートなロックナンバー。

序盤は新生きのこ帝国の始まりを告げるような、出自のセンスと天才的なアレンジを王道的なJ-POPに落とし込んだ楽曲、アルバム一番の見せ場である中盤は、ライブの十八番になりそうな90年代のJ-POPを地でいく曲や佐藤千亜妃の椎名林檎化が著しい曲をはじめ極端に振り切ったガチなキラーチューンの応酬、アルバム後半ではガチのメタル曲や佐藤千亜妃がソロ化する新機軸とも受け取れる曲を擁して最後まで楽しませる。ハッキリ言って、前作とは比べものにならないくらい驚きと面白さに満ち溢れれた内容で、表面上は「ただのポップス、普通のポップス」に見せかけて、一体どこにそんな才能隠してたんだ?ってくらい、音の細部にまで徹底した”こだわり”を感じさせるアレンジやメロディセンス、そしてライティングの凄みにビビる。とにかくアルバムとしての完成度、一つの作品として聴かせる熱量がこれまでとは段違いだ。前作『フェイク~』の時点で『面白い』というポテンシャルは未知数にあったけれど、まさかここまでとは思わなくて、前作で予感させた並々ならぬ『面白さ』が開花した結果というか...でもあの『eureka』という傑作を作ったバンドって事を考えたら至極妥当だし、全く不思議じゃあない。音の傾向として和音のリフレイン主体の至極シンプルな構成と音使いで、ここまでの曲が書けるのは彼らが本物であるという何よりの証拠だと思う。

フロントマンの佐藤千亜妃は、このアルバムの中でボーカリストとしての役割、コンポーザーとしての天才的な才能、そしてシンガーソングライターとしての未知なる可能性を開花させている。近年激化する椎名林檎の後継者問題に終止符を打つかのような、もはや椎名林檎の正統な後継者は赤い公園津野米咲でもなく、tricotイッキュウ中嶋でもない、赤い公園佐藤千明もといきのこ帝国佐藤千亜妃だ。その佐藤千亜妃からの要求に真正面から答える、特にリズム隊の男性陣が強力なアンサンブルを生み出しているのも聴きどころの一つだ。もはやシングルの『東京』以降、エンジニアを担当している椎名林檎でもお馴染みの井上うに氏のキャリアの中でも上位に食い込むであろう作品なんじゃねーかレベル。

『前作のライングラフ』
超えちゃいけないライン

そもそも、そもそも前作の『フェイクワールドワンダーランド』は、いわゆる「超えちゃいけないライン」からは少し外れた所に位置する作品で、2014年当時その「超えちゃいけないライン」の線上に立っていたのが、他でもない赤い公園の2ndアルバム『猛烈リトミック』だった。何を隠そう、赤い公園というガールズバンドも、きのこ帝国と同様に初期の拗らせたアンダーグラウンドな音楽性から、今現在のメインストリームすなわち大衆性すなわちメジャー感あふれる音楽性へと流動的な変化を遂げたバンドの一つで、おいら、『フェイク~』の時に「きのこ帝国に足りないのは津野米咲の存在」みたいなニュアンスで、遂には「次作は津野米咲にプロデュースさせるべき」みたいな事もレビューに書いてて、それは今思うと本当に面白くて、ナニが面白いって→この『猫とアレルギー』で遂にきのこ帝国佐藤千亜妃「超えちゃいけないライン」の線上に立って音を鳴らしている事実に面白さしかなくて、一方『猛烈リトミック』「超えちゃいけないライン」に立った赤い公園が次作の純情ランドセルでどうなったのか?「それはまた、別のお話」。

猫とアレルギー
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きのこ帝国
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【5/18】 赤い公園 『マンマンツアー 2015 初夏 ~迫る!初っ夏ー!』@名古屋CLUB QUATTRO

マンマンツアー 2015 初夏 ~迫る!初っ夏ー!

そろそろ巷で赤い公園は津野米咲が亀田誠治とつるんで"椎名林檎ごっこ"し始めてから終わった」という声が聞こえてきそうな、そんな赤い公園の約半年ぶりとなるマンマンツアー『マンマンツアー 2015 初夏 ~迫る!初っ夏ー!』を名古屋クワトロで観てきた。

まさか、昨年の歴史的名盤猛烈リトミックをリリースして以降、今年に入って新曲も発表されぬままツアーに突入するとは思っても見なくて、月曜パーソナリティを務めたANN0も俺たちの池田智子に追いやられるような形で降板したりと、「こいつらマジで解散すんじゃネーの?」みたいな雰囲気すらあって、むしろ今解散したらガールズ・ロック界のちょとしたレジェンドになれそうだし、万が一解散するならドラマーのうたこすtricotに明け渡してくれれば万々歳だよなって。まぁ、それは冗談として→とにかく今年の赤い公園は、あの『猛烈リトミック』を作った赤い公園とはまるで別人のようなニートっぷりを見せつけていた。そんな沈黙期間が続く中、突如発表された今回のツアーというわけで、一言でツアーと言ってみても、先述のとおり新曲を発表したわけでもないし、つまり「一体ナニを目的としたライブなのか?」が甚だ疑問な所で、自分自身なんでチケット取ったんだろう・・・って、チケを発券してからふと思ったりした。むしろ逆に、予想できないからこそ面白いことやってくれるんじゃあないか?と前向きに考えられなくもなくて、そんなドキドキ・ワクワク感をもってライブ会場へと向かった。

まず前回のツアーとは違って、今回のツアーは7時半開演とのことで、これは素直にありがたい(でも500円値上がりしてる)。で、自分は開演15分前に入場したのだけど、すると前回の公演と比べると明らかに客入りが悪い事に気づく。まさかこのままフロアの中央がスッカスカのまま開演するわけないよな?という心配を他所に、ちょっと寂しい客入りのままメンバーが登場。気になるオープニングを飾ったのは、なんと意外や意外、フロントマン佐藤千明をはじめバンドのエモーションが暴発する名曲”ふやける”で、本来ならばライブ終盤のハイライトを飾る場面で演奏するこの曲を一発目に持ってくる所からして、このライブは「そういう(通常の)ライブじゃないですよ」というメッセージを暗に、佐藤千明津野米咲によるツイン・ギターが解き放つケタタマシイ轟音に乗せて会場のフアンに肌で伝える。そのまま佐藤千明はギターを抱えながら、その流れで”サイダー”を披露する。三曲目は恐らく最初期の曲だと思う。それ以降も、いわゆる白盤から”血の巡り””ナンバーシックス””何を言う”を、いわゆる黒盤からは定番の”塊”や”透明”を、1stアルバムからは”交信””のぞき穴”、そして定番曲の”今更”を披露していく。前回は猛烈リトミックに伴うツアーで、当然アルバム曲が中心のセトリだったから、逆に今回のセトリは初期の曲で固めてくるかと思いきや、なんだかんだ終わってみると『猛烈リトミック』からは計8曲も披露していて、あらためて『猛烈リトミック』の曲が持つ柔軟性、その完成度の高さに唸らされた。中でも”108”の課題だった"タイト感"を意識的に合わせていた印象。

このように、一発目から”ふやける”という”まさか”の展開をはじめ、今回のセトリからも分かるように、初期中心のセトリで古参フアンにサービスするというわけでもなくて、それではこのライブの目的、目玉って一体ナニ?っつー話で、その問に対する答えはツアータイトルの『初っ夏ー!』が大きな鍵を握っている。新旧の曲を織り交ぜた前半を終えると、ここで先ほどの『初夏』にちなんだ、パフィーやZONEなどの有名な夏曲をカバーするカラオケ大会が始まった。このカラオケ大会では、ドラマーのうたこすがハモリで参加したりと、良くも悪くも赤い公園らしいユッルユルなステージングを魅せていく。計3曲カバーし終えると、着席スタイルのまま”いちご”を披露し、そのまま後半戦に突入。後半戦は黒盤の曲を中心にダークに聴かせる。ここで再びブレイクを挟み、佐藤千明がステージの袖に姿を消したと思ったら、暫くするとアフロヘアー&サングラス姿で、それこそ平井堅のポップスターさながらの仮装でポップスターをカバーし始める。そのわけわからん光景を目の当たりにした僕→「こ、これが赤い公園の本性・・・だとッ!?」。ライブ終盤は本当にユルユルなステージングで、もはや僕みたいなニワカは来ちゃいけないライブだったんじゃあないか?って、もし今回のツアーで赤い公園を初めて観る人が居るとして、その人の気持ちを考えたら夜も眠れなくなりそうなくらい、前回のツアーで見せた研ぎ澄まされた硬派なライブバンドが、一転してモノマネ芸人と化していたんだ。自分は前回のツアーで(通常のライブ)を観ているので、これはこれでもう一つの赤い公園として楽しめなくはないけど、まだ赤い公園のライブを観たことがない人には、今回のツアーだけは個人的にオススメはしない。もし初めて観る赤い公園のライブがコレだと、例えば曲を聴いて硬派で根暗なイメージを持っている人に、赤い公園がただのコミックバンドあるいは文化祭バンドと勘違いさせる恐れがある。でもコッチが赤い公園の本性だとすると・・・。ともあれ、今回のツアーの集客が見込めないのはバンド自身で分かっていたはずだろうし、つまり観客の大半が赤い公園ガチ勢になる事を見越していたからこそ、このような通常のライブとは違った、悪く言えば内輪ノリでユルユルなライブを狙ってやったんだと思う。しかし”ユルすぎる”のも大概かもしれない。ガチ勢はそれで納得するのかもしれないが、初めて赤い公園を観た人に誤解させる危険性(リスク)も忘れてはならない。バンド側が「ウェーーーーーーイwwwwwwwww」とやるのが望みと言うなら、それはそれでバンドの意思だし、僕は一切否定しない。確かに、白黒盤の如くどっちでもやれるのは強みかも知れないが、裏表があるからこそヘタに誤解を生む可能性もあるわけで、とにかく赤い公園には昨今の邦楽ロック界に蔓延る”節操ないバンド”と同じ輩にだけはなって欲しくないんだ。それらはバンドにとって大きな損失を与えかねない。確かに、ANN0で培ったネタをライブに取り入れる試みは新しいし面白いかもしれないが、しかし見る人によってはスベって目に映るかもしれない。元リスナーとして、僕はこの(試行錯誤の末の)失敗をラジオで勘違いしちゃったパティーンとは思いたくない。勿論、何か新しいことをしなきゃフアンは増えていかないが、しかし初見の人が今回のライブを観てリピーターになるとは到底思えなかった。たかが知れているとはいえ金を取っているからには、それなりの"プロフェッショナルさ"を見せて欲しかった、というのが本音だ。

終始カラオケ大会みたいなノリで、リトミックのリードトラックとなる”NOW ON AIR”を最後に本編は終了する。間もなくアンコールを受けて再登場し、このツアーでフアンが期待していた待望の新曲”こいき”を披露。この新曲は、Bメロは初期相対性理論あるいはモーニング娘の”One・Two・Three”みたいな可愛げのあるリズム感、というより津野米咲の音楽的嗜好が全面に押し出された曲調で、サビは若干アニソンっぽいというか佐藤千明の力強いボーカルが印象的だった(アニメタイアップ付くのか知らんけど)。実際にマスターアップされた曲を聴いてみないと何とも言えないが、良くも悪くも『猛烈リトミック』を通過した赤い公園の曲、といった感じ。あと米咲ソロもあるよ。最後は100秒ソングこと”絶対的な関係”で終了。新旧の曲を織り交ぜながら約1時間40分やりきった。特に目ぼしいようなMCもなく、男マネージャーの話や藤本ひかりがしゃちほこネタやったり、その流れで津野米咲がおっぱいがどうとか言ってたくらい。

前回の公演と比較しちゃいけないのは分かってはいながらも、やはり初見だった前回ほどの衝撃や凄みというのは感じられなかった。それは当然、このツアーの目的が「そういう(通常の)ライブじゃない」わけだから、比べること自体がナンセンスだ。通常と違うと言っても、当然手を抜いてパフォーマンスするというわけじゃないし、確かに音やバンドの気の入りようは前回のが凄かった気がするけど、少なくとも佐藤千明の歌やモノマネは文句のつけようがないパフォーマンスを披露していた。もはやほぼ佐藤千明の為のツアーと言っても過言じゃあないかもしれない。それこそANN0で培った、お笑い芸人としての佐藤千明をフアンに生でお披露目するかのような、音楽のライブでありながらも通常の音楽ライブから少し逸脱したコメディ要素、それこそマジな要素とクソな要素を両立させた、良くも悪くも赤い公園らしいメリハリの効いたライブだった。しかし、何かと"もったいなさ"の残るライブだったのも確かだ。

厳しい話、今年に入って新曲すらマトモに出せていないバンドのテンションがそのまま集客に現れている。その集客や話題性からしても、今年に入って俄然ねごとtricotとの勢いの差が顕著で、なかなか窮地に立たされている現状を、この赤い女たちは如何にして自身の音楽道を切り拓いていくか、正直なかなかハードモードではあるが、あの名盤『猛烈リトミック』を作ったバンドとしての底力と意地を見せてもらいたい。そう口で言うのは簡単だが、実際『猛烈リトミック』の次の新曲って本当に難しい事案だと思う(だから解散説も現実的になってしまう)。しかし、『猛烈リトミック』という名の呪いを乗り超えられるよう、これからの赤い女たちの活躍を願ってやまない。しかし僕は、ここいらで赤い女たちから少し距離を置こうと思っている。あの『猛烈リトミック』を超える作品が生まれる、その時まで・・・。


というわけで、ここで俺的ラブメイト・ランキングを発表します! 

1位 ヒロミ・ヒロヒロ(tricot)
ヒロミ・ヒロヒロ
評価
【推しメン+3ポイント
【カレーにジャガイモ肯定派
+2ポイント
ピョンピョン
可愛い】+2ポイント
【トリコキテる感+1ポイント
総合8ポイント

2位 沙田瑞紀(ねごと)
沙田瑞紀
評価
【推しメン+3ポイント
【日本のオリアンティ+1ポイント
【あがり症キャラ設定+1ポイント
【ドレスコーズ選抜+1ポイント
【ねごとキテる感+1ポイント
総合7ポイント

3位 澤村小夜子(ねごと)
澤村小夜子
評価
【無駄にテクいドラム
+2ポイント
【GLAYの曲に参加+1ポイント
【足の裏から変な汁+2ポイント
【ねごとキテる感+1ポイント
総合6ポイント

4位  キダモティフォ(tricot)
キダ モティフォ
評価
 【キレッキレのパフォーマンス
+2ポイント
【プログレッシブ・デスメタラー】+1ポイント 
【サンバ隊長+1ポイント
【トリコキテる感+1ポイント
総合5ポイント

5位 中嶋イッキュウ(tricot)
中嶋イッキュウ
評価
【関西のオカン顔
+1ポイント
【DV中嶋】+1ポイント 
【煽っていくスタイル+1ポイント
【トリコキテる感+1ポイント
総合4ポイント

6位 藤咲佑(ねごと)
藤咲佑
評価
【リーダーシップ
+1ポイント
【女性/子供への優しさ+1ポイント
【ねごとキテる感+1ポイント
総合3ポイント

6位 蒼山幸子(ねごと)
蒼山幸子
評価
【優等生
+1ポイント
【クサいMC+1ポイント
【ねごとキテる感+1ポイント
総合3ポイント

7位 歌川菜緒(赤い公園)
歌川菜緒
評価
【推しメン
+3ポイント
【いつもよりカウベルマシマシ+1ポイント
【ハモリ微妙-1ポイント
【オワかい公園感-1ポイント
総合2ポイント

8位 佐藤千明(赤い公園)
佐藤千明(
評価
【モノマネ女王
+2ポイント
【体張ったパフォーマンス+2ポイント
【同姓同名の佐藤千亜妃(きのこ帝国)が可愛い+3ポイント
【ブサイク-5ポイント
【オワかい公園感-1ポイント
総合1ポイント

8位 藤本ひかり(赤い公園)
藤本ひかり
評価
【鯱おっぱい
+2ポイント
【オワかい公園感-1ポイント
総合1ポイント

最下位 津野米咲(赤い公園)
津野米咲
評価
【新曲出さないニート
-1ポイント
【亀田誠治と椎名林檎ごっこ-1ポイント
【NO OPPAI】-1ポイント 
【オワかい公園感-1ポイント
【雨女】-1ポイント
【メンヘラクソ女+5ポイント
総合0ポイント


あれ・・・?これ下位のがオイシくね?

森は生きている 『グッド・ナイト』

Artist 森は生きている
森は生きている

Album 『グッド・ナイト』
グッド・ナイト

Tracklist
01. プレリュード
02. 影の問答
03. 磨硝子
04. 風の仕業
05. 痕跡地図
06. 気まぐれな朝
07. 煙夜の夢
  a. 香水壜と少女
  b. 空虚な肖像画
  c. 煙夜の夢(夜が固まる前)
08. 青磁色の空
09. グッド・ナイト



あ...ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 「いや~、やっぱりスティーヴン・ウィルソンの新作イイな~」・・・なんて思ったら日本のバンドだった・・・。な...何を言っているのか わからねーと思うが おれも 何をされたのか わからなかった...頭がどうにかなりそうだった...催眠術だとか超スピードだとか そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ...

邦楽界にプログレの波がキテいる・・・これは紛れもない事実だ。それを真っ向から証明するかのようなバンドが、東京は武蔵野生まれの6人組、その名も森は生きているだ。何が驚いたって、彼らの2ndアルバム『グッド・ナイト』に収録された"煙夜の夢"という約17分の大作ナンバーの存在で、まずはじめに、その大作をMVにしちゃう彼らの心意気に、そのプログレ魂に僕は敬意を表したいと思う。この”煙夜の夢”は、第一幕に”香水壜と少女”、第二幕に”空虚な肖像画”、そして第三幕に”煙夜の夢 (夜が固まる前)”に分かれた三部構成となっていて、まず第一幕の”香水壜と少女”からゴイスー。まずイントロのアコギの靡かせ方からのフルートの導入部からして→「スティーヴン・ウィルソンの新曲かな?」って勘違いするくらい、完全にSW関連事業の音使いというか"プログレ"以外ナニモノでもない幕開けから始まって、とりまプログレ然とした音や楽器をあざとくもふんだんに使ってプログレヲタの琴線をブヒらせながら、時に優美に、時に喜劇的に入り乱れながら、時に中東の民謡音楽ばりのエスニックな旋律をもって、秋枯れの荻が生い茂ったどこまでもつづく原野の如し情緒感あふれる素朴な風景を描き出し、そこから中期Porcupine Treeを想起させるクラシック・ロック然としたギター・リフ~アコギとフロイドリスペクトなエフェクティブなサウンドをバックに、この物語の語り部となる竹川悟史の歌へと繋がっていく。続く第二幕の”空虚な肖像画”では、リーダーの岡田拓郎をメインボーカルに携えてTemples顔負けのインディ・サイケ~アンビエントなシーンへと物語は移り変わっていき、そして最終章となる第三幕の”煙夜の夢 (夜が固まる前)”では、一転してカントリー調のポップなリズムにノッて、森のせせらぎと共にランランラ~ン♪と鼻歌交じりに妖精さんが舞い踊るクライマックスのシーンを最後に、このラノベ小説『メンヘラ彼女とボク』は盛大に幕を閉じる。このキング・クリムゾンやピンク・フロイドをはじめとしたプログレレジェンドに匹敵する大胆な構成力と抒情的かつ緊張感のある展開力は、なまじハタチそこそこの文学青年が演るレベルをゆうに逸脱している。これはもうスティーヴン・ウィルソンPorcupine Treeの名曲”Anesthetize”をも凌駕する...いや、歴代のプログレレジェンドを過去のモノとするッ!これこそ現代のプログレッシブ(J)ポップ絵巻だッ!・・・ってのは少し大袈裟かもしれないが、この森は生きているの圧倒的なクリエイティビティと若者的咀嚼エネルギーが爆発した名曲であるのは確かで、持ち前のオサレでシュールな歌詞世界をはじめ、フォーク/サイケ/プログレ/アヴァンギャルド/ジャズなどのジャンルを変幻自在に操る、若者らしからぬ大人びた落ち着いたアナログな演奏、とにかくこの曲に彼らの全てが詰まっていると言っても過言じゃあないし、その音楽的素養の深さと"音"に対する"こだわり"が初期衝動的な勢いで伝わってくる。様々なジャンルや過去の偉大なバンドからの影響を自らの音へと巧みに昇華し、それらを洗練されたポップ・ミュージックに仕立て上げる柔軟性の高さはスティーヴン・ウィルソンとダブる。実際、想像した以上に柔軟性の高いバンドで、ヲタク丸出しのプログレからキャッチーなポップスもできるのはバンドとして大きな強みだろう。で、その"影響"といえば→神戸在住のThe fin.もモダンな海外バンドからの影響が色濃くあったが、近代的な彼らより古典的すなわちクラシックでアナログ感あふれるレトロフューチャーボンバーなのが森は生きているだ。この2つのバンドに共通するのは、若くして作曲からミックスまでこなす卓越した才能を持ったYuto Uchino岡田拓郎という未来の邦楽界を背負って立つであろう存在か。ここで少し話は変わるが→最近、自分の中で"いい音楽"を選別する判断材料として→赤い公園の津野米咲がアヒャヒャとブヒりそうな音楽か否か】みたいな謎の測りを設け始めていて、昨年にThe fin.の1stアルバムDays With Uncertaintyを聴いた時も→「あっ、これぜってぇ津野米咲が好きなヤツや」ってなったし、そして今回この森は生きているに対しても同じことを思っちゃったから、だから「これはきっと"いい音楽"に違いないんだ」という結論に至った、というわけです。その将来性はThe fin.以上かもしれない。

ハルキスト ・・・そのタイトルどおり本作の”プレリュード”となる幕開けから、「走り出す少女は 影に惹かれて 風に似て行ってしまったのです」とかいう村上春樹ばりの文学的な歌詞をはじめ、マンドリンやハーモニカ、鉄琴や木琴などの鍵盤打楽器、フルートやパーカッションなど様々な楽器やさり気ないエレクトロニクスを駆使しながら、Voの竹川悟史による斉藤和義風の歌声とバンドの頭脳である岡田拓郎のコーラスが朝焼けの匂いを醸し出す、アルバムのオープニングを飾るに相応しいムーディなフォーク・ソングで、続く2曲目の”影の問答”では、60年代~70年代を想起させるクラシックなギター・リフとビートルズやピンク・フロイドを最高権威者としたUKネオ・プログレッシブ・ロック直系のフェミニンなメロディが織りなすサイケデリックなサウンドに、まるで夢遊病者ように無表情で不協和音のように虚ろなボーカルと幽玄なコーラスがアンニュイに交錯していき、そして江戸川乱歩の短編に出てきそうな【男A】【男B】の会話を描いた一風変わった歌詞からも、異常にセンスフルかつ俄然文学的な彼らのアーティスティックな一面を垣間みせる。一転して陽気な気分でカントリー風のチェンバー・ポップやってのける3曲目の”磨硝子”は、マンドリンとフルートの優美な音色が遊牧民のユル~い日常を描き出し、中盤からは重厚なヴァイオリンを合図に、まるでどこかのデブが「音の宝石箱や~」と言わんばかりのキラキラ☆綺羅びやかでカラフルな音使いとモダンなアンビエント感をもって、それこそ後期UlverKayo Dot顔負けのアヴァンギャルディな文系力を発揮していく。正直、この展開にはプログレ好きは「キター!」って感じだし、まさかVampillia以外の邦楽バンドにコレができる集団が他に実在するなんて思いもしなかったから素直に驚いた。というか、もしかするとKayo DotSteven Wilsonを繋ぐ架け橋となる存在こそ、彼ら森は生きているなのかもしれない。で、ここまでの"知的"な文学青年あるいはハルキスト然とした流れから一転して、"ポスト-くるり"を襲名するかのようなゆるふわ系のポップスを聴かせる4曲目の”風の仕業”岡田拓郎をメインボーカルに迎えたシンプルなサイケ・ロックを披露する5曲目の”痕跡地図”、再びフロイド的なゆるフワッと感と"ポスト-くるり"っぽさを醸しながら、前二曲と同様に比較的シンプルな曲かと思いきややっぱりプログレッシブかつエキゾチックなニクい演出が光る6曲目の”気まぐれな朝”、そして三部作の”煙夜の夢”、まるでモノクロの白昼夢の中を彷徨うかのようなアコギ主体の”青磁色の空”、そして表題曲の”グッド・ナイト”を最後に、全9曲トータル約48分の『夢』は地平線のようにどこまでも続いていく・・・。

アニミズム ・・・おいら、インディとかよく知らないしどうでもいいんだが、この作品だけはインディっつーよりも"プログレ"として聴いたほうが絶対に面白いです。しかし、その森は生きているの郷土愛や自然崇拝に満ち溢れたDIY精神は、自給自足系ブラックメタルに通じるインディペンデント感というか謎のスケール感すら内包している。これはもう一つの純文学であり一つの"文芸作品"と言っていいだろう。もはや音楽界の太宰治賞を与えたいくらいだ。この勢いで今話題のTemplesと対バンしたら面白いと思う。あと赤い公園よりも森は生きているのがSWプロデュースの可能性あるな(願望)って思っちゃったんだからしょうがない。ともあれ→"今の邦楽界は面白い"・・・という一説を裏付けるような、2014年の代表する一枚でした。
 
グッド・ナイト
グッド・ナイト
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森は生きている
Pヴァイン・レコード (2014-11-19)
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