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墓っ地・ざ・ろっく!

水曜日のカンパネラ

チャーチズが水曜日のカンパネラのコムアイとコラボした”私の頭の中から”を公開!

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先日開催されたフジロックで、ホワイトステージのトリに相応しい圧倒的なライブを披露したチャーチズが、水曜日のカンパネラコムアイをフィーチャーした新曲”Out Of My Head(私の頭の中から)”をリリースした件について。

ご存知、チャーチズの3rdアルバムLove is Deadは、過去最高にローレン・メイベリーという一人の”めんどくせぇ女”もといフェミニストのデスメタルばりの不満不平を謳ったエゴい作品で、そのグラスゴーを代表するフェミニストローレンと日本の音楽界を代表するフェミニストことコムアイの奇跡の邂逅が実現、でもこんなんおっかな過ぎて聴けねぇわ・・・。

驚いたのは、今回のコラボをオファーしたのが(どうせコムアイ側だろうと思ったら)まさかのローレン側と聞いて、だてに意識高い系フェミニストやってないなというか、この極東のJ-POP事情の理解度の高さに舌を巻くるというか、日本国内でその手の強いメッセージ性とユニークな音楽性を併せ持つ水曜日のカンパネラコムアイに、自分と同じフェミニストとしてのフィーリングを感じた末の必然的なコラボと言える。しっかし、この国の女議員が「LGBTは生産性がない」と発言したり、某医大の「女子受験者を一律減点」などの差別問題が注目されている絶妙なタイミングで、この日英フェミニストによる怒りのコラボ曲が発表されるとか・・・もはや狙ってやってる確信犯としか思えなくて、兎に角おっかねぇですw

つい最近、あのグライムスがK-POPとコラボして話題を呼んだが、今回のコラボはそっちの文脈で語る方がシックリくるかもしれない。勿論、グライムスチャーチズ、どちらが日本人好みか?とか、どちらがJ-POP的でどちらがK-POP的であるのか?とか、それはわざわざ答えるまでもない質問だろう。それでも例外はあって、例えば”一応はK-POP”Dreamcatcherは2ndミニアルバム『悪夢・Escape the ERA』”あの星”という曲でチャーチズをリスペクトしている。そういった意味では、ドリキャは限りなくJ-POPに近いK-POPと言えるのかもしれない。マジあざといわぁ→



歌詞は”川崎とグラスゴー”、”忌野清志郎とデヴィッド・ボウイ”、”枝豆とフィッシュ&チップス”、そして「SNSウォーキング・オブ・デッド!」など、コムアイならではの(しかし的確に今の時代を捉えた)ユニークな日本語歌詞と『Love is Dead』の延長線上にあるエゴい英詞が、国境を超えて、そして人種を超えてクロスオーバーしていく様は、まさに「時代」を感じさせる。

この曲は新作の『Love is Dead』と同時期に制作されたとのことで、音のアレンジ自体は新作の延長線上にある王道チャーチズのシンセ・ポップを展開している。これはフジロックのパフォーマンスを見ても思ったのだけど、新しくサポート・ドラムが加入したことでライブでも俄然バンド・サウンドっぽいグルーヴ感マシマシになってて、このコラボ曲でもドラムのビートが全体のリズムを形成する中核としてその存在感を発揮しており、つまり「ロックバンド化したチャーチズ」として、また新たな一面を覗かせるような一曲となっている。普段のチャーチズとちょっと違うなというか、ちょっと新鮮に感じたのは、ローレンAnd when you figure it out!!と怒りをブチ撒けるサビの後のI need out of my, out of my, out of my headと繰り返すコーラスの部分で、ここの脱力系のファミニンな雰囲気だけノルウェーのAURORAっぽいなって。これAURORAフジロック出演フラグ立ったな・・・。

MVはアニメーション作家の山元隼一監督によるもの。しかしコムアイ出世したなぁ...!

Spotifyで水曜日のカンパネラの新曲「贏政」を聴いた

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つい最近というか、ようやく『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦先生も激推ししている漫画『キングダム』を読み始めて、流石に天下の漫画将軍の荒木飛呂彦が推すだけあってメチャクチャ面白くて、皮肉にも飛呂彦が現在連載しているジョジョ8部『ジョジョリオン』とは比べ物にならないくらいの面白さで、何を隠そう、その『キングダム』を題材にしたリアル脱出ゲーム「ある大戦場からの脱出」の主題歌として書き下ろされた、サブカルクソ女コムアイ擁する水曜日のカンパネラの新曲「贏政」がすこぶるカッコイイという話。ここ最近の水曜日のカンパネラといえば、今年の初めにメジャー1stフルアルバムを出して武道館ライブを成功させた事で久しいが、正直そのフルアルバムよりもこの新曲のが面白くね?っつー話。

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この曲のタイトル「贏政」は、漫画『キングダム』でもお馴染み、中国春秋時代に中華統一を志す31代目の秦王「贏政」の名を冠したもので、やはり注目スべきはその歌詞で、戦国七雄風にたなびく それが春秋時代」という戦国時代の中で、西の方の秦の国31代目の秦王「贏政」王になるっていつかは中華統一したいと(エラい軽いノリで)贏政の偉大なる『野望』『夢』を描き出すキングダムの物語を詞にしている。もっとも水カンらしくてユニークなのは、みんな大好き秦国六大将軍の王騎の右腕ことさんがファルファルと敵をなぎ払ったと思ったら、今度は羌瘣が呼吸を整えてトーンタンタンと空中を舞ったりと、漫画『キングダム』に登場するキャラの「シンボル」とも呼べる擬音を歌詞に織り交ぜながら、群雄割拠蠢く戦場のド迫力な臨場感をユニークな歌詞で表現していく。大袈裟じゃなしに、この曲の歌詞だけで『キングダム』が一体どんな漫画なのかが分かってしまうほど。

当然、この僕がただそれだけのためにわざわざ記事にするわけがなくて、この曲の更なる面白さは歌詞以外の所にあって、それは全編に渡って鳴り響く環境音楽やエレクトロニカを織り交ぜた、東洋思想や神秘主義を取り入れた70年代のニューエイジ(New Age)を彷彿させるトラックである。海外ではエンヤハンス・ジマー、国内を代表するニューエイジ系アーティストといえば喜多郎久石譲が一般的であるが、この曲を聴いてまず頭に浮かんだのが、他ならぬカナダが生んだ奇才デヴィン・タウンゼンド「サブカル期」でお馴染みのアルバム『気』”kawaii”が収録された『Ghost』で、それらの作品およびアーティストとこの「贏政」に共通するのは、秘境の地にある瑞々しい幻水がトロピカルに弾け飛ぶようなサブカル系アートポップ的な、中華風のスピリチュアルでピースフルなアンビエント/ニューエイジ的なアトモスフィアである。要するに、メタル界を代表するサブカルクソヤ野郎と日本を代表するサブカルクソ女の邂逅は、正直かなり面白いよねっていう話。まぁ、こんな音楽にも精通するデヴィンがただ変態なだけというか、それはコムアイも似たようなもんと思えば何ら不思議ではない。そもそも、その辺の一種の宗教的な音楽とコムアイの思想的な面での相性はグンバツであることから、必然的に「いい曲」になる事は目に見えていた。

ミニマル・ミュージックや環境音楽およびヒーリング・ミュージックを織り交ぜた幕開けから、まるで小鳥のさえずりが聞こえてきそうな神秘的な自然感を醸し出しつつ、その中盤以降まさに馬が中華の大地を駆けていくようなドラムビートで徐々にスピード感を増していく姿は、それこそ天下の大将軍を夢見る『キングダム』の主人公であり飛信隊のの如し。その戦国の世を駆けるを陰ながら見守るのが、エンヤさながらの「戦場の女神」的な存在感を放つコムアイだ。正直、ラップらしきことやってないコムアイのがマトモ説あるくらい、この手の曲を水曜日のカンパネラにやらせたら右に出る者はいないと再確認させる。だから、僕みたいにずっと気になってはいたけど漫画『キングダム』をまだ読めていないという人は、是非ともこの「贏政」Spotifyで聴きながら読むと俄然ファルファルとトーンタンタンが捗るのでオヌヌメです。

【11/16】 『水曜日のカンパネラ・ワンマンライブツアー2016 ~SUPERMAN~』@Zepp Nagoya

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個人的に、「いま最もライブが見たいアーティスト」の一つであり、シン・サブカルクソ女界の女王ことコムアイ率いる水曜日のカンパネラが11月16日の水曜日(おは水)にZepp名古屋で行ったワンマンツアーを観てきた。

ここ最近の水曜日のカンパネラといえば、「今が売り時(チャンス)や!!」とばかりMステ出演ブーストを皮切りに、遂には女優デビューまで、今やコムアイの顔を見ない日がないってくらい怒涛のメディア攻勢を仕掛けている。そのMステでも垣間見せた、放送事故一歩手前の奇妙奇天烈な演出が単独ライブでどうなっちゃうのか?一種の怖いもの見たさみたいなのがあって、まさにこのタイミングでのライブツアーは個人的にまたとない機会だった。

まずフロアの入り口から「ナニかヤバい予感」を予感させる。開演すると謎の電波系のSEが鳴り響き、そして直ぐにその「ナニかヤバい予感」が的中することとなった。ステージ上の特殊な形状をしたスクリーンにいわゆる中継カメラ的な演出でコムアイの姿を映し出し、「一体ナニが起こっているんだ!?」と不意を突かれているうちに、2階席にモップを担いだコムアイが登場すると、新曲の”アラジン”のトラックが鳴り響くなか会場は一気にドヨメキだつ。コムアイが2階席から姿を消したと思うと、今度はフロアの入り口から1階に登場し、厳重なボディガードを引き連れながらフロアを練り歩き、そして最後はちょうど自分が観ていた左のスピーカー側へと到着し、涼しげな顔で自分の真横を颯爽と通り過ぎていったコムアイを呆然と見つめながら僕は・・・

「そんなに自由かッ!?」

ってツッコんだ。

その全く予想だにしないコムアイの出オチな登場にド肝を抜かれるというより、むしろ唖然とするしかなかった。それ以降も、その直後の”イエティ”では雪男が担ぎ上げられながらフロアに降臨したり、それと同時に巨大なバルーンというか風船もフロアに投げ込まれたり、”チュパカブラ”では犬神家の逆さ足みたいなんが生えた神輿に乗ったコムアイがフロアを練り歩いたり、更にシャッターチャンスとばかりスマホで写メ推奨したり、最後の”桃太郎”ではきび団子と一緒に味噌投げ始めたり、コムアイがジャイアントバルーンに入ってフロアをゴロンゴロンしたり、なんかもう「う~ん・・・そんなに自由かッ!?」とか何回もツッコミ入れながら、とにかく開演から数十分もしないうちに奇想天外摩訶不思議な水カン・ワールドが終始炸裂しっぱなしで、これはもはや「ライブ」というより一つの「ショー」ではない「アトラクション」だと思ったくらい。

こう大掛かりな演出だけでなく、わりとMCもあっったりして、匂いフェチの話から8×4持ちのガチ勢が登場したのはウケた。あと今回のツアータイトルの「SUPERMAN」は、日本あるいは世界を良くする若い人が現れてほしいという願いが込められた、実にコムアイらしいというか、コムアイの意識の高さを垣間見せるMCだった。あとコムアイが業界の話やどこの事務所が怖いみたいな話を名古屋の伍味酉でしてたとか、なんか間接的に「売れた」アピールしてたけど、それはZepp名古屋ソールドアウトさせてから売れた自慢しろよと思った。実際、今日の客入りは多く見積もって七割の集客だったし、来年の武道館公演の宣伝もしてたけど、その「とりあえず武道館」みたいなノリや新曲音源のスパンの短さから浮き彫りになる質の低下をはじめ、今のカンパネラは少し生き急いでるカンは否めない。どうやら武道館前にはアルバム出す予定とかなんとか。正直、今のカンパネラは少し浮足立ってるカンというか、ここ最近のMステブーストをもってしてもZepp名古屋をソールドアウトにできないという事実と向き合って(名古屋マジ魔境)、もう一度地に足をつけて物事を慎重に捉えるべきなんじゃあないかって。

話を戻して→正直聞きたかった曲というか鬼ヶ島厨的に知ってる曲が半分くらいしかなかったセトリなのにも関わらず、つまり初見でも視覚の演出込みでノリノリに楽しませる懐の深いライブ・パフォーマンス、それこそコムアイが初めのMCで女子供にステージが見えるように配慮させた事に集約するというか、そこに水曜日のカンパネラの将来的な「可能性」が秘められている気がしてならない。だから老若男女問わず、一度くらいは見て損はないライブだと思うし、今のコムアイキテるカンの波に乗れたのは本当に良かった。しっかし、間近で見るとコムアイって本当に貧乳ってレベルじゃねぇぞ。

セットリスト
1.アラジン
2.シャクシャイン
3.ディアブロ
4.イエティ
5.ライト兄弟
6.ナポレオン
7.チュパカブラ
8.ツイッギー
9.ウランちゃん
10.ユタ
11.カメハメハ大王
12.ラー
13.ミツコ
14.ユニコ
15.松尾芭蕉
16.桃太郎

水曜日のカンパネラ 『UMA』

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昨年、グライムスの”REALiTi(現実)”にドハマりした僕が、この水曜日のカンパネラ”ツチノコ”に反応しないわけがなかった。この曲は、メジャー第一弾となる『UMA』のリードトラックなのだが、その内容については、持ち前のコミカルでファニーなB級カン溢れるテンションが露骨に減退して、メジャー感マシマシの本場志向マシマシの洋モノ感マシマシのトラック全開でちょっとガチってきた、ということ以外別段語ることはないと思うので、ここいらで僕はサブカルクソ女界の威信をかけた、グライムスとコムアイのダンス対決に注目したい。実はこの二人、その奇抜な才能と音楽センス、そして現代サブカルチャー界の象徴すなわち”アイコン”として生ける姿はじめ、イマドキのサブカルクソ女として互いに共通する部分が多いのだ。



まずはグライムスのMVから見てみよう。このMVは、東京大阪そして名古屋を含む日本の各都市をはじめ、東アジアの様々な都市、そのロケーションをバックにグライムスがそこかしこに不思議な踊りを踊りまくるというMVで、グライムスはADHDみたいな挙動を基調としたキレッキレなメルヘンダンスを披露している。つうか、そんな事より、日本国内のロケ選びで”名古屋飛ばし”をしなかったというだけで無条件に高評価連打しちゃうMVだわこれ(なお、名古屋がどのカットなのか分からない模様)
 


一方のコムアイだ。ダンスのキレという点ではグライムスに軍配が上がるかもしれない、しかしグライムスと比べると整然と靭やかに、コンテンポラリーで少しセクシャルな匂いを醸し出すダンス・・・というより、それこそ「蝶のように舞い蜂のように刺す」かの如くコムアイのパフォーマンスは、まるで一人の舞踏家さながらだ。渋谷系のホームタウンである東京というロケーションをバックに、終盤燃え盛る花束がコムアイの端正な顔立ちと某まな板をまた一段と妖艶な曲線美へと変え、大都市東京の夜の街に映し出している。聖火台から花束に火を灯し、東京の街を練り踊るコムアイの姿は、2020年の東京五輪で選ばれし聖火ランナーが滑走する未来とその勇姿を暗示するかのよう。

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少しだけアルバム『UMA』の話をすると、オープニングを飾る#1チュパカブラから金玉取られそうになるくらい洋モノ志向のパリピなダンスポップチューンで、未開の地に生息する部族が夜な夜な宴を上げるかの如しオリエンタルでエキゾチックな#3”雪男イエティ”、4曲目の”ユニコ”はアコースティックなアルペジオとクラップ中心に展開する癒し系の脱ラップナンバーで、新機軸的っぽい感じがポイント。後半の曲は意識高い系みたいな、リミックス音源みたいなガチったトラック主体で、約半数の曲を外部プロデューサーを迎えて制作された今作を象徴した流れとなっている。それこそ『UMA』というタイトル通り、未だかつて誰も目撃したことのないコムアイという未知なる謎の生物をお披露目している。少なくとも言えるのは、水曜日のカンパネラのイメージや世界観を決定づけた傑作『私を鬼ヶ島に連れてって』”桃太郎”みたいなノリを期待するとズッコケるし、良くも悪くも「メジャーデビューしちゃった感」に溢れた一枚となっている。それゆえに、以前までのUSラッパーSadistikにも通じるダーティなブラックビッグディック感、もといストリングスを多用したB級オルタナティブ・ヒップホップ感が希薄となってしまったのは、フアンの間で賛否両論あるかもしれない。ともあれ、メジャーデビューした影響を要所で垣間見せつつ”らしさ”を散りばめた前半、一転して洋モノ志向と実験的な傾向が顕著に現れる後半に別れた、言わば「現在進行形の水曜日のカンパネラ」を余すことなく凝縮した作品と言える。

UMA <通常盤>
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水曜日のカンパネラ
ワーナーミュージック・ジャパン (2016-06-22)
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相対性理論 『天声ジングル』

Artist 相対性理論
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Album 『天声ジングル』
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Tracklist

01. 天地創造SOS
02. ケルベロス
03. ウルトラソーダ
04. わたしがわたし
05. 13番目の彼女
06. 弁天様はスピリチュア
07. 夏至
08. ベルリン天使
09. とあるAround
10. おやすみ地球
11. FLASHBACK

「相対性理論は死んだ」

未だにあれは『夢』だったんじゃねーかと疑ってるくらい、ANATHEMAの奇跡の来日公演が実現していなければ、昨年の1月に行われた相対性理論初の名古屋公演『回折II』は、間違いなく年間BESTライブの一つだった。そんなやくしまるえつこ率いる相対性理論が2013年に発表した4thアルバムTOWN AGEは、従来の理論フアンの間で賛否両論を巻き起こした問題作となった。その中には「相対性理論は死んだ」と嘆くも者もあった。確かに、中心人物である真部脩一の脱退が大きく内容に影響していたのは紛れもない事実だし、その音楽性もトクマルシューゴの影響下にある相対性理論流のチェンバー・ポップ、それこそ”ヤクマルシューゴ”と言わんばかりの”上海an”、ポストロック/ミニマル/アコースティックに傾倒した”ほうき星”、そして『TOWN AGE』が「えつこのソロっぽい」と評される所以であるシンセ・ポップ風の”YOU & IDOL”をはじめ、いわゆるバンド・サウンドというよりもチェンバーちっくな音の傾向というか、ソロ化が著しいやくしまるえつこの趣味嗜好に相対性理論本体が引っ張られた感は否めなかった。とは言え、それだけで『TOWN AGE』を酷評するなんて事は愚の骨頂で、何故この日本における「Post-Progressive」なるジャンルが「女性的」なジャンルであるのか?その根拠を裏付けるような”キッズ・ノーリターン”の圧倒的なソングライティングを正当に評価できない時点で、その批評家の意見はたかが知れている。

「相対性理論 is BACK...」

『天声ジングル』の幕開けを飾る”天地創造SOS”から、それこそ「相対性理論 is BACK...」を宣言するかのような、永井きゅんによるめくるめくギターのリフレインと往年の相対性理論をフラッシュバックさせるえつこの歌声、まるで新海誠監督の処女作『ほしのこえ』をイメージさせるSF的な世界観と近未来ちっくなアレンジ(中にはクラップ)を駆使しながら、セーラームーンをはじめえつこが近年お得意様としているアニソン特有の大サビの半音上げを効かせてベッタベタに展開する曲で、とにかく前作の"アンチバンド・サウンド"的な潮流から一転して、相対性理論の原点である"ギター・ロック回帰"を強く印象づける、もはやえつこの歌と永井きゅんのギター以外必要ないという『真実』に気づいたかのような、一ミリの煩悩や邪念すらないシンプルでストレートな相対性理論ナンバーだ。

この地獄の番犬”ケロベロス”が伊集院光のラジオから聞こえてきた時は、番組のゲスい内容と可愛くてポップな曲調のギャップが凄すぎて笑った、と同時に「どっちかっつーと伊集院は犬じゃなくてブタだろwww」ってツッコんだ曲だ。この曲では、菅野よう子とコラボしたX次元へようこそで「ニャンニャンニャンにゃにゃん♪」とネコ化したえつこが今度は「輪廻転生したい!」と願った結果、本家の相対性理論では「わんわんお!」とばかりワンコ化する。その一種の”素”に近いえつこのワンワンボイスをはじめ、3rdアルバム『シンクロニシティーン』を彷彿とさせるトロピカルフルーツ味のギター・リフレインの応酬と2ndアルバム『ハイファイ新書』を彷彿とさせるAOR的でアンニュイなムードがシンクロする。ここまでくると「相対性理論回帰」というより、もはや彼らの”原点”である90年代の「UKミュージック回帰」と呼ぶべきほどのキラーチューンだ。・・・ハッ!?この曲が伊集院のラジオで流れたのは、将来えつこがブタ化する伏線だった・・・?借りにもしこの曲のタイトルを『伊集院光』とするならば、例の歌詞が「地獄のブタさ~ん ブゥ!ブゥーッ!」みたいな替え歌になるってこと?めちゃ聴きてぇ・・・。

昨年のライブで初めて聴いた時は→「良くも悪くも相対性理論っぽい」←こんなイメージを持った”ウルトラソーダ”は、少し気だるくオラついたえつこの歌い方を筆頭に、その甘酸っぱい曲調からリフ回しまで、まだ椎名林檎の影響下にあった最初期の名作『シフォン主義』”LOVEズキュウウウン!!”を、今の相対性理論流の解釈で再構築したかのような、アルバム序盤の「相対性理論 is BACK」の流れをダメ押しするかのような、つまり往年の「相対性理論回帰」を確信的なものへと近づけるような曲で、もはや前作の『TOWN AGE』がボロカスに酷評されて日和った結果生まれた曲なのでは?と勘ぐりたくなるほどだった。

某ゲスの極みZ女の曲タイトルを思わせる”わたしがわたし”は、ジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助の「オレはいったい誰なんだッ!?」的な、世にも奇妙な状況をコンビニを舞台に繰り広げられる所謂ループモノのSFナンバーで、Pink Floydあるいは初期Porcupine Tree、そして坂本教授をはじめとした70年代のプログレ/ジャズ/サイケなUKサウンドとメルヘンでラブリーなえつこワールドが邂逅する曲で、特に間奏部のインストはワームホールを漂うかのような浮遊感とスピリチュアルな世界観、そして超ド級のバンド・アンサンブルを発揮する。

一転して”13番目の彼女”は、まるで「DAOKOとかいう若い芽は早いうちに潰す」とばかり、意図的に舌っ足らずな歌い方でロリBBA化するうえつこの幼女ラップが一番のフュチャー・ポイントで、もはや三十路女が幼女化するなどという”媚び”や”ブリっ子”とかいう概念を超越した先にある女の『狂気』、サブカルクソ野郎にアイドル視されて勘違いしちゃった三十路女のドス黒い『闇』に恐怖すること請け合いの曲だ。しかし、それ以上に永井きゅんおギターがイキイキしてる曲でもあって、アルバム序盤の”ギター・ロック回帰”を俄然肯定していくかのように、アマチュア無線みたいなノイズ混じりの電磁波で宇宙と交信しながらシンプルなギター・ロックを奏でる。つうか、曲の終わり際のさり気ない音響がWarpaintっぽくてマジ怖ぇ・・・。

アルバム前半は、前作の『TOWN AGE』で消失した「俺たちの相対性理論」をトリモロスかのような、相対性理論のキモである永井きゅんのギターとえつこの歌以外いらねぇ!という「気づき」を得たかのような、特に永井きゅんが「うはぁ!これ楽しい!めっちゃ楽しい!」と言わんばかりの、もはや開き直りすら感じるギター・ロック回帰とともに、往年の相対性理論に回帰する事に成功していた。それくらい永井きゅんのギターが宇宙を駆けめぐるように巡り巡っていた。しかしこの後、彼の存在そのものがアラサー女の『闇』という名のブラックホールにガオンされてしまう事を、この頃の永井きゅんはまだ知らない。

「相対性理論 is DEAD...」

ところで、近頃はラップバトル番組の『フリースタイルダンジョン』や高校生ラップをはじめ、先日Mステに出演したことでも話題を呼んだ水曜日のカンパネラや某動画サイト出身のDAOKOを代表とする、新世代の日本語ラップが一大ムーブメントを起こしている。実のところ、おいらも『私を鬼ヶ島に連れてって』でカンパネラデビューをしたクチだ。フロントマンのコムアイ擁する三人組ユニットの水曜日のカンパネラは、ヒップホップ化した相対性理論と称されるDAOKOとともに今や日本語ラップの最先端を行く渋谷系アーティストの一つで、何を隠そう、その”渋谷系”および”サブカル界の女王”として過去に一世を風靡したのが、他ならぬやくしまるえつこ率いる相対性理論だ。しかし、今やサブカル界および言葉遊び界の新女王といえばやくしまるえつこではなくコムアイ、今や相対性理論も懐メロ、完全に過去の人扱いだ。そういった意味では、相対性理論が2013年に発表した『TOWN AGE』以降、そして2016年となる現在、サブカル界の勢力/相関図は大きな転換期を迎えつつあるのかもしれない。

結局のところ、ここまでの「相対性理論回帰」は一時の『夢』だったのかもしれない。その『夢』から目覚めたやくしまるえつこは、とある『実験』にとりかかる。えつことtricotヒロミ・ヒロヒロと並んで「世界三大ロリBBA」で知られるローレン・メイベリー擁するUKのChvrchesJustin K. Broadrickなど、その手のエレクトロニカ/インダストリアルやリミックス界隈の常套手段であるチチチチ電チ音と水曜日のカンパネラに対抗意識を燃やすようなヒップホップ然としたミニマルなトラックにド肝を抜かれる”弁天様はスピリチュア”は、そのミニマルなトラックと『ハイファイ新書』の頃を彷彿とさせるえつこの萌ボイスとの分離感/距離感/立ち位置が、いわゆる”バンド・サウンド”とは一線を画した、それこそヒップホップ然としたトラック重視の構成及び(音の)重ね方そのもので、しかし「ただのヒップホップ風の音楽」で終わらない所が流石の相対性理論だと唸ったのは、前半のミニマルな曲調から転調して後半のバンド・サウンドへと繋ぐ、それこそCult of Lunaを代表とするPost-系のダイナミズム/展開力と宇宙規模の超絶epicッ!!なサウンドスケープで聴く者全てを圧倒する。なんつーか、渋谷系の若いフォロワーどもに格の違いを見せるような一種の”凄み”すらあるし、前作の”キッズ・ノーリターン”に匹敵するソングライティングを発揮している。

これまでの相対性理論にはなかった新機軸的かつ実験的な曲から一転して、”ウルトラソーダ”と同じく良くも悪くも相対性理論らしい曲で、”(恋は)百年戦争”のギター・メロディを再解釈したような”夏至”、クラップを全面にフューチャーした”ベルリン天使”、アルバム後半の実験的な要素とギターロック然とした荻野目洋子ばりのクサメロギターが奇跡的な邂逅を果たす”とあるAround”、まるでえつこが「#日本のローレン・メイベリーなの私だ」とハッシュタグつけてツイッターに連投してそうな、Chvrches”Lungs”を彷彿とさせるミニマルなエレクトロニカとケルティックなフレーズを靡かせるアコギが織りなす”おやすみ地球”まで、従来の理論フアンの顔色をうかがいながらも、着実に実験的な要素を強めていく。

おいら、自分で言うのもなんだが、「日本一のジョジョヲタ」なんだが、そもそも『ジョジョの奇妙な冒険』って一言で言えば『男の少女漫画』なんだが、その『男の漫画』をガールが『理解』できるわけでもないのに、ガールでジョジョ読んでる奴って一体何が目的なのか『理解不能』なんだが、そんな「日本一のジョジョヲタ」である僕が唯一認めるジョジョヲタ界のTO(トップヲタ)こそ、他ならぬやくしまるえつこなんだが。現在連載中のジョジョ8部『ジョジョリオン』に、なぜエイフェックス兄弟とかいう双子(ツイン)の敵キャラが登場したのか?何を隠そう、やくしまるえつこは実験的なNHKのラジオ番組をはじめ、つい最近では『Flying Tentacles』というソロ名義のアルバムで”エイフェックスごっこ”をやっている。エイフェックス・ツインといえば、かのスティーヴン・ウィルソン(荒木飛呂彦)エイフェックス・ツインや坂本教授の影響を受けているアーティストの一人で、もはや音楽好きで知らない人はいないであろうほどの偉大な人物だ。当然、Post-Progressive界の代表取締役兼CEOことSWやくしまるえつこの関係性については、以前からこのブログで考察してきたのだけど、もはや荒木飛呂彦≒スティーヴン・ウィルソン≒やくしまるえつこと結論付ける事ができるんじゃあないか?おいらの妄想の中では、既にやくしまるえつこスティーヴン・ウィルソンは特別な関係にあって、つまり一種の現代のオノ・ヨーコとジョン・レノンみたいな関係性、すなわち”えつこ・ウィルソン”みたいな解釈を持っていて、当然それはやくしまるえつこ荒木飛呂彦との関係性にも通じる話でもあって。要するに、その著しくエレクトロニカに傾倒した「実験的」な要素が、この『天声ジングル』の中に組み込まれている。

   コムアイ
new_cover声が似ているって最初の頃言われていた相対性理論は超えたい 

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「・・・は?お前は二番煎じの出涸らしや!」 

   コムアイ
new_cover「相対性理論の時代はもう終わったんだよっ!」

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「おめーはSEALDsと一緒にリベラルごっこでもしてろっ!」

   コムアイ
new_cover「うるせぇ三十路ババア!」

やくしまるえつこ

new_2016041100199_1・・・(プッツン)

   コムアイ
new_cover「やべっ!(石仮面ハメー)」 

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「!?」

   コムアイ
new_cover「私は『人間』を超越するぞ!ザ・ワールド!時よ止まれっ!」

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1すたーぷらちなっ ざ・にゅーわるっ にゅーわるっ にゅーわるっ...

わ^るそjj

   コムアイ
new_cover「フハハハハ!・・・なにィ?!(体が動かない)」

jojojoj

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「おらおらおらおらおらおらおらおらおらぁっ!」 

   コムアイ

new_cover・・・(再起不能)

やくしまるえつこ
new_2016041100199_1「てめーの敗因は...たったひとつだぜ...コムアイ...たったひとつの単純な答えだ...『てめーは わたしを怒らせた』」

おいら、ヒップホップって普段は聴かない音楽ジャンルで、しかし2013年にリリースされたUSのラッパーSadistikFlowers for My Fatherは、同年に発表された相対性理論『TOWN AGE』を差し置いて、いわゆる”俺の感性”にとてつもなく大きな衝撃を与えた。で、一体何の話かって、この『天声ジングル』を締めくくる”FLASHBACK”こそ、アルバムの後半でやくしまるえつこが行ってきた「とある実験」、その研究の成果であり、この実験の最終段階をもってえつこは声高らかに「SRAP細胞はありまぁす!」と、母親である小保方晴子の雪辱を果たす。このブラックビッグディックばりにダーティでミニマルなトラックを主体に、えつこ流のフリースタイルダンジョンと言わんばかりのラップボイスやシアトリカルなトラック、そしてこの世の終末に絶望するかのような無慈悲なストリングス、それこそSadistik『Flowers for My Father』FLASHBACKさせるかの如し、Sadistik然とした暗愁なトラックが一曲に凝縮されたような名曲で、なぜアルバム前半のポップでキャッチーな曲を差し置いて、この”FLASHBACK”がMVになったのか?という誰しもが感じる疑問、その疑問に対する答えでもあって、これはもはやエイフェックス・ツイン水曜日のカンパネラ、すなわちサブカル界の新女王=コムアイに対するサブカル界の旧女王=やくしまるえつこからのアンサーソングだ!
 

正直、ギターロック回帰とか往年の相対性理論回帰とかいう話なんざクソどーでもいいんです。このアルバムの「面白さ」はそこじゃあない。チャーチズなどの打ち込み要素マシマシ、すなわちえつこソロ感マシマシ、そしてDAOKO水曜日のカンパネラなどの新世代ヒップホップ勢からの影響マシマシで、とにかくサブカルおよび渋谷系の系譜、その正統後継者と名高い水曜日のカンパネラの影響を直に受けているのが実に面白い(どうやらえつこも『私を鬼ヶ島に~』がオキニらしい笑)。よく「女の趣味は男の影響」と言うけれど、これはまさに「男の影響」ならぬ「俺の感性」の影響!とばかり、極端な話、この『天声ジングル』は2013年以降、SadistikChvrches 、そして水曜日のカンパネラに傾倒していたWelcome To My ”俺の感性”の音楽遍歴を総括するかのような、それらを一つに繋ぎ合わせるかのような、大袈裟じゃなく俺の感性的に歴史的な一枚と言っても決して過言じゃあないかもしれない。なぜ今年に入ってからチャーチズのアー写をブログのトップ絵にしているのか?それは決してローレン・メイベリー『Lたそ』であることを暗示しているだけじゃあない、この『天声ジングル』相対性理論がエレクトロ方面に傾倒することを事前に予測していたからだ(ぜってー嘘だわ)。

jojorion

しかし「面白い」のはそれだけじゃあない。ここからは「日本一のジョジョヲタ」の視点から見る『天声ジングル』の「面白さ」だ。今作のブックレットを見れば一目瞭然だが、まるで漫画『ハンター×ハンター』の王とコムギの黒塗り台詞のみ演出をオマージュした富樫リスペクトのような、最もドス黒い『悪』を超える真っ黒なブックレットのように、この世に絶望してメンヘラ(SICK)化した終末論者の如しリリックが見所の一つで、中でも”おやすみ地球”の歌詞はジョジョ6部のエンリコ・プッチが唱えた「全人類があらゆる悲劇や絶望にも事前に「覚悟」ができる世界」、すなわち『メイド・イン・ヘブン』の世界を萌え擬人化したかのような歌詞で、そして物語の『終わり』であり『始まり』でもある”FLASHBACK”の歌詞は、ジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助の『謎』であり物語の『始まり』、一人という個人の記憶が消滅し「二人で一人」に融合した人間の「NEW WORLD」を描き出している。そこで日本一のジョジョヲタである僕は、この『天声ジングル』は逆再生することで『ジョジョリオン』の『謎』を解き明かす大きな『鍵』になるのではないかと考えた。物語の『始まり』に最大の謎が隠されている『ジョジョリオン』と同じように、この『天声ジングル』は『終わり』の”FLASHBACK”が実質アルバムの『始まり』と言っていいのかもしれない。それは『人類』の『始まり』であり、『天地創造』の終わりに『神』によって創造された『アダムとイブ』の物語、「夜明け前の一番暗いとき (エデンの園で)もぎたての果実(禁断の果実)を齧った時」、すなわち「善悪の知識の木」の果実を齧ってしまったばかりに、アダム=東方定助は「脳天ハレルヤ!記憶フラッシュバック!」という擬音とともに、ある『呪い』にかかる。その『呪い』を解く物語が他ならぬ『ジョジョリオン』であり、「土」と「人間」の2つの意味を持つ言葉に由来するアダム(東方定助)を、3.11の大震災の時に「土」の中から助けだしたのは、他ならぬべブライ語で「生命」を意味するイブ(広瀬康穂)の存在であり、「あなたは何度も甦る あたしはいつでも呼びかける」という歌詞は、『輪廻転生』して相対性理論はゾンビのように何度でも甦ると自身に投げかけるような歌詞でもあり、同時に『ジョジョリオン』のアダムとイヴ=東方定助と広瀬康穂を廻る数奇な運命を司るとともに、そしてこの『ジョジョリオン』「ループモノ」である説を暗に示唆している。この『ジョジョリオン』最大の『謎』に辿り着いてしまった日本一のジョジョヲタである僕は、この『天声ジングル』の狂気的にまで病んだ新世界(ニュー・ワールド)に心の底から共感し、そして涙していた。やはり唯一、やくしまるえつこにだけは敵わないと悔し涙を流していた。あと面白いのは、本当に面白いのは、逆から再生しても”弁天様はスピリチュア”がアルバムのハイライトを飾るところだと思う。

ギターロックおよび往年の「相対性理論らしさ」への回帰、やくしまるえつこ≒荒木飛呂彦(スティーヴン・ウィルソン)であることや『ジョジョリオン』の『謎』、打倒コムアイはじめ渋谷系の新世代ラッパーへの回答、母である小保方晴子が解き明かせなかった論文『ニュー・理論』の定義、#日本のローレン・メイベリーなの私だ宣言や#日本のエイフェックス・ツインなの私だ宣言、Sadistikばりのダーティなブラックビッグディック、からの2013年以降のWelcome To My ”俺の感性”の総括、そして遂に真部デトックス脩一の亡霊から解放された相対性理論の『天声ジングル』は、間違いなく過去最高に面白くて泣けるアルバムだし、少なくとも前作とは比べものにならないレベルの『求心力』を誇る傑作だ。それらのあらゆる音や実験的な要素の他に、特に水曜日のカンパネラのコムアイに対するアラサー女子の若さへの妬み嫉みが、もはやどっちがディオなのか判別不能なくらい、ありとあらゆる音と感情がグッチャグチャに蠢き合っている。おいら、過去に一時代を築き上げたレジェンド的な存在が時代の煽りに、新世代を担う若手の波に、勢いに日和って触発されてマジになっちゃう展開嫌いじゃなくて、むしろスゲぇエモいし、もうテッド・ジェンセンがマスタリングしてる事すらどうでもよくなるくらい泣ける。コムアイは過去にインタビューで「相対性理論は超えたい」と語っていたが、皮肉にも相対性理論自身がこの『天声ジングル』を通して、コムアイおよびカンパネラの存在を真正面から肯定している。なんつーか、『TOWN AGE』で従来のフアンから総スカン食らって、しまいにはカンパネラにもブチ抜かれ・・・そらえつこも(精神病者が描いたジャケ絵)みたいに病むわw
 
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