Artist PUPIL SLICER
Album 『Mirrors』
Tracklist
この手のカオティック・ハードコア/マスコアと聞いて真っ先に思い浮かぶのが、ConvergeやTDEPなどが常套句としてその名を挙げられがちだけど、この紅一点ギタボのケイティ、ベースボーカルのルーク、ドラムのジョッシュの三人で構成されるUKはロンドン出身のPUPIL SLICERは、それらの常套句として挙げられがちな旧世代のバンドではなく、次世代を担うボストンのVeinをはじめ、それこそ「コード・オレンジの『Underneath』以降のハードコア」という例えが一番シックリくるかもしれない、要するにコード・オレンジ・キッズが無心にのめり込みそうな新世代ハードコアバンドだ。そんな彼らの記念すべき1stアルバムとなる『Mirrors』は、マスコアやグラインドコア、デスメタルやパワーバイオレンス、ポストメタルやメタルコアなどのサブジャンルを飲み込んだ最凶のエクストリーム・メタルとなっている。
Album 『Mirrors』
Tracklist
01. Martyrs
02. Stabbing Spiders
03. L'Appel Du Vide
04. Panic Defence
05. Husk
06. Vilified
07. Worthless
09. Interlocutor
10. Mirrors Are More Fun Than Television
11. Save The Dream, Kill Your Friends
12. Collective Unconscious
この手のカオティック・ハードコア/マスコアと聞いて真っ先に思い浮かぶのが、ConvergeやTDEPなどが常套句としてその名を挙げられがちだけど、この紅一点ギタボのケイティ、ベースボーカルのルーク、ドラムのジョッシュの三人で構成されるUKはロンドン出身のPUPIL SLICERは、それらの常套句として挙げられがちな旧世代のバンドではなく、次世代を担うボストンのVeinをはじめ、それこそ「コード・オレンジの『Underneath』以降のハードコア」という例えが一番シックリくるかもしれない、要するにコード・オレンジ・キッズが無心にのめり込みそうな新世代ハードコアバンドだ。そんな彼らの記念すべき1stアルバムとなる『Mirrors』は、マスコアやグラインドコア、デスメタルやパワーバイオレンス、ポストメタルやメタルコアなどのサブジャンルを飲み込んだ最凶のエクストリーム・メタルとなっている。
同UKはブリストル出身の女ポスト・ハードコアバンドSvalbardの紅一点ギタボで知られるセレナ・チェリーのシャウトを初めて聴いた時は完全に男だと勘違いしたけど、このPUPIL SLICERの紅一点ギタボであるケイティのシャウトを聴いた時も普通に男だと思った、すなわちデジャブ。しかし、よくよく聴いてみると、一曲目の“Martyrs”からUS女メタルコアのLight This Cityのラウラ・ニコルをフラッシュバックさせる、それこそ“女性ならでは”のシャウトな事に気づいた。その曲調も曲調で、情緒不安定な不協和音やコード・オレンジ的なグリッチを噛ませたバグリマクリスティなグラインドコアをベースに、四六時中むき出しの暴力に晒され続ける「痛み」を訴えかけるようなケイティの叫び、例えるならDIR EN GREYの京が得意とする「ほ、ほーっ、ホアアーッ!!ホアー!!」みたいな声優オタク並みの狂気的な表現力に、そして急転直下に目まぐるしく場面が移り変わる楽曲構成力に引き寄せられ、ただただ面食らうこと請け合い。
偉大な先人達から的確に引用しつつ、その一方で“イマドキのコアさ”の流れを汲んだアレンジを駆使して“新世代”にアップデイトしていく潮流はVeinの登場から著しく動き出した感あって、実はこのPUPIL SLICERの面白さって、旧世代のハードコアと新世代のハードコアを繋ぎ合わせるだけに留まらず、それこそアルバム後半の約7分近くある#10“Mirrors Are More Fun Than Television”の最後にフェードアウトしていく中で抑えきれない“Deafheaven愛”が先走ると、不協和音しかないバイオレンスな#11を挟んで、アルバムラストを飾る#12“Collective Unconscious”では完全にブラックゲイズという名の激情ハードコアへと姿形を変え、ブラゲ界のレジェンド=Alcest的なドリーミーなリフレインや自傷行為の慢性的な痛みがノイズとなってナイフのように地肌に突き刺さるトレモロ・ギター、DFHVNはDFHVNでも1stアルバム『ユダ王国への道』から名曲“Language Games”におけるジョージ・クラークのシャウトや今度は『New Bermuda』から“Baby Blue”のオマージュが過ぎる泣きのソロワークを筆頭に、アルバム前半で旧世代〜新世代ハードコアを紡ぎ出す流れからスムースにブラックゲイズ文脈へと繋いでいくアルバム後半の流れは神がかり的で、いかにこのPUPIL SLICERが「This is 新世代」を象徴するバンドであるかを物語っている。特に、#12のアウトロの「痛み」と「苦しみ」からの解放を得たようなケイティは表現者として完全にディルの京超えたと言っていい。その#10や#12だけでなく、それこそ#1“Martyrs”の冒頭のSEからしてDFHVNの3rdアルバム『New Bermuda』の不穏な空気を醸し出すSEのオマージュっぽいし、#6“Vilified”の冒頭のドラムのフレーズもDFHVNの“From the Kettle Onto the Coil”の冒頭のドラムオマージュっぽい。そう考えたら、ちょっと前までは“新世代”の代名詞的な扱いをされていたDFHVNが、今や20年代を牽引する“新世代”に影響を与える側として存在感を示してるの、冷静に考えてめちゃくちゃエモいな。確かに、最終的に好きなのが新旧ハードコアではなくDFHVNだったというオチはオモロいし、しかもデッヘはデッヘでもDeathwish時代の初期デッヘリスペクトなのが「コイツらわかってる」感すごい。優勝。
この手の女ハードコアがデフヘヴン化あるいはブラゲ化していくアルバム構成で思い出されるのは、それこそ同UKの女マスコアレジェンドのRolo Tomassiのアルバム『Time Will Die And Love Will Bury It』や、同UKのSvalbardも最新作の『When I Die, Will I Get Better?』でブラゲ化してたのは今も記憶に新しく、そしてDeathwish一族でありベルギーの女ハードコアで知られるOathbreakerにも象徴されるように、女ハードコア全員ブラゲ化する流れを律儀に踏襲してきているのはなんとも微笑ましい限り。つまり、Converge〜TDEPラインの旧世代ハードコア、DFHVNの中世代ハードコア、コード・オレンジ〜Veinラインの新世代ハードコア、そしてRolo Tomassi〜Svalbardラインの女ハードコアの血脈を受け継ぐ正真正銘の新世代ハードコア、本当の意味での“新世代”のド真ん中にいるのがこのPUPIL SLICERなんじゃないかって。このご時世じゃなかったら、コイツら絶対にVeinとHuck Finnでツーマン開催してたと思うわ。そう思わせるぐらい、「痛み」をコンセプトにしている日本の某ヴィジュアル系バンドの「痛み」アピールが子供騙しに聴こえてしまうほど、それとは比べ物にならない本物の「痛み」がここにある・・・!