Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

ハイパーポップ

KFC Murder Chicks - KFCMC

Artist KFC Murder Chicks
0025410706_10

Album 『KFCMC』
a3601128656_16

Tracklist
01. Dune (feat. Anna Pest)
02. Half Life
03. Id (feat. Sam Shadow)
04. Halo
05. KFC GOD (feat. Voiddweller)
06. My Ballz
07. Soylent
08. Nuclear Age
09. Tsundere 2.0

USはウェストバージニア出身のDJ Rozwellとカナダのモントリオール出身のAsh Vestalによるインダストリアル・メタルプロジェクト、その名もKFC Murder Chicksの2ndアルバム『KFCMC』の何がヤバいって、ニューヨークのMachine GirlやデトロイトのThe Armedに肉薄するデジタル・ハードコアを基本ベースに、いわゆるメロディック・メタルコアの影響下にあるブルータルな殺傷リフやNirvanaに代表される90年代のグランジやヌーメタル的なダウナー系のヘヴィネス、そしてカナダのインダストリアル界を代表するBlack Dressesさながらのグリッチ/ノイズの打ち込みと、マニュエル・ギャノー率いるインダストリアル・メタルバンドのZeal and Ardorが光の速さで出会ってしまったような、さながら「ハイパーポップ化した20年代のグランジ」とでも称すべきバグった音楽性がとにかくヤバい。

さしずめ「ハイパーポップ化したZeal and Ardor」の如しインダストリアル・メタルコアの#1“Dune”からして、メタルコアの常套手段であるブレイクダウンの代わりに癒し系のメロディパートをブチ込むギャップ萌えな演出力の高さを垣間見せたかと思えば、90年代のヌーメタルが10年代のエレクトロ/EDMを大きく飛び越えて20年代のハイパーポップにグリッチして現代に転生したかのような#2“Half Life”、DJ Rozwellの嗜好が溢れ出すドラムンベース的なビートとハイパーポップならではのカオティックなシャウトがエゲツない#3“Id”、さしずめハイパーポップ化したグランジの#4“Halo”、その「Halo」の伏線回収となるNirvanaの名曲“Smells Like Teen Spirit”をサンプリングした曲で、『DOG BOY』ことZillaKami精神溢れる90年代グランジ/ヌーメタルの#5“KFC GOD”、Black Dresses顔負けのインダストリアル/ノイズミュージックの#6“My Ballz”や#7“Soylent”、条件反射で身体をガンガン揺さぶってくるRozwellのDJプレイが炸裂する#8“Nuclear Age”、再びグランジならではの倦怠感溢れる内省的なボーカルと悪魔的なシャウトがエクストリーム合体した#9“Tsundere 2.0”まで、端的にノイズ/インダストリアル~グランジを往来するバンド的な意味では、サンディエゴのAuthor & Punisherに通じる部分もあるかもしれない。少なくとも、この手の音楽が好きなら聴いて損はないです。

Maggie Lindemann - SUCKERPUNCH

Artist Maggie Lindemann
entertainment-2016-02-maggie-main

Album 『SUCKERPUNCH』
channels4_profile

Tracklist
01. intro / welcome in
02. take me nowhere
03. she knows it
04. casualty of your dreams
05. self sabotage
06. phases
07. i'm so lonely with you
08. break me!
09. girl next door
10. we never even dated
11. novocaine
12. you're not special
13. hear me out
14. how could you do this to me?
15. cages

2016年に発表したシングルの“Pretty Girl”がバズった事でも知られる、約600万人のフォロワーを誇るインスタグラマー兼シンガーソングライターこと、マギー・リンデマンの1stアルバム『SUCKERPUNCH』の何がファッキンホットかって、過去にバズった“Pretty Girl”の毒にも薬にもならないインディポップみたいな曲調に反して、(その名残として)在りし日のアヴリル・ラヴィーン的なティーン向けのガールズポップ/パンクのキャッチーさを保持しつつも、それこそ00年代の洋楽ロックシーンにおけるゴシック系オルタナティブ・ヘヴィ代表のEvanescenceFlyleafを連想させるハードロックを現代に蘇らせ、そしてエイミー・リーとFlyleafのレイシーとChvrchesのローレン・メイベリーを足して3で割ったような内省的な儚さと、いわゆるどこまでも堕ちていく系のロンリーな孤独を抱えたマギーのロリータボイスが激エモなヘヴィロックやってる件について。


決して、過去に流行った女性ボーカル物のロックの二番煎じではなく、その古き良き“00年代の洋楽ロック”と、BMTHのオリヴァー・サイクスが仕切ってる事でもお馴染みの20年代を象徴するアイコンがピックされたプレイリスト【misfits 2.0】の文脈が邂逅する、つまり在りし日の洋楽ロックの熱気とZ世代を司るハイパーポップ然としたヤニ臭いサイバーパンク精神を紡ぎ出す、それこそ次世代アーティストおよび次世代インスタグラマーを称するに相応しい、いま最もファッキンホットな存在が彼女なんですね。


その手の“雰囲気”を醸し出すイントロSEに次ぐ#2“take me nowhere”からして、00年代にタイムスリップした気分にさせる、さながら現代のエイミー・リーとばかりに奈落の底までGoing Underしながら2秒でインスタフォローするレベルのダークなロックチューンで、一転して「現代のアヴリル」あるいは【アヴリルmeetチャーチズ】、さしずめ「女版マシンガン・ケリー」とばかりにポップパンク・リバイバルよろしくな#3“she knows it”、BMTHのジョーダン・フィッシュさながらのダイナミクス溢れるシンセやトラッピーなイマドキのアレンジを効かせた#4“casualty of your dreams”、再びEvanescenceFlyleafの影響下にあるモダンなパワーバラードの#5“self sabotage”、オルタナティブな雰囲気を醸し出すPoppyヨロポッピーな#6“phases”、そして闇堕ちしたマギーの歌声と00年代オルタナ/ヘヴィロック然としたリフ回しからして、初期Evanescenceの伝説的な名盤『Fallen』を確信犯的にオマージュしてのける#7“i'm so lonely with you”は、耳にした瞬間から00年代のメインストリームの洋楽ロックリスナーなら「これごれぇ!」とガッツポしながら慟哭不可避だし、スクリレックスやプッシー・ライオット文脈のSiiickbrainをフィーチャリングした#8“break me!”においては、『amo』以降のBMTHリスペクトな客演パートの歌メロと「ウチら【misfits 2.0】入りしたいんや!チュパチュパ...」とナニをSucksするハードコアなアレンジまでもハイパーポップ然としており、そのヤニ臭い毒素とセクシャリティの解放を訴える反骨精神むき出しの主張はMVにも強く反映されている。

アルバム後半においても、Evanescenceリスペクトな重厚感溢れる#9“girl next door”、アコースティックなシットリ系のバラードも聴かせるボーカリストとしてのポテンシャルを伺わせる#10“we never even dated”、オルタナティブな#11“novocaine”、MGKファミリーらしいアヴリル風ポップパンクの#12“you're not special”、本作のハイライトを飾る#7と共にどこまでも堕ちていきながら2秒でインスタフォロー不可避の#13“hear me out”、オーランドのエモ/ポスト・ハードコアバンドSleeping With Sirensのケリン・クインをフィーチャリングしたParamore風ポップパンクの#14“how could you do this to me?”、最後に改めて現代のアヴリルを印象付ける、曲調もMVのファッションも当時のアヴリルをオマージュした#15“cages”まで、確かにギターをはじめ音作りに対する不満はないと言ったら嘘になるけど、FlyleafのCoverを発表するくらいには00年代ヘヴィロックの影響下にある音楽性、同様に影響を受けているであろうBMTHのオリィが仕切ってる【misfits 2.0】に対する求愛行為に近いアプローチも含めて、アヴリル・ラヴィーンが洋楽のアイコンだった『あの頃』のノスタルジーと、時を経てマシンガン・ケリーをアイコンとするポップパンク・リバイバル(≒BMTH~Evanescenceの共演)、およびZ世代を象徴するハイパーポップの精神性を兼ね備えたハイブリッドな洋楽ロックは、体感2秒でマギーのインスタフォローすること請け合いのファッキンホットな魅力を放っている。

【エッジランナーズのレベッカ】×【マギー・リンデマン】=【misfits 3.0】

個人的に、この手の次世代アーティスト兼インスタグラマーと聞いて想起するのは、他ならぬカナダのPoppyことモライア・ローズ・ペレイラやNova Twinsだったりするけど、このマギー・シンプソンはそのどちらにも属さない独自の路線を突き進んでいる。(一足先に合流したサラ・ボニトのように)将来的にBMTHのオリィとコラボして、晴れて【misfits 2.0】入りするかは予測不能だけど、念のため今から予言しときます→

「こーれ来年のサマソニで来日します」

Cryalot - Icarus

Artist Cryalot
A-11752286-1662189534-7879

Album 『Icarus』
R-24398552-1662188814-9101

Tracklist
01. Touch The Sun
02. Hurt Me
03. Hell Is Here
04. Labyrinth
05. See You Again
06. Labyrinth (Edit)

「そういえば最近ケロケロボニト見かけないな?」と思ってるそこのYou、KKBは2018年作の2ndアルバム『Time 'n' Place』以降はコンピレーションやシングルを継続的に発表してるし、当時に俺ィも一回以上は聴いた記憶があるけど、いかんせん自分の中では1stアルバムの『Bonito Generation』ほど刺さらなかったのも事実っちゃ事実(内容はめっちゃ良いはずなのに)。とは言いつつも、ポップラップ・デュオ100 gecsの曲でCharli XCXと共演してたのは流石に「売れすぎじゃね?」と驚かされたし、サラ・ボニト自身も寺田創一らの日本のミュージシャンとコラボしてるみたいだけど、それに関しては全くノーマークで追えてなかった。しかし何を隠そう、それこそケロケロボニトの1stアルバムぶりに全身にブッ刺さったのが、他でもないサラ・ボニトのソロ・プロジェクトCryalotのデビュー作となるEP『Icarus』だった。

この記念すべきデビュー作について書いていく、その前に『amo』以降のBring Me The Horizon、およびフロントマンのイーモゥボーイことオリヴァー・サイクスの不可解なムーヴを語る必要がある。というのも、バンドでは問題作の『amo』におけるグライムスとのコラボを皮切りに、2020年作のEP『Post Human: Survival Horror』においては、女性の権利とLGBTQ差別を訴えるアシュニコに見せかけたNova Twinsや膝から流血ボーイのヤングブラッド、すなわちプレイリスト「misfits 2.0」文脈との共演、その翌年に発表したポスト・マローンオマージュのシングルこと“DiE4u”をハイパーポップアーティストにリミックスさせたかと思えば、オリィ個人ではロシア・モスクワの反政府ユニットである(既にロシアを脱出したと噂の)IC3PEAKやフィリピン系オーストラリア人のdaineとの多様性溢れる共演、極めつけにはNY/LAを拠点とする中国出身のハイパーポップアーティストAlice Longyu Gaoと一緒にバッキバキに加工されたプリクラをフィーチャーしたパリピなMVと、もう一方でWACKアイドルのASPさながらのブッ飛んだサイバーパンクなMVを2パターン撮ってて、「あぁ、これがHYPE BOYか...」と全てに納得した。


それらの「misfits 2.0」文脈を中心とした一連のコラボムーヴの終着点こそ、昨今のポップパンク・リバイバルの立役者であり、現代ロックシーンにおいて良くも悪くも揶揄の対象であるMGKことマシンガン・ケリーとBMTH(オリィ)のコラボに他ならない。一見すると「何がしたいねん」とツッコミ不可避かつ不可解なムーヴに見えるかもしれないが、数年前の『amo』という問題作を全ての起点として、約3年をかけて今をときめくMGKとのコラボにたどり着くオチまで、正直ここまで「筋」の通ったムーヴをキメるバンドも今どき珍しいんじゃねぇかってほど。とにかく、改めてBMTHおよびオリィにはリスペクトしかないし、身をもって「全ては繋がってる理論」を再確認させられた次第である。

要するに、現代ロックシーンの広告塔(インフルエンサー)を担うラスボスとしてのMGKBMTH(オリヴァー・サイクス)の共演は必然っちゃ必然であり、それこそ日本のsic(boy)やサンフランシスコのdynasticは、MGKを長とするポップパンク/エモ・リバイバルのムーブメントを象徴する次世代アーティストの一人として、その名声を高めている真っ只中だ。それに関連した話で言うと、MGKBMTHおよびオリィAlice Longyu Gaoのコラボレーションというのは、sic(boy)から影響を受けている日本のハイパーポップアーティストを代表する4s4kiとニューヨークのPuppetが共演した某コラボ曲へのアンサーソングであると、いわゆる“シン・薩英同盟”を締結させた“日本の俺ィ”の中ではそう解釈することにした。

確かに、確かにその件とサラ・ボニトは全然関係なくね?と思うかもしれんけど、個人的にBMTH(オリィ)MGK(終着点)のコラボについて一旦このタイミングで書いておきたかった、それこそ伏線回収しておきたかったネタでもあるし、何よりもサラ・ボニトのソロ・プロジェクトであるCryalotが既に「misfits 2.0」の文脈にガッツリ食い込んできている、さしずめ「サラ・ボニトなりのハイパーポップ」を真正面からやってきてるんだからしょうがないというか。それこそ、今回の伏線の一つとしてある「misfits 2.0」文脈の陽キャであるPoppyの存在に、イギリスの陰キャであるサラ・ボニトが触発された説まである。ともあれ、ここまで全てが繋がってんのマジでヤベーっつー話。

それこそCryalotのアーティスト写真からして、KKBのバブルガム/ポジティヴなイメージからは一線を画した、まるで百戦錬磨のハイパーポップアーティストさながらの地獄オーラを放っている。そんなサラ・ボニトの言わば“裏の顔”が落とし込まれた『Icarus』は、幕開けを飾る一曲目の“Touch The Sun”からして、アンビエント~トリップ・ホップばりにチルい冒頭の音響的な雰囲気から一転、さながらDJサラがプレイするクラブミュージック、あるいはEDM然としたバッキバキの低音を効かせた本格志向のトラックを打ち込んだ曲で、KKBにおける野郎のトラックメイカーが生み出すガムクチャなサウンドとは明確な違いを打ち出している(ほのかにBOOM BOOM SATELLITESっぽいかも)。その一方で、ポンキッキーズのテーマ曲に採用されてもおかしくないKKB譲りのバブルガム・ボニト味をウリとする二曲目の“Hurt Me”、そしてBMTHのオリィが仕切ってるプレイリスト「misfits 2.0」文脈のド真ん中をブチ抜くシングルの三曲目“Hell Is Here”は、それこそハードコア精神に溢れたシャウトでFワードを含んだ内省的なリリックを吐き散らす、カナダのDana DentataZheaniさながらのカオティックなホラーコアを繰り広げる。


先述したKKBの1stアルバムに肉薄する最大の要因、それほどまでに自分の胸にブッ刺さった曲が四曲目の“Labyrinth”と五曲目の“See You Again”である。前者の“Labyrinth”はコーラスのリフレインがJ-POPっぽい、というより最近の代代代を彷彿とさせるグリッチ・ポップ的な、それこそ久石譲さながらのメランコリックでノスタルジックな雰囲気をまとった曲で、例えるなら『最終兵器彼女』に代表される00年代のセカイ系サブカルアニメさながらのディストピアな世界観が、不協和音を奏でながら徐々に崩壊していく様子を描くグリッチーなアプローチを打ち出す。


後者の“See You Again”は、Grouperさながらのノスタルジックなアンビエント・ポップをバックに、『進撃の巨人』の地ならしにより焦土と化した地上にただ独り、「Ah~」という祈りにも近い歌声と『破壊と創造』の美学を謳うオリジナルの日本語詩のセリフを朗読するポエトリーガールさながらの姿は、日本のポエトリーラッパーを代表する春ねむりが今年リリースした最新作の『春火燎原』において、宮沢賢治の『よだかの星』を朗読した彼女のポエトリー・リーディングはもとより、既存のJ-POPとは一線を画すユニークなトラックメイクと否応にも共振するし、まるでサラが抱える心の闇の焦燥と刹那を含んだ中盤の呼吸SE以降は(映画『猿楽町で会いましょう』の主題歌“セブンス・ヘブン”のサンプリングっぽい雰囲気)、次世代ノイズバンドのmoreruさながらのシューゲイザーを経由したアンダーグランド・ノイズのヒリついたアプローチから(~離のポエトリーをフィーチャーした某曲も伏線)、後半はストリングスを交えた青葉市子風のニューエイジ~インディポップへと流動的に姿形を変えていく。

(先述したように)これ以上ないタイミングとあらゆる意味で、日本のSSWである春ねむりを想起させる(誤解を恐れずに言うと)J-POP的なムーヴは流石に確信犯だと思う(もはや俺ィが今回のレビューを書くことすらサラは確信してそう)。というのも、何を隠そう、春ねむり自身も今年リリースした『春火燎原』において、日本の気鋭ハイパーポップアーティストをプロデュースに迎えた楽曲を書いている。そのハイパーポップに対する見識やハードコアなシャウトを含めた音楽的な要素のみならず、同ロンドンを拠点に活動する世界的な歌姫リナ・サワヤマとクィア・アーティストとしての立場を共有するドリアン・エレクトラとKKBのコラボ曲を発表しているのも、心にレインボーフラッグをはためかせている春ねむりの世界観、およびIC3PEAKの盟友プッシー・ライオット派閥のフェミニスト/ライオット・ガール然としたパンキッシュな思想および価値観を(間接的に)共有していると言っても過言ではない。よってサラ・ボニトのソロ・プロジェクトであるCryalotの存在も、BMTHおよびオリヴァー・サイクスと同じベクトルで「筋」が通り過ぎている。もはや春ねむりとツーマンしてる未来が視えるほど、とにかくイギリスの才能と日本の才能が高らかに共鳴し合っててガチでemo(イーモゥ)い。

改めて、春ねむりの新譜やBMTH×MGKのコラボ、sic(boy)dynasticの次世代アーティストが台頭し始めたこのタイミングで、それらの伏線を回収するかのような一直線に「筋」の通った作品を出してくるのはガチで凄いとしか言いようがない。さすが名古屋県生まれとしか言いようがないし、本作の内容も「こーれ天才です」としか他に言いようがない。ともあれ、このレビューの考察を「信じるか信じないかはあなた次第」ですけど、少なくとも今年のベストEPであることだけは確かです。

dynastic - Rare Haunts, Pt. I

Artist dynastic
0027513942_10

Album 『Rare Haunts, Pt. I』
a1676905122_16

Tracklist
01. the actor
02. 54320 (feat. DJ Re:Code)
03. lovely aka fire away (feat. Jedwill)
04. 8 months in my head (feat. goji!)
05. brand new rainbow
06. still watching? (feat. PSX)
07. bela fujoshi's dead
08. karma! (feat. mothgirl)
09. mary kate & executioner (feat. Eichlers, oldphone)
10. pining, revisited
11. dattebayo

さしずめ“ハイパーポップ化したマイケミ”とでも称すべき、記念すべき1stアルバムI Know There's Something Left for Youを今年の2月に発表したサンフランシスコ出身のdynasticといえば、それこそ「あの頃の洋楽」を象徴するマイケミさながらのエモ/ポップパンクとZ世代を象徴する音楽ジャンルであるハイパーポップ、そして昨今のBandcamp界隈のトレンドが混沌とした現代社会の闇渦の中で邂逅した、日本の(sic)boyとともに「第5世代のエモ」を司る次世代アーティストの一人だ。

そんなdynasticの約半年ぶりとなる2ndアルバム『Rare Haunts, Pt. I』は、それこそ幕開けを飾る#1“the actor”からして、「古き良き俺たちの洋楽」を司るコテコテのポップパンクにイマドキのトラッピーなビートを打ち込んだハイパーロック!を繰り広げると、互いの作品でフィーチャリングし合う仲の盟友DJ Re:Codeを迎えた#2“54320”、ハイパーポップならではのカオスを内包したグリッチーなアレンジとエモパンクが交錯する#3“lovely aka fire away”、いわゆるバンキャン・ミュージックとしての側面を垣間見せるローファイ志向の強い#4“8 months in my head”、ハードロックさながらのエッジを効かせたギターを打ち出したドライヴ感あふれるポスト・ハードコアの#5“brand new rainbow”や同曲よりも俄然ソリッドでヘヴィな#6“still watching?”、その全てを飲み込まんとする激情的なシャウトとポスト・メタリックな轟音ギターがブルータルなデカダンスを奏でる曲で、日本のサブカルを司る“腐女子”を冠する#7“bela fujoshi's dead”、米南部のカントリー/ブルース風の冒頭から一転してテキサスのGonemageMachine Girlさながらのカオティックなニンテンドーコアを展開する#8“karma!”を筆頭に、ローファイやノイズ/グリッチ、バキバキのオートチューンや“emo(イーモゥ)”特有の内省的なメロディ、そしてケロケロボニト的なバブルガム/サブカル要素の巧みなクロスオーバーを実現させた、ハイパーポップならではのバラエティに富んだ1stアルバムに対して、この2ndアルバムはあくまでフィーチャリングの楽曲を中心としながらも、ポップパンク・リバイバルの視点はもとより、俄然ポストハードコアに肉薄するエッジを効かせたギター・サウンドに著しく傾倒している印象。もはやハイパーポップ云々は抜きにしてメロコア好きなら絶対に聴いてほしいレベル。


そしてdynasticのサブカルヲタクっぷりを確信付ける#10“pining, revisited”では、冒頭から見栄なり流行なり妄想なり阿呆なり、あらゆるものを呑み込んで、たとえ行く手に待つのが失恋という奈落であっても、暗闇に跳躍すべき瞬間があるのではないか(それができりゃ苦労しないよ)。今ここで跳ばなければ、未来永劫、薄暗い青春の片隅をくるくる回り続けるだけではないのか。このまま彼女に想いを打ち明けることなく、ひとりぼっちで明日死んでも悔いはないと言える者がいるか。いるならば前へ!とかいう、湯浅政明監督のアニメ映画『夜は短し歩けよ乙女』の先輩役CVの星野源のセリフのサンプリングが飛び込んできたと思ったら、最後は同作に“黒髪の乙女”のCVとして出演している花澤香菜さんの大切にしますのサンプリングで締めくくる神オチ。なんだろう、今回のサンプリングはParannoulがアニメ『NHKにようこそ!』からサンプリングした某曲を彷彿とさせる激情ハードコア味を感じた(サンボマスターじゃないけど)。


まさかの星野源、まさかの花澤香菜さんのサンプリングは流石に笑ったけど、その謎めいたJapanese fujoshi要素は、実はdynasticが2021年に発表した“火事! 金玉で!!”とかいうタイトルのコラボ曲(謎すぎるタイトルや下ネタ全開の歌詞に反してめっちゃいい曲)において、日本語の歌詞を交えてフィーチャリングしたのが今回の伏線として存在しているのも事実。中でも、地元がサンフランシスコの“外人”が英語の歌詞が思いつかなかったから日本語でてめぇの爆乳さわってもいい?とか言っちゃうスクールカースト最底辺の非モテを極めたリリックは、もはやEワードを超えたDT(童貞)ワード過ぎて笑う(この曲がたった500再生程度とか...もう人類は音楽を聴く資格ないです)。

春ねむり - 春火燎原

Artist 春ねむり
no title

Album 『春火燎原』
aaass

Tracklist
01. sanctum sanctorum
02. Déconstruction
03. あなたを離さないで
04. ゆめをみている(déconstructed)
05. zzz #sn1572
06. 春火燎原
08. パンドーラー
09. iconostasis
10. シスター with Sisters
11. そうぞうする
12. Bang
13. Heart of Gold
14. 春雷
15. zzz #arabesque
16. Old Fashioned
17. 森が燃えているのは
18. Kick in the World(déconstructed)
19. 祈りだけがある
21. omega et alpha

春ねむりといえば、自分の中で2020年作のEPLOVETHEISM以降は存在感が薄くて、というより新曲(シングル)や今年のSXSWでロシアの活動家プッシー・ライオットと共演した話などのザックリとした情報は耳に入っていたけど、個人的に彼女の音楽ってシングルの単体で聴くよりもアルバムのまとまったフォーマットで聴きたいアーティストっていうイメージがあるので、今の今まで詳細な近影は知らぬ存ぜぬの状態だったのも確か。逆に言えば、このように曲の数が出揃ってからようやく音源を聴く気が起きる、昨今の大ストリーミング時代にそぐわない古い体質の人間なので、フルアルバムとしては2018年作の1stアルバム『春と修羅』以来となる、今作の2ndアルバム『春火燎原』にて久々に春ねむりの音楽と再会を果たした。がしかし、いざ蓋を開けてみるとまさかの全21曲でトータル一時間超えは流石に想定外。しかし、シングルを掻い摘んで咀嚼する現代のストリーミング時代の価値観も旧来のアルバム/パッケージ時代の価値観すらも超えた、ある種の「覚悟」が込められた作品である事の裏返しだと解釈したら俄然期待度が増したのも事実。

本作はコロナ禍の真っ只中に制作され、満を持して発表に漕ぎ着けた作品とのこと。それよりも、1stアルバムやEPの中で春ねむりが詠っている歌詞の内容と、いわゆる「コロナ以降」の世界で今まさに巻き起こっている出来事がシンクロしている偶合の話はさておき、彼女はデビュー当初から一貫して「生と死」を最大のテーマに、自身の革新性を孕んだユニークな音楽を介して地上に生きる全ての「生命」と真摯に向き合い、一貫して「祈り(Pray)」を捧げてきたアーティストだ。そして今まさに、イジメにより自ら命を絶つ10代やパワハラにより命を投げ出す大人が後を絶たない時代に、そして2022年2月24日に弾かれたミサイルの“トリガー”すなわち戦争(開戦)の合図が世界中に鳴り響いたこの現代において、理不尽な暴力に晒され命の灯火を消された者、もしくは一部の資本家および権力者が作為的に作り出した戦場で人の命のみならず動物の命も軽々しく愚弄され、一日また一日と日常的に命が消えゆくこのクソサイテーな世界の中心で愛を叫び、灼熱の魂を焦がす春ねむりの言霊が「祈り」に変わり、ある種の鎮魂歌(レクイエム)として本作『春火燎原』の中に宿している。これは、あらゆる「生命」の気高さを歌う「人間讃歌」であると。

冒頭の#1“sanctum sanctorum”からして、EPLOVETHEISMの最後に収録された“りんごのうた”にも引用された讃美歌アメイジング・グレイスの「祈り」を地続き的に引き継ぐような、教会に鳴り響くパイプオルガンと聖歌隊による神聖なクワイアを背に、修道女たちが命の灯火を両手に祈りの行進を促すオープニングに相応しい曲で、それこそ『春と修羅』の元ネタである宮沢賢治と同じようにキリスト教的な救済信仰を掲げることで、人種や宗教の垣根を超えた寛容の精神をこの『春火燎原』の入り口として啓示する。その流れを汲む#2“Déconstruction”では、まるでフランス革命における21世紀の「民衆を導く自由の女神」、すなわち気高い勇気を持った現代におけるライオットガールの象徴的存在として先陣を切り、聖者のマーチングバンドを従えながらキリスト最期の地であるゴルゴダの丘に凱旋し、そして宇多田ヒカル『BADモード』ばりのFワードを発しながら聖地にレインボーフラッグを突き立てる。

本作に関して一つ驚いたのは、この『春火燎原』についてAlcestのネージュがコメントを出していること。何を隠そう、春ねむりの音楽ってシューゲイザーやノイズロックを孕んだオルタナティブなJ-POPである一方で、いわゆる激情ハードコアやBlackzageと共振するエクストリーミーな側面を内包している。それこそメタラーの自分が春ねむりに魅了されるキッカケとなった2020年作のEPLOVETHEISMは、冒頭のシンフォニックかつオペラティックな壮大過ぎるトラックからして、LGBTQ.Q.のハンターハント・ヘンドリックス率いるブルックリンのLiturgyに肉薄するキリスト教的な文脈およびtranscendentalな超越性を垣間見せたかと思えば、リード曲の“愛よりたしかなものなんてない”では、中間のブラックメタル並のデプレッシブな咆哮を皮切りに、そして最後に表題を叫ぶ「愛よりたしかなものなんてぇ!」における語尾の「てぇ!」の部分は、もはや本家のネージュを超えたんじゃねぇかくらいのベストシャウトを披露していた。とにかく、EPならではの実験的なアプローチと「スクリーマーとしての春ねむり」の爆誕に喜びと興奮を覚えた僕は、春ねむりのシャウトは語尾の歪みというか揺れがネージュの咆哮と全く同じ点に気づき、ポエトリーラッパーを肩書きとする彼女の秘めたシャウトの才能に着目したのだ。でも、春ねむりのシャウトって意図して喉を酷使してガナっているのではなく、あくまで通常の歌唱法と同じ自然現象で発声された、感情表現の延長線上のものとして聞こえるのが真に唯一無二だと思う。

恐らく、カズオ・イシグロの有名小説のタイトルをもじった#3“あなたを離さないで”は、冒頭から『春と修羅』の“せかいをとりかえしておくれ”を想起させるセンセーショナルなポエトリーラップをフィーチャーした春ねむり節全開のビートを刻むノイズポップかと思いきや、一転して春ねむりの剥き出しのコアさを孕んだ咆哮をトリガーに怒涛の転調をキメる、その急転直下な楽曲構成を目の当たりにした瞬間は「えぇ!?」とリアルに声が出た。それこそ先述したネージュ風のシャウトとはひと味違う、アンダーグラウンドシーンのオーガニックなハードコア/パンク精神と共鳴する咆哮にド肝を抜かれるとともに、その咆哮は怒りというよりも歯を食いしばるような咆哮、救えたはずの命を救えなかった後悔(懺悔)から湧き出た超自然的な感情表現というか。ちなみに、最後の「あなたを離さないで」の語尾もしっかりと歪ませている。

『春と修羅』では宮沢賢治の口語詩を引用していたが、今作の表題となる『春火燎原』は四字熟語の「星火燎原」の「星」を“フルアルバム”であることをイコンとして示す「春」にもじった造語となっている。それこそ、春ねむりが宮沢賢治の短編小説『よだかの星』を朗読するインタールードの#5“zzz #sn1572”を挟んで、まさに「スクリーマーとしての春ねむり」を象徴する表題曲の#6“春火燎原”は、彼女が一貫して詠ってきた「生と死」を司るリリックを「命の火を灯せ」とばかりに灼熱の魂を焦がしながら激情する咆哮、そして現代ポストメタルに肉薄する重厚感溢れるサウンドメイクまで、まさに本作の表題を冠するに相応しい組曲となっている。

あの『春と修羅』を初めて耳にした時は、それこそ押見修造の『惡の華』を原作としたアニメの二期の主題歌を担うに相応しい存在であると、また岩井俊二映画と共鳴する内省的な世界観、つまり心の闇を抱えた10代の心音とシンクロする焦燥と激情を孕んだ、歪みのあるギター・ノイズを軸とした(神聖かまってちゃんに代表される)サブカル的な音楽性で思い起こされるのは、昨年のBandcamp界隈を賑わせたサブカルムーブメントの立役者であり、岩井俊二の青春映画『リリィ・シュシュのすべて』をサンプリングしたParannoulの存在に他ならない。その曲名からして『春と修羅』の“ゆめをみよう”のリリックと文脈的に繋がる曲で、同時に思春期のノスタルジーと黒歴史(トラウマ)を孕んだ自傷作用を誘発する、Parannoulの“White Ceiling”顔負けのサンプリング術を垣間見せる#7“セブンス・ヘブン”から、続く#8“パンドーラー”におけるいわゆる“ぶっ壊れローファイメンタル”と共鳴するグリッチ/ノイズ然としたハードコアな演出面に関しても、それこそ『惡の華』の主人公・春日高男みたいに学校の教室や会社のオフィスで孤独な疎外感を抱えたアンタッチャブルな者たちと価値観を共有し、救済を与えるかのような楽曲と言える。すなわち、これは昨今のアンダーグラウンドシーンにおけるサブカルムーブメントの真の源流が春ねむりにある事実を暗に示唆している。

その昨今のサブカルムーブメントのシーンを形作った原型と言っても過言ではない、の子率いる神聖かまってちゃんをはじめ、同インターネット世代の水曜日のカンパネラDAOKOと比肩する春ねむりが生み落すトラックメイクの凄みたらしめるは、この『春火燎原』おいて未来のシーンを担う次世代すなわちZ世代へとバトンを繋がんとしている点←これに尽きる。というのも、ラッパーのSistersを客演に迎えた#10“シスター”を皮切りに、エッジーなギターの歪みを効かせたインダストリアル/90年代グランジ風の#16“Old Fashioned”、そして彼女なりのフェミニズムが内在した#17“森が燃えているのは”において、春ねむりはZ世代を象徴する新興ジャンルであり多様性を表現するハイパーポップの潮流、つまりZ世代の台頭とともに一つ上の世代(Old)の視点から自らの立ち位置を著しくアップデイトするという行為、それこそ水曜日のカンパネラDAOKOがなし得なかった「次世代へとバトンを繋ぐ行為」をいともたやすくやってのけているヤバさ。

要するに、この『春火燎原』において春ねむりは、Spotifyのプレイリスト「misfits 2.0」にフックアップされているハイパーポップやZillaKamiに代表されるトラップ・メタル文脈との邂逅を果たしちゃってるんですね。現に、本作には外部の共同プロデュースとしてZ世代のハイパーポップアーティストで知られるウ山あまねを迎えている点からもそれは明白で、そのハイパーポップを司るAlice Glass顔負けのオートチューンやヒップホップおよびトラップのビートを咀嚼した洋楽的なトラックメイクはもとより、持ち前のポエトリーラップとは一線を画した本格志向のラップに挑戦している点も本作のポイントと言える。もとより、現代のライオットガールとしての彼女の立ち位置とハイパーポップの文脈ってニアリーイコールみたいなもんで、もしかしてもしかすると次に(反体制を掲げるロシアのユニットIC3PEAKやレインボーカラーを象徴するヤングブラッドと共演済みの)Bring Me the Horizonとコラボするに相応しいのは、(同じく今年のSXSWに出演した)日本のハイパーポップを代表するZ世代の4s4kiではなくこの春ねむりなのかもしれない。

「今の今」の出来事がダイレクトに歌詞に描かれている#4“ゆめをみている(déconstructed)”やシングルの#12“Bang”を筆頭に、春ねむりならではのリリックの強度、そのリリックの説得力が悲しいかな日に日に増しに増す過酷な「今」を生きる現代人からすると、この『春火燎原』における彼女は表現者としてのパフォーマンス/スキルがあまりに真摯に迫り過ぎて、軽い気持ちで聴けないほど重く突き刺さる「痛み」と(思春期の黒歴史を抱えた人間だけがわかる)厨二病的な「痛い」の二つの「痛み」が否応なしに五臓六腑に響き渡る。正直、ここまで変な冷や汗をかくほど、いい意味で背筋が凍る音楽ってなかなか巡り会えるもんじゃないと思う。それぐらいリリックの重みが尋常じゃないってことだけど。

一見、本作はリアルタイムの世界情勢と皮肉にもシンクロするヘヴィなリリックに比重が偏った作品と思いがちだが、実はそれ以上に音楽的な部分もネクストステージにアップデイトさせている。坂本龍一や久石譲に精通するクラシカルな美意識を内包しつつも、あくまでシューゲイザーやノイズロックを経由したギターロック的なポエトリーラップだった過去作に対して、この『春火燎原』では『春と修羅』で培った強固なアイデンティティとEPならではの特定のジャンルにとらわれない実験的なソングライティングを両立させながらも、それこそ春ねむり自身のラップや咆哮(シャウト)などの歌唱法の変化に象徴されるように、繊細な感情と粗暴な感情が複雑に入り乱れた表現力の著しい高まりと、音楽的に著しく現代音楽のトレンドであるヒップホップに傾倒しているキライ、しかし結果として春ねむりが創り出す強靭なリリックと現代のパンク精神を宿したヒップホップという名のロックンロールが備えた強いメッセージ性は、否応なしにシンクロ率100%を記録している。また、よりハードコアでアンダーグラウンドなプロダクションが言葉の生々しさを際立たせ、俄然ヒップホップというジャンルとしての強度を高めている。

その生命力溢れる神がかり的な流れから、本作のハイライトを飾る「déconstructed=脱構造」という哲学的な言葉を掲げた#18“Kick in the World(déconstructed)”は、その言葉の意味を示す「古い構造を破壊し新たな構造を生成する」が如く、東宝のゴジラあるいはランチを求める井之頭五郎もしくは『進撃の巨人』の主人公エレン・イェーガー顔負けの歪んだ思想をもって、「Kick in the World!!」と咆哮しながら地ならしを発動して地上の生命を蹂躙していく、それこそ春ねむりの音楽を司る「破壊と創造」を繰り返すハードコア/パンク精神に溢れた曲となっている。続く#19“祈りだけがある”では、この世に怨みつらみを残して死んでいった亡者たちのうめき声、すなわち「声なき声」の代弁者である春ねむりは、今だ成仏できずにいる亡者の木霊を背負ってる人、背負い過ぎている人として、この『春火燎原』に言霊として込めた「祈りの儀式」によって彼ら魑魅魍魎の魂を浄化し、そして天国へと送り出す。その「祈り」は決してセンセーショナルな訴え方ではなく、それはもはや悟りに近い祈りなのかもしれない。

谷川俊太郎の詩集「生きる」から詩を引用した曲で、都合のいい命なんて一つもないと、徹底して「生きる」ことを肯定し、全面的に生命の美しさを肯定する#20“生きる”、その詩集「生きる」の一節にある「鳥ははばたくということ」を示唆する小鳥のさえずりや八咫烏の鳴き声を録音したインタールードの#21“omega et alpha”は、それこそ映画『ドント・ルック・アップ』の皮肉なラストシーンを想起させるような、まるで地ならしにより地上の生命と人類同士の争いが消え無人となった地球に真の平和が訪れ、ニューエイジの思想を掲げた春ねむりがアダムとイヴの如く『復活』、そして「命」の灯火を再点火し新たな神話が始まる・・・みたいな、そんな皮肉な見方ができるのも彼女のニヒリズムならでは。

この『春火燎原』に伴うアーティスト写真やアートワークから考察できるのは、今年のアカデミー賞を賑わせた濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』における「生と死」の狭間をメタする渚の上に立って(走って)死者と対面し「痛み」を共有する、その霊的な原理を用いて音楽の世界で表現しているのが春ねむりなのかもしれない、ということ。そういった意味でも、2022年の「今」こそ聴かれなきゃいけない作品だと思うし、2022年の年間BESTが確定している宇多田ヒカル『BADモード』を超える唯一の可能性を孕んだ日本人アーティストの音楽と言えるのかもしれない。そして、ここ数年の間に当ブログで取り上げてきたサブカル文脈とZ世代を紡ぎ出す、その文脈から現在のBMTHにも繋がる伏線回収から、ハイパーポップはもとよりヒップホップやトラップメタルとのシンクロ、近々で言うと「東京の山田花子(Z世代)」ことmoreruやイスラム教徒であり文芸誌「文芸思潮」の第17回現代詩賞の佳作を受賞している試金氏のParvāneの存在まで、ありとあらゆる文脈を全てひっくるめて音楽の歴史そのものを更新するかのような、もはや今年の2月24日に戦争の引き金を「Bang!!」と弾いたのも全て「計画通り」だったとしか思えない完全究極体伏線回収アルバムだ・・・!
記事検索
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 累計: