Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

ニック・バセット

Whirr 『Feel Like You』

Atrist Whirr
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Album 『Feel Like You』
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Tracklist
01. Mellow
02. Wavelength
03. Younger Than You
04. Rose Cold
05. Before You Head Off
06. How Time Stretches
07. Rental
08. Vividly
09. Play The Slow Ones
10. Under The Same Name

今でも思い出す。もう10年前近く前に伝説のデビュー作『桃尻女とシューゲイザー』と出会った時の衝撃を。10年近く経った今でも、このEPと共にPhantogramのEP『Nightlife』を聴いて、ちょうど今ぐらいからの孤独のクリスマスシーズンを乗り越えた甘酸っぱい記憶が色あせず鮮明に蘇る。

そして遂に、俺たちのニック・バセットが、俺たちのWhirrが帰ってきた。2010年作のデビューEP『桃尻女とシューゲイザー』アンダーグラウンド・シーンに衝撃を与えるも、相次ぐ女性ボーカルの脱退という幾多の苦難を経験し、もう開き直って男性ボーカルに鞍替えして、因縁の相手=Deafheavenでもお馴染みのジャック・シャーリーをプロデューサーに迎えた2014年作の3rdアルバム『Sway』から約5年ぶりとなる4thアルバム『Feel Like You』は、これでもかというぐらい素直なシューゲイザーを聴かせる、完全復活を告げるに相応しい「Whirr is Back...」な一枚となっている。

セルフリリースとなった今作では、かのRelapse Recods所属のCloakroomを手掛けたザック・モンテスをプロデューサーに迎え、そのCloakroom譲りのスロウコアmeetシューゲイザーを展開していく。前作までは、オルタナやノイズ・ポップ、あるいはJesuリスペクトなドローン〜ポストメタル的なアプローチをもって、時にポップな疾走感、時に轟音なヘヴィネスを鳴らしてたけど、それよりもずっとシューゲイザー〜ドリーム・ポップ寄りの、(レジェンドのマイブラスロウダイブは元より)それこそ数年前に話題となったブルックリンのCigarettes After Sexを彷彿とさせる文字通り“Mellow”な幕開けから、今にも消えてしまいそうなウィスパー・ボイスと(今作のアートワークからイメージされる)1950年代の古き良きハリウッドのラブロマンス映画さながらのセクシャルでハラスメント、そしてエロティックでロマンティックな官能世界へと誘うドリーミーでリバーヴィな魅惑のリフレインを中心に、これからの独身男性に容赦なく襲いかかる悪夢のクリスマスシーズンに向けて、胸キュン不可避な“甘味で繊細な美メロ”という名の凶器を持って殺しにくる。その鋭利な凶器に対して、僕ら独身男性はなす術なくSOSの遭難信号を発信し続ける・・・(キュン死)。

特に、物語の終幕を飾る男女の官能的なセリフ混じりの“Under The Same Name”は今作イチのパンチラインで、それこそ伝説のデビューEPの幕開けを飾った“Preface”の女性のセリフを“Flashback”させる、それこそ“Cigarettes After Sex=セックスの後のタバコ”に対抗してじゃないけど、いわゆる事後のピロートークでこの愛は永遠さみたいなメロドラマ臭い男女の会話演出は、完全に往年のラブロマンス映画『昼下がりの情事』そのもの。また、曲間をギャップレスに繋いでいく演出も一本の映画を観ているかのような没入感を与える。この妙に生々しい演出は、ヘタしたらCigarettes After Sexよりも童貞煽り度高いかもしれない。いや、もはや今のCigarettes After Sexみたいな“変態”とは比べ物にならないほどの完成度バリタカで、ブルックリンの“変態野郎”みたいな童貞煽りのフェイクバンドとは違う“本物感”しかない。

ようやく真正面から伝説の『桃尻女とシューゲイザー』と対等に渡り合える“美尻の桃尻男”、すなわち『桃尻男とシューゲイザー』が出てきた感じ。世の独身男性は、僕と一緒にこの桃尻男の美尻を愛でながらこれからの悪夢を乗り越えよう!SOS!SOS!

Nothing 『Dance On The Blacktop』

Artist Nothing
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Album 『Dance On The Blacktop』
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Tracklist
02. Blue Line Baby
03. You Wind Me Up
04. Plastic Migraine
05. Us/We/Are
06. Hail On Palace Pier
08. The Carpenter's Son
09. (HOPE) Is Just Another Word With A Hole In It

「デフヘヴン包囲網」を最前で指揮する必殺仕事人こと、ex-deafheavenニック・バセットくん擁する・・・って、いやいやいやいや、こんな有事の際になんでお前脱退しとんの・・・。確かに、2010年にフィラデルフィアで結成されたNothingは、2014年作に名門メタルレーベルRelapse Recordsから1stアルバムGuilty Of Everythingが発表されるや否や、ローリング・ストーンやピッチフォークなどの世界的な音楽メディアから一目置かれ、そのメタリックかつドゥーミーな重さとノイジーな90sシューゲイズがクロスオーバーしたハードコアなスタイルに対し、あるメディアから”ドゥームゲイズ”と称されまたたく間に世界中で話題を呼んだ。

一見、その手の界隈のイメージ的には、”アンチ・デフヘヴン”で知られるex-deafheavenニック・バセットくん主導の「デフヘヴン包囲網」の一環として発足したバンドだと思われがちだが、それは全くの勘違いで、このNothingはギタボでありヤク中ゼンカモンうつ病メンヘラ系男子ドメニク・パレルモが古くから患っている心身の障害を緩和するための、いわゆる音楽療法(テラピー)を主な目的とした、もう片方のギタボでバンドの中心人物であるブランドン・セッタとドラマーのカイル・キンボールの3人で立ち上げたバンドだ。事実、ニックが加入した直後の1stアルバムGuilty Of Everythingには彼の名前はクレジットされておらず、2016年作の2ndアルバム『Tired Of Tomorrow』で初めてベーシストとしてクレジットされている。そして2018年、これまではバンドの中心人物と(一方的に)勘違いされてきたニックが電撃脱退した後、バンドは黒人ベーシストのアーロンを迎え、約2年ぶりとなる3rdアルバム『Dance On The Blacktop』で再出発を果たした。ちなみに、今作のアートワークは女性写真家のChelsea Hudsonによるもので、個人的にペドロ・アルモドバル監督の変態映画『私が、生きる肌』を思い出した。

この『Dance On The Blacktop』は、フロントマンパレルモ自身の過去の問題や現在の問題、そして自らの出自を起因とした過去最高にパーソナルなアルバムとなっている。高い犯罪率と様々な労働者階級とヘロイン中毒者のたまり場で知られる(現在は閉鎖されている)、ノースフィラデルフィアのケンジントンという劣悪な環境で育ったパレルモは、そのめんどくせぇ出自もあってか90年代後半から00年代にかけて変化していた地元のハードコア/パンクシーンの中で、自身のバンドHorror Showを結成する。彼の経歴からもわかるように、パレルモの音楽的なルーツはパンクでありハードコアだった。周りにヘロイン中毒者とクズしかいねぇクソの吹き溜まりみたいな地域で育った彼自身も、若気の至りと言わんばかりに荒れ狂ってたパンクス時代に暴行罪で2年の懲役刑を受け刑務所にブチ込まれてしまう。月日は流れ、晴れてゼンカモンとなった彼は、再び音楽の世界にカムバックしようとデモを制作、そしてちょうどこの頃にCocteau TwinsRideをはじめ90年代のUKミュージックを象徴する”90年代愛”を互いに共有し、同時にHorror Showのファンでもあったパンク仲間のブランドン・セッタと運命的な出会いを果たす。これが後のNothingへと繋がる。

何を隠そう、Nothingの1stアルバム『Guilty Of Everything』では、そのテーマ/コンセプトとしてパレルモ自身が過去にムショにブチ込まれてゼンカモンとなった不合理な実体験と、投獄中に受刑者の間でドナルド・ゴインズアイスバーグ・スリムというデトロイトのスラム街/ストリートを扱った、それこそケンドリック・ラマーなど現代のラッパーにも強い影響を与えた黒人作家が人気だと知った彼は、このアルバムを象徴する哲学的なバックグラウンドとして自身の音楽に取り入れることで、結果としてどの万能薬/特効薬よりも効果的な音楽療法としていた。

2015年、再びパレルモに不幸が襲う。1stアルバムに伴うUSツアーを順調に回ってる時、ライブの後にオークランドの地下鉄で見知らぬ男に携帯を貸すように頼まれたパレルモがそれを拒否すると、急に男がパレルモに襲いかかり、彼の目、頭蓋骨、脊柱を骨折させる大怪我を負わせ、その結果ツアーも全てキャンセルせざるを得ない、もはやバンドの存続以前に生命の危機に曝されてしまう。そして彼は最近、神経変性疾患であるCTE(慢性外傷性脳症)の初期段階と診断された。神はどこまでパレルモを追い詰めるのだろうか?死ぬまでか?自殺するまでか?なんて非情、なんて無慈悲なんだ・・・。改めて、この世界には神はいないと思い知らされた。すると、今度はThursdayのフロントマンのレーベルで知られるCollect Recordsと新たに契約しようとするも、そのレーベルに投資していた「アメリカで最も憎まれている男」で知られる製薬会社CEOマーティン・シュクレリが証券詐欺罪で逮捕されてしまう。もはや神のいたずらでは済まされないレベルで、立て続けに不幸がパレルモに襲いかかる。そんなゴタゴタの中、Nothingの面々は数々の苦難を経て2016年に2ndアルバム『Tired Of Tomorrow』を発表する。するとメンバーとエンジニアWill Yipの精力的な活動および努力によって、世界最大のフェスLollapaloozaへの出演をはじめ、AFIDinosaur Jr.などのレジェンドと共演を果たすまでの成功者となる。

音楽的に語る1stアルバム『Guilty Of Everything』は、UKのJesuやUSのJuniusなどのJJ系ポストメタルをはじめ、パレルモブランドンの共通嗜好であるマイブラやスロウダイヴなどの90年代を象徴するシューゲイザー/ドリーム・ポップ愛に溢れた、まさしく”ドゥームゲイズ”を称するに相応しい良作だった。その中でも、自分の中で2曲目の”Dig”を聴いた時はちょっと衝撃で、それこそカイルのヘヴィなドラミングとハードコア/ノイズ然とした轟音ギター、90sグランジもビックリの倦怠感むき出しのパレルモのボーカル、そしてヤク中ゼンカモンうつ病メンヘラ系男子の真骨頂とも呼べるパレルモのエモさちょちょ切れそうなサビのバッキングでリフレイする、まるでムショの独房で自傷行為に勤しむメンヘラ受刑者の「心の闇」を色々な意味で炙り出すようなギター、それら全ての音が神がかり的な曲で、まさにNothingの真髄が詰まった”究極のヤク中ソング”としか他に例えようがなかった。

で、その”究極のヤク中ソング”こと”Dig”をついて、個人的にちょっと面白い発見が後にあった。まず、日本のバンドにきのこ帝国ってのがいて、そのきのこ帝国が2015年に発表したメジャー1stアルバム猫とアレルギーの中に”YOUTHFUL ANGER”というアルバム唯一の英語タイトルの曲があって、実はその曲ってこれまでインディーズでシューゲイザーやってた彼らがメジャー進出してJ-POP化したと批判されたそのメジャーデビュー作の中で、それこそビッグなアンプに通電させてラウドにノイジーに歪ませた轟音ギターをカチ鳴らすグランジ界の伝説NIRVANAをリスペクトしたようなヘヴィロックで、何を隠そう、そのきのこ帝国”YOUTHFUL ANGER”Nothing”Dig”というメンヘラソングを構成するノイジーかつグランジーな轟音ヘヴィネス、そして自傷行為を誘発するようなリフレインなど共通する要素が多数あって、この不思議な引力みたいなのに気づいた時は、「もしかすると陰陽座好きで有名なメタラーのあーちゃんはNothing聴いてるかもな」って思ったくらい。


実はこっからが本番で、それはNothing『Dance On The Blacktop』のリードシングルとなる”Zero Day”を聴いた時、まず初っ端の左耳から聴こえてくるギターの歪ませ方から”YOUTHFUL ANGER”の”歪”をフラッシュバックさせ、それと同じように”Dig”をフラッシュバックさせるグランジ・リバイバル不可避な轟音ノイズと今にも消えて無くなりそうなほど憂鬱なパレルモボイス、そのバッキングで”まるでムショの独房で自傷行為に勤しむメンヘラ受刑者の「心の闇」を色々な意味で炙り出すようなギターのリフレイン”が聴こえてきて、その瞬間もう泣きながら「Nothing is Back...」と呟きながら、あるいは「死にたい・・・」とツイートしながらリスカかますけど絶対に死なない日本のメンヘラクソ女ばりに、それこそ獄中のヤク中ゼンカモンメンヘラ系男子の「心の闇」が乗り移ったような気がした。この件は本当に面白いと思ったし、Nothing”Dig””Zero Day”を紡ぎ合わせるのがきのこ帝国”YOUTHFUL ANGER”だったという事実に、なんかちょっと感動したというか、この事実だけでメジャー以降のきのこ帝国がどれだけ凄いのか分かるし、とにかくメジャー以降の帝国を否定している奴らは、まず先に自らの審美眼のなさを否定すべきだ。

それ以降も、アルバム『Guilty Of Everything』”Dig”とともにNothingを象徴する”Bent Nail”の中盤を彷彿させるボーカル・メロディや初期のWhirrを想起させる儚くも美しいギター・ノイズをフィーチャーした、Nothing史上最高に叙情的でメロディアスな#2”Blue Line Baby”を皮切りに、全体のメロディやフレーズからして前向きな明るい未来へと歩み出すノイズ・ポップの#3”You Wind Me Up”Jesu系ポストメタルの#4”Plastic Migraine”、今作で1番emoいボーカルと1stアルバムを彷彿させるメタリックなリフと共にけたたましいノイズをぶっ放す#5”Us/We/Are”パレルモブランドンのサイドプロジェクトDeath Of Lovers直系のドリーム・ポップ~ポスト・パンクの90年代の思い出を行き来する#6”Hail On Palace Pier”、今度はグランジ~ハードコア~メタルを行き来するダーティな曲で中盤のドラムソロがイカす#7”I Hate The Flowers”、スロウダイヴ直系のリヴァーブと美しいリフレインをもってドリーム・ポップ然とした音響空間を形成する#8”The Carpenter's Son”、そして最後を締めくくる#9”(HOPE) Is Just Another Word With A Hole In It”は、アルバムの集大成、バンドの集大成を飾るような、デビュー当時から一貫してパレルモの過去の実体験を元に、それを自らの音楽に落とし込んでいくという、それこそNothingの発足理由に直結するような、まさに(HOPE)=希望に溢れた曲となっている。

なんだろう、Nothingというバンドの真髄が凝縮された名曲”Dig”をルーツとするリフレインとBPMを軸に、最初から最後まで質の高い轟音ノイズぶっ放してる時点でもう最高なんだけど、それ以上に90sオルタナ/グランジ、90sシューゲイザー/ドリーム・ポップ/ポスト・パンク、そしてハードコア/メタルまで、とにかくパレルモブランドンの音楽的ルーツである90s愛が込められたギターのフレーズやメロディがバンド史上最高レベルで、これほど細部まで徹底したリバイバル意識が込められた90s愛は、それこそSonic YouthダイナソーJrなどの90年代のUSオルタナ/インディを象徴するバンドを手がけた、つまり90年代の音楽を知り尽くした巨匠ジョン・アグネロを今作のプロデューサーに迎えたからに他ならなくて、彼の手によって一段と洗練された叙情的でメロディアスなサウンドが、USインディを代表するThe War On Drugsを手がけたミキシング・エンジニアと、日本の岡田拓郎くんの作品を手がけたSterling Soundの重鎮グレッグ・カルビの手によって、更に”メジャー感”溢れる当時の90sサウンドそのままに磨きがけられた結果、自身の集大成となる正真正銘の最高傑作が誕生した。つまり、彼らがこのアルバムで成し遂げたのは「メジャー宣言」、それらの”メジャー”という言葉から思い浮かぶのはやはり日本のきのこ帝国で、もしかしてもしかすると、このアルバムって実はきのこ帝国がメジャーデビューしなかった未来、つまりずっとインディーズで活動し続けた場合の世界線なんじゃねーかって。そう考えたら、きのこ帝国のメジャー化は日本語ロック最大の損失だったりするのかも?

しかし、ここまで文句なしの最高傑作を作り上げたのに、何かが足りない、誰かが足りない気がする・・・。そうだ、ニック・バセットが足りないと感じた僕は、アルバムのクレジットに彼の名前が載ってないか何度も何度も探した。そして遂に見つけた。僕は泣きながら「おるやん、普通にニックおるやん」と呟いた。彼は、今作のリードトラックとなる2曲目の”Blue Line Baby”パレルモと共作しつつ、その中でピアノとキーボードも弾いていた。また嬉しくて涙が出てきた。そもそも彼の脱退理由は、噂によれば家族の問題らしいので、それならしょうがないね。別に音楽をやめたわけじゃなさそうだから安心した。でも笑っちゃうのは、毎度のことながらニックが在籍するバンドが”メジャー”に、有名になりそうな気配を察すると誰にも気付かれないようにコソッと脱退する世界最高の陰キャバンドマンのニックホントすき・・・。ニックこそ裏の立役者だし、ニックこそ本物のアンダーグラウンドだと思う。やっぱりニック関連で信頼できるバンドはWhirrだけ!(なお)

しかしながら、暇さえあればdeafheavenを取り巻く相関図や勢力図的な事を勝手に妄想するのが面白い。ところで、パレルモdeafheavenについて「典型的なバズマーケティング」だと、同時にI have nothing against Deafheaven」=「デフヘヴン(に対して語ること)は何もない」と、しまいには「私たちは全く異なるバンド(意訳:ピッチフォークのカキタレと一緒にすんな)」だと語っていて、つまり”アンチ・デフヘヴン”≒”アンチ・ピッチフォーク”としての立場でニックの意見と同調する部分があったからこそ、パレルモブランドンと出会った時と同じように、必然的にニックと出会ったのだ。実は、Nothingというバンド名から既に「Deafheaven is Nothing」=「デフヘヴンは何もない」という意味でデフヘヴンを包囲していた説、その皮肉めいたパレルモの策略にニックは引力を感じた説。でも想像した以上に、デフヘヴンニック・バセットおよびNothingとその周辺の遺恨は根深いなぁと(もっとやれ)。ちょっと笑ったのは、 6曲目の”Hail On Palace Pier”はイギリスの小説家グレアム・グリーン『ブライトン・ロック』にインスパイアされているらしく、奇しくもデフヘヴンOrdinary Corrupt Human Loveグレアム・グリーンの小説から引用されている(実は仲いい説)。

パレルモのように生涯うつ病や偏執病を患い、つい最近CTE(慢性外傷性脳症)の初期症状と診断された根っからの悲観主義者(ペシミスト)が、人生に追いつめられた時ふと衝動的に頭の中で考えること、それが自殺だ。しかし彼は決してそうはしなかった。死ななかった。自殺しなかった。いくら刑務所で不条理な目に合おうとも、いくら地下鉄で暴漢にボコられて生死を彷徨おうとも、いくらCTEと診断されて常に”痛み”を抱えようとも、彼は死ななかった。むしろ生きた。必死に生きてきた。そして彼は言った、「自殺が私の人生の選択肢だったら、そう(自殺)したと思う」と、しかし「私の遺伝子はそうではない」と「音楽が人に与える精神的/健康的な施しに前向きなロックバンドとして、そして生涯にわたる悲観主義を守る責任がある」と。こんな言葉、満身創痍の人間が口にする言葉じゃない。むしろ逆に強い”生命力”に溢れた人間の言葉だ。Nothingの音楽を通して、自己嫌悪や自己破壊、自身で経験した不条理の世界で悲観主義者がたどり着いたのは唯一の(HOPE)、それは(希望)であり、それは(光)だった。

パレルモは”本物の痛み”を知る当事者として、本物の説得力をもってこの『Dance On The Blacktop』を傑作たらしめている。それこそ口々に”痛み”をアピールしてるどこぞのV系バンドは見習うべきだし、今の時代に「あ~死にて~」と思っている人にこそ、このアルバムを聴いてパレルモの生き様、その勇気と強い生命力を感じて取ってほしい。本当の死から逃げるな。どうしても死にたいなら、死ぬ前にパレルモのパンクス魂を見てから死ね。そして死ぬ間際にこう叫べっ!


I have nothing against Deafheaven


Death of Lovers 『The Acrobat』

Artist Death of Lovers
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Album 『The Acrobat』
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Tracklist
2. Here Lies
3. Ursula
4. The Lowly People
5. Perfect History
6. Quai d’ Orsay
7. Divine Song

最近、Netflixオリジナルの『13の理由』『ストレンジャー・シングス』あたりの海外ドラマを見てて改めて思うのは、「今って本当に80年代リバイバルの真っ最中なんだな」っつー事で、特に2017年はそのドラマ界隈や音楽界隈を中心に「80年代リバイバル」を強く感じさせた年でもあって、その「80年代リバイバル」のムーブメントを象徴する作品の一つとして、スティーヴン・ウィルソン『To the Bone』があって、このアルバムには2016年公開されたジョン・カーニー監督の映画『シング・ストリート 未来へのうた』の影響があったんじゃないかと邪推するほど、「80年代愛」に溢れたアルバムだった。

その「80年代」を舞台にした青春音楽映画をはじめ、先述した『ストレンジャー・シングス』『スタンド・バイ・ミー』『未知との遭遇』などの「80年代」を代表する名作映画をオマージュした海外ドラマで、現代の社会問題であるイジメと自殺をテーマに深く切り込んだ『13の理由』では、インターネット時代~SNS全盛の「イマ」を舞台にThe CureJoy Divisionの音楽をはじめ、そしてカセットテープやラジカセなどの「80年代」を象徴するガジェットをキモの演出として盛り込んでいた。ちなみに、日本で2016年に公開されたアレックス・ガーランド監督のSF映画『エクス・マキナ』では、いわゆるポストパンク・リバイバルの最右翼とされるロンドンの4人組、Savagesの楽曲が使用されている。

音楽界隈、いわゆる「俺の界隈」の中で遡れば、2015年にはRiversideがフロントマンのマリウスきゅんの青春であり音楽的なルーツでもある80年代のUKミュージックにインスパイアされたアルバム『Love, Fear and the Time Machine』を皮切りに、2016年にはAlcest『Kodama』という、フロントマンのネージュキュアーコクトー・ツインズからの影響を公言する80年代リバイバル作品を出したかと思えば、2017年の上半期にはUlver『The Assassination of Julius Caesar』というキリング・ジョーク(のヨークがミキシング)やデペッシュモードなどの「80年代」を象徴するニューウェーブ/ポスト・パンク愛に溢れた作風でリスナーのド肝を抜いた。その「俺の界隈」における「80年代リバイバル」の極めつきが、他ならぬスティーヴン・ウィルソン『To the Bone』だったのは今さら言うまでもない。そして、それらの偉大なリバイバル作品の影に隠れて、アメリカのフィラデルフィアでも密かに80年代リバイバルのビッグウェーブに乗っかったバンドが存在する。それがこのDeath of Loversだ。

先日発表された、キュアーのフロントマンであるロバート・スミスが主宰するMeltdown festivalのラインナップに、NINデブ豚マイブラモグワイなどのそうそうたるメンツと一緒に、Alcestと日本からはMONOが名を連ねているのを見て正直ちょっと感動したというか、いかにキュアーというバンドがジャンルや世代を超えて現代の音楽に今なお根強い影響を与え続けているのか、そのレジェンドたらしめるバンドの「格」を改めて再確認させる。

このDeath Of Loversといえば、ex-Deafheavenのギタリストニック・バセットくんが「デフヘヴン包囲網」の一環として、フィラデルフィア出身のNothingのメンバーと共に2013年に立ち上げたバンドの一つで、もはや「ピッチフォーク芸人」と化した今のデフヘヴンに対抗できる秘密兵器と呼ばれる彼らが、満を持して1stフルアルバムの『The Acrobat』をリリースした。


WhirrNothingが「90年代リバイバル」の音楽だとするなら、このDeath of Loversはまさに「80年代リバイバル」の音楽だ。2014年にDeathwishから発表したデビューEP『Buried Under a World of Roses』は、それこそ「80年代リバイバル」を冠したキュアー直系のポスト・パンクで、そのSavagesに匹敵する「ポストパンク・リバイバル」に出自であるシューゲイザー流れのリヴァーブ/アトモスフィアを同居させていた。今作の『The Acrobat』では、1曲目の”Orphans Of The Smog”こそEPの延長線上にある教科書通りのポスト・パンクだが、しかし2曲目の”Here Lies”では一転してピコピコしたエレクトロ方面へのアプローチを強め、3曲目の”Ursula”や5曲目の”Perfect History”でも依然としてデペッシュモードキリング・ジョークを連想させるシンセ・ポップで、つまり今作はUlverが同年作の『The Assassination of Julius Caesar』で実現させた「80年代リバイバル」と全く同じ案件と言っていい。そして、EPより俄然モダンで洗練されたスタイルへと変化しており、もはやこのリバイバルの流れはヤメラレナイトマラナイ。



今作の中でもリバイバル感が特に際立っているのがリード曲でアルバムの最後を飾る”The Absolute”で、まさに80年代のポストパンク・ムーブメントのド真ん中にいるようなビートを刻みながら、サックスを取り入れたニューロマンティックなサウンドスタイルは、往年の80sバンドと一線を画したアプローチで独自のオリジナリティを確立している。
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