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墓っ地・ざ・ろっく!

デブ豚

Deftones 『Ohms』

Artist Deftones
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Album 『Ohms』
Deftones-Ohms

Tracklist
02. Ceremony
03. Urantia
04. Error
05. The Spell Of Mathematics
06. Pompeji
07. This Link Is Dead
08. Radiant City
09. Headless
10. Ohms

白ポニーこと『White Pony』から20年、白梟こと『Diamond Eyes』から10年・・・デブ豚ことDeftonesって、10年周期の節目節目にその後の10年間のヘヴィロックシーンのトレンドとなる「ヘヴィネスの基準」を更新してくるバンドで、そんなバンドが10年周期の始まりを告げる2020年に待望の新作を出してくるってんだから、その内容にも普段とは違う特別な期待を寄せずにはいられなかった。

2000年に発表された白ポニーがいかに偉大なアルバムかなんて事は散々語り尽くされているはずだから割愛するとして、個人的にデブ豚の卓越的な音楽センスって2010年に発表した白梟こと『Diamond Eyes』にあると思っていて、というのも“10年代メタル総選挙ランキング同率1位”メシュガーが編み出した現代的なヘヴィネスをオルタナティブの解釈を通して自身のヘヴィロックに落とし込むことで、10年前の白ポニー「ヘヴィネスの基準」をシーンに掲示したバンドが10年周期で新たに「ヘヴィネスの基準」を刷新した歴史的名盤に他ならないから。その白梟がシーンに及ぼした影響は計り知れず、ザッと思い出すだけでもDIR EN GREY『The Insulated World』やヘヴィロック界のレジェンド=TOOLの約13年ぶりとなる『Fear Inoculum』は、漏れなく白梟におけるガニキ考案の「ガーの精神」に則った10年代のヘヴィロックを総括するような名盤だった。そんな白梟から2年後、あのゴリゴリにトガった硬派な白梟をシーンの先駆者という立場的な意味でもメインストリーム=大衆的なヘヴィロックへとスタイリッシュにブラッシュアップしてみせた次作の『恋の予感』も、同じくしてエクストリーム・メタルの始祖メシュガー「ガーの精神」を大衆の耳に届けることに成功した名盤である。

2010年代早々にヘヴィロック界の金字塔とも呼べる2枚の名盤をリリースし、その後も安泰かと思われたDeftones。しかし、2016年作の『Gore』はバンドにとって黒歴史的な駄作となった。このアルバムの何がダメだったかって、端的に言ってしまえば「曲が書けていない」の一言に尽きると思うのだけど、その『恋の予感』にあったセクシャルなエロさも白梟にあったリフも革新的なヘヴィネスも、肝心の音作りにおいても、このアルバム特有の突出した「何か」があるというわけでもなかった。本当に何がやりたいのかわからなかった。強いて言うなら、表題曲以降の曲を聴く限りでは、「Deftonesなりのポストメタル」がやりたかったんじゃないかって。そのニューロシスに代表されるポストメタルを目指してみたはいいものの、いかんせんその前に出た二作が完璧過ぎたってのもあって、あまり好意的なイメージが持てなかったのも確か。知らんけど。

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デブ豚ってこう見えて、音楽的にもフレキシブルな感性と価値観をもってヘヴィロックを昨今にアップデイトし続けているバンドだけあって、ロックシーン以外の音楽シーンに対する見識の広さと昨今における世界的潮流の一つであるダイバーシティ=多様性への意識の高さを兼ね備えていて、最近その音楽業界や音楽ジャンルの垣根を超えたダイバーシティぶりを発揮した案件こそ、ローレン・メイベリー率いるエレポップバンド=チャーチズデンゼル・カリーとのコラボでも知られるボルチモアのラッパーJEPGMAFIA、そしてメタル界からは“10年代メタル総合ランキング同率一位”ことGojiraがラインナップされたDeftones主催のフェス『Dia De Los Deftones』の開催である。

しかし、それに対して反発したメタル界屈指の問題児ことHatebreedジェイミー・ジャスタがツイッターで放った今の音楽業界マジクソすぎ!のツイートに、チャーチズの大天使ローレンが噛みついて激しいレスバトルが繰り広げられ、そのレスバの中で大天使がゴジラ好きだという新事実が発覚したのは今も記憶に新しい(ジェイミーナイス!)。その流れで、イギリスのロック雑誌Kerrang!の表紙にデブ豚チノ・モレノローレン・メイベリーがツーショットを飾るというダイバーシティの連鎖を引き起こす。しかし、表紙の「この女があのジェイミーをレスバで負かした女か・・・怖いから近づかんとこ・・・」みたいな少し距離感のあるチノの引き顔は傑作だった。とにかく、近頃のDeftonesは音楽ジャンルの垣根を超えたフェスを主催したり、常に革新的な音楽性のみならず、各音楽シーンの「壁」を超えた対外的かつ改革的な意識でファンを驚かせてくれるレジェンドなんですね。で、この話の本筋はここからで、実はそのフェスにラインナップされたメンツの中に見覚えのあるバンドを発見した。それこそ今年、約22年ぶりの復活作をリリースしたHumで、もちろん去年の時点ではその存在すら知らなかったから、その伏線がここに繋がってたなんて思いもよらなかった。何を隠そう、本作の『Ohms』Humの約22年ぶりとなる復活作『Inlet』に対する回答的な役割を果たしているんじゃあないかって。


一聴して驚いたというか、妙な違和感を憶えたのは、本作の最後を飾る表題曲だけ少し毛色の違うヘヴィネスを披露している点で、実はその一際「異質」なヘヴィネスこそ本作を紐解く重要な鍵を握っているんじゃないかって。ある種のブルーズがかったストーナー的なイントロから始まって、その00年代のポストメタルを象徴するペリカンを彷彿とさせるミドルテンポのリフ回しを耳にした瞬間、最近どっかで聴いたようなデジャブを感じた。そのデジャブの正体こそ、Humの復活作の冒頭を飾った“Waves”に他ならなかった。その90年代のオルタナシーンを縁の下から支えたHumの復活作その内容って、それこそ2010年以降のデブ豚や現代ポストメタルのニューロシスの影響下にある現代的なヘヴィネスをバックグラウンドとした、まさに「新世代ポストメタル」と呼ぶに相応しい内容だった。そこから導き出せる答えはただ一つで、実は『Ohms』の目的って駄作だった前作の『Gore』で実践していたニューロシス型のポストメタルという名のペリカン=アートワークのゴアさん(正確にはフラミンゴだけど)を救い出すために、過去に遡って10年前の白ポニーに乗り、そして20年前に発見した1カラットのブラックダイヤモンド『恋の予感』を懐に忍ばせて、グロテスクな黒歴史として過去に葬り去られたゴアさんを救い出すメタ的なアルバムなんじゃないかって。再三の考察の末に、たった一つの『真実』にたどり着いたら、俄然『Ohms』のジャケ写ばりにぴえん🥺ってなった。まるで「失われた600万羽のペリカンを取り戻す」ならぬ「失われた600万匹の豚さんを取り戻す」とばかり、それこそ何者かによって豚さんを略奪された飼い主のような「ぴえん🥺」の気持ちだ。

冒頭の“Genesis”から、主催のフェスに何故チャーチズが呼ばれたのかを証明するような、80年代を彷彿とさせるネオン瞬くノスタルジックなシンセと、(例えるなら)真夜中に“Sextape”を再生してオキニのAV女優を発見して「ムム...これは『恋の予感』・・・!!」とガチ恋発令警報不可避のドリーミーでフェミニンなリフレインからしてぴえん🥺案件で(最近のオヌヌメ女優は梓ヒカリぐらいかなぁ)、その「人をバールのようなもので殴り続けると死ぬ」を座右の銘とするサイコパスみたいな武骨で粗暴なヘヴィネスの重さと適度なグルーヴ感は、まさに白梟『恋の予感』が芽生えかけているゴアさんのようでもり、そしてアウトロのシャウトから津波のような鬼ヘヴィネスへと畳みかける楽曲構成は、それこそ白梟をはじめ『Saturday Night Wrist』あたりの2000年代後半から2010年にかけてのデブ豚、その「ナイトプールで自撮りする水着美女の官能的なエロスの後にそびえ立つ伏魔殿に轟く重厚なヘヴィネス」という構図、それこそ映画で例えるなら『アンダー・ザ・シルバーレイク』みたいな、一見複雑のようで実はシンプルな構図で成り立っているのがデブ豚の真髄をメタしてて俄然ぴえん🥺。

本作のリフって思いのほか「動く」。盟友TOOLの傑作『Fear Inoculum』に触発されたのかは知らんけど、デブ豚にしては珍し過ぎるソリッドなキザミリフを駆使した#3“Urantia”は、これこそまさに「動けるデブ」そのもので、その「動けるデブ」の本領を発揮する『恋の予感』をベースとした「チャラいメシュガー」みたいな10年代のヘヴィネスでアップテンポにギョンギョン飛び跳ねる#4“Error”、まるでシルバーレイクの闇へと引きずり込まれるようなシンセの魅惑のアトモスフィアと、低域の底を突き破ったポストメタル然とした轟音ヘヴィネスは嫌でもハムのジューシーな新作を匂わせる通称「指パッチンメタル」の#5“The Spell Of Mathematics”、そしてゴアさんへの『恋の予感』に終止符が打たれ失恋を経験した「ぴえん🥺」な気持ちを歌った#6“Pompeji”は本作のハイライトで、10年代のヘヴィネスから抽出されるギョン成分の濃度を高めたヘヴィネスをニューロシス的なポストメタルに邂逅させたバチグソタイトなリフと、ゴアさんとの幸せだった日々の思い出を懐かしむノスタルジックなシンセと例のアートワークを暗喩するカモメさんの鳴き声がこだまする【浜辺を寄せては返す美しい波=浜辺美波】でお馴染みのアウトロのSEも確信犯で泣ける🥺。ホラー映画のサントラ的なイントロのシンセから、全盛期を思わせるバグったシャウト中心のチノのボーカルと10年代風のモダンなリフがクロスする#7“This Link Is Dead”、本作を象徴する「動くリフ」主体の#8“Radiant City”は、曲構成は元よりチノのシャウト的な面でも白梟“Rocket Skates”を2020年代仕様にアップデイトしたような曲で、もう隠す気もなく普通に「Deftonesなりのポストメタル」やっちゃう#9“Headless”、そして表題曲の“Ohms”は先ほども述べたように他と比べて明らかに異質。

冒頭で述べたように、10周年の節目となるDeftonesだからこそ、時代の動き、シーンのトレンドを先読みした流動的かつ革新的な音楽性で常に時代の最先端を走り続けてきた彼らだからこそ、この10周期の節目となる2020年に一体どんなヘヴィネスを鳴らすのか?20年前の白ポニーや10年前の白梟の時と同じように、全く新しいヘヴィネスを更新してくるに違いないと。正直そこの部分にしか興味なかった。しかし実際に伏魔殿の蓋を開けてみると、意図的なのか過去作とリンクさせるメロディやフレーズ、そしてチノのシャウトまでもどこかデジャブのような既視感を憶えたのも事実で、それこそ本作が「伏魔殿に囚われたゴアさんを救い出す物語」のメタファーであると解釈すれば、白梟『恋の予感』で培った10年代の現代ヘヴィネスとヘヴィロック全盛の00年代のヘヴィネスを、あくまでもフラットな状態で繋ぎわせたのが20年代のDeftones説あって、つまり前作のゴアさんで培ったポストメタル的な側面と革新性に溢れていた10年代と20年代のDeftonesが邂逅して“20年代のヘヴィネス”へとアップデイトしている。決して10年代のように変に色めき立つわけでもなく、色気は色気でもフラットな平常心から放たれるオーガニックなヘヴィネス、その「落とし所」が絶妙過ぎる。

その過去作からの引用を意図的なものと捉えるか、それとも単にネタ切れ的なものと捉えるかは人それぞれかもしれない。過去作で手に入れたブラックダイヤモンドや恋心を装備した豚=豚に真珠が陰毛がモシャモシャと蠢く伏魔殿からゴアさんを救い出す物語だと捉えた人には名盤に聴こえるだろうし、一方でクソゲーマー伊集院光もといチノ・モレノのボーカルワークをはじめ、表題曲を筆頭に一貫して統一性のないヘヴィネスや「動けるデブ」並みに動くリフ(これは意図して過去作をミックスしているから説)に対して「単なるネタ切れ」と捉える人には駄作に聴こえるかもしれない。

しかしTOOL『Fear Inoculum』といい、最近のメタルシーンは新時代のヘヴィネスを追求していくと最終的にポストメタルに行き着く説あって、それこそ本作は聴けば聴くほどHum『Inlet』にしか聞こえないというか、むしろ復活後のHumの方がよっぽどニューロシスmeetデブ豚やってるのは皮肉ではある。オリジナリティの面でも完成度の面でもぴえん🥺。このやって様々な面でぴえんと泣きたくなるアルバムなのは確かです。

このバンドに対して「集大成」みたいな言葉は使いたくなかったけど、「集大成」と呼ぶだけの内容になってるのも事実。自分自身の過去を総括するという意味でも、駄作を駄作と、失敗を失敗と認めて、そこからまた新たに改良を施すベテランの業に唸る作品でもある。そういった意味では、白梟よりも一年先に“10年代のヘヴィネス”を先取りしていたスウェーデンのクソゲーマーもといKATATONIAが今年出した『City Burials』と方向性は近いのかもしれない(やっぱりKATATONIAデブ豚ってボーカルの体型以外は全く繋がりないように見えて、実はめちゃくちゃ共通点があり過ぎるその意外な関係性は、この2020年においても互いの新作同士で繋がっている)。

ある意味、ある意味で本作は『Gore』の続編であり、『Gore』で本当にやりたかった事がやれている気がする。確かに、確かに白ポニーは元より、白梟『恋の予感』のような革新性は皆無に等しい。2020年という10年周期にあたる貴重な一枚を、「強奪された600万匹の豚さんを取り戻す」その一心で棒に振ったと考えれば考えるほどやっぱりぴえん🥺。これも全てゴアさんのおかげかもしれない。ゴアさんが報われて本当によかった・・・ありがとうゴアさん・・・。

Loathe 『I Let It In And It Took Everything』

Artist Loathe
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Album 『I Let It In And It Took Everything』
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Tracklist
01. Theme
02. Aggressive Evolution
03. Broken Vision Rhythm
05. 451 Days
06. New Faces In The Dark
07. Red Room
08. Screaming
09. Is It Really You?
10. Gored
11. Heavy Is The Head That Falls With The Weight Of A Thousand Thoughts
12. A Sad Cartoon
13. A Sad Cartoon (Reprise)
14. I Let It In And It Took Everything…

10年代が瞬く間に終わりを告げ、メタルシーンではメロデス界のレジェンド=チルボドがメタル史において過去類を見ない最悪の解散宣言を引き金に、90年代の“メタル暗黒時代”という『悪夢』が再びさし迫ろうとしていたその時、まるでこれからの20年代という激動の時代の幕開けを告げるかのように、20年代に突入すると同時に「新世代の波」がメタルシーンに押し寄せていたことを、あの日の僕たちはまだ知らない。

ここで10年代のヘヴィネス界隈を振り返ってみると、10年代を象徴するヘヴィネスとして最も影響を与えたのが“メシュガーの音”であり、その“メシュガーの音”はUSヘヴィロック界のレジェンドTOOLDeftones、そのメシュガーと並んで“10年代のメタル総合ランキング1位”でお馴染みのモンスターバンドGojiraにも多大なる影響を与えるほどで、そして何と言っても10年代のメタルシーンで一つのトレンドとしてあったDjentなるジャンルを生み出したのも記憶に新しい(なお)。例えば、Gojiraで言うところの2016年作の『Magma』TOOLで言うところの2019年作の『Fear Inoculum』は、いわゆる“メシュガーの音”の影響が著しく表面化した作品である。

そしてデブ豚ことDeftonesはというと、それこそ10年代のデブ豚の何が凄いって、それこそ“メシュガーの音”をオルタナティブの解釈をもって自身の音楽性に取り入れた所にあって、まさにその金字塔と呼べるのが、10年代のデブ豚Repriseに移籍して1発目となる2010年作の『Diamond Eyes』であり、そのアルバムから2年後にデブ豚にしては珍しく感覚を詰めてリリースした2012年作の『恋の予感』という、こっちはメシュガーというよりはDjent的な解釈をもってライトな感覚でスタイリッシュに聴かせる作品で、それら2010年代のデブ豚を象徴する2大名盤を10年代に入ってスグに発表した、その先見の明とその才能に改めて脱帽する(なお次のGoreさん)。

面白いのは、この手の“メシュガーの音”をオルタナとして解釈したモダン・ヘヴィネスが、今はポストメタルの一種として分類され始めているところで、その潮流を決定的なものとしたのが、10年代の最後にTOOLが13年ぶりに発表したアルバム『Fear Inoculum』なんじゃねえか説。とにかく、もはやデブ豚TOOLは従来のポストメタルが持つ規定概念を覆しちゃった変態なんですね。そして、そのデブ豚TOOLが10年代にシーンに示した革新的なモダン・ヘヴィネス、全く新しいポストメタルの形を受け継いで、そこから更に“20年代のヘヴィネス”としてアップデイトしたのが、このUKはリヴァプール出身のLoatheだった。

このLoatheを一言で例えるなら、白ポニー時代のDeftones“20年代のヘヴィネス”にアップデイトしたようなバンドで、2ndアルバムとなる今作『I Let It In And It Took Everything』のリード曲を飾る“Aggressive Evolution”を聴けばわかるように、マスコア界のレジェンドThe Dillinger Escape Planの影響下にあるカオティックなコアさ、UKのレジェンドSikthを思わせるヌーメタル系特有のウネり、“10年代のヘヴィネス”を20年代のヘヴィネスへと“アグレッシヴ”に進化させた重低音、そしてリードボーカルによる教科書通りのクリーンボイスから放たれるナルいエモ系入ったセンチな歌メロ、それらの要素が相対性理論を無視して光の速さでクロスオーバーした、それこそ20年代のメタルを牽引していくであろうアメリカのCode Orangeに対するイギリスからの回答、という少しチープな例え。


この“新世代”を予感させる“伏線”みたいなのって何かあったっけ?って考えた時に、まず真っ先にBMTHが昨年発表した『amo』を思い出した。実は2018年の終わりぐらいに、それこそちょうどDIR EN GREY『The Insulated World』を聴き込んでいた時期に、例のダニ・フィルスをおもちゃにしたリード曲“Wonderful Life”のMVを見た瞬間、久々にBMTHについて書くことになるだろうと確信を得たほどの革新的なヘヴィネスだと直感的に思った。この曲の何がヤバイって、まずメシュガー化したGojiraを象徴する“The Cell”のモダン・ヘヴィネスを引用することで、たった一曲のヘヴィネスでメシュガーゴジラメシュゴジという“10年代のメタルバンド総合ランキング”のワンツーへの理解とリスペクトを示している点。あの『amo』って、出自がデスコアのBMTH“Xperiaの広告塔”に成り上がらせた、一見ただのメインストリームのポップスと見せかけて、実は次世代=20年代のヘヴィネスまで先取りしちゃってて、やっぱこいつら洒落にならないほど天才だなって。そういったメタル界のトレンドをしっかりと理解した上で、オリィ今のメタルはクソだと言ってるんですね。炎上覚悟で文句を言いつつも、ちゃんと“メタルの未来”が見えてたんですね。

そしてもう一つ、先述したように2018年にBMTH“Wonderful Life”と出会う瞬間まで聴き込んでいたのが他ならぬDIR EN GREY『The Insulated World』だったという事にも大きな「繋がり」と意味があって、実はこのアルバムもデブ豚と同じようにメシュガー以降の10年代のヘヴィネスをオルタナティブな解釈で自身の作品に落とし込んだ案件で、まさにディルがこのアルバムの中で表現したヘヴィネスこそ“新世代”の伏線である、と同時に『The Insulated World』の凄さは翌年にアルバムをリリースしたBMTHTOOL、そして20年代の新世代を象徴するLoatheの存在が証明しているんですね。例えば、BMTH“Mantra”の少しインダストリアルなヘヴィネスはディルの“Sustain the untruth(シングル版)”と共振するし、そもそもディル自体がBMTHTOOLに影響されまくっているバンドなので今更感はあるけど、本来とっくの昔に書いているべき『The Insulated World』のレビューは全部知っているからこそ(BMTH +TOOL=DIR EN GREY)、これら全ての「繋がり」を知っているからこそ書けない。書けすぎて書けない、厳密に言えばメンドクセーから書かないw


確かに、クリーンボーカルの歌い方やエフェクトも歌メロもほぼほぼデブ豚チノのモノマネ芸人かってぐらいには露骨に白ポニー時代のデブ豚なんだけど、『恋の予感』を誘発するロマンティックなシンセが官能的でラブリィなムードを生成するバラードの#4“Two-Way Mirror”は、白ポニーというよりは『恋の予感』デブ豚っぽくて、UKポストハードコアレジェンドのFuneral For A Friendリスペクトな#8“Screaming”はいかにもUKらしいバンドって感じだし、レディへみたいなイントロから始まるエモエモのエモなバラードの#9“Is It Really You?”は、ドゥームゲイズじゃないけどNothingや同じデブ豚フォロワーのJuniusっぽいし、#10“Gored”はデスコア系ジェントというか全盛期のBorn Of Osirisっぽいし、そういった意味では00年代のデブ豚と10年代のデブ豚を繋ぎ合わせるかのようなバンドでもある。

デブ豚も90年代のシューゲイザーをバックグラウンドの一つとしているけど、このLoatheはシューゲイザーはシューゲイザーでも初期のWhirrNothingをはじめ、それこそ“10年代のヘヴィネス”とともに10年代を象徴するジャンルとして黎明期を迎えたポスト・ブラックメタル、そのシーンのアイコニックな存在となったDeafheaven界隈にも通じる側面を持っている。例えば、ドリーム・ポップ〜アンビエント〜シューゲイザーのラインを行き来するCigarettes After Sex的なアンニュイでフェニミンな浮遊感を内包した、まるで夜のネオン街を艶かしく照らし出すノスタルジックなシンセ、あるいはUlverRadioheadを連想させるアンビエントなアトモスフィア、それらの曲間に挟み込まれる白昼夢を彷徨うかの如しモノクロームの音響センスは、Deathwish時代のデッヘを嫌でもフラッシュバックさせる。ここまでデッヘFFAFUKマスコア新世代モダン・ヘヴィネスでって、もはやRolo Tomassiへの回答であるかのような#11“Heavy Is The Head That Falls With The Weight Of A Thousand Thoughts”は、デッヘは元より新世代フォロワーのMølっぽいというよりもHoly Roar感。ここでも近年のUKバンドを象徴するRolo Tomassiをしっかりとフォローしている点も、ただのデブ豚フォロワーと切り捨てるには時期早々だと思わせる。なんだろう、一見ただのデブ豚フォロワーに過ぎないかと思いきや、実は10年代のメタル界のトレンド全部載せみたいな、ありとあらゆる“イマドキ”のトレンドをクロスオーバーさせた20年代のオルタナティブ・ヘヴィ。ちょっと前まではデッヘが新世代メタルとしてメディアに担ぎ上げられてたのに、20年代に入って早くも次の新世代が現れた感。次世代の波が押し寄せてきた感。

これは後になって気づいたことなんだけど、バッリバリのイマドキ系かと思いきや、10年代のメタルシーンで最も成り上がったエンジニアであり“テイラー・スウィフトのマブダチ”ことイェンス・ボグレンを今作のマスタリングとしてフォローしているコアなメタラー気質も推せる。この手のエモ寄りのバンドとイェンスの組み合わせって結構珍しいし、本当の本当に聴くまで全く知らなかったから、そういった引力的な意味でも俄然推せる。しかし、それを差し置いて1番に面白かった事実は、Loatheが所属しているレーベルが日本一のメタルバンドであるCrystal Lakeと同じSharpToneってのが最も信用できる要素だけど、恐らく2秒でSumerianないしは、それこそ(Reprise)的な意味でもデブ豚と同じRepriseあたりに引き抜かれそう・・・と思ったら、既にメタル最王手のニュークリアブラストの魔の手が・・・w

確かに、この手のポストハードコア系ラウドロックが好きな人には刺さると思うけど、そうじゃない人にはただのデブ豚フォロワーの域を出ないかもしれない。しかし明らかにDjentやメシュガーをはじめとする10年代のヘヴィネス、その従来のモダン・ヘヴィネスのどれとも違う、強いて言うなら“新世代のヘヴィネス”としか例えようがないのも事実。まさに重の重の底まで出力する次世代のヘヴィネスに『恋の予感』が芽生えること請け合いです。これ同じ新世代枠のCode OrangeCrystal Lakeのスリーマンないっすかね?え、コロナでそれどころじゃないって?ホーリーシー・・・。

ローレン・メイベリーはメタル

チャーチズはメタル

デブ豚主催のフェスにチャーチズ出演というわけで、(パワー系繋がりという意味で)デブ豚チャーチズはまだしもGojiraチャーチズの並びは流石にシュール過ぎて笑う(これメシュガーじゃなくてゴジラってのがキモなのかも)(このメンツの中にsukekiyoが入っても全然違和感ない)。つまり、これはもう“チャーチズはメタル”=“ローレン・メイベリーはメタル”だな!


しかし案の定、この(メタル/ラップ/ポップス/オルタナ/エレクトロごちゃ混ぜの)ラインナップに噛み付く奴=メタル界一の問題児ことHateBreedのフロントマン=ジェイミー・ジャスタローレン・メイベリーのレスバトルがツイッター上で始まって、まずジェイミーなんでゴジラの上にチャーチズおんねん・・・今の音楽業界マジクソとつぶやくと、そのイキリツイートに対してすかさずローレンデブ豚が決めたラインナップやから音楽業界云々はウチ知らんし、そもそもジャンル論争は時代遅れの化石やし、そういったジャンル間のギャップを埋めていく事の方が大事やと思うし、ウチ過去に地元グラスゴーでゴジラ観てるし、デブ豚にいたっては3回も観てるし(というリアル“ローレン・メイベリーはメタル”発言からの)、“ポップ・ミュージック”やってるからって他のジャンルに理解がないわけじゃないでという火の玉ツイートぶん投げてて、なんだろう、やっぱローレン・メイベリーには敵わねぇなって。・・・そうなんだよね、僕はローレンの超可愛いルックスなんかよりも、このカッコ良すぎる内面的な部分をリスペクトしているんだよね(嘘こけ)。

でも、今回の件でローレンがツイートで言ってることって真理に近くて、このラインナップに象徴されるようなジャンルの垣根を超えたジャンルレスな“未来志向”の音楽こそ、BMTHが最新作の『amo』でやってる事そのものなんだよね。そうなんだよね、全ては『amo』に繋がっているんだよね。世はまさに“amo時代”なんだよね。でもちょっと待って、改めてローレンゴジラのライブ観てる姿を想像したらクソ萌えたんだけど・・・ローレンすき。好きすぎてもう100回くらいライブ観てる気分なのに実際は一度も生で観れてないという・・・。ダメだ、これ一生観れない奴だ・・・。ともあれ、そんなチャーチズBMTHがラインナップされている日本のサマソニすごい・・・(アツい掌返し)。

DIR EN GREYの新曲『人間を被る』を聴いた

DIR EN GREYさん(@direngrey_official)がシェアした投稿 -


ようやく聴いたDIR EN GREYの新曲『人間を被る』。もう2ヶ月前のシングル発売日の時、DIR EN GREY公式のインスタにMeshuggahの最新作『The Violent Sleep of Reason』のTシャツを着た薫くんのクールな姿がアップされたのって、そういう意図あるいは伏線があったんだなって、この”人間を被る”を聴いてみたら本当に今更になって理解することができた。

それというのも、DIR EN GREYのギタリストの薫くんってもうずっとメシュガー好きのヲタクで、それこそ8thアルバムの『DUM SPIRO SPERO』から7弦ギターを使い始めたのもメシュガーの影響された説あって、しかし一方のDieは7弦ギター否定派との噂もあったり、虜の中には「7弦ギターを使い始めてからディルは終わった」みたいな論調も一部で生まれていた事も忘れてはならない。とにかく、それくらい7弦ギターがDIR EN GREYに(主に楽曲面で)与えた影響は計り知れなくて、近年のDIR EN GREYに起きた後にも先にもない大きな「転換期」だったと言える。

2010年代のメタルシーンでは、以前よりメシュガーが独自に展開していたフレドリック・トーデンダルによる7弦ギターと複雑な変拍子を刻むリズム隊が織りなす変態的なエクストリーム・メタル、そのメシュガーの音楽性から派生した”Djent”とかいうジャンルが産声を上げた。このように、メシュガーは00年代以降のメタルシーンに最も影響を与えた偉大なバンドである。ここ最近でも、同郷のPain of Salvasionメシュガーをリスペクトした奇跡の復活作をリリースしたのが記憶に新しい。

DIR EN GREYは、その偉大なメシュガー以上にUSのデブ豚ことDeftonesにも強い影響を受けていて、何を隠そうデブ豚の6thアルバム『Diamond Eyes』メシュガニキに対するUS側からの回答に他ならなくて、ガニキの7弦スタイルを”現代のモダン・ヘヴィネス”あるいは”現代のオルタナティブ・メタル”と解釈して”自分たちのヘヴィロック”に落とし込んだのがデブ豚である。その『Diamond Eyes』の中で聴かせるガーガガ ガーガガ ガーガガ ガーガーガーと延々とガーガー鳴らすもはやガーガー連呼厨みたいなオールフリーならぬオールガーで展開する頑固なリフ回しこそ、7弦ギターならではの専売特許みたいなもんで、平気な顔してこれができるデブ豚ってやっぱ天才だなって再確認させられたもの事実。そして、その両者に影響を受けているDIR EN GREYがこの『人間を被る』を発表するのは、もはや時間の問題だったのかもしれない。

ご存知のとおり、8thアルバム以降のDIR EN GREYはもうずっと7弦ギター大好き芸人なのだけど、個人的にDIR EN GREYと7弦ギターが一番ハマった曲って実はミニアルバム『THE UNRAVELING』”Unraveling”だと思ってて(この曲が先日のBESTアルバムに収録されなかったのは疑問)、この曲って要するにさっき書いたガー主体のリフ回しとDjent顔負けのリズムを刻む、メタル界屈指の「ガー族」の族長であるデブ豚ガニキに対する、その子供DIR EN GREYからの回答だった。

その”Unraveling”は、実際にはガニキデブ豚というより、あくまでもDjent的なモダンなアプローチで展開する言うなればPost-Djent的な方向性だったが、この”人間を被る”はそれ以上にモロ出しDjentで、それこそデブ豚『Diamond Eyes』を彷彿とさせる、いわゆるガー族の血脈を受け継ぐガー主体のリフ回し、つまり7弦ギターの魅力を過去最高に発揮させている。メインリフのほぼ全てをガーでキメるギターヲタク丸出しの曲調は”Unraveling”の正統後継者と言えるし、無論この曲は”Unraveling”のPost-Djentという伏線があったからこそ生まれた曲だ。その”Unraveling”はバッキングの”リズム”でDjentを刻んでいたけど、この”人間を被る”では”リフ”でDjentを刻んでいる、そのアプローチの違いは一つのポイントでもある。それらの→Djent_Post-Djent_ガニキ_デブ豚←この辺の微妙で繊細な関係性を理解していないとなかなか難しい話かもしれないが、薫くんはソコを知っている変態なので、、、すき。

この手の7弦ギターを応用したガニキ_スタイルで最も重要なのは、実はリフではなく音作りだと思うのだけど、7弦化以降のDIR EN GREYって7弦は7弦でもいわゆるDjentやガニキとは一線をがした、いわゆるヘヴィロック的な音作りで、9thアルバム『ARCHE』はまさに国内のチンカスラウドロック勢を地獄へ葬るかのような、7弦型ヘヴィロックの最高峰に君臨する傑作だった。しかし、その7弦ヘヴィロックに特化した『ARCHE』やPost-Djentの”Unraveling”でもやってこなかった7弦ギターを司る象徴的な音像が今作にはある、それが「ギョン」だった。

「ギョン」・・・それは漫画『ガンツ』に出てくるXガンの発射音ではない(ギョーン)、それは主にモダンなDjentバンドが鳴らす7弦ギターの音である。この”人間を被る”からは、Djentの代名詞であるゴムみたいにウネる、モダンがかったギョンの音が聴こえる。この新曲で一番驚いたというかちょっと感動したのは、DIR EN GREYってこの手のギョンのギター音出せるんだってこと。それくらい珍しいというか、これまでは7弦ギターなのに7弦ギターっぽく聴こえない独特な音作りがいい意味でも悪い意味でも”らしさ”や”こだわり”だったと思うのだけど、この曲に限っては明確にDjentの音作りをフォローしにきててバビった。

ここで改めて、こいつらスゲー器用なバンドだなって思ったのは、8thアルバム以降に確立した”自分たちの7弦ヘヴィロック”的な音作りと、Djentをはじめとした海外7弦勢のカドが立つようなガー系の音作りを絶妙な配合で混ぜ合わせたような、つまり”自分たちの7弦ヘヴィロック”の中にDjentを象徴するギョンの音像すなわちギョン像を、ピンセットで摘むようにして繊細な面持ちで落とし込む、その鬼ババみたいな器用さ。その唯一無二の音作りはDIR EN GREYではなく何よりも薫くんのギターリストとしての”こだわり”と言えるのかもしれない。ちなみに、ウォークマンZX300IE800Sなら僕が力説するギョンの音像はしっかりと感じ取れます。iPhoneや付属のイヤホンとかだとギョンは掴みづらいかも。恐らく、Campfire Audioの新作イヤホンのAtlasでもギョン余裕(ギョンユー)だと思うので、実際に試してみたいので誰か僕にAtlas買ってくださいw

【グロ注意】


Post-系のアルペジオから静かに幕を開け、初っ端のドラムこそ”激闇”を彷彿とさせるけど、全体的なサウンド・アプローチやインダストリアルなアレンジはアルバム『ARCHE』の世界観を素直に踏襲していて、メインリフとなるガーリフをキザミながら徐々にテンポアップしつつ、そしてサビへの繋ぎ方も『ARCHE』以降、前作シングルの”詩踏み”をフォローしている。今作を象徴するガーリフだけじゃなくて終盤の展開もイカす。とにかく、これまでは特定のジャンルやバンドを想起させない、唯一無二のオリジナリティを確立してきたバンドでもあったから、だからこそ色々と露骨に、メンバーというより薫くんの趣味嗜好がむき出しとなったこのシングルには驚きと素直な感動があって、それこそ『ARCHE』のレビューにも書いた今のDIR EN GREYは外に開かれているという僕の言葉を裏付けるような曲でもあった。

一応はカップリング扱いとなる”Ash”は、中期DIR EN GREYみたいなクロスオーバー/ハードコア的なテンションを保ちつつ、アコギのアルペジオからの”人間を被る”にはなかったGソロを見せ場に、とにかく緩急を織り交ぜながら目まぐるしくスピーディに展開していく曲で、実はこっちのが”シングル”っぽいと感じるほど、もはや両A面シングルでも良かったんじゃねぇかくらいの完成度(アルバムに向けて相当気合入れてきてんな!)。なんだろう、現在進行系DIR EN GREYによるシンプル至極な”人間を被る”と、アルバム『ARCHE』によって”呪い”が解かれた旧Dir en greyによる複雑怪奇な”Ash”みたいな対比あるいは解釈も可能。しかしこうなってくると、そろそろ出そうな10thアルバムの内容がどうなるのか、正直全く読めない。唯一心配なのは、このガーリフを薫くんとDieが実際にライブで弾けるのかということ・・・(余計なお世話)。

Deftones 『Gore』

Artist Deftones
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Album 『Gore』
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Tracklist
01. Prayers/Triangles
02. Acid Hologram
03. Doomed User
04. Geometric Headdress
05. Hearts and Wires
06. Pittura Infamante
07. Xenon
08. (L)MIRL
09. Gore
10. Phantom Bride
11. Rubicon

欧州最大の怪獣であり、現在エクストリーム・ミュージック界の頂点に君臨するGojira『MAGMA』は、Lamb of GodMastodonをはじめとした、いわゆる「アメリカのメタル」を喰らい尽くした末、遂に『シン・ゴジラ』へと突然変異を遂げた。そのゴジラが喰らった「アメリカのメタル」の中には、90年代から現代アメリカのモダン・ヘヴィネス界隈の繁栄に大きく貢献してきた「デブ豚」ことDeftonesの姿があった事を、あの日の僕達はまだ知らない。

デブ豚がアメリカの現代ヘヴィネスを更新し続ける一方で、遠い北欧スウェーデンの魔神Meshuggahが独自の解釈で新時代のモダン・ヘヴィネスを創り上げ、そして遂にDjentとかいうメタルの新しいサブジャンルが確立、辺境界隈の中で小規模ながらも爆発的なムーブメントを起こしていた。そのシーンの変化に危機感を覚えたデブ豚は、「アメリカのメタル」を代表してメシュガーへの回答として、ベーシストチ・チェンの悲劇を乗り越えた末に誕生した6thアルバムのDiamond Eyesをドロップした。その二年後、デブ豚は7thアルバムの『恋の予感』とかいう謎アルバムをリリースする。今作の『Gore』は、その前作から約4年ぶりとなるフルアルバムだ。



幕開けを飾る#1”Prayers / Triangles”からして、前作の恋の予感を踏襲した「男のフェミニズム」全開の色気ムンムンなシンプルなロックナンバーで、しかしかき鳴らし系のギターや全体的な音使いは、ダイヤモンドのように硬いガッチガチなヘヴィネスを鳴らした過去二作と比べると軽めだ。 一転して『Diamond Eyes』を彷彿とさせるスラッジーな轟音ヘヴィネスやGojira顔負けのクジラのように「キュルルゥゥ!!」と鳴くギターをフューチャーした#2”Acid Hologram”、今度はMastodon顔負けの動きがアクティブなリフ回しを披露したかと思えば、転調してプログレッシブなアプローチを垣間見せる#3”Doomed User”、Post-Djentなリズムで攻める#4”Geometric Headdress”、正直ここまでは現代ヘヴィネス勢の影響を感じさせる曲が続く印象で、過去二作と比べても存外アッサリした感じ。 某”U, U, D, D, L, R, L, R, A, B, Select, Start”のポストロック系譜にある、ここにきてようやくデブ豚らしいセンセーショナルなメロディセンスを発揮する#5”Hearts / Wires”だが、しかし如何せんイントロがクライマックス感は否めない。

中盤もパッとしない、そんな中で今作が如何にイマドキのモダン・ヘヴィネスから影響を受けているのかを証明するのが、他ならぬ表題曲の#9”Gore”で、この曲ではDjent然とした軽快なグルーヴを存分に取り入れている。シューゲイザーかじってた5thアルバム『Saturday Night Wrist』の頃を彷彿とさせる曲構成と、これまでセンセーショナルな感情を押し殺していたチノがここにきてようやく本気を出し始める#10”Phantom Bride”、そしてDIR EN GREYが大喜びしそうな音響アレンジが際立ったラストの#11”Rubicon”まで、中盤までの曲と違って終盤の三曲は明らかに本気度というか、気の入りようが違う。つうか、本気出すのおせぇ・・・。

基本的なバンドの音使い自体は近年のデブ豚を踏襲つつも、曲の雰囲気的には5thアルバム『Saturday Night Wrist』への回帰を予感させる、つまり脱力感のある”Alternative”なロックへの回帰を予感させるノリというか、過去二作にあった張り詰めたような独特の緊張感みたいなのは薄くなって、良くも悪くも聴きやすくはなった。これは別に過去二作と比べて地味だとか、手抜きだとか決してそういうわけじゃあないが、しかしどこか徹底したナニかに欠けて聴こえてしまうのも事実。例えば『Diamond Eyes』のように 徹底してゴリゴリのモダン・ヘヴィネス貫くわけでもなし、前作のように『恋の予感...!』不可避なエッチなフェロモンを色気ムンムンに醸し出すわけでもなく、となると今作の『Gore』にはどこか一貫した”コア”の部分がゴッソリと抜け落ちている気がしてならない。それはフロントマンチノ・モレノの歌メロを筆頭に、アレンジ含むメロディや肝心のリフに関しても、極端に突出しないどっちつかずな、悪く言えば中途半端な、良く言えば変に取り繕ってない自然体で素直な”Alternative”やってた本来のデブ豚への回帰、いわゆるシューゲイザーかじった掻き鳴らし系ロックバンドへの回帰と捉えることも出来なくもない。一貫した”ナニか”がない分、逆に アレンジやリフの種類が豊富に楽しめる利点もあるし、完成度という点ではそこまで過去作に引けを取っているわけではない。例えるなら、『Diamond Eyes』が脂ギットギトの豚骨ラーメンだとすると、今作は脂控えめなアッサリ系の豚骨ラーメンみたいな。

ゴジラの『MAGMA』もそうだったけど、今作はそのゴジラや「アメリカのメタル」の象徴であるマストドンをはじめ、現代モダン・ヘヴィネスの最先端であるDjentからの影響が著しい作品でもあって、そういった側面から分析すると、この『Gore』はかなりパンピーやキッズ向けのアルバムと言えるのかもしれない。当然、それはイマドキのモダン・ヘヴィネスをベテランなりに解釈した結果でもあるし、常に「最先端の音楽」を臆せず自分たちの音楽に取り入れてきた、実にデブ豚らしい好奇心旺盛な作品でもある。しかしそれ故に、精神面での弱さが目立つというか、これまでのメンタルエグってくるような音のギミックは稀少。ウリである「存在の耐えられないエモさ」ではなく「存在の耐えられない(音の)軽さ」、むしろデブ豚がカモメのように空を飛べるくらいの「軽さ」がキモになっている。フアンの中には、四年かけてこの内容は正直キツいと難色を示す人も少なからず居るはず。しかしこれだけは言えるのは、過去二作の中ではDIR EN GREYが一番のオキニにしそうなアルバムだということ。あとやっぱ丼スゲーなみたいな話。

Gore
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