Artist Mogwai
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Album 『As The Love Continues』
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Tracklist
01. To The Bin My Friend, Tonight We Vacate Earth
02. Here We, Here We, Here We Go Forever
03. Dry Fantasy
05. Drive The Nail
06. Fuck Off Money
07. Ceiling Granny
08. Midnight Flit
09. Pat Stains
10. Supposedly, We Were Nightmares
11. It's What I Want To Do, Mum

COVID-19の影響により無期限活動休止という名の事実上の解散を発表したリヴァプール出身のana_thema、そんな彼らの遺作となった11thアルバム『The Optimist』といえば、スコットランドはグラスゴー出身のポストロック・レジェンドことモグワイや日本のくるりの作品でもお馴染みのトニー・ドゥーガンフランク・アークライトという二人のエンジニアを迎えた、実質的な遺作にしてバンド史上最高にオルタナ〜ポストロックへの憧憬が極まった作品で、中でも彼らの“モグワイ愛”を象徴するような曲がリード曲の“Springfield”だった。また、その二人以外にもモグワイにとって欠かせない人物がプロデューサーであり元マーキュリー・レヴのデイヴ・フリッドマンの存在で、フリッドマンといえば日本のナンバガをはじめUSのBaronessHaimの新作にも参加しているエンジニア/プロデューサーで、それこそ彼がプロデュースしたBaroness『Gold & Grey』は、大袈裟に言ってモグワイがブラックゲイズ化したようなノイズ〜オルタナラインのサウンド・プロダクションを展開する、最高傑作と呼ぶに相応しい天才的なアルバムだった。


そのようにして、90年以降のオルタナシーンは元より、今ではUKバンドや日本のバンドのみならず世界中の音楽に影響を与えまくっているポストロックの代名詞と言っても過言じゃあないレジェンド中のレジェンドであるモグワイの新作は、それこそana_themaをはじめ、これまでにモグワイが影響を与え続けてきたフォロワーたちへの一種の回答であり、またana_themaのように志半ばでバンドの道を閉ざした者たちへのレクイエムであるかのような、そんな一枚となっている。

タイトルにあるTo The Bin My Friend, Tonight We Vacate Earthと呟く、臨死体験に成功した老人らしき人物が語る妄言もとい思い出らしきモノローグから幕開けを飾る#1からして、「This is Post-Rock」すなわち「This is Mogwai!!」な静謐な音響空間の中で凛と佇むピアノと単音ギターが優しく紡ぎ出す「アダンの風」を、ほぼほぼUKポストメタル/シューゲイザーのJesuへの回答とばかりのドローン〜ドゥームゲイズばりの轟音でテュポーンと吹き飛ばす、その静謐的な音響パートとハードコアなダイナミズムならびにスケール感を押し出していく轟音パートの対比、それすなわち「This is Mogwai!!」な一曲と言える。


一転して、今度はオートチューン全開のいわゆる“ロボ声”をフィーチャーした、それこそ65daysofstaticへの回答と言わんばかりの8bitのゲーム音楽チックな電子的な打ち込みとTorcheばりのハードコアなダイナミズムが交錯する、いい意味でモグワイらしからぬドストレートなロックンロールを繰り広げる#2“Here We, Here We, Here We Go Forever”、かと思えば今度はUSポストロックのIf These Trees Could Talkへの回答とばかり、それはまるでジブリ映画のサントラの如し心が浄化されていくような、波浜辺美波(浜辺に寄せては返す美しい波)の如しゆらり揺らめく蜃気楼を描き出すアンビエントなATMSフィールドをバックに、猛烈な愛=LOVEをまとったリリカルでノスタルジックな“和”の美旋律がメランコリックでエモーショナルな美メロの洪水となって襲いかかり、ポストロックならではのエピックでドラマティックな構成美が幻想的な『ノスタルジア』を形成する#3“Dry Fantasy”、今度はUSポスト・シューゲイザーのNothingへの回答とばかりの倦怠感むき出しのボーカルと、あるいはデイヴ・フリッドマン的な意味でBaronessの新作とも共振するノイズロック然とした#4“Ritchie Sacramento”、今度は現代プログレ界隈の重鎮ことスティーヴン・ウィルソンの2ndアルバム『Grace for Drowning』SWのサイドプロジェクトであるNo-Manを彷彿とさせる、浜辺美波()のようにウェイブする耽美なシンセと湿り気のあるギターがイギリスの空模様のように妖しげな雰囲気を映し出し、その不穏な空模様に突き刺す一筋の稲光のようなハードコアな轟音が瞬く#5“Drive The Nail”、中期ANATHEMAにも影響を与えたモグワイの専売特許=ヴォコーダーボイスからして安心感しかないSFチックな#6“Fuck Off Money”、ポストロック“バンド”としてのアグレッシヴでオーガニックなパンク魂を打ち出した#7“Ceiling Granny”、SF映画のサントラすなわちハンス・ジマー顔負けのミニマルなエレクトロをフィーチャーした#8“Midnight Flit”は、それこそana_themaの遺作を象徴する“Springfield”と共振するかのような、一段また一段と徐々に次元の壁を超えていく極限的なミニマリズムと後期ana_themaもビックリの壮麗なオーケストレーションが恍惚や銀河を超えた先にある高次元空間を切り拓いていくようなアセンションナンバーで、もはやアナセマの穴にモグワイが潜っちゃった感じはドチャクソ超絶エピックで(意味わからん)、とにかく実質解散宣言を発表したアナセマへのレクイエムだと考えただけで泣ける。で、この曲を聴いて確信した事が一つだけあって、それは本作が後期ana_thma〜Baronessの新譜から地続きで繋がってるアルバムということで、しかも楽曲のノリというか熱量が完全にメタルのそれな時点で、これはもう一種の「モグワイなりのポストメタル」と解釈すべき一枚であると。つまり「モグワイはメタル」

アルバム終盤も、モグワイらしいセンチメンタルなリフでポストロックの王道を組み立てていく#9“Pat Stains”、再びNo-Man顔負けのミニマルなシンセをフィーチャーしたエレクトロ・ポップな#10“Supposedly, We Were Nightmares”、モグワイをリスペクトしてやまないフォロワーの第一人者であるUSブラックゲイズのDeafheavenへの回答であるかのような、そんな彼らの“Glint”を想起させるイントロの寂寥感に苛まれるリフやUSオルタナのJuniusをイメージさせる荘厳な世界観を形成するシンセ、そしてana_themaの遺作から“Wildfires”をオマージュしたような轟音ノイズと、中期ANATHEMAをフラッシュバックさせるアウトロの耽美的なギターが別れの挨拶にしか聞こえなくて俄然泣かせるラストの#11“It's What I Want To Do, Mum”まで、それこそ「ちょっと待って、モグワイってこんなシューゲイザーっぽかったっけ?」となるくらい、とにかく一聴してわかるのは「メロディめっちゃある!」という事で、しかし「ここまで様式美的なメロディ鳴らすバンドだったっけ?」となるのも事実。

要するに、いい意味でめちゃくちゃシンプルで王道的なロックやってるというか、いい意味でモグワイらしからぬ、いい意味でモグワイフォロワーのフォロワーを本家モグワイがやってみたような感覚。この手のフォロワーに対する回答的なアルバムにめっぽう弱い自分としては、ポストロック界のレジェンドが原点に、基本に立ち返るじゃないけど、ポストロックの基本、オルタナティブの基本を、レジェンドとなった今あえて初歩的でベタな事やってて俄然エモカッコよ過ぎて泣けるというか、泣きながら「これもう赤ペン先生だろ・・・」ってなった。少なくとも、ここ最近のアルバムの中では最もモグモグワイワイしたくなること請け合いの一枚です。