Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

テッド・ジェンセン

MØL - Diorama

Artist MØL
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Album 『Diorama』
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Tracklist
01. Fraktur
03. Serf
05. Redacted
06. Itinerari
07. Tvesind
08. Diorama

UKを代表する気鋭のインディーズレーベル、Holy Loar Recordsの創始者であるアレックス・フィッツパトリックがやらかした結果、レーベルに所属する気鋭の才能を持つ数多くのバンドが路頭に迷う事となったわけなんだけど、このデンマーク出身の新世代メタルバンドであるMØLもHoly Loarを背負って立つ有望株だったのは確かで、しかし奇遇にも悲運に見舞われたこのタイミングで(代表が新レーベルのAtomic Fireを立ち上げた)業界最大手のNuclear Blastに引き抜かれたのは何の因果か。しかし、本作を聴き終えた今思えば、結果的に新作をリリースするタイミングで半ば不可抗力的に引き抜かれたのは彼らにとって非常に幸運であり好都合な出来事だったのかもしれない。

そんな、フィッツパトリックに見出され鳴り物入りでHoly Loar Recordsからリリースされた1stアルバムJORDから約3年ぶりとなる2ndアルバム『Diorama』は、ヘヴィミュージック界を代表する重鎮テッド・ジェンセンをエンジニアに迎え、その楽曲自体も元レーベルおよびフィッツパトリックの趣味嗜好であるAlcestDeafheavenの影響下にあるブラックゲイズ~ポストメタル、あるいは新世代メタル界のホープとしての“らしさ”を前作から正統に引き継ぎつつも、まるでフィッツパトリックから喧嘩を吹っかけられたBFMVの新譜BFMVに加勢するかの如し、それこそフィッツパトリックへの手向けとしてMØLなりの「ご愁傷様」のお気持ちが込められた、心機一転そんな著しく洗練されたメジャー感を打ち出したエクストリーミーなサウンド、そのワンランク上の強度の高さからは確かな正当進化を伺わせる。


『ジオラマ』を冠する本作の幕開けを飾る#1“Fraktur”からして、Alcest『Kodama』Esben and the Witchを連想させるUKオルタナ気質に溢れた幻想的なオープニングから、Deafheavenのジョージ・クラークリスペクトな金切り声を皮切りに、バンドの出自がホーリーシーもといホーリーロアーであることを裏付けるようなカチコミ不可避の超絶エピックな洗練されたメロディ、そしてアウトロの音響意識までもDFHVNの正統後継者を襲名すれば、DFHVN『シン・バミューダ』の影響下にあるブラストビート全開のブラゲを軸としつつイーサリアルなクリーンパートを織り込んだ#2“Photophobic”および#3“Serf”、皮肉にもレーベルメイトとなったDark Tranquillityのミカエル・スタンネもビックリの、ヒマワリ畑が目の前一面に広がる超絶エピックなリフレインを響かせる#4“Vestige”、DFHVN普通の堕落した人間の愛における“Worthless Animal”から一部引用した#5“Redacted”、さしずめ“サンフランシスコ・ネイティブ”ならぬ“スカンディナヴィア・ネイティブ”として覚醒した北欧ならではの叙情的なメロディセンスを垣間見せる#6“Itinerari”および#7“Tvesind”、そして女性ボーカルをフィーチャーしたドラマティックなポストロックを展開する表題曲の#8“Diorama”は本作のハイライトで、改めてDFHVNが今年リリースしたInfinite Graniteにおいて脱メタルしたこのタイミングで、その大きな穴を埋めるようにフォロワーのMØLDFHVN化の著しい作品を発表するという神展開。とにかく、前作比で著しく上下の奥行きと立体感を増した楽曲面での内的要因と不可抗力(ホーリーシー)による外的要因、その全てにおいてタイミングの良さとバンドの「運」も含め極めて高い完成度を誇る、そして「やっぱりニュークリアブラストがナンバーワン!」と唸ること請け合いの1枚。

In Flames 『I, The Mask』

Artist In Flames
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Album 『I, The Mask』
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Tracklist
01. Voices
05. Follow Me
06. (This is Our) House
07. We Will Remember
08. In This Life
09. Burn
10. Deep Inside
11. All The Pain

一概に“メタルバンド”といっても様々あって、いわゆる“メロデス四天王”を例に出して話すと、いわゆる“メタルの御朱印”を求めて“メタル本願寺”で知られるNuclear Blastに出家するChildren of Bodomのようなのもいれば、生まれてまだ間もない頃にメタルの才能を見出されて“メタル本願寺”の坊主として生涯を全うするSoilworkのようなバンドもいれば、そのSoilworkの兄弟分としてメタルエリートの英才教育を受けながらも、メタル界の掟を破って破門されたIn Flamesのようなバンドもいるのが“メタル”の醍醐味であり面白さだよね。

そんなインフレといえば、バンドの発起人であり最後のオリジナルメンバーとなったギタリストのイェスパーが脱退するや否や、中心メンバーの一角であるフロントマンのアンダース・フリーデンとギタリストのビョーン・イエロッテはここぞとばかりにNB寺院から大脱走を図り、10年代に入るとソニーを親会社に持つCentury Mediaへと移籍し、2011年に10thアルバム『Sounds Of A Playground Fading』を発表すると、2014年に発表された11thアルバム『Siren Charms』では念願の本家ソニー・ミュージック傘下のエピックレコードへと完全脱獄に成功する。が、しかしこの逃走劇にも限界を感じたのか、アンダースイェスパー「やっぱりメタル界の中央政府には逆らえねぇわ・・・」とナニかを悟ったのかはいざ知らず、2016年に発表された次作の12thアルバム『Battles』では、再びNB寺院へと出戻りを果たした。


改めて、今のインフレってメロデス四天王の中で最も音楽性の変遷、人気共にその凋落ぶり、もとい落差が激しいバンドでもあるのだけど、まだイェスパーが在籍していた頃の『A Sense Of Purpose』はまだしも、イェスパー脱退以降のインフレは露骨にオルタナ路線に舵を切り、それこそ前作の『Battles』なんてBMTH『Sempiternal』や日本のワンオクをはじめとするアリーナロックの影響下にあるシンガロング主体の大衆ロック然とした作風だし、そのアルバムのリード曲=“The Truth”ワンオク“We are”にパクられるくらいには名曲だしで、そういった意味では、初期のデスコア路線から現在のメインストリーム系のポップス路線へと大きく変貌を遂げた今のBMTHと同じように、アングラのメタルだった北欧メロデスをUSメタルコアを経由してメインストリーム系のキッズ・ミュージックへとブチ上げた、ある意味で天才バンドと言えるのかも。しかし何故インフレがこのメロコアキッズ路線に進んだのかは“メタル界の七不思議”として今なお後世に語り継がれている(アチエネはメロコア・・・)。

もはや“インフレはメロデス”じゃない“インフレはメロコア”だろっていうリアルな話はさて置き、しかし今のインフレってただアメリカンナイズされたという次元の話ではないのは確かで、それこそ前作の『Battles』に至っては半数以上の曲が外部ライターによる作曲、つまりDIY=自作の逆、言わば代作=ゴーストライターみたいな、ある意味で同人作家と呼んでも過言じゃあない、またしてもNB寺院から波紋されかねないメタルの禁忌=タブーを犯してて、でもその“覆面作家”としての本作=『マスク』説に繋がっていると考えたらちょっと面白いかも。


もはや当初から知ってるメンバーがビョーンアンダース“背乗り組”しかいないという今更な話はさて置き、そんな“シンガロング系イエテボリ・ヘヴィロック”みたいな独自路線を極めすぎてもうよくわかんねぇことになっちゃってるインフレなんですけど、実は自分の中で最近のインフレってDIR EN GREYに影響されてるんじゃねぇか説あって、それというのも、リズム隊を一新した新体制で挑まれた今作の『I, The Mask』の幕開けを飾る#1“Voices”のイントロSEからDIR EN GREYの名盤『ウロボロス』“Sa Bir”を彷彿とさせるし、リード曲である#4“I Am Above”のデレレ デレレ系リフは“某ナントカお姉さん”ことテイラー・スウィフトとマブダチのイェンス・ボーグルソンがミックスしたシングルの“激しさと、この胸に絡みついた灼熱の闇(中二病)”のデレレ デレレ系リフっぽいわで、そもそもディルが最高傑作の『ウロボロス』を発表した時期(2008年)ってリーダーの薫くんが音楽キャリアの中で最もOpethをはじめ北欧メタル勢に影響された時期と重なるし、それこそ近年の主にアンダースを起因とするナルシズム全開の“病み系ヘヴィ・ロック”みたいな路線は日本のヴィジュアル系に通じるものがあるのは否定しようもない事実だし、だからこの路線のインフレは嫌いになれないって人も少なくないと思う。そういった意味では俄然、“カテゴライズ不能かつ不要芸人”を謳うディルインフレは互いに影響し共鳴し合う唯一無二のバンドと言えるのかもしれない。

近年のオルタナ路線への伏線は、彼らの音楽変遷の大きな起点となった2002年作の『Reroute To Remain』から既にあって、そのシンセや盟友Örjan Örnklooによるプログラミングを駆使したインダストリアルなアプローチも、北欧メロデスの黄金時代を築き上げた“アイコン”であるフレドリック・ノルドストロームの起用も、いま思えばBMTHが2ndアルバム『スーサイド・シーズン』ノルドストロームを迎えたことやエレクトロ・ポップ化した最新作のアモへと繋がっているような気がして、そういった面でもインフレってメタルバンドの未来への道を切り拓く“先駆者”だと思うし、なんだかんだやっぱり偉大なバンドだなって。しかしその『スーサイド・シーズン』脱フレドリック化に磨きがかった『パパス』ディル『ウロボロス』が同年の2008年リリースってのはあまりにも示唆的だし、そんなインフレディルの共通点、インフレBMTHの関係性を考察すればするほど時空の歪みに近い“真実=Truth”が見えてくる(物理学的な)。

もっと言うと本作『I, The Mask』のマスタリングには、世界的なエンジニアとして知られるテッド・ジェンセンを迎えていて、そのテッド・ジェンセンといえばBMTHアモ、そしてディル『ウロボロス』でもお馴染みの人物であり、その時点でもう示唆的どころか確信犯的で、要するに今のインフレ“立ち位置”って“ドコ”って“ソコ”なんですね。そういった意味でも、この“三角関係”めちゃくちゃ面白くないですか?という話、そしてBMTH『Sempiternal』以降の作品とディルの最新作『The Insulated World』のミックスを手がけたのはダン・ランカスターというよくあるオチ、そしてそして『パパス』以降のインフレって基本的にサウンド・プロダクションがデモ音源みたいなモコモコ音質で賛否両論を呼ぶ点も、ディル『ウロボロス』『The Insulated World』でも巻き起こった“音質モコモコ問題”までも互いに共振してて、要するにあれもこれも全部全部ぜーーーーーーんぶ、全てはBMTHアモへと“繋”がってるんだよね。

とは言え、この手のメインストリーム路線ってBMTHオリィ“ディスられなきゃいい曲は書けない”と語ってるのを見ても、アプローチするメイン層的にも“いい曲”が書けなきゃ見向きもされないと思うし、だから今作はディルっぽいパート以外は前作の『Battles』のが“シンガロング系アリーナ・ワンオクロック”直系で尖ってたかもしれない(それはアモ的な意味でも)(しかしワンオクのやつら『Battles』モロパクリし過ぎやろ・・・どうせ今はamoってんだろ?一々聴かなくても分かるってのw)。でも、こうやってもうヘタしたら10年ぶりくらいにインフレについて書いてるというか(それこそ『パパス』以来)、自主的に書けているのは自分でも不思議なのだけど、それもこれも全てBMTHアモあっての事かもしれないけど、何かわからんがスゲー嬉しい。もうどうせだからBMTHの単独来日公演の前座として来ちゃえよ。というのは冗談で、なんかもうインフレ「さっさと『The Insulated World』のレビュー書かんかい!」と催促されてるみたいで辛いです・・・。

アイ、ザ・マスク【CD(日本語解説書封入/歌詞対訳付)】
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Sólstafir 『Berdreyminn』

Artist Sólstafir
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Producer/Mixing Jaime Gomez Arellano
Jaime Gomez Arellano

Album 『Berdreyminn』
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Tracklist

02. Ísafold
03. Hula
04. Nárós
05. Hvít Sæng
06. Dýrafjörður
07. Ambátt
08. Bláfjall

アイスランドといえば、ビョークやシガーロスをはじめ、世界的に有名なアーティストを数多く排出している音楽大国の一つで、最近のロックシーンでは菅野よう子が手がけた『残響のテロル』のサントラのボーカリスト率いるAgent Frescoが注目されているが、その一方でメタル界のアイスランド代表といえば、2015年にANATHEMAとともに奇跡の初来日公演を果たした、「ブラックメタル界のシガーロス」の異名を持つソルナントカさんことSólstafirに他ならない。

2014年に発表された前作の5thアルバム『Ótta』では、シガーロスやビョークの作品でもお馴染みのアイスランドのエンジニアBirgir Jón Birgissonをプロデューサーに、「ヨンシー親衛隊」ことストリングスカルテットのAmiinaをゲストに迎えてアイスランドの老舗Sundlaugin Studioで制作された、つまりアイスランドの音楽界を支えるオールスターのバックアップを得ることに成功した作品で、ソルナントカさん「ブラック・メタル界のシガーロス」の名に相応しい地位を確固たるものとする。ところで、その「ブラック・メタル界のシガーロス」といえば、同年にフランスの貴公子ネージュ率いるAlcestが発表した『Shelter』も、エンジニアにBirgir Jón BirgissonAmiinaをゲストに迎えてSundlaugin Studioで制作された、言うなればネージュ『夢』『憧憬』が詰まった"オールスター"作品で、偶然か必然か、ほぼ同じタイミングでポスト・ブラックメタル界の二大巨頭がアイスランドの英雄シガーロスへの迎合を図ったのは、小さな界隈で起こった非常に大きな重大事件として後に語り継がれる事となる。

ちょっと面白いのは、この日本で「ブラック・メタル界のシガーロス」といえばブルータルオーケストラを自称するVampilliaで、彼らも同年にアイスランドの地でシガーロスやビョークの血が(間接的に)通った1stアルバムをリリースしており、つい最近では「日本のビョーク」として知られる戸川純とのコラボ作品『私が鳴こうホトトギス』を発表し、このたび目出度くフジロック出演も果たしている。ご存じ、Alcestの初来日ツアーからVampilliaがサポートとして付きまとっているが、それはまた別の話で、AlcestSólstafirを繋ぎ合わせる存在、そのキーパーソンとなるのが他ならぬANATHEMAの存在だ。AlcestANATHEMAは2012年に初めて対バンツアーを経験し、そのANATHEMAが2015年にSólstafirとともに初来日公演を果たすという奇跡は、未だに『夢』のような出来事としか思えない。とにかく、2014年にポスト・ブラック界で巻き起こったアイスランド音楽およびシガーロスへの迎合、しかしその影にANATHEMAの存在その影響があったことは、あの日の僕たちはまだ知らない。

2014年にネージュの『夢』を実現させた『Shelter』、その二年後の2016年にAlcestがドロップした"ビッグ・イン・ジャパン"アルバムこと『Kodama』では、さっきまでの「アイスランド音楽への迎合」から一転して、本来のポスト・ブラックメタルとしてのAlcestへの回帰、それと同時にバンドのポテンシャルおよびネージュとドラムのヴィンターハルターの"プレイヤー"としてのポテンシャルを活かした、過去最高にオーガニックなサウンドを展開していた。何を隠そう、Alcestと同じく2014年に「シガーロスへの迎合」を図ったSólstafirも、前作に引き続きプロデューサーにBirgir Jón Birgissonを迎えてSundlaugin Studioで制作され、そしてマスタリングに世界的なエンジニアで知られるテッド・ジェンセンを迎えた、前作から約三年ぶりとなる6thアルバムの『Berdreyminn』で本来の漢らしい姿を取り戻している。



それを象徴するのが、今作のオープニングを飾る"Silfur-Refur"だ。それこそ『七人の侍』ならぬ『マグニフィセントセブン』たちが荒野を舞台に西部劇を繰り広げるような、ヴァイキングの血が通った男臭い旋律を奏でるダーティなイントロから、まるで「ライオン・キング」の如くフロントマンAðalbjörn Tryggvasonの唸るようなボーカル、砂利を細かくすり潰したようなオラついたモダンなギター、いつにも増して生々しいドライブ感を放つ手数の多いドラムとベースのリズム隊が織りなす、変化球なしのドストレートなバンド・サウンドを勢い良く、目の前一面に広がるアイスランドの雄大な大地に叩きつける。

2015年の初来日公演の時に自分の前方左の座席に座っていた謎の美人が、Sólstafirのライブが終わった後に隣りのツレに放ったライオン・キングみたい・・・という、これ以上ないくらい言い得て妙な一言が、二年経った今でも忘れられないでいる。そんなSólstafirといえば、アイスランドという地の幻想的な空気感を描写するギターの歪みを最大限に利用した幽玄なアトモスフィアが一つの大きな武器で、初来日公演でもその極上の空間表現および崇高な世界観を描き出していたが、今作ではそのアトモスフェリックな空間描写は極まった感すらあり、Amiinaのストリングスを全面的にフィーチャーした前作から一転して、今作ではある種の原点に立ち返ったかのように、より素っ裸の彼らというか、獣性むき出しの男臭さと土着的な風土が混じり合ったフェロモンを身にまとった各メンバーの「プレイヤー」としての魅力、その4人のポテンシャルからなる楽器の生音を全面的に押し出した「オーガニック」なバンド・サウンドを展開している。

今作のキーワードとなる「オーガニック」な音作りの正体こそ、今作のプロデューサーおよびミキシングを担当した、Ulver界隈でもお馴染みのジェイミー・ゴメス・アレラロの手腕によるもので、つまりBirgir Jón BirgissonとともにアイスランドのSundlaugin Studioでレコーディングされ、その生音がOrgone Studiosジェイミーによって施されたミキシングを通過し、そして最後はSterling Soundテッド・ジェンセンによって施されたマスタリングで完成・・・すなわち「世界最高峰のエンジニア」と「世界最高峰のスタジオ」によって産み落とされた「世界最高峰のサウンド・プロダクション」の極上クオリティが、また「オーガニック」で「ポストメタリック」な生音感を強調する大きなギミックとしてその存在感を示している。中でも#1,#4,#8,のモダンでソリッドなギター・リフを聴けば、ジェイミーが手がけた”ポスト・ブラック界の伝説”ことAltar of Plaguesの名盤『Teethed Glory And Injury』を彷彿させるハズだし、そして全編においてドラムの音が異常に良いことが分かるハズだ。近年では、かのイェンス・ボグレンデイヴィッド・カスティロがタッグを組んだLeprous『The Congregation』に匹敵するプロダクションの良さだ。この『音』に関することだけで、前作の”オールスター”超えを目論む世界最強の布陣で挑まれた作品なのかが分かるし、正直こんな贅沢な裏方今まで見たことないわ。

その「オーガニック」なキーワードを更に強く印象づけるのが2曲目の”Ísafold”で、イントロからギターのヒロイックな美旋律をフィーチャーしながら、雄々しくもリリカルでエピカルな構成力を発揮しつつ、そのド真ん中でベーシストのSvavar Austmanによるベースソロをじゃじゃーん!と豪快にブッ込んでくる。この曲のように、曲終わりのアウトロでAmiinaがちょっと通りますよ的なノリでストリングスを靡かせるが、しかしAmiinaのストリングスが「主役」と言っても過言じゃなかった前作とは打って変わって、あくまでも今作の主役は「プレイヤー」の演奏であると、裏方や脇役(ゲスト)ではなく、あくまでもメンバー4人が織りなすバンド・サウンドが主役だと念を押すかのようなキラートラックだ。

ピアノと管楽器が織りなすアイスランドならではの素朴な音色、そしてクワイヤとソプラノボーカルを駆使してよりスケール感を増すシンフォニックなアプローチがアイスランドの雄大な自然と大地に響き渡る3曲目の”Hula”、幻想的なアトモスフィアをミニマルに形成していく幕開けから、突如プログレスに転調してメタリックなギターのモダン・ヘヴィネスでゴリ押していく4曲目の”Nárós”、アイスランドという自然豊かな絶景の地の優美なオモテの世界を描写するAmiinaのストリングス、一転してアイスランドという厳しい極寒の地のウラの側面を歪んだギターで描写する6曲目の”Dýrafjörður”、ヴィンテージ風のキーボードと初期Alcestを彷彿させる曲調および世界観の中で、今度は新ドラマーのSæþór M. Sæþórssonによるドラムソロが主役となる7曲目の”Ambátt”、キーボードとパイプオルガンによる宗教絵画の如し神聖な幕開けから、徐々にギアを上げてスピード感を増していき、途中でメタリックなギターのキザミリフを挟んで、その勢いのままポストブラック畑出身らしく刹那的な感情を撒き散らしながら最後まで走り抜ける。

あらためて、『黄金比』で象られた雪の結晶が真っ白な雪化粧を施すかのように、それこそオーロラの如し繊細なアトモスフィアとアイスランドの雄大な自然と大地を象徴するかのようなスケール感溢れるバンド・サウンドの融合は、通算6作目となる本作でも、よりリズム隊を中心としたグルーヴ感マシマシの飲んだくれ系ロックンロールは健在かつ不変で、もはやポストロックやブラック・メタルなどのジャンルを超えた先にあるアイスランド・ミュージック、それこそソルナントカ・ミュージックを極めている。確かに、今作は余分な贅肉を削ぎ落としたような「オーガニック」な音作りだけに、これまでと比べると一見地味に聴こえるかもだが、しかしロックバンドらしい「オーガニック」な音を求める人には間違いなく前作以上の傑作に聴こえるハズだ。ましてや、Alcest『Kodama』と共振させれば、この上ない面白さで楽しめるに違いない。正直、あれ(ブラック・メタル界のシガロ)以上やれることないんじゃないか、ドラムが脱退して一体どうしたものかと不安に思っていたけれど、実際は全然そんなことはなかった。是非またANATHEMAとともに再来日を期待したい。

Gojira 『Magma』

Artist Gojira
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Album 『Magma』
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Tracklist
01. The Shooting Star
03. The Cell
04. Stranded
05. Yellow Stone
06. Magma
07. Pray
08. Only Pain
10. Liberation
 
東宝の人気特撮シリーズ『ゴジラ』から名付けられた、デュプランティエ兄弟率いるフランスのGojiraといえば→今作に伴うツアーのサポートに抜擢されたUKのTesseractなどのDjent界隈をはじめ、海外もとい日本国内では「GJ!」「Good Job!」の略ではなく「GJira」「GJ!」だと言うくらいのBABYMETALやゴジラと間接的に関わりのあるDIR EN GREY、そして今をトキメクUSのDEAFHEAVENにも強い影響を与え、時代や世代を超えて常に「現代エクストリーム・ミュージックのキホン」あるいはその「象徴」としてシーンの頂点に君臨し続ける獣王だ。

そんな彼らを伝説の巨大クジラ『白鯨』としてその名を世界に知らしめる事となった、2005年作の3rdアルバム『From Mars to Sirius』では、この手のエクストリーム・ミュージック界の旗手として欧州での人気を確固たるものにした。そして欧州の覇者となった呉爾羅が次に襲来したのがアメリカだった。2008年作の4thアルバム『The Way of All Flesh』では、現レーベルメイトのLamb Of GodGODZILLAと同じく「クジラ大好き芸人」のMastodonをはじめとした、現代のアメリカを代表する「アメリカのメタル」を一飲で喰らい尽くし、そしてレーベルをロード・ランナーに移して発表された2012年作の5thアルバム『L'enfant sauvage』では、4thアルバムに引き続きアメリカ流の「モダン・コア化」が著しく進行し、徐々に本来のデス・メタルをルーツとしたスタイルからの脱却を図ろうとしていた。それらUSを代表する猛獣を喰い尽くすことに飽き飽きした怪獣ゴジラが次なる獲物として目をつけたのが、他ならぬUSのプログレ/ヘヴィ・ミュージック界の”タブー”こと『邪神』Toolだった。



4年ぶりに地上へと姿を現した巨大怪獣は、何もかも全てが新しい『シン・ゴジラ』へと突然変異という名の進化を遂げていた。その『変化』は、幕開けを飾る#1”The Shooting Star”から顕著で、『The Hunter』Mastodonを彷彿とさせる、地に足の着いたモダンでポストスラッジーな轟音ヘヴィネスやフロントマンジョー・デュプランティエのサイケデリックなクリーンボイス、そして刻んでるのか刻んでないのかすらわからない空キザミからしても、これまでの「世界一美しくセンセーショナル」と称されたジョーの獣性むき出しの咆哮や「エクストリーム・ミュージックのキホン」とも謳われた粗暴さや速さが抑えられた、意図的に暴虐性なアグレッションや持ち前のスラッシュ・メタル的なキザミ要素を排除したミドルテンポの曲となっている。
 


そのMastodonLamb Of Godがエクストリーム合体したようなモダン・メタルコアの#2”Silvera”デュプランティエ(弟)ことマリオのインテリズムが炸裂する変則的なドラムビートに乗せて、高速テンポで小刻みに刻むスリリングなキザミで始まり、気づけばゴジラの同胞でありインテリキチガイの一角を担うMeshuggahDeftonesなどの現代モダン・ヘヴィネスをも体内に取り込んでいた#3”The Cell”、もはや「スラッシュ・メタルへのアンチ・テーゼ」とも取れるインテリ気取ったリード・シングルで、『ゴジラ』という名の巨大クジラが起こす巨大津波の衝撃波のようなリフから、オーディエンスにシンガロングさせるボーカル・メロディとオーガニックなヘヴィメタルスタイルのリフで展開し、そして今は亡きAgalloch直系の哀愁ただようクリーン・パートへと繋がる#4”Stranded”は、まさに【反知性主義】万歳の暴虐性と叙情性のコントラストを効かせたプログレ然としたナンバーだ。

イラストレーターのHibiki Miyazaki氏が手がけたアートワークのように、一向に捕鯨を禁止しようとしない日本に対する『怒り』が爆発、つまりマグマのように頭が噴火し、遂にインテリこじらせすぎて頭パープリンになってしまったゴジラを、インテリ系エクストリーム・メタルバンドの境地へと、それこそ「フランスのトゥール」と呼ばざるをえない絶対的な存在へと押し上げたのが、他ならぬ表題曲の”Magma”だ。チャルメラ屋さんの例の音頭が謎の妖術によってラリったようなギターの旋律が、まるでフランスのアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』ばりに70年代風サイケデリックかつ幽玄な世界観を構築し、前作で培った出自がスラッシュ・メタル畑だからこそ成せる黄金のキザミ』をはじめ、近年のBaronessを彷彿とさせるソロワークや楽曲構成力からは、それこそマストドンの名盤『Crack the Skye』に匹敵する凄みを感じさせる。ある意味、この曲このアルバムは、フレンチ産プログレッシブ・ロック界のレジェンドであるMagmaに対するGojiraなりのリスペクトなのかもしれない。今思うと、Lamb Of Godに近づいてアメリカ市場に本格参入した本当の目的は、アメリカのヘヴィミュージック界の最高権力者であるToolに接近する為の布石でしかなかったんだ、ということ。
 

その未開の部族の妖しげな宴に導かれるように、フルートの音色を擁するオリエンタルなイントロから、メシュガーの”Bleed”直系のリフをはじめ、それこそメシュガーの産物であるDjentにも、しまいには『ADHD』期のRiversideなどのモダン・ヘヴィネス勢の影響を垣間見せる#7”Pray”や#8”Only Pain”、気づけば北欧ノルウェーの獣神Enslaved(のエルブラン・ラーセン)も喰らっていた#9”Low Lands”、そしてアコギとパーカッションの組み合わせに一瞬耳を疑う#10”Liberation”のインスト最後に、この映画『シン・ゴジラ』は幕を下ろす。

これは『怒り』を原動力にしていた初代のゴジラでもなく、魔改造されたメカニカルでテクニカルなメカゴジラでもなく、『インテリ』を気取った平成の呉爾羅でもなく、アメリカ産のGODZILLAでもない。今の時代に突然変異して産まれた『シン・ゴジラ』である。どの組織にも、どのジャンルにも属さない、当然(ポスト)スラッシュ・メタルでもなければ、もはやエクストリーム・ミュージックですらないが、しかし現代的(モダン)であり一方でクラシックでもある。これまでエクストリーム・ミュージックの舞台で戦ってきたゴジラとは一線を画した、特に『Crack the Skye』以降のマストドンをはじめ、ここまであらゆる方面からの『影響』を直に感じさせる作品は歴代のゴジラの中でも初めてだ。もちろん賛否両論はあるが、ある意味もの凄く実験的なアルバムというか、これは世界の獣神を喰らい尽くし、もう喰らうモノがなくなった末、つまり極限まで飢えに飢えたゴジラが辿り着いた一つの境地と言える。同時に全てが『新しい』ようにみえて、全てが『過去』のオマージュでもある。個人的に、これはこれで「面白い」と思うし、むしろ正統な進化なのかもしれない。

『変化』には代償が付き物だ。その『変化』を恐れず『シン・ゴジラ』へと変貌した勇気は素直にリスペクトできるし、そこが本作を面白くしている一番の要因でもある。『変異』というと、北欧のEnslavedOpeth、そしてKATATONIAなども同じような『変異』を遂げた。今作ではテッド・ジェンセンをマスタリングに迎え、ジョーがセルフでミキシングしている。このモダンなメタルやりたいのかプログレやりたいのかハッキリしない曖昧なプロダクションをはじめ、まるで死の灰を撒き散らす『シ・ゴジラ』みたいな死鳥をシンボルとして掲げたKATATONIA『死の王』を彷彿とさせる、灰色の荒廃した世界観にあの時のトラウマが蘇って「うっ、頭が・・・!」ってなる。でもインテリこじらせすぎてインディ・フォーク化する最後の曲とか、もう一体何のバンド聴いてんのかわけわからなくなるし、それこそ「これはもうシン・ゴジラだ」としか他に例えようがなかった。KATATONIA『死の王』は紛れもなく駄作だったが、この『Magma』KATATONIA『死の王』でやりたかった事を自由にやってると感じた。

最後に従来のファンの目線を代弁すると→やっぱりGojiraといえばゴジラの鳴き声SEのように、Gojiraの専売特許である、クジラが尖頭銛でぶっ刺された時に鳴き叫ぶような「キュルルゥゥ!!」というあの鳴き声ギターが俺たちは聞きてぇンだよ!今のインテリ気取ったGojiraにはクジラの血が足りねぇ!もっともっと日本は捕鯨しろ!そしてモリを片手にこう叫べッ!

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ねごと 『DESTINY』

Artist ねごと
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Single 『DESTINY』
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Tracklist
01. DESTINY
02. 夜風とポラリス
03. シンクロマニカ -Mizuki Masuda Remix-

『深夜の馬鹿力』 ・・・ねごとの3rdアルバムVISIONは、まさにねごとの『未来を確信的かつ核心的に捉えた、今年の邦楽界を象徴するかのような傑作だったが、そのアルバム『VISION』から約三ヶ月ぶりとなる新曲『DESTINY』が早くも発表された。自分の中で→「ねごとはシングルよりもアルバム曲のが面白い」というイメージと、今回のシングルはアニメ『銀魂゜』のアニソンタイアップだという点から、正直過度な期待はしていなかったし、実際に伊集院光のラジオ『深夜の馬鹿力』で流れた時にサラッと聴いても→「まぁ、シングルだしこんなもんか」みたいな漠然とした印象しか持てなくて、でもこのMVがアップされて初めてフルで聴いてみたら一転、それまでの評価が180度ガラッと変わってしまった。



裏VISION ・・・そんな事よりも、曲がどうとか以前に、この横スクロールアクションみたいなMVの沙田瑞紀がメチャクチャ可愛い。特にラスト演奏パート。もうなんかこれ以外の感想は必要ないくらい、俄然瑞紀推せるやん?というわけ。で、話を戻して→伊集院光のラジオでほぼ寝ながら聴いた時は、ありがちなアニソンみたいなイメージしかなかったが、前述の通りこの”DESTINY”はフル音源で聴いて初めてその真価を発揮するのだ。まるでデヴィン・タウンゼント総裁『Addicted』を彷彿とさせるピュンピュンしたkawaii系エレクトロニカとガールズ・ロック界のYMOを襲名するかの如し俄然レトロフューチャーなキーボードの音色、つまり新しさと懐かしさ、それこそレトロとモダンがクロスオーバーした"レトロモダン"なイントロから、瑞紀らしいミニマルなフレーズで曲のシュール感を演出しつつ、”シンクロマニカ””GREAT CITY KIDS”を連想させる最高にハイ!ならぬ最高にデッ↑デッ↑ってヤツな蒼山幸子のボーカルが冴え渡るポスト-グリッチ・ポップ的なサビへと繋ぎ、そしてこのシングルがただのポップ・ソングじゃあないことを証明する中盤からの、それはまるでANATHEMA”Thin Air”顔負けのPost-Progressiveなパートでは、ベースの藤咲佑とドラムの澤村小夜子によるリズム隊のジャズミュージシャンばりに大人びたグルーヴを形成し、その強靭な土台の上で星空を見上げるような幸子の哀愁を帯びたボーカル・メロディが確かな存在感を発揮、来たるクリマックスではこれぞ"日本のオリアンティ"あるいは"ガールズ・ロック界のダニー・カヴァナー"と呼ぶに相応しい瑞紀の天上を貫くようなギター・ソロから大サビへと繋がる”endless”顔負けの展開力・・・そして遂に一つの結論に行き着く→「チョトマテチョトマテ...これって『VISION』の原型じゃ~ん!」って。事実、この曲は二年前から既にストックされていた曲との事で、どおりで所々にアルバム『VISION』の鍵を握る楽曲アレンジが顔を覗かせたりするし、と言っても『VISION』のどの曲とも一線を画した雰囲気や世界観を持っているのも確かで、これはもう言わば『裏ビデオ』もとい『裏VISION』と命名したくなるほどの名曲だ。あらゆる音がせめぎ合っているのにも関わらず、全く窮屈に感じない無駄のないソングライティング、その著しい洗練が進んだねごとワールドが宇宙さながら無限に広がっていく中で、その音のワームホールを抜けた先にねごとが辿り着いた一つの境地、これまでの集大成であると同時にねごとが降り立った新種の惑星がこの『DESTINY』なのかもしれない。

【成長性A ・・・傑作『VISION』で培ったバンドのアンサンブルはより強固に、より靭やかさが増し、持ち前のメジャー感溢れるポップさと『VISION』という傑作を作り上げたことで芽生えた自信、そしてバンドの成熟感に裏打ちされたアンサンブルが絶妙なバランスで保たれた、そのサウンドスケールが突如としてサウンドスケープと化す音のダイナミズムに只々圧倒される。アルバム『VISION』から数ヶ月という短期間で、自らのサウンドを著しくアップデイトし続けるねごとの音楽に対するひたむきな姿勢、優等生過ぎるほど貪欲な探究心にリスペクト不可避だ。なんだろう、ジョジョの身上調査書的に例えると、ねごとメンバーの成長性は間違いなくAランクだ。もはや今のANATHEMAに肩を並べる成長スピードだわ。なんかもうこいつらスゲーわ。こいつら本当に後ろ(過去)を振り返る気ねーわ。今はもう前しか見えてない、それこそ『VISION』で指し示した未来へと突き進んでいる感、無敵感がハンパねーわ。同時に、もうなんか『5』は意地でも聴かねーわと決意した瞬間だった。もうなんか公園に引き篭もって"椎名林檎ごっこ"してるどっかのメンヘラクソ女に聴かせてやりたい気分だ。

邦楽界のANATHEMA ・・・ねごとの成長性、それ即ちバンドメンバーの成長性に繋がっている。その実力はGLAY界隈でも折り紙つきの小夜子のドラムは、いつものように足の裏から変な汁が出るくらいテクいリズムを刻むというわけではなくて、今回はむしろ過去最高に派手さや手数を抑えた、パッと見地味に聴こえるようでいて、しかし随所で小夜子らしいというか小夜子にしか叩けないセンスフルなドラミングを披露していて、同時にドラムの音も過去最高にオーガニックかつナチュラルな音像で、俄然タイトかつヘヴィに聴かせる。佑との絶妙なコンビネーションも相まって、俄然リズム隊の骨太感マシマシだ。幸子は幸子で、一曲の中で哀愁と激情の間で最高にハイ↑から最高にロー↓まで(ハンティン↑ハイアンロー↓的な)、繊細に聴かせる所はシッカリとメロディを聴かせ、ブチアゲ↑る所ではシッカリとエピカルにブチアゲ↑る、まるでANATHEMAヴィンセント・カヴァナーの如く変幻自在に歌いこなし、一人のボーカリストとして着実なステップアップを感じさせる。瑞紀は瑞紀で、カップリング曲の”夜風とポラリス”の中で、海外ノイズ・ポップ/ギター・ポップ風のオルタナ然としたギターを主体に、夏っぽいカラッとした雰囲気で軽快かつ爽やかなテンポで聴かせる曲で、これまでのねごとにはなかったような、しかし随所にねごとらしさを強く感じさせる今風の新感覚サウンドを展開していく。そして三曲目の”シンクロマニカ -Mizuki Masuda Remix-”は、初期Porcupine Treeをはじめとした今のPost-Progressive勢にも通じる、言うなればSF映画『メトロポリス』の世界観にも通じるアトモスフィアーでダークな雰囲気を持ったミニマル/ダブ・テクノ風のリミックスとなっている。目指すはJ-POP界のChvrchesといった所か。そしてアルバムに引き続き、かのテッド・ジェンセンをマスタリングとして起用しており、俄然プロフェッショナルな音を提供してくれている。特に今回の小夜子のドラムの音は理想的と言える。ちなみに、歌詞カードはきのこ帝国『桜が咲く前に』と同じく一枚づつのカード仕様で、初回限定盤のDVDには先日大団円を飾った『お口ポカーン?!初の全国ワンマンツアー2015』の初日密着ドキュメンタリー編が収録されている。

今最も評価されるべきバンド ・・・ともあれ、"今最も評価されるべきバンド"という俺的評価に俄然説得力を持たせるような、一方で【なぜ日本におけるPost-Progressiveが女性的なジャンルであるのか?】という昨今の疑問に対する答えのようなシングルだった。つうか、シングル曲でこれだけハイレベルな一種の実験的な曲が書けちゃう今のねごとに怖いものなしだろう。マジでもうねごとがNEXT-ステージにステップアップするには、ANATHEMA”Distant Satellites”みたいな究極のミニマル・ミュージックが書けるか否かにかかってるんじゃあないか。それができなきゃねごとはそれまでのバンドだったというだけの話で、それ以上でもそれ以下でもない。なぜならそれができるのは、少なくとも今の邦楽界ではねごとしかいないからだ。しかし現に、三曲目の”シンクロマニカ -Mizuki Masuda Remix-”はその伏線()だと確信しているので、俺たちの瑞紀なら、俺たちの瑞紀ならきっとやってくれるハズだ・・・ッ!

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