Artist Deftones
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Album 『Ohms』
Deftones-Ohms

Tracklist
02. Ceremony
03. Urantia
04. Error
05. The Spell Of Mathematics
06. Pompeji
07. This Link Is Dead
08. Radiant City
09. Headless
10. Ohms

白ポニーこと『White Pony』から20年、白梟こと『Diamond Eyes』から10年・・・デブ豚ことDeftonesって、10年周期の節目節目にその後の10年間のヘヴィロックシーンのトレンドとなる「ヘヴィネスの基準」を更新してくるバンドで、そんなバンドが10年周期の始まりを告げる2020年に待望の新作を出してくるってんだから、その内容にも普段とは違う特別な期待を寄せずにはいられなかった。

2000年に発表された白ポニーがいかに偉大なアルバムかなんて事は散々語り尽くされているはずだから割愛するとして、個人的にデブ豚の卓越的な音楽センスって2010年に発表した白梟こと『Diamond Eyes』にあると思っていて、というのも“10年代メタル総選挙ランキング同率1位”メシュガーが編み出した現代的なヘヴィネスをオルタナティブの解釈を通して自身のヘヴィロックに落とし込むことで、10年前の白ポニー「ヘヴィネスの基準」をシーンに掲示したバンドが10年周期で新たに「ヘヴィネスの基準」を刷新した歴史的名盤に他ならないから。その白梟がシーンに及ぼした影響は計り知れず、ザッと思い出すだけでもDIR EN GREY『The Insulated World』やヘヴィロック界のレジェンド=TOOLの約13年ぶりとなる『Fear Inoculum』は、漏れなく白梟におけるガニキ考案の「ガーの精神」に則った10年代のヘヴィロックを総括するような名盤だった。そんな白梟から2年後、あのゴリゴリにトガった硬派な白梟をシーンの先駆者という立場的な意味でもメインストリーム=大衆的なヘヴィロックへとスタイリッシュにブラッシュアップしてみせた次作の『恋の予感』も、同じくしてエクストリーム・メタルの始祖メシュガー「ガーの精神」を大衆の耳に届けることに成功した名盤である。

2010年代早々にヘヴィロック界の金字塔とも呼べる2枚の名盤をリリースし、その後も安泰かと思われたDeftones。しかし、2016年作の『Gore』はバンドにとって黒歴史的な駄作となった。このアルバムの何がダメだったかって、端的に言ってしまえば「曲が書けていない」の一言に尽きると思うのだけど、その『恋の予感』にあったセクシャルなエロさも白梟にあったリフも革新的なヘヴィネスも、肝心の音作りにおいても、このアルバム特有の突出した「何か」があるというわけでもなかった。本当に何がやりたいのかわからなかった。強いて言うなら、表題曲以降の曲を聴く限りでは、「Deftonesなりのポストメタル」がやりたかったんじゃないかって。そのニューロシスに代表されるポストメタルを目指してみたはいいものの、いかんせんその前に出た二作が完璧過ぎたってのもあって、あまり好意的なイメージが持てなかったのも確か。知らんけど。

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デブ豚ってこう見えて、音楽的にもフレキシブルな感性と価値観をもってヘヴィロックを昨今にアップデイトし続けているバンドだけあって、ロックシーン以外の音楽シーンに対する見識の広さと昨今における世界的潮流の一つであるダイバーシティ=多様性への意識の高さを兼ね備えていて、最近その音楽業界や音楽ジャンルの垣根を超えたダイバーシティぶりを発揮した案件こそ、ローレン・メイベリー率いるエレポップバンド=チャーチズデンゼル・カリーとのコラボでも知られるボルチモアのラッパーJEPGMAFIA、そしてメタル界からは“10年代メタル総合ランキング同率一位”ことGojiraがラインナップされたDeftones主催のフェス『Dia De Los Deftones』の開催である。

しかし、それに対して反発したメタル界屈指の問題児ことHatebreedジェイミー・ジャスタがツイッターで放った今の音楽業界マジクソすぎ!のツイートに、チャーチズの大天使ローレンが噛みついて激しいレスバトルが繰り広げられ、そのレスバの中で大天使がゴジラ好きだという新事実が発覚したのは今も記憶に新しい(ジェイミーナイス!)。その流れで、イギリスのロック雑誌Kerrang!の表紙にデブ豚チノ・モレノローレン・メイベリーがツーショットを飾るというダイバーシティの連鎖を引き起こす。しかし、表紙の「この女があのジェイミーをレスバで負かした女か・・・怖いから近づかんとこ・・・」みたいな少し距離感のあるチノの引き顔は傑作だった。とにかく、近頃のDeftonesは音楽ジャンルの垣根を超えたフェスを主催したり、常に革新的な音楽性のみならず、各音楽シーンの「壁」を超えた対外的かつ改革的な意識でファンを驚かせてくれるレジェンドなんですね。で、この話の本筋はここからで、実はそのフェスにラインナップされたメンツの中に見覚えのあるバンドを発見した。それこそ今年、約22年ぶりの復活作をリリースしたHumで、もちろん去年の時点ではその存在すら知らなかったから、その伏線がここに繋がってたなんて思いもよらなかった。何を隠そう、本作の『Ohms』Humの約22年ぶりとなる復活作『Inlet』に対する回答的な役割を果たしているんじゃあないかって。


一聴して驚いたというか、妙な違和感を憶えたのは、本作の最後を飾る表題曲だけ少し毛色の違うヘヴィネスを披露している点で、実はその一際「異質」なヘヴィネスこそ本作を紐解く重要な鍵を握っているんじゃないかって。ある種のブルーズがかったストーナー的なイントロから始まって、その00年代のポストメタルを象徴するペリカンを彷彿とさせるミドルテンポのリフ回しを耳にした瞬間、最近どっかで聴いたようなデジャブを感じた。そのデジャブの正体こそ、Humの復活作の冒頭を飾った“Waves”に他ならなかった。その90年代のオルタナシーンを縁の下から支えたHumの復活作その内容って、それこそ2010年以降のデブ豚や現代ポストメタルのニューロシスの影響下にある現代的なヘヴィネスをバックグラウンドとした、まさに「新世代ポストメタル」と呼ぶに相応しい内容だった。そこから導き出せる答えはただ一つで、実は『Ohms』の目的って駄作だった前作の『Gore』で実践していたニューロシス型のポストメタルという名のペリカン=アートワークのゴアさん(正確にはフラミンゴだけど)を救い出すために、過去に遡って10年前の白ポニーに乗り、そして20年前に発見した1カラットのブラックダイヤモンド『恋の予感』を懐に忍ばせて、グロテスクな黒歴史として過去に葬り去られたゴアさんを救い出すメタ的なアルバムなんじゃないかって。再三の考察の末に、たった一つの『真実』にたどり着いたら、俄然『Ohms』のジャケ写ばりにぴえん🥺ってなった。まるで「失われた600万羽のペリカンを取り戻す」ならぬ「失われた600万匹の豚さんを取り戻す」とばかり、それこそ何者かによって豚さんを略奪された飼い主のような「ぴえん🥺」の気持ちだ。

冒頭の“Genesis”から、主催のフェスに何故チャーチズが呼ばれたのかを証明するような、80年代を彷彿とさせるネオン瞬くノスタルジックなシンセと、(例えるなら)真夜中に“Sextape”を再生してオキニのAV女優を発見して「ムム...これは『恋の予感』・・・!!」とガチ恋発令警報不可避のドリーミーでフェミニンなリフレインからしてぴえん🥺案件で(最近のオヌヌメ女優は梓ヒカリぐらいかなぁ)、その「人をバールのようなもので殴り続けると死ぬ」を座右の銘とするサイコパスみたいな武骨で粗暴なヘヴィネスの重さと適度なグルーヴ感は、まさに白梟『恋の予感』が芽生えかけているゴアさんのようでもり、そしてアウトロのシャウトから津波のような鬼ヘヴィネスへと畳みかける楽曲構成は、それこそ白梟をはじめ『Saturday Night Wrist』あたりの2000年代後半から2010年にかけてのデブ豚、その「ナイトプールで自撮りする水着美女の官能的なエロスの後にそびえ立つ伏魔殿に轟く重厚なヘヴィネス」という構図、それこそ映画で例えるなら『アンダー・ザ・シルバーレイク』みたいな、一見複雑のようで実はシンプルな構図で成り立っているのがデブ豚の真髄をメタしてて俄然ぴえん🥺。

本作のリフって思いのほか「動く」。盟友TOOLの傑作『Fear Inoculum』に触発されたのかは知らんけど、デブ豚にしては珍し過ぎるソリッドなキザミリフを駆使した#3“Urantia”は、これこそまさに「動けるデブ」そのもので、その「動けるデブ」の本領を発揮する『恋の予感』をベースとした「チャラいメシュガー」みたいな10年代のヘヴィネスでアップテンポにギョンギョン飛び跳ねる#4“Error”、まるでシルバーレイクの闇へと引きずり込まれるようなシンセの魅惑のアトモスフィアと、低域の底を突き破ったポストメタル然とした轟音ヘヴィネスは嫌でもハムのジューシーな新作を匂わせる通称「指パッチンメタル」の#5“The Spell Of Mathematics”、そしてゴアさんへの『恋の予感』に終止符が打たれ失恋を経験した「ぴえん🥺」な気持ちを歌った#6“Pompeji”は本作のハイライトで、10年代のヘヴィネスから抽出されるギョン成分の濃度を高めたヘヴィネスをニューロシス的なポストメタルに邂逅させたバチグソタイトなリフと、ゴアさんとの幸せだった日々の思い出を懐かしむノスタルジックなシンセと例のアートワークを暗喩するカモメさんの鳴き声がこだまする【浜辺を寄せては返す美しい波=浜辺美波】でお馴染みのアウトロのSEも確信犯で泣ける🥺。ホラー映画のサントラ的なイントロのシンセから、全盛期を思わせるバグったシャウト中心のチノのボーカルと10年代風のモダンなリフがクロスする#7“This Link Is Dead”、本作を象徴する「動くリフ」主体の#8“Radiant City”は、曲構成は元よりチノのシャウト的な面でも白梟“Rocket Skates”を2020年代仕様にアップデイトしたような曲で、もう隠す気もなく普通に「Deftonesなりのポストメタル」やっちゃう#9“Headless”、そして表題曲の“Ohms”は先ほども述べたように他と比べて明らかに異質。

冒頭で述べたように、10周年の節目となるDeftonesだからこそ、時代の動き、シーンのトレンドを先読みした流動的かつ革新的な音楽性で常に時代の最先端を走り続けてきた彼らだからこそ、この10周期の節目となる2020年に一体どんなヘヴィネスを鳴らすのか?20年前の白ポニーや10年前の白梟の時と同じように、全く新しいヘヴィネスを更新してくるに違いないと。正直そこの部分にしか興味なかった。しかし実際に伏魔殿の蓋を開けてみると、意図的なのか過去作とリンクさせるメロディやフレーズ、そしてチノのシャウトまでもどこかデジャブのような既視感を憶えたのも事実で、それこそ本作が「伏魔殿に囚われたゴアさんを救い出す物語」のメタファーであると解釈すれば、白梟『恋の予感』で培った10年代の現代ヘヴィネスとヘヴィロック全盛の00年代のヘヴィネスを、あくまでもフラットな状態で繋ぎわせたのが20年代のDeftones説あって、つまり前作のゴアさんで培ったポストメタル的な側面と革新性に溢れていた10年代と20年代のDeftonesが邂逅して“20年代のヘヴィネス”へとアップデイトしている。決して10年代のように変に色めき立つわけでもなく、色気は色気でもフラットな平常心から放たれるオーガニックなヘヴィネス、その「落とし所」が絶妙過ぎる。

その過去作からの引用を意図的なものと捉えるか、それとも単にネタ切れ的なものと捉えるかは人それぞれかもしれない。過去作で手に入れたブラックダイヤモンドや恋心を装備した豚=豚に真珠が陰毛がモシャモシャと蠢く伏魔殿からゴアさんを救い出す物語だと捉えた人には名盤に聴こえるだろうし、一方でクソゲーマー伊集院光もといチノ・モレノのボーカルワークをはじめ、表題曲を筆頭に一貫して統一性のないヘヴィネスや「動けるデブ」並みに動くリフ(これは意図して過去作をミックスしているから説)に対して「単なるネタ切れ」と捉える人には駄作に聴こえるかもしれない。

しかしTOOL『Fear Inoculum』といい、最近のメタルシーンは新時代のヘヴィネスを追求していくと最終的にポストメタルに行き着く説あって、それこそ本作は聴けば聴くほどHum『Inlet』にしか聞こえないというか、むしろ復活後のHumの方がよっぽどニューロシスmeetデブ豚やってるのは皮肉ではある。オリジナリティの面でも完成度の面でもぴえん🥺。このやって様々な面でぴえんと泣きたくなるアルバムなのは確かです。

このバンドに対して「集大成」みたいな言葉は使いたくなかったけど、「集大成」と呼ぶだけの内容になってるのも事実。自分自身の過去を総括するという意味でも、駄作を駄作と、失敗を失敗と認めて、そこからまた新たに改良を施すベテランの業に唸る作品でもある。そういった意味では、白梟よりも一年先に“10年代のヘヴィネス”を先取りしていたスウェーデンのクソゲーマーもといKATATONIAが今年出した『City Burials』と方向性は近いのかもしれない(やっぱりKATATONIAデブ豚ってボーカルの体型以外は全く繋がりないように見えて、実はめちゃくちゃ共通点があり過ぎるその意外な関係性は、この2020年においても互いの新作同士で繋がっている)。

ある意味、ある意味で本作は『Gore』の続編であり、『Gore』で本当にやりたかった事がやれている気がする。確かに、確かに白ポニーは元より、白梟『恋の予感』のような革新性は皆無に等しい。2020年という10年周期にあたる貴重な一枚を、「強奪された600万匹の豚さんを取り戻す」その一心で棒に振ったと考えれば考えるほどやっぱりぴえん🥺。これも全てゴアさんのおかげかもしれない。ゴアさんが報われて本当によかった・・・ありがとうゴアさん・・・。