Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

レビュー (L)

Leprous - Aphelion

Artist Leprous
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Album 『Aphelion』
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Tracklist
02. Out of Here
03. Silhouette
04. All The Moments
05. Have You Ever?
07. The Shadow Side
08. On Hold
10. Nighttime Disguise

あくまで個人的な意見を述べるとするなら、今のLeprousって名物フロントマンのエイナルがシャンソン歌手ばりにエグい歌唱力を習得してしまった結果、隣国スウェーデンから颯爽と登場し光の速さで消えた某ダーティ・ループスが闇落ちした変態ポップスみたいなイメージあって、そんな彼らの前作から約2年ぶりとなる7thアルバム『Aphelion』は、冒頭の“Running Low”からエイナルのソウルフルな超絶的歌唱力とサスペンスフルなストリングス(チェロ)をフィーチャーした、それこそ脱メタル化したOpethリスペクトな奇々怪々のアヴァン・プログレを軸に展開される、オペラティックかつギャルドな北欧産劇団四季さながらの孤高の世界観は、通算七作目にして更なる深化を遂げている。

そのメタルやプログレやオルタナなどの概念を超越した、例えばメシュガーの存在自体が誰も真似できない一つの音楽ジャンルなら、このLeprousもメシュガーの後継者でも、Post-Djentでも、エクストリーム・メタルでも、極端な話もはやロックですらない別の何か、さしずめシャンソンあるいはゴスペルの亜種みたいな喜劇的かつ実験的な音楽は、哲学者ニーチェが提唱する深淵の精神世界に聴くものを引きずり込む。

2011年の2ndアルバムから2019年の前作までは、イェンス・ボグレン~デヴィッド・カスティロラインの王道路線を貫き通してきた彼らだが、本作に至ってはLeprousとともに10年間歩んできたそれらの(裏方)エンジニアとは完全に手を切った形で制作され、彼らは10年のディケイドを区切りにメタルというジャンルを超越した先にある、人類がまだ見ぬ未踏の地に歩まんとする強い意思を感じさせる作品でもある。

インダストリアルなオルタナ成分を強調した#3“Silhouette”、シガーロスに急接近するポストロック的な#4“All The Moments”、そしてその超越的な意識の高さを象徴する#5“Have You Ever?”は、そのエイフェックス・ツインばりに低音を効かせたダークなエレクトロな電子的アプローチをはじめスリリングなストリングやピアノを擁した作家性の強い作風という面でも、現代プログレ界を代表するスティーヴン・ウィルソンのソロプロジェクトにおけるエクストリームではなくエクスペリメンタルなアート・ロック、その系譜に名を連ねるようになった事を意味している。その伝統的なクラシック・ロックとモダンな電子音がジャンルの垣根を超えて共存し合うジャンルレスな音世界は、それこそ“イェンスの呪縛”から逃れて初めて自由を手にした本作だからこそ可能にしたものと言える。

個人的に、ex-KATATONIADaniel Liljekvistの次の好きなメタルドラマーであるBaard Kolstadのドラムが堪能できる、と同時にようやく「レプティリアンらしい、もといレプラスらしい」と呼べなくもないシングル曲の#6“The Silent Revelation”に至っても、メタラーがイメージするような普通のメタルとは一線を画す曲なのは確か。と愚痴ってみても、センセーショナルに煽るストリングスとサンダーキャット並のコーラスワークを駆使したファンキーでブルージーな#7“The Shadow Side”、完全にあの往年の名曲のオマージュというかカバー曲にしか聴こえない、まさにシャンソン歌手さながらのエイナルの超絶歌唱が炸裂する慈悲深きバラードの#8“On Hold”、からの素直に感動を覚えるほど優美なアコースティック・バラードの#9“Castaway Angels”、そして最後の最後にメシュガーの正統後継者感をチラ見せするドSな#10“Nighttime Disguise”まで、正直ここまでの説得力しかない歌声を目の前にしたら、どんな不平不満も「全部許す!」となっちゃうのも事実。

でも正直、前作を踏襲したこの「エイナルのオナニー路線」も本作でやりきった感は否めないので、次作あたりでそろそろメタル路線に回帰してほしいというか、リアルな話...次作以降もこの路線が続くとなると天才ドラマーのバードくんが脱退する可能性が著しく高まってきそうなので、唯一そこだけは懸念する部分。確かに、本作は一聴するだけでは地味に聴こえがちだけど、噛めば噛むほど味が出るスルメタイプの作品であることは確かで、脱イェンスして初となる本作は本作で過去作同様に飽きさせない豊富なアレンジと各メンバーの変態的なスキルに裏打ちされた楽曲の完成度は尋常じゃないほど高く(事実、近作の中では一番好き)、最後の#10も一応メタラーに対してのアリバイ作りになってるというか、それこそ次回作の伏線である可能性もなきにしもあらず。しかし、そんな淡い期待を持つよりも今はバードくんの生え際が心配で夜も眠れない。

Liturgy 『Origin of the Alimonies』

Artist Liturgy
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Album 『Origin of the Alimonies』
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Tracklist
01. The Seperation Of HAQQ From HAEL
02. OIOION's Birth
03. Lonely OIOION
04. The Fall Of SHIEYMN
05. SIHEYMN's Lament
06. Apparition Of The Eternal Church
07. The Armistice

【朗報】ハンター・ハント・ヘンドリックス、めちゃくちゃ可愛い女の娘だった

前作の4thアルバム『H.A.Q.Q.』を聴いて改めて思ったのは、彼らLiturgyの音楽の率直な感想として浮かび上がる「何がなんだかわからない」、そんな彼らの「わけのわからなさ」を司るのがバンドの中心人物であるハンター・ハント・ヘンドリックスの性別(SEX)のわからなさを起因としている説を証明するかのような、約1年ぶりとなる5thアルバム『Origin of the Alimonies』のキリスト教における三位一体を象ったアートワークを見た瞬間、今から二十数年前の僕の身に起きた黒歴史すなわちトラウマという名の『惡の華』が咲いたよ(ハナガサイタヨ〜)。

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その衝撃の出会いとは、まだ自分が10歳にも満たない子供の頃の話。父親のカーステにあったX JAPANのカセットテープ版『Jealousy』の表紙に写し出されたYOSHIKIの裸体アートワークを目にした時だった。人生経験の浅い10歳前後ってまだ長髪=「女性の象徴」という固定概念が根付いてる時期でもあるし、同様に胸元にあるおっぱいの膨らみもそうだった。確かに、確かに現実の世の中にはAAAカップの女性が存在している可能性もなきにしもあらずで、その女性特有の胸部の膨らみも「長髪」と同様に「女性」を象徴するアイコンの一つだった。つまり、幼少期という未知の存在に対する先入観や偏見のある子供時代の自分にとっては『Jealousy』のアートワークは『未知との遭遇』そのものであり、当然のように頭の中が混乱したわけ。それこそ「えっ、なんで・・・?この表紙に写っている黒パンティを履いた長髪の人(YOSHIKI)は女性なのに何でおっぱいがないの?!わかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないいいいいいうわああああああああああああぁぁぁぁぁあああああぁああ(ドピュ」という風に、それが思春期に差しかかる直前に起こった、自分の中にある『惡の華』が目覚めた瞬間だった。

そんな他人に言えない黒歴史を持つ僕は、この『Origin of the Alimonies』のアートワークに刻み込まれたヘンドリックスの裸体と『Jealousy』YOSHIKIの裸体が時を超えて重なり合い、ある種のトラウマとして脳裏にフラッシュバックした事は今さら言うまでもない。まず女性の象徴の一つである「長髪」と胸部にあるおっぱいの膨らみ、女性特有のファッションの一部である艶やかなネイルが施され、そしてこんな真っピンクな乳首は未だかつて見たことがなかった。それこそ「ヒャダ!!この長髪の人、ピンクチクビの美乳なのにチンコが生えてるフタナリなのかなんなのかもうわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないいいいいいいうわあああああああああぁぁぁぁっぁあああ(ドピュ」みたいな、言うなれば20年越しの「セカンド精通」を果たした黒歴史的な瞬間だった。

冗談じゃなく本当にわからないし(というか普通に男を疑う余地すらなかった)、普通に考えたらLGBTQ.Q.に属する人である事が推測できるし(恐らくトランスジェンダー)、今流行りのディープ・フェイクなのかすらわからない。なんだろう、この性別(SEX)も髪型やおっぱいなどの身体的特徴すらも「何がなんだかわからない」、その男女の性別における「曖昧さ」こそがLiturgyの音楽を紐解く上において最も重要な真髄であり真実でもあって、つまりどちらか「一つ」に定められた性別の境界線を超越(Transcendental)したブラックメタルがこのLiturgyであり、「男らしさ」や「女らしさ」という悪しき時代の呪縛から解放された、「男性(Man)」でも「女性(Women)」でもない“ジェンダー”の概念をTranscendentalした宇宙人もとい「超越者」と性別欄に記すべき存在がこのハンター・ハント・ヘンドリックスなんですね。

よって思春期を迎える前にYOSHIKIの裸体で精通している僕が、約20年の時を経てLiturgyヘンドリックスと引かれ合うことは以外でもないんでもない「別に普通」の出来事だったんですね。ある意味、僕は幼少時の時点で「ジェンダーフリーの美学」を無意識のうちに学んでいたという事でもある。無意識のうちに「ジェンダーフリーの美学」を学んでいた案件といえば、他でもない僕が「DNAレベルで日本一のジョジョオタ」である理由、それこそ女性誌の女性モデルの顔をベースに男性キャラを描く荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』という一種の「ジェンダーレス漫画」の底の根へと繋がっている話でもあって、(今でこそダイバーシティ=多様性が求められる時代だが)当時の荒木飛呂彦は週刊少年ジャンプという圧倒的に男性主人公が多い漫画雑誌で徐倫という女性キャラを主人公にしたジェンダーフリーの精神が根付いた偉大な漫画家でもある。

実は、YOSHIKIヘンドリックスには他にも共通点があって、それこそロック畑のミュージシャンでありながらクラシック/オペラにも精通している点。なんだろう、どの国も、いつの時代も、音楽界や芸術界で古い既成概念を打ち破る破天荒な異端児はクラシックに精通し、なお且つ性別をも超越しているんだなって。俄然面白いのは、YOSHIKIといえば天皇陛下御即位十年を祝う国民祭典で自身で作曲した奉祝曲を御前演奏している人物で、一方のヘンドリックスは4thアルバム『H.A.Q.Q.』の中で日本の伝統的な古典音楽=雅楽でもお馴染みの篳篥や龍笛を駆使した、例えるなら『乱歩地獄』を総合演出家エイフェックス・ツインが喜劇化したような傑作を生み出したこと。互いにクラシック音楽だけでなく日本の古典音楽や国民的な典礼(Liturgy)にも精通しているという謎の共通点w

前作のレビューでもチョロっと書いたけど、「なにがなんだかわからない」まま最終的に出した結論が「クラシック音楽の方程式でブラックメタルを解いた」のがLiturgyの音楽であるということ。何を隠そう本作の『Origin of the Alimonies』は、その問いに対するバンド直々の回答であるかのように、集大成的な前作から方向性はそのままに、ヘンドリックスという異端児を形成するクラシック/オペラの教養から展開されるクラシックならではの常識的かつ様式美的な要素とブラックメタルならではの非常識的かつ非様式美的な要素という相反する者同士が、2020年というリアルにバグった世界で運命的な邂逅を果たしたような、性別で例えるなら【ブラックメタル=男】と【クラシック=女】というように、交わりっこない音楽同士が性別を超えてTranscendentalしちゃったのが本作品(『H.A.Q.Q.』における「METAPHYSICS」パート)。そのクラシックの様式美的な固定概念と、ジェンダーの世界における固定概念がバグって(不協和)音を立てて崩れ落ちていく「破壊の美学」という点でも、もはやヘンドリックス「ブラックメタル界のYOSHIKI」と言っても過言じゃあないかもしれない。

TVゲームでもプログラミングの世界でも“バグ”というのは付き物で、(勿論ないに越したことはないんだけど)どうやっても出ちゃうのがバグという厄介な存在だ(そのためにデバッカーの仕事がある)。例えば、ゲームにおける「見えない壁」があるとする。それはオープンワールドと呼ばれるゲームでも存在する。その壁はプレイヤーの力ではどうやっても通ることができない。しかし、そのどうやっても越えられない壁を越える方法が一つだけある。それが「バグ」だ。

IT業界におけるコンピュータ・プログラムのバグ=ウイルスと同じ解釈で、ゲームにおけるバグの一つであるグリッチを音楽的ギミック=バグ表現として応用しているのがこのLiturgyに他ならなくて、彼女たちはクラシック音楽とブラックメタルの間を隔てる絶対に越えられない「見えない壁」を、そのデジタル界におけるバグ=人間界におけるウイルス=音楽界における(ババババババババ)グリッチという名の「裏技」、つまり想定外の不確定要素を逆手にとって意図的にバグらせることでその見えない壁をTranscendentalさせ、「正常」を超えた「異常」とはまた別次元の裏世界にたどり着いている。それはまるで新人類の誕生を暗示しているようでもあり、これがホントの「ウイルス進化論」ならぬ「バグ進化論」ってほどに。

実は今年、Liturgyの他にも音楽ジャンルの境界線=ボーダーラインを超えたTranscendentalなバンドが複数実在していた。それがポストブラックメタルの開祖であるUlverと、そのUlverのオルタナティブな精神を受け継ぐ後継者であるアンダーグラウンド・メタル界の重鎮Oranssi Pazuzuという2組の北欧バンドだった。その2組が今年リリースした2020年の年間BESTアルバムに共通する“トラップ”、もはやクラシックとブラックメタルの壁をTranscendentalさせた超越者にとっては、僕が提唱している「Djent=Trap説」に対する答えを用意するのはあまりに容易い事だったのかもしれない。

本作の中で最もTranscendentalしちゃってる#5“SIHEYMN's Lament”は、ジャズ風味のある前半に展開されるトラッピーなビートを刻むパートから、後半に展開される(厳密に言えばDjentの生みの親である)メシュガー然とした現代モダン・ヘヴィネス、そのクラシックとは真逆のイマドキのトラップとモダンなヘヴィネスを邂逅させるという、改めてポストメタル界におけるガニキの影響力たるや、だてに「10年代メタル総選挙ランキング同率1位」じゃないなって。

今年、まさかUlverOranssi Pazuzu以外に「メタルにおけるトラップのあり方」を正しい解釈で持ち込んだバンドが登場するなんて想像もしてなかったけど(間違った解釈の例がBABYMETAL)、冷静に考えたら不可能を可能にしちゃう実験的というよりは常識を超えた超越者兼変態であるこのLiturgyがそれをやらないわけがなかった(むしろ3rdアルバム『The Ark Work』の実験性がここへと繋がった感)。もっとも面白いのは、それらに該当するバンド全てがブラックメタル界隈からというのが何より興味深い話で、結局のところ古臭い既成概念をブチ壊すのはブラックメタルという音楽界の異端児という「よくあるオチ」でしかなくて、正直本作におけるクラシックとブラックメタルの融合ウンヌンよりも断然コッチのが凄い事やってる説まである。

Loathe 『I Let It In And It Took Everything』

Artist Loathe
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Album 『I Let It In And It Took Everything』
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Tracklist
01. Theme
02. Aggressive Evolution
03. Broken Vision Rhythm
05. 451 Days
06. New Faces In The Dark
07. Red Room
08. Screaming
09. Is It Really You?
10. Gored
11. Heavy Is The Head That Falls With The Weight Of A Thousand Thoughts
12. A Sad Cartoon
13. A Sad Cartoon (Reprise)
14. I Let It In And It Took Everything…

10年代が瞬く間に終わりを告げ、メタルシーンではメロデス界のレジェンド=チルボドがメタル史において過去類を見ない最悪の解散宣言を引き金に、90年代の“メタル暗黒時代”という『悪夢』が再びさし迫ろうとしていたその時、まるでこれからの20年代という激動の時代の幕開けを告げるかのように、20年代に突入すると同時に「新世代の波」がメタルシーンに押し寄せていたことを、あの日の僕たちはまだ知らない。

ここで10年代のヘヴィネス界隈を振り返ってみると、10年代を象徴するヘヴィネスとして最も影響を与えたのが“メシュガーの音”であり、その“メシュガーの音”はUSヘヴィロック界のレジェンドTOOLDeftones、そのメシュガーと並んで“10年代のメタル総合ランキング1位”でお馴染みのモンスターバンドGojiraにも多大なる影響を与えるほどで、そして何と言っても10年代のメタルシーンで一つのトレンドとしてあったDjentなるジャンルを生み出したのも記憶に新しい(なお)。例えば、Gojiraで言うところの2016年作の『Magma』TOOLで言うところの2019年作の『Fear Inoculum』は、いわゆる“メシュガーの音”の影響が著しく表面化した作品である。

そしてデブ豚ことDeftonesはというと、それこそ10年代のデブ豚の何が凄いって、それこそ“メシュガーの音”をオルタナティブの解釈をもって自身の音楽性に取り入れた所にあって、まさにその金字塔と呼べるのが、10年代のデブ豚Repriseに移籍して1発目となる2010年作の『Diamond Eyes』であり、そのアルバムから2年後にデブ豚にしては珍しく感覚を詰めてリリースした2012年作の『恋の予感』という、こっちはメシュガーというよりはDjent的な解釈をもってライトな感覚でスタイリッシュに聴かせる作品で、それら2010年代のデブ豚を象徴する2大名盤を10年代に入ってスグに発表した、その先見の明とその才能に改めて脱帽する(なお次のGoreさん)。

面白いのは、この手の“メシュガーの音”をオルタナとして解釈したモダン・ヘヴィネスが、今はポストメタルの一種として分類され始めているところで、その潮流を決定的なものとしたのが、10年代の最後にTOOLが13年ぶりに発表したアルバム『Fear Inoculum』なんじゃねえか説。とにかく、もはやデブ豚TOOLは従来のポストメタルが持つ規定概念を覆しちゃった変態なんですね。そして、そのデブ豚TOOLが10年代にシーンに示した革新的なモダン・ヘヴィネス、全く新しいポストメタルの形を受け継いで、そこから更に“20年代のヘヴィネス”としてアップデイトしたのが、このUKはリヴァプール出身のLoatheだった。

このLoatheを一言で例えるなら、白ポニー時代のDeftones“20年代のヘヴィネス”にアップデイトしたようなバンドで、2ndアルバムとなる今作『I Let It In And It Took Everything』のリード曲を飾る“Aggressive Evolution”を聴けばわかるように、マスコア界のレジェンドThe Dillinger Escape Planの影響下にあるカオティックなコアさ、UKのレジェンドSikthを思わせるヌーメタル系特有のウネり、“10年代のヘヴィネス”を20年代のヘヴィネスへと“アグレッシヴ”に進化させた重低音、そしてリードボーカルによる教科書通りのクリーンボイスから放たれるナルいエモ系入ったセンチな歌メロ、それらの要素が相対性理論を無視して光の速さでクロスオーバーした、それこそ20年代のメタルを牽引していくであろうアメリカのCode Orangeに対するイギリスからの回答、という少しチープな例え。


この“新世代”を予感させる“伏線”みたいなのって何かあったっけ?って考えた時に、まず真っ先にBMTHが昨年発表した『amo』を思い出した。実は2018年の終わりぐらいに、それこそちょうどDIR EN GREY『The Insulated World』を聴き込んでいた時期に、例のダニ・フィルスをおもちゃにしたリード曲“Wonderful Life”のMVを見た瞬間、久々にBMTHについて書くことになるだろうと確信を得たほどの革新的なヘヴィネスだと直感的に思った。この曲の何がヤバイって、まずメシュガー化したGojiraを象徴する“The Cell”のモダン・ヘヴィネスを引用することで、たった一曲のヘヴィネスでメシュガーゴジラメシュゴジという“10年代のメタルバンド総合ランキング”のワンツーへの理解とリスペクトを示している点。あの『amo』って、出自がデスコアのBMTH“Xperiaの広告塔”に成り上がらせた、一見ただのメインストリームのポップスと見せかけて、実は次世代=20年代のヘヴィネスまで先取りしちゃってて、やっぱこいつら洒落にならないほど天才だなって。そういったメタル界のトレンドをしっかりと理解した上で、オリィ今のメタルはクソだと言ってるんですね。炎上覚悟で文句を言いつつも、ちゃんと“メタルの未来”が見えてたんですね。

そしてもう一つ、先述したように2018年にBMTH“Wonderful Life”と出会う瞬間まで聴き込んでいたのが他ならぬDIR EN GREY『The Insulated World』だったという事にも大きな「繋がり」と意味があって、実はこのアルバムもデブ豚と同じようにメシュガー以降の10年代のヘヴィネスをオルタナティブな解釈で自身の作品に落とし込んだ案件で、まさにディルがこのアルバムの中で表現したヘヴィネスこそ“新世代”の伏線である、と同時に『The Insulated World』の凄さは翌年にアルバムをリリースしたBMTHTOOL、そして20年代の新世代を象徴するLoatheの存在が証明しているんですね。例えば、BMTH“Mantra”の少しインダストリアルなヘヴィネスはディルの“Sustain the untruth(シングル版)”と共振するし、そもそもディル自体がBMTHTOOLに影響されまくっているバンドなので今更感はあるけど、本来とっくの昔に書いているべき『The Insulated World』のレビューは全部知っているからこそ(BMTH +TOOL=DIR EN GREY)、これら全ての「繋がり」を知っているからこそ書けない。書けすぎて書けない、厳密に言えばメンドクセーから書かないw


確かに、クリーンボーカルの歌い方やエフェクトも歌メロもほぼほぼデブ豚チノのモノマネ芸人かってぐらいには露骨に白ポニー時代のデブ豚なんだけど、『恋の予感』を誘発するロマンティックなシンセが官能的でラブリィなムードを生成するバラードの#4“Two-Way Mirror”は、白ポニーというよりは『恋の予感』デブ豚っぽくて、UKポストハードコアレジェンドのFuneral For A Friendリスペクトな#8“Screaming”はいかにもUKらしいバンドって感じだし、レディへみたいなイントロから始まるエモエモのエモなバラードの#9“Is It Really You?”は、ドゥームゲイズじゃないけどNothingや同じデブ豚フォロワーのJuniusっぽいし、#10“Gored”はデスコア系ジェントというか全盛期のBorn Of Osirisっぽいし、そういった意味では00年代のデブ豚と10年代のデブ豚を繋ぎ合わせるかのようなバンドでもある。

デブ豚も90年代のシューゲイザーをバックグラウンドの一つとしているけど、このLoatheはシューゲイザーはシューゲイザーでも初期のWhirrNothingをはじめ、それこそ“10年代のヘヴィネス”とともに10年代を象徴するジャンルとして黎明期を迎えたポスト・ブラックメタル、そのシーンのアイコニックな存在となったDeafheaven界隈にも通じる側面を持っている。例えば、ドリーム・ポップ〜アンビエント〜シューゲイザーのラインを行き来するCigarettes After Sex的なアンニュイでフェニミンな浮遊感を内包した、まるで夜のネオン街を艶かしく照らし出すノスタルジックなシンセ、あるいはUlverRadioheadを連想させるアンビエントなアトモスフィア、それらの曲間に挟み込まれる白昼夢を彷徨うかの如しモノクロームの音響センスは、Deathwish時代のデッヘを嫌でもフラッシュバックさせる。ここまでデッヘFFAFUKマスコア新世代モダン・ヘヴィネスでって、もはやRolo Tomassiへの回答であるかのような#11“Heavy Is The Head That Falls With The Weight Of A Thousand Thoughts”は、デッヘは元より新世代フォロワーのMølっぽいというよりもHoly Roar感。ここでも近年のUKバンドを象徴するRolo Tomassiをしっかりとフォローしている点も、ただのデブ豚フォロワーと切り捨てるには時期早々だと思わせる。なんだろう、一見ただのデブ豚フォロワーに過ぎないかと思いきや、実は10年代のメタル界のトレンド全部載せみたいな、ありとあらゆる“イマドキ”のトレンドをクロスオーバーさせた20年代のオルタナティブ・ヘヴィ。ちょっと前まではデッヘが新世代メタルとしてメディアに担ぎ上げられてたのに、20年代に入って早くも次の新世代が現れた感。次世代の波が押し寄せてきた感。

これは後になって気づいたことなんだけど、バッリバリのイマドキ系かと思いきや、10年代のメタルシーンで最も成り上がったエンジニアであり“テイラー・スウィフトのマブダチ”ことイェンス・ボグレンを今作のマスタリングとしてフォローしているコアなメタラー気質も推せる。この手のエモ寄りのバンドとイェンスの組み合わせって結構珍しいし、本当の本当に聴くまで全く知らなかったから、そういった引力的な意味でも俄然推せる。しかし、それを差し置いて1番に面白かった事実は、Loatheが所属しているレーベルが日本一のメタルバンドであるCrystal Lakeと同じSharpToneってのが最も信用できる要素だけど、恐らく2秒でSumerianないしは、それこそ(Reprise)的な意味でもデブ豚と同じRepriseあたりに引き抜かれそう・・・と思ったら、既にメタル最王手のニュークリアブラストの魔の手が・・・w

確かに、この手のポストハードコア系ラウドロックが好きな人には刺さると思うけど、そうじゃない人にはただのデブ豚フォロワーの域を出ないかもしれない。しかし明らかにDjentやメシュガーをはじめとする10年代のヘヴィネス、その従来のモダン・ヘヴィネスのどれとも違う、強いて言うなら“新世代のヘヴィネス”としか例えようがないのも事実。まさに重の重の底まで出力する次世代のヘヴィネスに『恋の予感』が芽生えること請け合いです。これ同じ新世代枠のCode OrangeCrystal Lakeのスリーマンないっすかね?え、コロナでそれどころじゃないって?ホーリーシー・・・。

Liturgy 『H.A.Q.Q.』

Artist Liturgy
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Album 『H.A.Q.Q.』
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Tracklist
01. HAJJ
02. Exaco I
03. Virginity
04. Pasaqalia
05. Exaco II
06. God Of Love
07. Exaco III
08. HAQQ
09. . . . .

いきなりだけど、当ブログのレビューが完成するまでの工程というか仕組みについての話。ほとんどの読者はお気づきのとおり、自分には文章を書く上で定型的な型という型がないので、全て一から、基本的には音源を聴いて閃いた言葉=Wordを接続詞で半ば強引に繋いで文章にしていく(もはや文章の体をなしていない)スタイル。例えば本文として書く前にiPad Proのメモに閃いた言葉=Wordや書きたい短文から、一度頭の中でレビューの全体像をイメージして一つずつ構築していく形、それをパズルのように組み立てていく感じ(なお、一度もイメージ通りに書けたことはない模様)。

とはいえ、そのiPadのメモの中には様々な事情でお蔵入りとなったメモ書きが現在100本以上あって、その中の大半は書けそうなネタが見つからなくてボツになったパターンなんだけど、しかしその逆に書けるネタがあり過ぎて、メモ書きの状況から本文の文章(文字数)を想定した結果、推定1万文字を優に超える可能性があるレビューも数本かはあって、その「書け過ぎて逆に書けない」案件の記事を書くか書かないかは、その時の自分のモチベーションや気分次第、あとはタイミングが全て。(ちなみに、2018年末のBTSの記事は初めてiPad Pro+Smart Folioで記事を書いた記念日)(そっからはもうPCじゃなくてiPadがメイン)(微妙な変化に気づいた読者おる?)

このニューヨークはブルックリン出身の4人組で、爽やか変態イケメンことハンターハント・ヘンドリックス率いるLiturgyも決して例外ではなくて、彼らの名を一躍アンダーグラウンド・メタルシーンに轟かせる事となった2011年作の2ndアルバム『Aesthethica』がリリースされた時は、その音源を聴いた瞬間にこいつらはデフヘヴンと共にシーンの最重要バンドになる!と確信した。しかし、いざ張り切って記事にしようとしても一体何を書いたらいいのか分からない、事実その時(当時はiPad mini)に書いたメモには何がなんだか分からない・・・の14文字、たったそれだけだった。そんな風に一度は書くことを断念した僕が、何故またしてもこのLiturgyについて書こうとしているのか?その理由こそ、このアルバムだけは、これだけは何としても書ききらなきゃいけないと、そう心の底から思わせる傑作だからなんです。

2011年に『Aesthethica』がリリースされた当時は、同年に発表されたDeafheavenの1stアルバム『ユダ王国への道』とともに、いわゆるスクリーモや激情ハードコア側からブラック・メタルというジャンルを再解釈した、それこそ“全く新しいブラックメタル”=“New Black”の登場に、当時の音楽シーンはピッチフォークを筆頭に歓迎ムードもあれば、その一方で“ピッチ・ブラック”と揶揄する批判と戸惑いの声が飛び交っていた。2011年はその2枚のアルバムと、その(2年)後に歴史的名盤『Teethed Glory and Injury』を遺して“ポスト・ブラック界の伝説”となるアイルランドのAltar of Plaguesの2ndアルバム『Mammal』も重なって、まさにポスト・ブラックという新興ジャンルの「これからの10年」を運命づける、それこそポスト・ブラック時代の始まりを告げる金字塔という名の教典と呼ぶべきものだった。

中でもLiturgy『Aesthethica』は、その三強に次ぐUSBMのKralliceに肉薄する猟奇的なトレモロ・リフやマスコア的な変拍子を駆使した気狂いじみたカオティックな動きで、常に躁状態で精神異常をきたしたような「イッチャッテル」アルバムだった。そして2015年作の3rdアルバム『The Ark Work』では、そのイッチャッテル2ndアルバムより更にバグ感マシマシにイッチャッテル、全編クリーンボーカルでグリッチやIDMに精通する電子音を多用した、もはや実験的だとかエクスペリメンタルだとかそんな次元の話じゃない、言うなれば“ブラック・メタル化したエイフェックス・ツイン”さながらの頭のおかしな怪作で、ポストブラ界隈のファンを失意のドン底まで叩き落とした事が記憶に新しい。

そんなイッチャッテル彼らの音楽性を、仮に、仮に90年代に一大ブームを巻き起こしたミニ四駆のモーターで例えるなら、公式大会では使用禁止の価格もクソ高いゴールドチャンプや覇王ばりにぶっ飛んだ回転数を搭載するカッ飛びメタルで、それこそおもちゃ屋に設置された屋外コースのレース中にコーナーリングで場外にぶっ飛んで、そのまま車にぶっ潰されるシュールな最期を遂げる、ちょっとした“破壊の美学”すらある音楽性(やっぱわけわかんねぇ)。

ここで、この2000年代後半から2010年代初頭のポスト・ブラック黎明期を支えた三強を映画監督で例えると、まずDeafheaven『ミステリアス・スキン』『13の理由』グレッグ・アラキ監督Altar of Plagues『アンチクライスト』の鬼才ラース・フォントリアー監督、そしてLiturgy『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』の奇才アリ・アスター監督で、その流れで三強をキ◯ガイ度で例えると、Deafheavenが「ファッション・キ◯ガイ」、Altar of Plaguesが「キ◯ガイのフリをした健常者」、そしてLiturgyが「ガチモンのキ◯ガイ」って感じ。

主にキリスト教(カトリック)で常用される礼拝や典礼を意味するLiturgyという名を冠し、それこそ2ndアルバムのアートワークには十字架と逆十字を掲げているように、宗教的および哲学的な思想やスピリチュアリズムをバックグラウンドとする音楽性と、長編映画デビュー作の『ヘレディタリー』が世界中で話題を呼んだホラー映画界の新星アリ・アスター監督が描く通常のホラー映画とは一線を画する悪魔崇拝的な世界観は、音楽界と映画界という違いはあれど互いに共振するものがあって、事実この約4年ぶりの3rdアルバム『H.A.Q.Q.』は、アリ・アスター監督の新作映画『ミッドサマー』の題材=スウェーデンの田舎で催される90年に一度の真夏の祝祭の裏サントラなんじゃねえかぐらいに共振する、例えるならクラシック音楽の公式でブラックメタルやグラインドコアやマスコアやアヴァンギャルドやグリッチの数式を用いて強引に解いちゃったようなイカレ具合。

突如として怪作だった前作をフラッシュバックさせる、IDM風のゲーム音楽みたいな幕開けを飾る#1“HAJJ”から、日本の伝統芸能であり様々な公的な行事や神聖な催しの際にお目にかける雅楽でもお馴染みの龍笛や篳篥、そしてハープと奇怪なトレモロが織りなす神々しいまでに美しい音色が“和製Kayo Dot”の装いで俄然アヴァンギャルドな世界観を形成し、例えるなら子供の頃に友達とスーパーマリオやってて誰かがスーファミの角に足をぶつけた瞬間にゲーム画面が止まってスーパーマリオがイヤッフゥゥゥウウウウアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ババ゛バみたいにバグって、さっきまでワイワイ楽しかったのが急にちょっと怖くなる現象に近いバグ音が瞬く混沌の中で、まるでカタワの道化とそのワッパみたいな龍笛と篳篥が奏でるピロピロピ~と和ホラー的な恐怖を誘発する素っ頓狂な不協和音のシュールな絵面がもうアリ・アスター映画そのもので、この曲のクライマックスはまさに祝祭と言わんばかりのド派手で過激なカ(ー)ニバルが執り行われているかのような惨劇(文章もバグってる)。

衝撃的な幕開けからギャップレスな流れでクラシカルなピアノのインストに繋ぐ構成もポスト・ブラックの王道的な常套手段だし、ハープの美しすぎるイントロからブラゲ然とした幕開けを飾る#3“Virginity”では、それこそDeafheavenの1stアルバムを想起させる、ちょっと意外過ぎて軽く引くぐらい王道的で扇情的なUSBMを展開する。一転して鉄琴やビブラフォン、そして荘厳なストリングスをフィーチャーしたポストメタル系の#4“Pasaqalia”、それこそ90年に一度の祝祭が始まる夜明けの如し不気味な鐘とピアノが鳴り響くインストの#5を挟んで、そして名作ヒューマンドラマ映画のサントラばりに感動的なストリングスで始まる#6“God Of Love”は本作のハイライトで、その『愛の神』というタイトル通り、『愛』『愛』でも異常な『愛の暴力』を受けているような、まさに映画『ミッドサマー』を音像化したような、まるで気分は謎の怪奇現象に襲われてダメだダメだダメだ、こいつダメだ、こいつ怖い、こいつ危ないと口走る稲川淳二。

再びピアノのインストを挟んでからの表題曲の#8“HAQQ”は、まるで納期間近にデバック作業に追われるゲーム会社の末端社員とばかり、しかしバグがガン細胞のように増殖して頭バグリマクリスティとなり、遂にはデバッカーの頭もバグってバグったマスオさんばりに「びゃあ゛ぁ゛ぁ゛う゛ま゛ひ゛ぃ!」と発狂不可避の“バグソング”で、最後のエンディングへと繋がるアウトロも祝祭の儀式が終わった事後みたいな、それこそラスボスの『神』を倒した後に出てくる裏世界の裏ボス登場みたいなピアノと教会の鐘が不揃いに鳴り響く...それはまるで日常が手のひらからこぼれ落ちていく恐怖。そして日本のシューゲイザーアイドルの・・・・・・・・・リスペクトな#9“. . . .”はまさに無の境地で、そこに残されたのは純粋な悪意が込められた剥き出しの暴力と『神』への信仰心という名の狂気だけ。この表題曲を筆頭にグリッチ要素が今作最大のキモとなっていて、曲展開のギアチェンというかトリガーの役割を担っているのが電子的なバグ音で、いわゆる“プログレッシブ”という音楽概念に対してこんな狂った手法を用いた解釈は生まれてはじめて見た。このイカレサイコ具合を例えるなら、これはもう“ブラック・メタル化したデス・グリップス”だ。

なんだろう、ザックリと言ってしまえばクソプログレッシヴかつクソアヴァンギャルドかつクソグリッチーかつクソカオティック、そしてクソドラマティックなアルバムで、それはまるで喜劇的な舞台を観劇しているような、それはまるでシェイクスピアの名作『マクベス』『音』で観劇している気分。それこそ前作は全編クリーンボーカルで、ラップみたいな要素も取り込んだあまりにも前衛的な、それこそブラック・メタルという概念を超越(Transcendental)してアヴァンギャルドにし過ぎてヒンシュク買ったから、仕方なく2ndアルバムのマス系USBMをぶっ込んで、つまりヤベーやつとヤベーやつを光の速さでネルネルネルネしたらもっとヤベーのできた感、歪んだ畸形の音が生まれちゃった感。事実、アートワークにある今作を構成する元素のフローチャートにも記されているように、前作を中心に過去作のメロディやアレンジを引用している部分もあって、それこそ2ndアルバムと3rdアルバムがモノの見事に融合した感じ。極端な話、前作のクリーンボイスがバグったスーパーマリオに替わっただけと考えたら、むしろ逆にやってることは案外シンプルで単純明快かもしれない。それぐらい、一見破綻しているようで実は恐ろしいほど綺麗にまとまっている。あと、めちゃくちゃ音のスケールがデカくなったのも確か。

このアルバムの何が凄いって、ポスト・ブラック界の二大名盤と名高いAltar of Plagues『Teethed Glory and Injury』における儀式(リチュアル)的なアンチクライストな精神性と、Deafheaven『サンベイザー』におけるまるで気分はアガってんの?サガってんの?皆んなハッキリ言っとけ!アガッテーーーール!なイキスギたパリピ・ブラゲ、そしてその双方が持つモダンなポスト・メタル的な側面を喰らって“ポスト・ブラック界の神”となっている点。もはや神降臨してOMGって感じ。

相変わらず、このバンドの音楽を一言で表すと何がなんだかわからない・・・し、何も答えがわからないまま時間だけが過ぎて最後にはカルト宗教に洗脳された気分になるのだけど、少なくとも本作は10年代の最後にポスト・ブラックを総括するような、それこそポストブラ界の伝説的な2大名盤と肩を並べる歴史的名盤であることは確か。しかし前作の3rdアルバムで死んだフリしてる間にキチゲ溜めまくって、そして10年代の最後の最後にキチゲ放出してバグリマクリスティな大名盤ぶっ放してくるあたりガチで頭おかしいし頭バグってると思う。もはや【Explicit】どころじゃない。間違いなくレイティング【R18+】の音楽です。

それこそ、アリ・アスター映画の映像を音像化したアルバムと言っても過言じゃあなくて、そんなアリ・アスター監督の新作であり、ある種の“ペイガニズム”をテーマにした『ミッドサマー』はトレイラーを観ても明らかにヤバい映画なので、劇場公開前にこのLiturgy(典礼)のアルバムを聴いて耐性をつけておきたい。しかしこの『音』だけでも超怖いのに、それ+映像ありの映画になったら怖すぎて館内で失神するかもしれん・・・。そんなホラー映画好き待望の映画『ミッドサマー』は2月21日公開!(ただの宣伝)

LOVEBITES 『BATTLE AGAINST DAMNATION』

Artist LOVEBITES
LOVEBITES-BATTLE-AGAINST-DAMNATION-promo-photo

mini album 『BATTLE AGAINST DAMNATION』

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Tracklist
1. The Crusade
2. Break The Wall
3. Above The Black Sea
4. Under The Red Sky

いきなりだけど、LOVEBITESの最も評価されるべき所って、ボーカリストasamiの類まれなハイトーンボイスでも、ギタリストmi-ya改めmiyakoの類まれなソングライティングでもなく、ましてリーダーmihoの爆乳でもない、それこそ昨年のデビューEPTHE LOVEBITES EPからたったの五ヶ月で1stフルアルバムのAwakening from Abyssをリリースするという、そのメンバーの「やる気」にほかならない。

そんな「やる気」に満ち溢れたLOVEBITESの御一行は、アルバムリリース以降は国内ツアーを皮切りに、これまでのガールズメタルバンドの常識を覆すように、ワーペドなどの国内フェスへの初出演をはじめ、あのBABYMETALすらなし得なかった世界最大のメタルフェス・ヴァッケンやUKのブラッドストックなどの海外フェスへの主演や海外エージェント契約、そしてメタルハマー誌のニューバンド賞受賞など、今や某メイドがやりたかった海外戦略を次々と実現させている。まさか”ポストベビメタ”路線に乗っかったのが、某メイドでもパスコでもなくこのLOVEBITESだとは全く想像もしてなくて、いやはや杉山氏というかビクターの本気おっかねぇというか、これがレーベルの差か・・・と思い知らされた。

そんなデビューから順風満帆に見えたLOVEBITESに、今年に入ってから唯一の誤算が起こった。それが国内最大のメタルフェス・ラウドパーク中止のアナウンスだった。何故かって、あのヴァッケンとブラッドストックのメインステージでライブやってのけるバンドが国内のメタルフェスにお呼ばれしないわけないし、ましてやラウパに”コネ”がある大手のビクターだしで(昨年のラウパにも顔出ししてる)、そういったバンドの勢いや周囲の条件的にも今年のラウパ出演は決定的だっただけに(メンバーも内心出れると思ってたに違いない)、このタイミングでのラウパ中止のアナウンスはLOVEBITESにとって初めての大きな困難として、大きな向かい風として襲いかかった。

話は変わるけど、おいら、実はスラッシュ・メタル自体はあまり好きではなくて、厳密に言えばスラッシュ・メタルあるいはポスト・スラッシュをルーツにした黄金のキザミ」が好きな人間で、例えば「このキザミのルーツはどこにあるのか?」という風にもう十数年メタルを聞き続けてきて、その「あのキザミ」が聴ける瞬間って実は一年に一回あるかないかで、それくらい激レアな「キザミ」を僕は「キザミ鑑定士」として追い求めていた。そもそも黄金のキザミ」とはなんぞやって話で、バンドを例に出して分かりやすく説明すると、Toolのアルバム『10,000 Days』はまさに黄金のキザミ」の理想形だし、Mastodonの名盤『Crack the Skye』や新世代メタルのDeafheaven『New Bermuda』も「例のキザミ」のセンスを垣間見せていた。LOVEBITESの音楽性に近いシンフォニック/パワー・メタル系にもセンスフルな「キザミ」は激レアだが確かに存在していて、それこそレーベルメイトのアモルフィスのギタリストエサ・ホロパイネンキャメロットのギタリストトーマス・ヤングブラッドによる「例のキザミ」は、キザミ界におけるツチノコ(伝説)として長年語り継がれている。そんな「キザミ界」に今年、ちょっとした衝撃が走った。今年、最低でも「あのキザミ」をルーツとした、あるいは系譜とするバンドが3つあって、その3つのうちの2つがまさか日本のバンドで、それもまさかガールズバンドだなんて、ちょっと信じられないというか、これはまさに「女の時代」を痛感させる2018年最大の出来事だった。

話を戻して・・・そんな向かい風が吹き荒れる中、LOVEBITESは今年初めての音源となるミニアルバム『BATTLE AGAINST DAMNATION』を発表した。

幕開けを飾る#1”The Crusade”から、正直言って国内でも大した実績のない彼女たちが、なぜ世界最大級のメタルフェスに出演できたのか?それは果たして本当に彼女たちの実力なのか?それとも単にレーベルの力によるものなのか?このラブバイツを取り巻くそれらの戯言を無にするような、それら全ての疑問を開始直後の「あのキザミ」によって「納得」させられた。まずイントロから、レジェンドIRON MAIDEN屈指の名曲”Aces High”のオマージュとばかりmi-ya改めmiyakomidoriのツインギターコンビによる叙情的なメロメロでハモリながら勢いよく始まり、そして問題のAメロBメロのバッキングで聴かせる「例のキザミ」に対して、世界有数の「キザミ鑑定士」である僕はすかさずA級ライセンスの「キザミの称号」をギタリストmi-yaに授与した。何度も言うけど、俺レベルのメタル・メディア界のトップになると(えっ)、たった一つの「キザミ」だけでそのバンドのスキルやセンスがいとも簡単に測れます。

これは今の時代にそぐわない発言だけど、女ギタリストでこの手の「キザミ」を理解しているギタリストって恐らくmiyakoが世界初だと思うし、正直これまで某メイドの当て馬にしか思ってなかったんだけど、このたった一つのキザミだけで、このLOVEBITESがガチで本物のメタルバンドであることを証明している。まさかmiyako「キザミの世界」に入門してくるとは想像もしてなかっから、国内トップの「キザミ鑑定士」である自分はさすがに焦ったわ。完全にmi-ya改めmiyakoになってギタリストとして覚醒したわ。正直、デビューEPや1stアルバムではギタリストとしての才能よりコンポーザーとしての才能に一目置いてたけど、このミニアルバムのmiyakoは一転して「ギタリスト」として半端ない才能を発揮している。少なくとも、アモルフィスエサキャメロットトーマスと同じクラスのギタリストとしての「格」があり、それ即ちLOVEBITESが現代メタルのトップレベルに位置することを意味している。勿論、この「キザミ」はベビメタ神バンドにも一生できない「キザミ」です。正直、この「世界で一つだけのキザミ」だけで既存のジャパメタを全部過去のものにしちゃった感ある。

改めて、このミニアルバムはそのタイトルが示すとおり、ラブバイツ史上最高に攻撃的でヘヴィ、アグレッシヴかつソリッドな全編スラッシュ・メタルで、それを証明するかのような2曲目の”Break The Wall”では、もはやAt the Gates直系の北欧型デスラッシュばりに殺傷力と暴虐性をむき出しにしながらキリキザミ込んでいる。勿論、過去作にも「スラッシュ・メタルっぽい曲」というのは幾つかあったけど、この曲はまさに「スラッシュ・メタルそのもの」と胸を張って断言できる。

某セーソクも「めんどくせぇからさっさと泣くがいい」とか言い出しそうな泣きのギターソロから始まる3曲目の”Above The Black Sea”は、欧州産のシンフォニック・メタル然とした大仰なクワイヤを駆使したパワーメタルと思いきや、この曲でもスキあらばセンスフルな「キザミ」をブッ込んてて、4曲目の”Under The Red Sky”に至っては初っ端からキザミっぱなしで、気づけば全曲キザンでたというオチ・・・。#4はasamiの日本のポップスにも精通するエモーショナルなボーカルワークとキザミの相性が最高にグンバツ。

チョット待って本当に、ここまでスラッシュ・メタルの素質あるバンドだとは思わんかったわ。別に、別にスラッシュ・メタルのキザミって猿でもできるけど、でもこのミニアルバムの何が凄いって、キザミはキザミでもキザミにおいて最も大切な「キザミの音づり」で、例えば#1はマストドン『Crack the Skye』に精通する低音ジュクジュク系の「キザミ」だし、#2は古典的なスラッシュ・メタルに精通する「キザミ」だし、#4にいたっては今作と同じエンジニアミッコ・カルミラが手がけたアモルフィス”Silver Bride”に精通するグルーヴィな「キザミ」だし、ここまであらゆる「キザミ」に精通しているギタリストって見たことないし、でも結局それってmiyakoがメタルリスナーとしてのリスニング能力、その素養が高いからこそ成せる一つの才能であり技術なんだろうね。

さっきからずっと「キザミ」ばっか言及してるけど、これ実はソングライティングも目を見張るものがあって、むしろA級ライセンスを取得した「キザミ」よりもライティングのがスゲーんじゃねぇか説あって、特にmihomiyakoの共作の#2はゴリゴリのスラッシュ・メタルかと思いきや曲構成に一工夫、一手間加えられているし、あと毎回思うけど#4みたいなasamiありきの90年代のJ-POPみたいなメロディアスな曲もできるのはバンドの強みで、この曲を書いた過去作でもお馴染みのMaoは、ラブバイツが絶対に手放したくない存在かもね。今回のasamiのボーカルは、ウリとする高域中心の伸びやかなハイトーンよりも低域の力強さを意識した、俄然楽器隊のソリッドなメタルサウンドと馴染むような歌い方で、よりボーカリストとしての柔軟性および器用さを露見している。相変わらず、mihomiyakoからのハードな要求を難なくこなすasamiの存在あってこその作品なんだけど。

過去作で僕が危惧していたのは、このままラブバイツasamiのハイトーンゴリ押しワンマンバンドに陥ってしまう恐れだった。しかし、このミニアルバムではギタリストmiyakoを中心に楽器隊がasamiと肩を並べるまでに存在感が増し、なんだろう「一つのバンド」としてバランスが良くなった気がする。そのお陰で不安は一気に払拭され、唯一と言っていいウィークポイントを克服してきている。その学習能力には感服するばかり。

ヘタしたら1stフルアルバムよりも良いかもしれない。こうやって最高傑作を更新しつづけているのは本当に凄いし、ラブバイツの今の勢いが乗り移っているかのよう。もはや(99%ラインナップされるはずだった)今年のラウドパーク中止がバンドにとって向かい風にならない、むしろこの逆境を乗り越えるだけの「やる気」しかこのアルバムからは感じない。正直、某メイドの当て馬にしか思ってなかったけど、今やブログに取り上げなきゃよかったって今さら後悔するほど、このアルバムで民族大移動が起きてもおかしくないというか、既に某メイドとかいう泥舟から脱出してラブバイツに乗り換えるご主人様が続出しているとの情報もあって、楽曲人気やライブ動員の面で某メイドをブチ抜くのは時間の問題か。個人的には、ラブバイツ某メイドがキャットファイトしてるうちにパスコがブチ抜いていく展開希望w

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