02. Silvera
03. The Cell
04. Stranded
05. Yellow Stone
06. Magma
07. Pray
08. Only Pain
09. Low Lands
10. Liberation
東宝の人気特撮シリーズ『ゴジラ』から名付けられた、デュプランティエ兄弟率いるフランスのGojiraといえば→今作に伴うツアーのサポートに抜擢されたUKのTesseractなどのDjent界隈をはじめ、海外もとい日本国内では「GJ!」は「Good Job!」の略ではなく「GJira」の「GJ!」だと言うくらいのBABYMETALやゴジラと間接的に関わりのあるDIR EN GREY、そして今をトキメクUSのDEAFHEAVENにも強い影響を与え、時代や世代を超えて常に「現代エクストリーム・ミュージックのキホン」あるいはその「象徴」としてシーンの頂点に君臨し続ける獣王だ。そんな彼らを伝説の巨大クジラ『白鯨』としてその名を世界に知らしめる事となった、2005年作の3rdアルバム『From Mars to Sirius』では、この手のエクストリーム・ミュージック界の旗手として欧州での人気を確固たるものにした。そして欧州の覇者となった呉爾羅が次に襲来したのがアメリカだった。2008年作の4thアルバム『The Way of All Flesh』では、現レーベルメイトのLamb Of GodやGODZILLAと同じく「クジラ大好き芸人」のMastodonをはじめとした、現代のアメリカを代表する「アメリカのメタル」を一飲で喰らい尽くし、そしてレーベルをロード・ランナーに移して発表された2012年作の5thアルバム『L'enfant sauvage』では、4thアルバムに引き続きアメリカ流の「モダン・コア化」が著しく進行し、徐々に本来のデス・メタルをルーツとしたスタイルからの脱却を図ろうとしていた。それらUSを代表する猛獣を喰い尽くすことに飽き飽きした怪獣ゴジラが次なる獲物として目をつけたのが、他ならぬUSのプログレ/ヘヴィ・ミュージック界の”タブー”こと『邪神』Toolだった。
4年ぶりに地上へと姿を現した巨大怪獣は、何もかも全てが新しい『シン・ゴジラ』へと突然変異という名の進化を遂げていた。その『変化』は、幕開けを飾る#1”The Shooting Star”から顕著で、『The Hunter』のMastodonを彷彿とさせる、地に足の着いたモダンでポストスラッジーな轟音ヘヴィネスやフロントマンジョー・デュプランティエのサイケデリックなクリーンボイス、そして刻んでるのか刻んでないのかすらわからない空キザミからしても、これまでの「世界一美しくセンセーショナル」と称されたジョーの獣性むき出しの咆哮や「エクストリーム・ミュージックのキホン」とも謳われた粗暴さや速さが抑えられた、意図的に暴虐性なアグレッションや持ち前のスラッシュ・メタル的なキザミ要素を排除したミドルテンポの曲となっている。
そのMastodonとLamb Of Godがエクストリーム合体したようなモダン・メタルコアの#2”Silvera”、デュプランティエ(弟)ことマリオのインテリズムが炸裂する変則的なドラムビートに乗せて、高速テンポで小刻みに刻むスリリングなキザミで始まり、気づけばゴジラの同胞でありインテリキチガイの一角を担うMeshuggahやDeftonesなどの現代モダン・ヘヴィネスをも体内に取り込んでいた#3”The Cell”、もはや「スラッシュ・メタルへのアンチ・テーゼ」とも取れるインテリ気取ったリード・シングルで、『ゴジラ』という名の巨大クジラが起こす巨大津波の衝撃波のようなリフから、オーディエンスにシンガロングさせるボーカル・メロディとオーガニックなヘヴィメタルスタイルのリフで展開し、そして今は亡きAgalloch直系の哀愁ただようクリーン・パートへと繋がる#4”Stranded”は、まさに【反知性主義】万歳の暴虐性と叙情性のコントラストを効かせたプログレ然としたナンバーだ。
イラストレーターのHibiki Miyazaki氏が手がけたアートワークのように、一向に捕鯨を禁止しようとしない日本に対する『怒り』が爆発、つまりマグマのように頭が噴火し、遂にインテリこじらせすぎて頭パープリンになってしまったゴジラを、インテリ系エクストリーム・メタルバンドの境地へと、それこそ「フランスのトゥール」と呼ばざるをえない絶対的な存在へと押し上げたのが、他ならぬ表題曲の”Magma”だ。チャルメラ屋さんの例の音頭が謎の妖術によってラリったようなギターの旋律が、まるでフランスのアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』ばりに70年代風サイケデリックかつ幽玄な世界観を構築し、前作で培った出自がスラッシュ・メタル畑だからこそ成せる『黄金のキザミ』をはじめ、近年のBaronessを彷彿とさせるソロワークや楽曲構成力からは、それこそマストドンの名盤『Crack the Skye』に匹敵する凄みを感じさせる。ある意味、この曲このアルバムは、フレンチ産プログレッシブ・ロック界のレジェンドであるMagmaに対するGojiraなりのリスペクトなのかもしれない。今思うと、Lamb Of Godに近づいてアメリカ市場に本格参入した本当の目的は、アメリカのヘヴィミュージック界の最高権力者であるToolに接近する為の布石でしかなかったんだ、ということ。
その未開の部族の妖しげな宴に導かれるように、フルートの音色を擁するオリエンタルなイントロから、メシュガーの”Bleed”直系のリフをはじめ、それこそメシュガーの産物であるDjentにも、しまいには『ADHD』期のRiversideなどのモダン・ヘヴィネス勢の影響を垣間見せる#7”Pray”や#8”Only Pain”、気づけば北欧ノルウェーの獣神Enslaved(のエルブラン・ラーセン)も喰らっていた#9”Low Lands”、そしてアコギとパーカッションの組み合わせに一瞬耳を疑う#10”Liberation”のインスト最後に、この映画『シン・ゴジラ』は幕を下ろす。
これは『怒り』を原動力にしていた初代のゴジラでもなく、魔改造されたメカニカルでテクニカルなメカゴジラでもなく、『インテリ』を気取った平成の呉爾羅でもなく、アメリカ産のGODZILLAでもない。今の時代に突然変異して産まれた『シン・ゴジラ』である。どの組織にも、どのジャンルにも属さない、当然(ポスト)スラッシュ・メタルでもなければ、もはやエクストリーム・ミュージックですらないが、しかし現代的(モダン)であり一方でクラシックでもある。これまでエクストリーム・ミュージックの舞台で戦ってきたゴジラとは一線を画した、特に『Crack the Skye』以降のマストドンをはじめ、ここまであらゆる方面からの『影響』を直に感じさせる作品は歴代のゴジラの中でも初めてだ。もちろん賛否両論はあるが、ある意味もの凄く実験的なアルバムというか、これは世界の獣神を喰らい尽くし、もう喰らうモノがなくなった末、つまり極限まで飢えに飢えたゴジラが辿り着いた一つの境地と言える。同時に全てが『新しい』ようにみえて、全てが『過去』のオマージュでもある。個人的に、これはこれで「面白い」と思うし、むしろ正統な進化なのかもしれない。
『変化』には代償が付き物だ。その『変化』を恐れず『シン・ゴジラ』へと変貌した勇気は素直にリスペクトできるし、そこが本作を面白くしている一番の要因でもある。『変異』というと、北欧のEnslavedやOpeth、そしてKATATONIAなども同じような『変異』を遂げた。今作ではテッド・ジェンセンをマスタリングに迎え、ジョーがセルフでミキシングしている。このモダンなメタルやりたいのかプログレやりたいのかハッキリしない曖昧なプロダクションをはじめ、まるで死の灰を撒き散らす『シ・ゴジラ』みたいな死鳥をシンボルとして掲げたKATATONIAの『死の王』を彷彿とさせる、灰色の荒廃した世界観にあの時のトラウマが蘇って「うっ、頭が・・・!」ってなる。でもインテリこじらせすぎてインディ・フォーク化する最後の曲とか、もう一体何のバンド聴いてんのかわけわからなくなるし、それこそ「これはもうシン・ゴジラだ」としか他に例えようがなかった。KATATONIAの『死の王』は紛れもなく駄作だったが、この『Magma』はKATATONIAが『死の王』でやりたかった事を自由にやってると感じた。
最後に従来のファンの目線を代弁すると→やっぱりGojiraといえばゴジラの鳴き声SEのように、Gojiraの専売特許である、クジラが尖頭銛でぶっ刺された時に鳴き叫ぶような「キュルルゥゥ!!」というあの鳴き声ギターが俺たちは聞きてぇンだよ!今のインテリ気取ったGojiraにはクジラの血が足りねぇ!もっともっと日本は捕鯨しろ!そしてモリを片手にこう叫べッ!
「KILL 'EM WHALE!!
」








