Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

2022年05月

Gonemage - Master of Disgust​...

Artist Gonemage
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EP 『Master of Disgust​...』
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Tracklist
01. Master of Disgust...
02. Mega Toss Into Crypts
03. WarioWare: Possessed Console
04. Demon Head and the Reign of Stench
05. Foul Portal to Delirium

いわゆるゲーム音楽とデスメタルのファーストコンタクトで思い出されるのは、ミレニアル世代の青春の一本であるFF10のラストバトルで主人公ティーダの前に立ちはだかるジェクト戦のテーマソング(Otherworld)に他ならなくて、当時その音源が収録されたサントラを買ってリピートしまくってた記憶がある。

テキサスはダラス出身のGalimgim氏による独りDIY音楽プロジェクトことGonemageは、いわゆるゲーム音楽を象徴する8bitのチップチューンとブラックメタルをエクストリーム合体させた音楽性を特徴としており、前作の2ndアルバム『Sudden Deluge』から約六ヶ月ぶりとなる今回のEP『Master of Disgust​...』では、満を持してデスメタルとチップチューンをエクストリーム合体させることに成功している。

冒頭からGalimgim氏が手がけたアートワークに刻まれたドット絵ワリオの「Here We Go!!」をはじめとするゲーム内ボイスをサンプリングした表題曲の#1“Master of Disgust...”からして、デスメタルやグラインドコアに精通するエクストリームメタルの暴虐的な殺傷力とサイバネティックスなチップチューンが違和感なく交わっており、正直かなりブルータルなデスメタルに傾倒してて驚いたというか、ゲーム音楽云々以前にデスメタルとして素直に格好良くて反応に困る。なんだろう、例えるならゲームボーイの名作『スーパーマリオランド3 ワリオランド』がバグって裏ステージに突入しちゃった感じの凶悪的な世界観みたいな。

そんなデス/グラインドとして魔改造された凶悪ワリオがプログラムにバグを起こしてゲームボーイ本体をぶっ壊す#3“WarioWare: Possessed Console”を筆頭に、デスラッシュ然とした殺傷力高めな#2“Mega Toss Into Crypts”やサイバーグラインドな#4“Demon Head and the Reign of Stench”、そしてニンテンドーコアらしい和風インストの#5“Foul Portal to Delirium”まで、EPならではの実験性に満ち溢れた、今年のデスメタル界における裏ベストと言っても過言じゃあない一枚。

Gospel - The Loser

Artist Gospel
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Album 『The Loser』
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Tracklist
01. Bravo
02. Deerghost
03. Hhyper
04. S.R.O.
05. Tango
06. White Spaces
07. Metallic Olives
08. Warm Bed

2005年のデビュー作『The Moon Is A Dead World』から約17年の時を経て奇跡の復活を遂げた、ニューヨークはブルックリン出身の4人組、Gospelの2ndアルバム『The Loser』は、前作同様にプロデュース/エンジニアとしてレコーディングに参加しているConvergeのカート・バロウ監修のエモ/スクリーモを経由したハードコアパンクと、初期のMastodonTOOLに代表される現代プログレにも精通する、60から70年代にかけての古き良きプログレッシブ・ロックのクラシックなヴィンテージ・サウンドがエクストリーム合体した「ありそうでなかった」その斬新なポスト・ハードコアは不変で、今なおハードコアシーンの中心を担うカート・バロウのみならず、マスタリングエンジニアとしてCult of Lunaのマグヌス・リンドバーグを迎えた最強の布陣で制作に臨まれた今作は、まさに向かうところ敵なしの一枚となっている。

開口一番に「プログレの音」を象徴するシンセが盛大に鳴り響く冒頭の#1“Bravo”からして、カオティックなマシズモを押し出した前作と比較しても今作はハードコア/エモバイオレンスな世界観に乏しく、俄然クラシックロックとしてのプログレやストーナーロック寄りの音作り、その傾向が強いハードロック的な作風なのも確かで、中でも#3“Hhyper”におけるスペースロック的なサウンドメイクを皮切りに、その「プログレの音」が集約されたような#4“S.R.O.”における、主に左側から聴こえてくるYESGenesis顔負けのシンセやオルガンのレトロな音色がたゆたう、往年のプログレならではの神々しくも崇高な世界観を超越する激情ハードコアは同郷のLiturgyを彷彿とさせ、続く#5“Tango”における“プログレおじさん”ことスティーヴン・ウィルソンもビックリの古き良きプログレならではのレトロなプロダクションまで、そのブルックリン出身らしい荘厳なアート気質に溢れた実験的なアプローチは、今年のハードコアシーンを象徴するフィラデルフィアのSoul Gloに迫る異質な才能を伺わせる。

引き続き本作においても、(17年前ほどキレッキレでないにしろ)TOOLのダニー・ケアリーに肉薄するドラマーの異次元なバカテクパフォーマンス/スキルを屋台骨に、そのプログレとハードコアを縦横無尽に駆け巡るテクニカルなインストゥルメンタルは聴き応えたっぷりで、しかしプロダクションに関しては前作の方が生感があった気がしないでもない。なので俄然、感覚的にはMastodonTOOLというよりも近年のPallbearerElderと同じ文脈で語るべき存在なのかもしれない。ちなみに、本作はバージニアのInfant IslandBoris明日の叙景Heaven In Her Armsなどの国内バンドにもゆかりあるイギリスのインディーズレーベルからリリースされているのもポイント高しくん。

Hey, ily! - Psychokinetic Love Songs

Artist Hey, ily!
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Album 『Psychokinetic Love Songs』
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Tracklist
01. Rebooting
02. Intrusive Thoughts Always
03. Stress Headache
04. Glass House
05. Dreaming
06. Psychokinetic Love Song
07. Machine?
08. The Tempest
09. Human!
10. Shutting Down

昨今、日に日に理解が深まってきた“ゲーム音楽”の素晴らしさ、その魅力の根幹部を司る存在こそ、いわゆるAAAタイトルと呼ばれるものではない、それこそアンダーグラウンドなインディーゲームにおける音楽およびサウンドトラックに他ならないだろう。

例として挙げると、昨年で言うところのテキサス出身のGonemageは、いわゆる8bit系のチップチューンとブラックメタルをエクストリーミーにかけ合わせた、言わばローグライクな2Dダンジョンの死にゲーのBGMみたいなサウンドを特徴としていたり、それこそ今年で言うところのサンフランシスコ出身のdynasticは、00年代のポップパンク/エモポップとケロケロボニトにも通じるハイパーポップ的な電子音楽をカオスに融合させたサブカル音楽を聴かせていた。

何を隠そう、モンタナ州はビリングス出身の5人組、Hey, ily!の1stアルバム『Psychokinetic Love Songs』は、海外のドット絵師が手がけたインディーゲームにありがちなアートワークをはじめ、(ビットポップなBGMをバックに)ゲーム音楽などの電子音楽系のミュージシャンであるとぼけがお氏がラジオパーソナリティとして日本語でHey, ily!の楽曲を紹介する#1“Rebooting”からしてサブカル然とした幕開けを飾ると、いわゆるマスロックやミッドウェスト・エモを経由したポップパンク/パワーポップでありながら、中盤から一転してカオティックなハードコア精神を垣間見せる#2“Intrusive Thoughts Always”では、例えるなら日本の9mm Parabellum Bulletが歌謡ロックながらも「メタルっぽい」と評される感覚に近い、そのスラッシュメタルmeetポストハードコアみたくプログレスな楽曲構成は実にユニークで、そして面白い。

他にもインディ/チェンバーポップやハイパーポップ的なアプローチを覗かせる#4“Glass House”、いかにもインディーゲームのBGMにありそうなローファイでチルいインストの#5“Dreaming”、ケロケロボニト的なアレンジを効かせたマスロッキーなポップパンクから急転してシティポップ的なレトロシンセと激情的なスクリーモが交錯する表題曲の#6“Psychokinetic Love Song”、ケロケロボニトを想起させるシティポップ/パワーポップの#7“Machine?”、クラシカルなピアノインストの#8“The Tempest”、そしてCoheed & CambriaFall Out Boyを連想させるコテコテなポップパンクの#9“Human!”は本作のハイライトで、そのアウトロを担うオープニングのラジオBGMをレトロゲームのエンドクレジット風にアレンジしたインストの#10“Shutting Down”まで、それこそ“インディーゲーム”の音楽的魅力を象徴していると言っても過言ではない『コーヒートーク』のサントラにも通じる、そのローファイ・ヒップホップや近年リバイバル化して久しい古き良きシティポップ的なシンセをフィーチャーしたチルい世界観に秒で魅了されること請け合いの一枚。

そんな「スマブラ大好き芸人」のトレヴィン・ベイカー率いるHey, ily!は、【サブカル】【インディーゲーム】【ポップパンク】【エモ】【ローファイ】【シティポップ】【ハイパーポップ】など、昨今のインディーゲームシーンやBandcamp界隈とも共鳴するトレンディなワードを網羅した、イマドキのゲーム音楽のトレンドと昨今の音楽シーンにおけるポップパンク・リバイバルの邂逅を実現させている。また、今作のマスタリングにはコア系のASkySoBlackやオルタナ/プログ系のThank You Scientistの作品でも知られるエンジニアが担当しているのも信用ポイント高しくん。

Saidan - Onryō II: Her Spirit Eternal

Artist Saidan
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Album 『Onryō II: Her Spirit Eternal』
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Tracklist
01. Kissed By Lunar’s Silvery Gleam
02. Queen Of The Haunted Dell
03. Girl Hell 1999
04. Kate
05. Pale Imitation
06. Yuki Onna
07. I Am The Witch

「ブラックメタルホラー」を掲げるテネシー州はナッシュビル出身のSaidanは、日本の詩人である西條八十が1919年に発表した詩集『砂金』に収められた「トミノの地獄」から着想を得た、2021年作の1stアルバム『Jigoku: Spiraling Chasms of The Blackest Hell』における(日本の同人ブラックメタルみたいな)和風のアートワークからもわかるように、古き良き日本の古典的ホラーで知られる四谷怪談のお岩さんや都市伝説の元祖であるテケテケをはじめ、いわゆるジャパニーズ・ホラーにおける“ゾッとする呪い”や怨念をモチーフとしたブラックメタル・バンドだ。ちなみに、「トミノの地獄」とは「この詩を声に出して朗読すると呪いに罹って死ぬ」という都市伝説でも知られ、作者の西條八十の孫にあたる西條八兄はギターメーカーのSaijo GUITARSの創業者でもある。

「地獄」を表題に冠する1stアルバムに対して、日本の国歌である“君が代”をサンプリングした2020年のEP『Onryō: Vengeful Spirits In The Eastern Night』の続編に当たる本作の2ndアルバム『Onryō II: Her Spirit Eternal』では、アニメ『地獄少女』ではなく山内大輔監督の『少女地獄一九九九』という鬼畜エログロナンセンスな映画からインスパイアされた#3“Girl Hell 1999”や、冒頭から「この間さ、変なビデオ見ちゃって」とかいう日本のホラー映画(恐らく『リング』だと思う)のセリフをサンプリングした曲で、テケテケと並び日本の都市伝説および怪談におけるレジェンド的存在である雪女をモチーフとした#6“Yuki Onna”を筆頭に、そのジャパニーズホラーの影響下にあるコンセプトのみならず、日本人好みのおどろおどろしいクサメロをフィーチャーした、昭和日本の日活ホラー的な雰囲気をまとった荒涼感溢れるメロディック・ブラックメタルは不変で、過去作と比較してもトレモロやシンフォニックなシンセを全面に押し出した、アトモスフェリック/ポスト・ブラックやハードコア/パンクに精通する超絶epicッ!!なメロブラに振り切っている印象。ともあれ、世はまさに日本の怪談ブーム!?と錯覚すること請け合いの一枚。

春ねむり - 春火燎原

Artist 春ねむり
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Album 『春火燎原』
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Tracklist
01. sanctum sanctorum
02. Déconstruction
03. あなたを離さないで
04. ゆめをみている(déconstructed)
05. zzz #sn1572
06. 春火燎原
08. パンドーラー
09. iconostasis
10. シスター with Sisters
11. そうぞうする
12. Bang
13. Heart of Gold
14. 春雷
15. zzz #arabesque
16. Old Fashioned
17. 森が燃えているのは
18. Kick in the World(déconstructed)
19. 祈りだけがある
21. omega et alpha

春ねむりといえば、自分の中で2020年作のEPLOVETHEISM以降は存在感が薄くて、というより新曲(シングル)や今年のSXSWでロシアの活動家プッシー・ライオットと共演した話などのザックリとした情報は耳に入っていたけど、個人的に彼女の音楽ってシングルの単体で聴くよりもアルバムのまとまったフォーマットで聴きたいアーティストっていうイメージがあるので、今の今まで詳細な近影は知らぬ存ぜぬの状態だったのも確か。逆に言えば、このように曲の数が出揃ってからようやく音源を聴く気が起きる、昨今の大ストリーミング時代にそぐわない古い体質の人間なので、フルアルバムとしては2018年作の1stアルバム『春と修羅』以来となる、今作の2ndアルバム『春火燎原』にて久々に春ねむりの音楽と再会を果たした。がしかし、いざ蓋を開けてみるとまさかの全21曲でトータル一時間超えは流石に想定外。しかし、シングルを掻い摘んで咀嚼する現代のストリーミング時代の価値観も旧来のアルバム/パッケージ時代の価値観すらも超えた、ある種の「覚悟」が込められた作品である事の裏返しだと解釈したら俄然期待度が増したのも事実。

本作はコロナ禍の真っ只中に制作され、満を持して発表に漕ぎ着けた作品とのこと。それよりも、1stアルバムやEPの中で春ねむりが詠っている歌詞の内容と、いわゆる「コロナ以降」の世界で今まさに巻き起こっている出来事がシンクロしている偶合の話はさておき、彼女はデビュー当初から一貫して「生と死」を最大のテーマに、自身の革新性を孕んだユニークな音楽を介して地上に生きる全ての「生命」と真摯に向き合い、一貫して「祈り(Pray)」を捧げてきたアーティストだ。そして今まさに、イジメにより自ら命を絶つ10代やパワハラにより命を投げ出す大人が後を絶たない時代に、そして2022年2月24日に弾かれたミサイルの“トリガー”すなわち戦争(開戦)の合図が世界中に鳴り響いたこの現代において、理不尽な暴力に晒され命の灯火を消された者、もしくは一部の資本家および権力者が作為的に作り出した戦場で人の命のみならず動物の命も軽々しく愚弄され、一日また一日と日常的に命が消えゆくこのクソサイテーな世界の中心で愛を叫び、灼熱の魂を焦がす春ねむりの言霊が「祈り」に変わり、ある種の鎮魂歌(レクイエム)として本作『春火燎原』の中に宿している。これは、あらゆる「生命」の気高さを歌う「人間讃歌」であると。

冒頭の#1“sanctum sanctorum”からして、EPLOVETHEISMの最後に収録された“りんごのうた”にも引用された讃美歌アメイジング・グレイスの「祈り」を地続き的に引き継ぐような、教会に鳴り響くパイプオルガンと聖歌隊による神聖なクワイアを背に、修道女たちが命の灯火を両手に祈りの行進を促すオープニングに相応しい曲で、それこそ『春と修羅』の元ネタである宮沢賢治と同じようにキリスト教的な救済信仰を掲げることで、人種や宗教の垣根を超えた寛容の精神をこの『春火燎原』の入り口として啓示する。その流れを汲む#2“Déconstruction”では、まるでフランス革命における21世紀の「民衆を導く自由の女神」、すなわち気高い勇気を持った現代におけるライオットガールの象徴的存在として先陣を切り、聖者のマーチングバンドを従えながらキリスト最期の地であるゴルゴダの丘に凱旋し、そして宇多田ヒカル『BADモード』ばりのFワードを発しながら聖地にレインボーフラッグを突き立てる。

本作に関して一つ驚いたのは、この『春火燎原』についてAlcestのネージュがコメントを出していること。何を隠そう、春ねむりの音楽ってシューゲイザーやノイズロックを孕んだオルタナティブなJ-POPである一方で、いわゆる激情ハードコアやBlackzageと共振するエクストリーミーな側面を内包している。それこそメタラーの自分が春ねむりに魅了されるキッカケとなった2020年作のEPLOVETHEISMは、冒頭のシンフォニックかつオペラティックな壮大過ぎるトラックからして、LGBTQ.Q.のハンターハント・ヘンドリックス率いるブルックリンのLiturgyに肉薄するキリスト教的な文脈およびtranscendentalな超越性を垣間見せたかと思えば、リード曲の“愛よりたしかなものなんてない”では、中間のブラックメタル並のデプレッシブな咆哮を皮切りに、そして最後に表題を叫ぶ「愛よりたしかなものなんてぇ!」における語尾の「てぇ!」の部分は、もはや本家のネージュを超えたんじゃねぇかくらいのベストシャウトを披露していた。とにかく、EPならではの実験的なアプローチと「スクリーマーとしての春ねむり」の爆誕に喜びと興奮を覚えた僕は、春ねむりのシャウトは語尾の歪みというか揺れがネージュの咆哮と全く同じ点に気づき、ポエトリーラッパーを肩書きとする彼女の秘めたシャウトの才能に着目したのだ。でも、春ねむりのシャウトって意図して喉を酷使してガナっているのではなく、あくまで通常の歌唱法と同じ自然現象で発声された、感情表現の延長線上のものとして聞こえるのが真に唯一無二だと思う。

恐らく、カズオ・イシグロの有名小説のタイトルをもじった#3“あなたを離さないで”は、冒頭から『春と修羅』の“せかいをとりかえしておくれ”を想起させるセンセーショナルなポエトリーラップをフィーチャーした春ねむり節全開のビートを刻むノイズポップかと思いきや、一転して春ねむりの剥き出しのコアさを孕んだ咆哮をトリガーに怒涛の転調をキメる、その急転直下な楽曲構成を目の当たりにした瞬間は「えぇ!?」とリアルに声が出た。それこそ先述したネージュ風のシャウトとはひと味違う、アンダーグラウンドシーンのオーガニックなハードコア/パンク精神と共鳴する咆哮にド肝を抜かれるとともに、その咆哮は怒りというよりも歯を食いしばるような咆哮、救えたはずの命を救えなかった後悔(懺悔)から湧き出た超自然的な感情表現というか。ちなみに、最後の「あなたを離さないで」の語尾もしっかりと歪ませている。

『春と修羅』では宮沢賢治の口語詩を引用していたが、今作の表題となる『春火燎原』は四字熟語の「星火燎原」の「星」を“フルアルバム”であることをイコンとして示す「春」にもじった造語となっている。それこそ、春ねむりが宮沢賢治の短編小説『よだかの星』を朗読するインタールードの#5“zzz #sn1572”を挟んで、まさに「スクリーマーとしての春ねむり」を象徴する表題曲の#6“春火燎原”は、彼女が一貫して詠ってきた「生と死」を司るリリックを「命の火を灯せ」とばかりに灼熱の魂を焦がしながら激情する咆哮、そして現代ポストメタルに肉薄する重厚感溢れるサウンドメイクまで、まさに本作の表題を冠するに相応しい組曲となっている。

あの『春と修羅』を初めて耳にした時は、それこそ押見修造の『惡の華』を原作としたアニメの二期の主題歌を担うに相応しい存在であると、また岩井俊二映画と共鳴する内省的な世界観、つまり心の闇を抱えた10代の心音とシンクロする焦燥と激情を孕んだ、歪みのあるギター・ノイズを軸とした(神聖かまってちゃんに代表される)サブカル的な音楽性で思い起こされるのは、昨年のBandcamp界隈を賑わせたサブカルムーブメントの立役者であり、岩井俊二の青春映画『リリィ・シュシュのすべて』をサンプリングしたParannoulの存在に他ならない。その曲名からして『春と修羅』の“ゆめをみよう”のリリックと文脈的に繋がる曲で、同時に思春期のノスタルジーと黒歴史(トラウマ)を孕んだ自傷作用を誘発する、Parannoulの“White Ceiling”顔負けのサンプリング術を垣間見せる#7“セブンス・ヘブン”から、続く#8“パンドーラー”におけるいわゆる“ぶっ壊れローファイメンタル”と共鳴するグリッチ/ノイズ然としたハードコアな演出面に関しても、それこそ『惡の華』の主人公・春日高男みたいに学校の教室や会社のオフィスで孤独な疎外感を抱えたアンタッチャブルな者たちと価値観を共有し、救済を与えるかのような楽曲と言える。すなわち、これは昨今のアンダーグラウンドシーンにおけるサブカルムーブメントの真の源流が春ねむりにある事実を暗に示唆している。

その昨今のサブカルムーブメントのシーンを形作った原型と言っても過言ではない、の子率いる神聖かまってちゃんをはじめ、同インターネット世代の水曜日のカンパネラDAOKOと比肩する春ねむりが生み落すトラックメイクの凄みたらしめるは、この『春火燎原』おいて未来のシーンを担う次世代すなわちZ世代へとバトンを繋がんとしている点←これに尽きる。というのも、ラッパーのSistersを客演に迎えた#10“シスター”を皮切りに、エッジーなギターの歪みを効かせたインダストリアル/90年代グランジ風の#16“Old Fashioned”、そして彼女なりのフェミニズムが内在した#17“森が燃えているのは”において、春ねむりはZ世代を象徴する新興ジャンルであり多様性を表現するハイパーポップの潮流、つまりZ世代の台頭とともに一つ上の世代(Old)の視点から自らの立ち位置を著しくアップデイトするという行為、それこそ水曜日のカンパネラDAOKOがなし得なかった「次世代へとバトンを繋ぐ行為」をいともたやすくやってのけているヤバさ。

要するに、この『春火燎原』において春ねむりは、Spotifyのプレイリスト「misfits 2.0」にフックアップされているハイパーポップやZillaKamiに代表されるトラップ・メタル文脈との邂逅を果たしちゃってるんですね。現に、本作には外部の共同プロデュースとしてZ世代のハイパーポップアーティストで知られるウ山あまねを迎えている点からもそれは明白で、そのハイパーポップを司るAlice Glass顔負けのオートチューンやヒップホップおよびトラップのビートを咀嚼した洋楽的なトラックメイクはもとより、持ち前のポエトリーラップとは一線を画した本格志向のラップに挑戦している点も本作のポイントと言える。もとより、現代のライオットガールとしての彼女の立ち位置とハイパーポップの文脈ってニアリーイコールみたいなもんで、もしかしてもしかすると次に(反体制を掲げるロシアのユニットIC3PEAKやレインボーカラーを象徴するヤングブラッドと共演済みの)Bring Me the Horizonとコラボするに相応しいのは、(同じく今年のSXSWに出演した)日本のハイパーポップを代表するZ世代の4s4kiではなくこの春ねむりなのかもしれない。

「今の今」の出来事がダイレクトに歌詞に描かれている#4“ゆめをみている(déconstructed)”やシングルの#12“Bang”を筆頭に、春ねむりならではのリリックの強度、そのリリックの説得力が悲しいかな日に日に増しに増す過酷な「今」を生きる現代人からすると、この『春火燎原』における彼女は表現者としてのパフォーマンス/スキルがあまりに真摯に迫り過ぎて、軽い気持ちで聴けないほど重く突き刺さる「痛み」と(思春期の黒歴史を抱えた人間だけがわかる)厨二病的な「痛い」の二つの「痛み」が否応なしに五臓六腑に響き渡る。正直、ここまで変な冷や汗をかくほど、いい意味で背筋が凍る音楽ってなかなか巡り会えるもんじゃないと思う。それぐらいリリックの重みが尋常じゃないってことだけど。

一見、本作はリアルタイムの世界情勢と皮肉にもシンクロするヘヴィなリリックに比重が偏った作品と思いがちだが、実はそれ以上に音楽的な部分もネクストステージにアップデイトさせている。坂本龍一や久石譲に精通するクラシカルな美意識を内包しつつも、あくまでシューゲイザーやノイズロックを経由したギターロック的なポエトリーラップだった過去作に対して、この『春火燎原』では『春と修羅』で培った強固なアイデンティティとEPならではの特定のジャンルにとらわれない実験的なソングライティングを両立させながらも、それこそ春ねむり自身のラップや咆哮(シャウト)などの歌唱法の変化に象徴されるように、繊細な感情と粗暴な感情が複雑に入り乱れた表現力の著しい高まりと、音楽的に著しく現代音楽のトレンドであるヒップホップに傾倒しているキライ、しかし結果として春ねむりが創り出す強靭なリリックと現代のパンク精神を宿したヒップホップという名のロックンロールが備えた強いメッセージ性は、否応なしにシンクロ率100%を記録している。また、よりハードコアでアンダーグラウンドなプロダクションが言葉の生々しさを際立たせ、俄然ヒップホップというジャンルとしての強度を高めている。

その生命力溢れる神がかり的な流れから、本作のハイライトを飾る「déconstructed=脱構造」という哲学的な言葉を掲げた#18“Kick in the World(déconstructed)”は、その言葉の意味を示す「古い構造を破壊し新たな構造を生成する」が如く、東宝のゴジラあるいはランチを求める井之頭五郎もしくは『進撃の巨人』の主人公エレン・イェーガー顔負けの歪んだ思想をもって、「Kick in the World!!」と咆哮しながら地ならしを発動して地上の生命を蹂躙していく、それこそ春ねむりの音楽を司る「破壊と創造」を繰り返すハードコア/パンク精神に溢れた曲となっている。続く#19“祈りだけがある”では、この世に怨みつらみを残して死んでいった亡者たちのうめき声、すなわち「声なき声」の代弁者である春ねむりは、今だ成仏できずにいる亡者の木霊を背負ってる人、背負い過ぎている人として、この『春火燎原』に言霊として込めた「祈りの儀式」によって彼ら魑魅魍魎の魂を浄化し、そして天国へと送り出す。その「祈り」は決してセンセーショナルな訴え方ではなく、それはもはや悟りに近い祈りなのかもしれない。

谷川俊太郎の詩集「生きる」から詩を引用した曲で、都合のいい命なんて一つもないと、徹底して「生きる」ことを肯定し、全面的に生命の美しさを肯定する#20“生きる”、その詩集「生きる」の一節にある「鳥ははばたくということ」を示唆する小鳥のさえずりや八咫烏の鳴き声を録音したインタールードの#21“omega et alpha”は、それこそ映画『ドント・ルック・アップ』の皮肉なラストシーンを想起させるような、まるで地ならしにより地上の生命と人類同士の争いが消え無人となった地球に真の平和が訪れ、ニューエイジの思想を掲げた春ねむりがアダムとイヴの如く『復活』、そして「命」の灯火を再点火し新たな神話が始まる・・・みたいな、そんな皮肉な見方ができるのも彼女のニヒリズムならでは。

この『春火燎原』に伴うアーティスト写真やアートワークから考察できるのは、今年のアカデミー賞を賑わせた濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』における「生と死」の狭間をメタする渚の上に立って(走って)死者と対面し「痛み」を共有する、その霊的な原理を用いて音楽の世界で表現しているのが春ねむりなのかもしれない、ということ。そういった意味でも、2022年の「今」こそ聴かれなきゃいけない作品だと思うし、2022年の年間BESTが確定している宇多田ヒカル『BADモード』を超える唯一の可能性を孕んだ日本人アーティストの音楽と言えるのかもしれない。そして、ここ数年の間に当ブログで取り上げてきたサブカル文脈とZ世代を紡ぎ出す、その文脈から現在のBMTHにも繋がる伏線回収から、ハイパーポップはもとよりヒップホップやトラップメタルとのシンクロ、近々で言うと「東京の山田花子(Z世代)」ことmoreruやイスラム教徒であり文芸誌「文芸思潮」の第17回現代詩賞の佳作を受賞している試金氏のParvāneの存在まで、ありとあらゆる文脈を全てひっくるめて音楽の歴史そのものを更新するかのような、もはや今年の2月24日に戦争の引き金を「Bang!!」と弾いたのも全て「計画通り」だったとしか思えない完全究極体伏線回収アルバムだ・・・!
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