Artist Steven Wilson

Album 『The Future Bites』

Tracklist
01. UNSELF

Album 『The Future Bites』

Tracklist
01. UNSELF
02. SELF
03. KING GHOST
04. 12 THINGS I FORGOT
05. EMINENT SLEAZE
05. EMINENT SLEAZE
06. PERSONAL SHOPPER
07. MAN OF THE PEOPLE
07. MAN OF THE PEOPLE
08. FOLLOWER
09. COUNT OF UNEASE
「一度自分の世界の辻褄を合わせると、僕らは他のみんなの世界をぶち壊しに行きたくなる、彼らの『真実』が自分の『真実』とかみ合わないから・・・」
インターネットって1969年にその前身が誕生して以来、人々の生活や文化を豊かなものにした進歩的かつ革新的な存在であり、人類の生活をより便利に発展させたポジティブな影響が大多数を占める。しかしその反面、現代のインターネット社会の進歩と反比例するようにして、人類の心や頭脳(知性)というものは貧しくなっていったのかもしれない。その人類の著しい反知性主義化を象徴する出来事が先日の米大統領選だった。
今から4年前、2017年1月20日の米大統領選で共和党のドナルド・トランプが新大統領として爆誕するまでにネット上で繰り広げられたフェイクニュースや陰謀論などの情報合戦を起因とする、いわゆる「ポスト・トゥルース(Post-Truth)時代」をコンセプトとして掲げたのが、SWことスティーヴン・ウィルソンが奇しくもトランプ新大統領が誕生する事となる同年の8月に発表した5thアルバムの『To the Bone』だった。まず「ポスト・トゥルース時代」とは一体なんぞや?という人にザックリと端的に説明すると、情報過多時代と囁かれる現代における『真実(Truth)』は人の数だけ存在する時代、逆にいえば自分が信じたい情報を『真実(Truth)』として語る時代。本来であれば、某子供探偵が口癖のように言っている「真実はいつも一つ」でなければならない。しかし、現世界のポスト・トゥルース時代を生きるパラレルワールドの某子供探偵に言わせると「真実はいつも78億485万4469つ(2021年2月23日現在)」になってしまうのがポスト・トゥルース時代なんですね。要するに、それをテーマに描いたのがSWの『To the Bone』だったんですね。
4年前のあの日、米大統領選に勝利したドナルド・トランプがアメリカ新大統領に就任した。誰もが民主党の勝利を疑わなかった当時、その当時にトランプ陣営および共和党の選挙運動組織の一部として裏で暗躍したものこそ、いわゆるインターネットやSNSのフォーマットを利用した“フェイクニュース”と呼ばれる、4年前の米大統領選前から昨今のネット社会で急速に増幅したと言っていい嘘情報の存在だった。
一つわかりやすい例を挙げると、トランプ陣営を支持する「Qアノン」と呼ばれる謎の組織が存在する。アメリカのネット掲示板を発端とするそのQアノンによると、どうやらトランプ大統領は「DS=ディープ・ステート」と呼ばれる“悪の組織”と戦う正義のヒーローであるという類い、それは一種の陰謀論的な思想だった。現代のポスト・トゥルース時代において、フェイクニュースと並ぶ嘘情報あるいは偽情報の一つとしてネット上に蔓延していたのが、そのドナルド・トランプを絶対正義とするQアノンが主張する「ディープステート vs. トランプ大統領」の対立構図を謳った陰毛論で、先の大統領選でもトランプ陣営の敗北が決定的となり窮地に追い込まれたQアノンとそれを盲信するQ信者は、今度は「不正選挙」という陰毛論をSNSを中心に世界中に拡散し始めた。
もちろん、それらの陰毛論は主に米大統領選に関する話なので、Qアノンとその信者の存在はアメリカ国内限定の、少なくともアメリカから遠く離れたこの日本では全く関係のない存在と思われた。面白いのは、実はこの日本にもQアノンが流す情報を真に受けた「Q」ならぬ「J」アノンと呼ばれる、盲信的なトランプ支持者が米大統領選の不正選挙を訴えるデモ・抗議運動を起こしていたこと。これらの存在は、日本のネット界隈に古くから蔓延るネトウヨをはじめ、昨今のやりすぎ都市伝説界隈出身のMr.関を中心とする陰謀論系ユーチューバー達による「信じるか信じないかはあなた次第」という方便を盾にした真偽不明の陰毛論という名のフェイクニュース、それらの陰毛論者たちが無差別無責任に発信する「ネットde真実」を真に受けてしまった世間の情報弱者、それはまさに「反知性主義者」そのものだった。そもそもユーチューバーなんてのは再生数を稼いでメシが食えれば何でもいいわけで、発信する情報が「真実」かどうかなんてのは二の次三の次なんですね。
80年代後半から90年代にかけて世間を騒がせた、日本の某カルト宗教団体の教祖の言葉に「嘘も100回つけば本当になる」というのがある。その“言葉”という一種のカルト的な思想が顔の見えないインターネットを介して世界中に蔓延している状態が今の時代なんですね。その究極的な話として、ツイッターなどのSNSでトレンド入りしたハッシュタグの言葉が「事実(Fact)」であると錯覚するのが現代人である。例えば、Jアノン案件では「#不正選挙」をはじめ「#〇〇逮捕」だったり「#世界緊急放送」だったり、一方で日本の一般社会?に関するトレンドでは「#給付金よこせ」だのまるで乞食のようなハッシュタグがトレンド入りしている始末。何が怖いって、それらのトレンド入りした言葉があたかも「過去に起きた事実」として、あるいは「これから絶対に起こる事実」のように振る舞っている事で、まるで反知性主義が蔓延するネット社会の地獄の底を覗き見たような気にさせる。逆に、テメーの頭ん中で本当の真実ではないと薄々勘づいているからこそ、自らが望む言葉をトレンド入りさせる事で、テメーの頭ん中にある“偽りの世界”を新しく得た「自分が信じたい情報」という名のフェイクニュースで上書きして「たった一つの真実」に改竄する事でテメーの頭ん中を正当化する(←テメーの頭ん中では既に50万くらい給付されてそうだなw)(JRA厩務員並みの不正受給者かよw)。つまり、ハッシュタグで声を上げた気になっている(錯覚)、あるいはトレンド入りしたことでデモを起こした気になっている(錯覚)、もはや現代人にとって“トレンド入り”させる行為ってドラッグと同じ一種の依存症であり現代病なんですね。何故なら、ハッシュタグがトレンド入りしたところで現実世界では何も起こっちゃいないし、何一つ世界は変わっちゃいないから。要するに、Qアノンにとってはトランプの発言が正義であり真実、この理論は日本のJアノン=ネトウヨも全く同じで、日本のドクサレ現政権のトップだったフェイク王が正義であり真実、そしてトレンド入りした言葉が現実化すると錯覚を起こしているカルト脳のフェイク・ヒューマンは同じ穴のムジナで、とにかくトレンドワードこそが「真実」の世界であるという思考、その思想こそ“カルト”の思想そのものであり、間違った邪悪な考えなんですね。
飼い犬であったはずのQアノンの邪悪な分断思想に飲み込まれた飼い主のトランプ大統領は、「種」と「種」の「分断」を象徴するブラック・ライブズ・マター運動を引き起こすと、新型コロナウイルスの対応ミスが引き起こしたパンデミックにより今度は「人」と「人」の繋がりを「分断」させ、そして最終的にアメリカ合衆国そのものを「分断」させる事に成功した。4年前から今まで続くポスト・トゥルース時代の総決算=ピークに達したのが先の大統領選であり、その結果だった。では「Qアノンとは一体なんだったのか?」って。Qanonって要するにトランプ陣営が用意した選挙運動の一部で、ロリコン島とズブズブの関係にあるという類の嘘情報を拡散し、民主党を「悪の秘密結社」に仕立て上げることで、バカでも『仮面ライダー』や『名探偵コナン』が大好きな子供でもわかる【共和党側=善】【民主党側=悪】の構図を描き、ネトウヨなどの反知性主義者を陽動するわりと単純な選挙戦略だったんですね。
しかし現実は非情で、先の大統領選ではQアノンやJアノンがトレンドで訴えていた「不正選挙」も「〇〇逮捕」も「緊急放送」が起きるはずも、ましてやトランプ大逆転再選もなく、無事に民主党候補のジョー・バイデンがアメリカ新大統領に就任すると「分断ではなく結束を目指す大統領になる」と国民に誓い、職務に就くや否や早速トランプの政策を否定するリベラルな政策を打ち出した。しかし、アメリカ史上最も醜い米大統領選がツイッターやfacebookなどのSNSからのトランプ排除という形で、それすなわち既存SNSが支配するSNS時代の終焉を迎えたのは何とも皮肉な話。
インターネットは人々に「知恵」を授け、様々な問題に直面し続ける現代人類がこの先も生存していく未来と平和な暮らしを築くために必要不可欠な、映画『2001年宇宙の旅』の冒頭で言うところの“モノリス”に匹敵する革新的な存在、そのはずだった。しかし現実は無情で、人々は嘘(FAKE)と真実(TRUTH)が複雑に入り乱れる情報過多の激流に飲み込まれ、ある人は陰謀論者の発信する嘘(FAKE)を真実(TRUTH)と信じ込み、ある人は知識人の発信する真実(TRUTH)を嘘(FAKE)として語るようになった。ヒト自身が現代のポスト・トゥルース時代を作り上げたのは何とも皮肉な話。しかし、これが、これこそが「ポスト・トゥルース時代」の絶頂期=ピークであると・・・「This is Post-Truth!!」。ここで思い出されるのは、インターネット黎明期に「嘘は嘘であると見抜けない人でないと(掲示板を使うのは)難しい」という名言を残した某巨大掲示板の元管理人のひろゆき、彼だけにはこの世界が見えていた、ある種の預言者だったのかもしれない。
本来であれば、2020年の6月にリリースされる予定だった本作の『The Future Bites』。ご覧の通り、それから一年も経たずして世界は一変した。昨年の6月と言えば、11月に行われる米大統領選前なので、当時はまだドナルド・トランプが現職の大統領として在籍していたし、この日本でもフェイク王がまだ首相を務めていた時期だ。しかし、その数ヶ月後には日本のフェイク王がコロナ対策を放棄して仮病を理由に敵前逃亡すると、先の米大統領選ではトランプが敗北する結末を迎えた。そう考えてみたら、本来の2020年の6月に本作をリリースするのと、日米のダブルフェイク王が敗北した2021年の今の今にリリースするのとでは、このレビューで書けるネタが大きく変わってしまう。つまり、コロナパンデミックが起きず無事に東京五輪が開催され、SWの新作も何事もなく予定通りに2020年の6月にリリースされた世界線にある『The Future Bites』のレビューと、利権だらけの東京五輪の中止が決まった2021年の現在にリリースされた世界線にある『The Future Bites』のレビュー、つまりポスト・トゥルース時代の黎明期に書くレビューと、ポスト・トゥルース時代のピーク中のピークの今にレビューを書くのとでは、その内容は全くの別物になっていたに違いないと。逆に言えば、前作『To the Bone』で書いたレビューの伏線回収じゃないけど、今となってはリリース延期も全て「計画通り」だったのかもしれない。文字通り世界が一変した今となっては、日本のネット上に蔓延るネトウヨが日本版Qアノン=Jアノンとして、このポスト・トゥルース時代のピークを迎えるにあたって大事な「駒」として行動を起こしてくれた事に皮肉にも感謝すべきだし、そして何よりも僕が書いた『To the Bone』のレビューを真正面から肯定するために「駒」として動いてくれた日米のフェイク王にも今は「怒り」ではなく「感謝」すべきなのかもしれない。なんだろう、人って「怒り」を超越すると阿修羅の状態から一周回って観音菩薩並に心穏やかな「感謝」の気持ちに変わるんだなって。
『To the Bone』のレビューに書いたネタといえば・・・日本の「報道の自由度ランキング」に関すること。まず僕はそのレビューでテレ東の名作ドラマ『デッドストック』の最終話を例に出し、日本メディアの立ち位置を示した。ポスト・トゥルース時代を構築するのは、何もインターネットの世界におけるフェイクニュースや「ただの嘘」を撒き散らすYouTubeの陰毛論者のみならず、いわゆる既存のメディアとされる各新聞社やTVニュース/メディアが発信する情報も同様に、特定の組織(委員会)や特定の(ドクサレ)政権、そして(広告料を支払ってもらっている)特定の企業に忖度した情報のみを垂れ流し、国民に対して本当に正しい情報は一切伝わってこないのが現状だ。今も現在進行形で広告塔の電通が糸を引く利権だらけの東京五輪に対する忖度ニュースをはじめ、そしてCOVID-19やワクチンに関するマスメディアの報道も何かしらのバイアスがかかってないとは決して言い切れない。4年前、いやそれ以前から懸念されていた「報道の自由度ランキング」の問題からまるで成長していない、何も変わっていないのが現状。確かに、人類はその原型となる霊長類が誕生してから約6500万年前から今まで進化し続けてきたが、そのウン千年のうちのたった四年余りでは人類は成長するわけでも、変わるわけでもなかった。しかし「計画通り」に巨悪の根源である森元も、2度と開催されることのない2014年の「桜を見る会」に漫画家の荒木飛呂彦を招待して五輪利権を与えたフェイク王も、ジャンヌを終わらせたべクソも、「悪の組織」である電通も某芸能事務所も本社ビル売却まで持っていけたのは本当に感謝しかない・・・。何故なら、今や「日本一ダサい漫画家」となった荒木飛呂彦の名誉をトリモロスには東京五輪の中止しか他に選択がなかったから。僕は「DNAレベルで日本一のジョジョオタ」=飛呂彦の子供として、それだけは絶対に避けなければならなかった。だから中止が決まった今では心がお祭り気分だ。そのまま日本のドクサレ政治家と一緒に悪の組織である電通も「GO TO HELL」してもらっていいですか?(これはリアルデビルマン=八咫烏の正当後継者のDNAを持つ僕との約束だよ?)。でもちょっと待って、数年後の大阪万博にも飛呂彦が絡んでるんだっけ・・・?あ・・・だとしたらダメだこれ、東京五輪のみならず完全に電通〜集英社ラインで飛呂彦に仕事入ってるわ。ダメだダメだダメだ、もうこいつ「日本一ダサい漫画家」が「確定」したわw
本作『ザー・フューチャー・バイツ』と過去作の違いは大きく分けて二つある。まず一つ目は、これまで一貫してセルフプロデュースを貫いてきたSWは、今作ではEverything Everythingを手がけたデヴィッド・コステンとの共同プロデュースであるという点。そして二つ目は、本作のタイトルにもある『TFB™️』という“架空の企業”とコラボした“コンセプト・アルバム”という点。確かに、普通に音源をリリースするだけなら延期する必要ないと感じるかもしれないけど、しかしこのスティーヴン・ウィルソンにとってアルバムをリリースする=レコードショップやライブツアーの演出をはじめ、その他諸々のギミックが連動して初めて『TFB™️』というコンセプト・アルバムのプロモーション/コラボ商品展開という、ある種の企画モノでありメディアミックスが成立するんですね(例えるなら、映画『シン・エヴァンゲリオン』とその主題歌を担当する宇多田ヒカルの密接な関係性)。しかし、延期する前よりも今の世界は、中でもイギリスは変異株によりロックダウンが延長となってしまったので、本来意図したプロモーションが実現しなかったのは大変残念ではある。けど、これはもう仕方がないし、今は無事にリリースに至ったことを素直に喜びたい。
インターネット社会が中心となった人々の人生は、もはや政治家の政策による私生活への影響よりも、昨今のトレンドが生まれる最先端の場所である「TikTokでバズったもん勝ち」の世界に変わった。TikTokはティーンエイジャーの若者を中心に人気のSNSで、あのトランプ前大統領とも一悶着あったことでも知られる。何を隠そう、このたびスティーヴン・ウィルソンは自身のTikTokアカウントを取得し、本作のプロモーションの一部としてTikTokを活用する通称“TikTokおじさん”と化したのである。確かに、今の時代の若いミュージシャンにとっては、TikTokをプロモーションツールとして活用することは別に当たり前の事だけど、SWのように50歳を超えたプログレおじさんがTikTokアカウントを取得してはしゃぐ姿とか見た事がないし、もちろん従来のファンは困惑するだろう。実際、SWがTikTokのアカウントを取得した時のリプライには「ごめんSW...俺14才じゃないから」みたいな皮肉の効いたリプがあって笑った。冷静に考えて、50代のプログレおじさんが10代20代で溢れかえったTikTokに我が物顔で入り込んでくる姿を想像しただけで笑える。
それでは、故意に従来のファンを切り捨てに、新規ファンの開拓にTikTokのティーンエイジャーにアプローチしにきたかと言えば決してそうではなくて、そう思う人はそもそもSWという人物を知らなすぎる。彼は、いわゆる60年代〜70年代に流行ったプログレッシブ・ロックの古典的なイメージ、その固定概念をブチ壊すプログレ界の革命児であり、それこそPorcupine Tree時代からインターネットの存在をいち早く認知し、ネット黎明期に流行ったブログや現代のストリーミング時代、そして流行りのポッドキャストにも適応し、最先端の技術とネット社会のトレンドを自らの作品に取り入れてきた先見的なアーティストである。だから「バズったもん勝ち」のTikTokで新作のMVを配信するなどのメインストリームのポップスターさながらのイメージ戦略、古くはドナルド・グローバーの“This is America”を皮切りに、今年のスーパーボウルのハーフタイムショーを担当したザ・ウィークエンドの顔面負傷オマージュや“イェンス・ボグレンのマブダチ”こと歌姫テイラー・スウィフトの名曲でもお馴染みの、トランプ前大統領の「Make America Great Again」発言からの覇権国家アメリカの終焉を示唆する“there goes the last great american dynasty”のカバーからも(この選曲は示唆的)、本作におけるSWって「一体どこぞのメジャーアーティスト様ですか?」みたいに映えるのも事実。事実、前作の『To the Bone』をリリースした際に、ラッパーのデンゼル・カリーも在籍するユニバーサル・ミュージック傘下のCaroline Internationalから“メジャーデビュー”した意味しかないのが本作の『ザー・フューチャー・バイツ』で、確かに従来のファンからは「セレブ気取ってんじゃねぇ!」と総スカン喰らいそうではあるし、このように昨年アメリカで最も売れた世界的なポップスターに迎合する行為については賛否両論の「否」の方が圧倒的に多い事は容易に想像できる。
『TFB™️』のオープニングを飾る#1“UNSELF”は、「All hail to love and love is hell the self can only love itself」という歌詞を、うっすらLo-Fi味のあるアコギとピアノで語り弾くシンプルなフォークソングで、SW曰く「本来なら#2“SELF”の中盤にあったパート」をカットしたもので、またテイラー・スウィフトの因縁の相手であるラッパーのカニエ・ウェストの“On Sight”の全く違う音楽ジャンル(唐突に子供達の歌声が入ってくるアレ)が同居する中間部分にインスパイアされたとも語っている。ところでカニエ・ウェストの“On Sight”といえば、思えばSWのSpotifyのプレイリストに入ってた時点で今回のネタ元やヒントを出してくれていたわけなんだけど、そんなラップ界のレジェンドといえば宗教団体の設立を企てたり、先の大統領選では一候補として約6万票を獲得した破天荒なラッパーとしても知られる。つい最近も「ラップは悪魔の音楽だから、今後はゴスペルしか作らない」という問題発言に象徴されるゴスペルアルバム『Jesus is King』を発表した事も記憶に新しい。そのカニエの思想に影響されたのかは知る由もないが、ゴスペル風アレンジの女性コーラスを駆使した#2“SELF”は、「テケテケテケテケ」みたいなミッドテンポのイントロからして、前作の“To the Bone”をフラッシュバックさせる事で、4年前の大統領選とその4年後の大統領選の結果と本作がダイレクトに繋がっている事を暗に示唆する。推測するに総勢12人の子供達による「I Am The Universe!」の合唱以降に“UNSELF”のパートが入る予定だったっぽい。どうでもいいけど、その合唱以降の宇宙のワームホールに突っ込んだグリッチノイズみたいなパートは、やくしまるえつこソロの“X次元へようこそ”の中間パートをフラッシュバックさせた。
この曲のMVが色々な意味で面白くて、基本はSWの姿が映し出されるだけのシンプルな内容なのだけど、次第にSWの顔が前アメリカ大統領のドナルド・トランプを皮切りに(その歌詞も4年間ピエロとして演じ切ったポピュリズムの象徴であるトランプを示唆する内容)、米下院の公聴会で聴取されたFacebookのCEOマーク・ザッカーバーグ、新アメリカ大統領のジョー・バイデン、ヒラリー・クリントン、ハリウッド俳優のブラッド・ピッド、スカーレット・ヨハンソン(ブラック・ウィドウ)、ロバート・ダウニー・Jr.(アイアンマン)、ジェイク・ギレンホール(ヴィラン)、クリス・ヘムズワース(マイティ・ソー)、ダニエル・ラドクリフ(ハリーポッター)、アーノルド・シュワルツネッガー(ターミネーター)、トム・クルーズ、ハリソン・フォード、ポール・マッカートニー、デヴィッド・ボウイなど、先の米大統領選で世間を賑わせた新旧アメリカ大統領の他、ハリウッド映画好きなら知らない人はいない豪華俳優陣のメンツに顔を変化させる。つまり、現代は情報のみならず映像までもディープフェイクになるというMVで、もはや軽いホラーというか狂気を漂わせている。しかし、俳優のチョイスが映画『アベンジャーズ』の面々ばかりなのは意味深っちゃ意味深というか、あえてディストピアSF小説的に考察するなら、COVID-19による「6度目の大量絶滅」で人口半減=サノスの指パッチンを示唆している可能性・・・?
この曲のMVが色々な意味で面白くて、基本はSWの姿が映し出されるだけのシンプルな内容なのだけど、次第にSWの顔が前アメリカ大統領のドナルド・トランプを皮切りに(その歌詞も4年間ピエロとして演じ切ったポピュリズムの象徴であるトランプを示唆する内容)、米下院の公聴会で聴取されたFacebookのCEOマーク・ザッカーバーグ、新アメリカ大統領のジョー・バイデン、ヒラリー・クリントン、ハリウッド俳優のブラッド・ピッド、スカーレット・ヨハンソン(ブラック・ウィドウ)、ロバート・ダウニー・Jr.(アイアンマン)、ジェイク・ギレンホール(ヴィラン)、クリス・ヘムズワース(マイティ・ソー)、ダニエル・ラドクリフ(ハリーポッター)、アーノルド・シュワルツネッガー(ターミネーター)、トム・クルーズ、ハリソン・フォード、ポール・マッカートニー、デヴィッド・ボウイなど、先の米大統領選で世間を賑わせた新旧アメリカ大統領の他、ハリウッド映画好きなら知らない人はいない豪華俳優陣のメンツに顔を変化させる。つまり、現代は情報のみならず映像までもディープフェイクになるというMVで、もはや軽いホラーというか狂気を漂わせている。しかし、俳優のチョイスが映画『アベンジャーズ』の面々ばかりなのは意味深っちゃ意味深というか、あえてディストピアSF小説的に考察するなら、COVID-19による「6度目の大量絶滅」で人口半減=サノスの指パッチンを示唆している可能性・・・?
もっとも面白いのは、「TFB™️ワールドドミネーションキャンペーン」と題して、ニューヨークのど真ん中にあるタイムズ・スクエアの電光掲示板に、このMVの広告を流すという荒技をやってのけたこと。つまり、ツイッターをはじめとする主要SNSから垢BANされ、アメリカ国民の記憶から完全に抹消されたドナルド・トランプというアメリカ史最大の汚点を、米大統領選の勝敗が喫したこのタイミングで、しかもリベラル民主党地盤のニューヨークのど真ん中に位置するモニターの中でホログラムとして再臨させ、NY市民は元より全米のトラウマを蘇らせるドSなプロモーションを展開している。改めて、このホログラム・トランプ復活のプロモを見ても、もはやリリース延期も全て事前に織り込み済みだったとしか思えないほど、2020年じゃなくて2021年に延期したことでプラスに働いている点があまりにも多すぎる。しかし、ディープフェイクながらあの電光掲示板にトランプの顔面を映し出したのは、恐らく世界でもSWただ一人だし、何より電通がやりそうな俗っぽいプロモーションをSWがやってのけているのが最高の皮肉(皮肉大好き芸人だから梓ヒカリのAV並みに過去最高にビンビンなったわ)。なんだろう、NYにとどまらず未だ世界中で猛威を奮っているコロナ禍を舞台+この映像は完全に『1984』のビッグ・ブラザーが「Watching You!」しているようにしか見えなくて、もはや「これもうゴダールの『アルファヴィル』=スーパー(ゴールデン)シティだろw」とツッコミ不可避のディストピアがリアル世界で成立しちゃってるんですね。ハッ・・・!ま、まさか、これが「世界緊急放送」だった・・・?

改めて、「インターネット社会の中で進化を遂げる人間の頭脳」をテーマとしている本作。初めにそのテーマを聞いて、最近それに近い音源を聴いた気がした。それこそ、Bring Me the Horizonの最新EP『ポスト・ヒューマン:サバイバル・ホラー』ってあったけど、その「ポストヒューマン(人類進化)」って言い換えれば某やりすぎ都市伝説でも、日本が誇るSF作品『攻殻機動隊』でもお馴染みの“トランスヒューマニズム”、すなわちMr.都市伝説のように体内にチップや機械を埋め込んだ人体改造を主とする「人間を超えた存在」を志向する考えである。2020年末に発売された最新ゲーム『サイバーパンク2077』では、登場キャラが脳にチップを埋め込んだり、身体の一部をメカで人体改造するのが当たり前となった架空の近未来都市を舞台としていた。無論、今は2021年なのでそんな改造人間は恐らくどこにも存在していない。しかし、インターネットの存在はトランスヒューマニズム界のブレイクスルーという点において必要不可欠であり、更なる高速通信機能を可能とする5Gの登場を皮切りに、コロナ禍におけるキャッシュレス化の推進、AI技術の進歩、リモートワークの推進、GAFAによるネット支配、デジタル通貨の発展(テスラCEO=イーロン・マスクが某仮想通貨を15億ドル購入)、それらのアナログから完全デジタルへの移行は“新生活様式”という名のトランスヒューマニズムおよびスーパー(ゴールデン)シティを実現させる上において必須事項なんですね。そして、今まさに「デジタルヒューマン」なる存在が誕生しようとしている現代、そのポストヒューマン(人類進化)を半ば強制的に促しているのがCOVID-19なる未知のウイルスという皮肉で、結局それこそが「ウイルス進化論」の本質へと繋がっていく話なのかもしれない。事実、過去の歴史を見ても、5度の大量絶滅を経て現在まで命を繋いできた地球上の生命体、そして我々人類が今まさに直面しているのが「6度目の大量絶滅」の危機である。しかし、人類は幾度となく「種」の絶滅を乗り越えては進化し続け、今なお地球温暖化や食糧危機などの様々な環境問題に適応してきた不屈の生命力がある。
先の米大統領選を象徴する「アメリカの分断」をトリガーとして引き起こされたのが「世界の二極化」だった。コロナ禍において、人々の暮らし、生活も、経済活動も、働き方も、社会面においても、スピリチュアル界においても、あらゆる分野において「二極化」が進む時代と囁かれる昨今、例えば経済面ではコロナ対策が成功した国ではバブルが起こるし(会社単位でも航空会社は合併不可避=『ANAL』だが一方でソニーや任天堂などのゲーム業界は過去最高利益)、逆に日本のようにコロナ対策に失敗した国はバブル並みの株価と賃金低下が叫ばれる実体経済との乖離、それは目に見えた超格差社会と資本主義社会の終焉を目の当たりにしている事に変わりなかった。もちろん、SWも「最近の人々は政治でも、音楽でも、映画でも、白黒ハッキリさせたい病にかかっている」と「世界の二極化」に警鐘を鳴らす人物の一人だ。これはどちらか一方が絶対正義で、どちらか一方が絶対悪であるという先の大統領選にも繋がってくる話で、例えば人々がありもしない陰謀論にのめり込んでしまうパターンの一つとしてあるのが、youtubeで陰毛論関連の動画を一度でも見てしまうと、著しく進歩したAIのアルゴリズムによってその嗜好を分析し、その今後も似たような陰毛動画がおすすめ動画としてトップページに表示され続け、その偏った情報を「自分にとって都合のいい真実」として薬物依存症のように摂取し、そして最終的に不正選挙を訴えていた自身が不正投票してしまう悲惨な陰毛論者が出来上がるという図式だ。本作の『TFB™️』は、そのようにインターネットが二極化した新しい世代を生み出している考えから着想を得たとSWは語っている。皮肉もCOVID-19の存在は、世界の虚構と人類の『悪』を炙り出してしまったのだ。
「ポストヒューマン(人類進化)」というコンセプトのみならず、実は音楽的な面でもBMTHの最新EP『ポストヒューマン』とSWの『TFB™️』には大きな共通点がある。これまでBMTHはフロントマンのオリヴァー・サイクスとジョーダン・フィッシュが主なサウンドを作ってきたが、そのEPではオリィ曰くベセスダゲー『DOOM Eternal』のサントラを手がけているミック・ゴードンをサウンドプロデューサーとして迎えることで、サイバー・インダストリアルでフューチャリスティックなプロダクションを実現させたと語っており、事実メタルにはないエレクトロ・ミュージックならではのリズムが際立った、まさにサイバーパンクな近未来サウンドを展開していた。俄然面白いのは、そのEPで日本のベビメタとコラボした“キングスレイヤー”の一つ前の曲に“Itch for the Cure (When Will We Be Free?)”という、過去にSWがPendulumとコラボした曲のオマージュにしか聴こえない曲もあるし、何かを発言するたびに炎上するBMTHのオリヴァー・サイクスと、つい最近亡くなったエディ・ヴァン・ヘイレンについて「僕はヴァン・ヘイレンには影響されなかった」という類の発言が大手HR/HMメディアや息子のウルフギャング・ヴァン・ヘイレンに取り上げられるも、メタラーから「Who Are You?(誰お前?)」と軽くあしらわれて炎上すらしなかったSWは、紙媒体ではなくインターネット上の発言から拡散される現代のエア炎上芸人としても大きな共通点がある(後日、誤解を与える発言の詫びを入れた模様)。そんな冗談はさておき、少なからずメインストリームのポップスやラップからの著しい影響という点では近しいものがあるのは確か。
SWが『TFB™️』でやろうとしている事も、ある意味では一緒と言える。もはやロックですらないし、前作のようなポップスとして解釈するにも難解だし、(ましてやプログレ要素なんて皆無の)強いて言うならエレクトロニカ〜エンダストリアルの一種で、それこそインターネット中心のデジタル社会の進化そのコンセプトと共振するように、それを意図して共同プロデュースに迎られたデヴィッド・コステンのサウンドワークが際立っている(BMTHにとってのミック・ゴードンがSWにとってのデヴィッド・コステンというわけ)。事実、過去作を比較対象に名前を挙げようにも正直どれもシックリこない。強いて言うならメジャーデビューした前作の『To the Bone』だけど、それでも『TFB™️』とPT時代を含めた過去の作品とは一線を画した、根本的な部分で大きな違いがある。何故なら、SWなりのメインストリームのポップスだった前作ですら70年代〜80年代のハードロックやプログレッシブ・ポップのオマージュをはじめ、ポップスと言えどあくまでプログレ〜ロック畑のミュージシャンによる音楽のそれで、それらのオマージュ含めてドラマティックな曲構成やSWらしいメロディは元よりギターソロ・アレンジまで、従来の既存ファンにも十分理解できる範囲内のキャッチーと呼べる作風だった(もはやポップスでありメタルみたいな)。しかし、今作はロックやポップスの概念を抜本的に見直したような、未来志向の音楽とでも形容すべきか、本当の意味で音楽のジャンルを超越した=ダイバーシティ化したSWサウンドを展開している。
そのジャンルレスでジェンダーレスな全く新しいSWサウンドを象徴するのが、ファンが制作したNine Inch Nailsとのマッシュアップが話題を呼んだリードシングルの“PERSONAL SHOPPER”だ。このタイトルはSWも年間BESTに挙げていたクリステン・スチュワート主演のホラー映画『パーソナル・ショッパー』から拝借したもので(主人公の職業がセレブの買い物代行という前衛的ホラー映画)、SW曰く歌詞には現代の消費主義への皮肉と自身の買い物大好き愛が込められている。約10分近い曲で、本来(プログレ)の彼が持つイメージならばSWの長尺=ゴリゴリのプログレと断定できるけど、この曲ではプログレとは無縁の70年代から80年代にかけて流行ったディスコミュージック的なダンサブルなサウンドと共に電子的なエレクトロビーツを刻んでいく。この“PERSONAL SHOPPER”からも分かるように、実は『TFB™️』ってPorcupine TreeやSWソロの過去作品よりもサイドプロジェクトの一つであるNo-Manを彷彿とさせる場面が多々あって、それこそタイトルの『The Future Bites』と聞いて真っ先に思い出されるのは、2019年にNo-Manが発表した『Love You To Bites』だろう。何を隠そう、そのアルバムの中でSWとポッドキャスト仲間のティム・ボウネスがやってた音楽こそ、この『TFB™️』にも通じるディスコ味溢れるエレクトロミュージックに他ならなかった(ミラーボールのアートワークも)。少なからずこの『TFB™️』は、その『Love You To Bites』に内在する“ディスコ・ミュージック”の流れを汲んだ作品であることは確かだ。しかし、これは全てSWが子供の頃に母親が聴いていた“ディスコの女王”ことドナ・サマーが起源であるとする説が有力。しかしながら、このタイミングでインターネットの普及とともに人々の買い物文化を一変させた、文字通りの“買い物王”ことアマゾンCEOのジェフ・ベゾスが退任を発表したのは何とも示唆的。

ちなみに、この曲ではSWがリスペクトするエルトン・ジョン、そしてSWの妻であるローテム・ウィルソンがボイスとして参加しており(MVは『ジョジョリオン』の等価交換っぽい)、「(エルトン型の)サングラス」「ホワイトニング」「デラックスエディションボックスセット」「火山石鹸」「アンチエイジングクリーム」「マルチビタミンサプリメント」「ノイズキャンセリングヘッドホン」「デザイナーシューズ」「ダイアモンド」「デトックスドリンク」「スマートウォッチ」「有機ELテレビ」「フィットネスクラブメンバーシップ」「つけまつ毛」など、一部では実際に『TFB™️』が商品展開している商品名を読み上げ、もはや実際に売り出されているイギリス人ジョーク全開のウイルス対策マスクやサプリメントの他に、今にも『TFB™️』製のワクチンでも売り出すんじゃねぇかぐらいの勢いを前にした僕は、こうツッコまざるを得なかった→→→
「オメーは音楽界のビル・ゲイツかよ!w」
そのディスコミュージックやカニエ・ウェストからの影響をはじめ、要するに本作は「SWなりのゴスペル・アルバム」なんですね。それを象徴する5曲目の“EMINENT SLEAZE”は、「Me, I’m a bona ride reptile」という冒頭の歌詞を都市伝説的に解釈するとSW自身が爬虫類人=レプティリアンである事を暗に示唆する曲で(w)、野太くダーティに主張するベースをはじめ、ゴスペルならではのクラップやコーラス、プログレ的なソロワークや扇情的なストリングス、そして鍵盤奏者のアダム・ホルツマンや変態チャップマンスティックのニック・ベッグスらのいつメン=SWバンド中心のファンキーでグルーヴィなサウンドを展開する。
このMVに至っては、何かの物資を片手に、まるで「運び屋(サム)」に扮するSWと無機質なシェルター的な施設やフューチャリスティックな世界観が、(東京五輪の中止を予言した(カニエ・ウェストも大好きな)『AKIRA』のように)コロナ禍の世界を予言したとされる小島秀夫監督の最新ゲーム『デス・ストランディング』そのものであるということ。実は『デススト』もアメリカの分断を描いた近未来的なディストピア作品、その世界の「分断」の発端とも呼べるイギリスのEU離脱=ブレグジットの当事者であるSWは自然と共振する部分が生まれる(もちろん、SWはトム・ヨークと同じようにブレグジットに対する反対声明を出している)。また『デススト』を構築するギミックの一つであるインターネット(カイラル通信)を駆使したリモートワーク/ホログラム通信、それはインターネットがコロナ禍にもたらした人と人の「つながり」を予見していた。SWもSWで90年代に人気が落ちた時期に、ネット上の口コミやファンのサポートがなければ21世紀にプロのミュージシャンとして成功していなかったと言わしめるほど、以後インターネットの存在は彼の人生において切っても切れない関係となっていた。昔はアンダーグラウンドの存在だった小島監督は(SNSを介して)世界の命運を握るサノスもといイーロン・マスクと繋がったり、方やSWは新作を発表するたびに本国のみならず欧州各国のチャートを賑わせる今やセレブ気取りのポップスターとして(イェンスのマブダチは実質俺のマブダチみたいなw)、かつてテレビやラジオでも見たことも聞いたこともなかった二人が、今や世界的なファンベースを獲得するメインストリームの存在となっている面白さ。そんなインディーズとメインストリーム(メジャー)の狭間をフレキシブルに揺れ動く奇妙な立ち位置的な意味でも、その革新的な発想はゲーム業界と音楽業界で活躍する場は違えどそれは同じだ。もちろん、小島監督の『DS』もSWの『TFB™️』もパンデミック以前に制作されたもので、しかし互いにコロナ禍において人々が規則化された新しい生活様式を予見したような作品となったのは果たして偶然だろうか?奇しくも『DS』とコラボしたBMTH(オリヴァー・サイクス)のEP『ポストヒューマン』=SWの『TFB™️』、そして小島監督が“デジタルヒューマン”としてカメオ出演した『サイバーパンク2077』、それらの作品のコンセプトが「トランスヒューマニズム」ないしは近未来を予見する内容となったのは果たして本当に偶然だろうか?流石にここまでくると「偶然」ではなく「必然」ですね(ちなみに、『サイバーパンク2077』のサントラにはTomb MoldやConvergeが参加している)。あと細かい共通点を挙げるとするなら、PC版『DS』のパブリッシャーはSWがサントラを手がけたインディーゲーム『The Last Day of June』と同じ「505 Games」である点、またSWがコロナ禍で始めたポッドキャストもコナミ時代に小島監督がやってたポッドキャストの『ヒデラジ』とダブる。それらの【アメリカ】【大統領選】【イギリス】【分断】【ブレグジット】【二極化】【インターネット】【デジタル社会の先見性】【BMTH】【トランスヒューマニズム】【ビッグ・ブラザー】【ポッドキャスト】【メガネ】【HELL】などの共通点からも分かるように、もはや今作に関するSWのインタビューの内容は『デススト』における小島秀夫なんじゃねーかみたいな感じのことを語ってて俄然同一人物説が濃厚になった。なんだろう、やっぱり天才同士で通じる部分があるんだなって。もう色々な意味で完全究極体伏線回収をやってのけてて、昔っからSW=小島秀夫と言い続けている自分としては、本人たちがそれを証明してくれた事に今はもう何も言えねぇし感無量。ガチでそろそろコラボあるぞこれ・・・って、もう既にコラボしてるようなもんかw
このMVに至っては、何かの物資を片手に、まるで「運び屋(サム)」に扮するSWと無機質なシェルター的な施設やフューチャリスティックな世界観が、(東京五輪の中止を予言した(カニエ・ウェストも大好きな)『AKIRA』のように)コロナ禍の世界を予言したとされる小島秀夫監督の最新ゲーム『デス・ストランディング』そのものであるということ。実は『デススト』もアメリカの分断を描いた近未来的なディストピア作品、その世界の「分断」の発端とも呼べるイギリスのEU離脱=ブレグジットの当事者であるSWは自然と共振する部分が生まれる(もちろん、SWはトム・ヨークと同じようにブレグジットに対する反対声明を出している)。また『デススト』を構築するギミックの一つであるインターネット(カイラル通信)を駆使したリモートワーク/ホログラム通信、それはインターネットがコロナ禍にもたらした人と人の「つながり」を予見していた。SWもSWで90年代に人気が落ちた時期に、ネット上の口コミやファンのサポートがなければ21世紀にプロのミュージシャンとして成功していなかったと言わしめるほど、以後インターネットの存在は彼の人生において切っても切れない関係となっていた。昔はアンダーグラウンドの存在だった小島監督は(SNSを介して)世界の命運を握るサノスもといイーロン・マスクと繋がったり、方やSWは新作を発表するたびに本国のみならず欧州各国のチャートを賑わせる今やセレブ気取りのポップスターとして(イェンスのマブダチは実質俺のマブダチみたいなw)、かつてテレビやラジオでも見たことも聞いたこともなかった二人が、今や世界的なファンベースを獲得するメインストリームの存在となっている面白さ。そんなインディーズとメインストリーム(メジャー)の狭間をフレキシブルに揺れ動く奇妙な立ち位置的な意味でも、その革新的な発想はゲーム業界と音楽業界で活躍する場は違えどそれは同じだ。もちろん、小島監督の『DS』もSWの『TFB™️』もパンデミック以前に制作されたもので、しかし互いにコロナ禍において人々が規則化された新しい生活様式を予見したような作品となったのは果たして偶然だろうか?奇しくも『DS』とコラボしたBMTH(オリヴァー・サイクス)のEP『ポストヒューマン』=SWの『TFB™️』、そして小島監督が“デジタルヒューマン”としてカメオ出演した『サイバーパンク2077』、それらの作品のコンセプトが「トランスヒューマニズム」ないしは近未来を予見する内容となったのは果たして本当に偶然だろうか?流石にここまでくると「偶然」ではなく「必然」ですね(ちなみに、『サイバーパンク2077』のサントラにはTomb MoldやConvergeが参加している)。あと細かい共通点を挙げるとするなら、PC版『DS』のパブリッシャーはSWがサントラを手がけたインディーゲーム『The Last Day of June』と同じ「505 Games」である点、またSWがコロナ禍で始めたポッドキャストもコナミ時代に小島監督がやってたポッドキャストの『ヒデラジ』とダブる。それらの【アメリカ】【大統領選】【イギリス】【分断】【ブレグジット】【二極化】【インターネット】【デジタル社会の先見性】【BMTH】【トランスヒューマニズム】【ビッグ・ブラザー】【ポッドキャスト】【メガネ】【HELL】などの共通点からも分かるように、もはや今作に関するSWのインタビューの内容は『デススト』における小島秀夫なんじゃねーかみたいな感じのことを語ってて俄然同一人物説が濃厚になった。なんだろう、やっぱり天才同士で通じる部分があるんだなって。もう色々な意味で完全究極体伏線回収をやってのけてて、昔っからSW=小島秀夫と言い続けている自分としては、本人たちがそれを証明してくれた事に今はもう何も言えねぇし感無量。ガチでそろそろコラボあるぞこれ・・・って、もう既にコラボしてるようなもんかw
SW曰く現代はソーシャルメディアが自分自身を映す鏡であると、つまりスマホの中に実在するもう一人の自分=SELF、スマホの中に実在する偽りの自分=UNSELFであると語る。古代に星を見上げていた人類は、今やスマホの中でどれだけ「いいね!」やコメントを稼げるかに人生の大半を費やしている事に、(先ほどの“PERSONAL SHOPPER”の世界観にも通じる)生活に必要なものではなく、自らの地位やその物を所有しているステータスのために、それこそインスタ映えするものをネットで買う現代の承認欲求型消費社会に対する、TikTokデビューしたばかりの“TikTokおじさん”なりの皮肉が込められた#8“FOLLOWER”は、「ちんこちんこ」に空耳する冒頭のSEを皮切りに(ちんこだけに)、本作の中では最もロックらしいギターのエッジとビートを刻みながら、まるで気分は“新世代のナルシスト”もといインフルエンサーとばかりに「Follow Me!! Follow Me!!(フォローしてよ!フォローしてよ!)」と歌う。またSWは「種」として、その結果は果たして正しい事なのかと疑問を呈している。
アニメ仕様のMVが俄然『DS』をフラッシュバックさせる#3“KING GHOST”は、前作でいうところの“Song of I”を彷彿とさせる打ち込みと古き良きNo-Man風のミニマルなシンセを効かせたアンビエント・ポップで、この曲におけるSWはトムヨークのモノマネボイスや女性的なファルセットボイスを披露している(この曲にはThe Cureのドラマーであるジェイソン・クーパーがパーカッションで参加)。一転して、Mystery Jetsがコーラスとして参加している#4“12 THINGS I FORGOT”では、サイドプロジェクトであるBlackfield風の夏ソング的なアコースティックなポップロックを展開。まさに古代人のように夜の星空を見上げたくなる幻想的なイメージを映し出す#6“MAN OF THE PEOPLE”は、SW曰く女性視点で書いた曲で、女性歌手とデュエットすることをイメージした曲とのことで(ちなみに、SWはラナ・デル・レイとデュエットしたいらしい)、(Ulverの『惡の華』じゃないけど)大袈裟に言って「SWなりのトラップ」的なハイハットのビートとギターのミニマルなリフレイン、倦怠感のあるドリーミーな世界観がほんのりPhantogramを彷彿とさせる。そしてアルバムのラストを飾る#9“COUNT OF UNEASE”は、SW曰くパンデミックの影響がなければアルバムに含まれていなかった曲で、前作でいうところの“Song Of Unborn”を彷彿とさせる、最近のSW作品らしいアンビエント的なバラードナンバーで、クリスマスソングみたいなジングルベル風の効果音を駆使した祝祭風のアレンジで終始センチメンタルな雰囲気が続く。
確かに、これまで以上にファンを突き放しにきてる内容だけど、それはいつものSWなんで特に驚くことでもないし(自分でも聴衆に迎合するミュージシャンではないと言っている)、なんだかんだでレディヘ〜トム・ヨークやピンク・フロイドへのリスペクトを軸としながら、各パートの歌メロやギターのソロ〜フレーズやコーラスをはじめ、要所要所ではSWらしい音使いも感じさせなくはない。しかしそれ以上に特定のジャンルに縛られない、オーガニックな生音というよりは第一に『TFB™️』という近未来的なコンセプトありきの電脳的なアレンジが中心の作品なのは確か。だから本作をコンセプトを加味した上で評価するなら100点だけど、純粋に音楽だけを切り取って評価する場合は50点にも満たないかもしれない。何度も言うけど本当にコンセプトありきなコンセプト・アルバムだから、音楽的な部分よりも歌姫テイラー・スウィフトのカバーやテイラーの宿敵カニエ・ウェスト=「ラップ」からのインスパイヤをはじめとするポップスターネタ、『『『『『アベンジャーズ』』』』』、そして今世紀最大の皮肉となったタイムズ・スクエアの電光掲示板に“ホログラム・トランプ”という名の“ビッグ・ブラザー”を再臨させる『TFB™️』ありきのプロモーションや陰毛論などの“ガワ”の部分の方が面白いのも事実。事実、エルトン・ジョンをはじめ本作に(間接的にでも)登場(あるいは示唆)するメンツがことごとく意味深過ぎて笑ってしまう(最終的にはレプティリアンも出てきちゃうしw)(←ただの陰毛論者)。
以前SNSで流行った性転換アプリじゃないけど、性別も年齢すらもわからない、もはや実在する人物なのかすらわからないディープフェイクあるいはデジタルヒューマン、益々『真実』という言葉の曖昧さが加速する第二次ポスト・トゥルース時代をメタするかのような(シングルを含めた)アートワークに至るところまで、まるで森元のジェンダー差別発言の真逆を皮肉るような真の多様性、真のダイバーシティ時代の幕開けを宣言するかのような、そしてイギリス人であるスティーブン・ウィルソンらしい皮肉に満ち溢れた作品がこの『TFB™️』である。あえて考察するなら、本作がPTやソロ作よりもNo-Manの系譜にある理由として、(本来の意味じゃないと思うけど)MAN(男)をNO(否定)する、つまりNo-Manという「男性性の否定」とSWの母親が好きだったドナ・サマーのディスコ・ミュージック=女性的な音楽からの影響という点でも、本作の『TFB™️』はSWの中にある「女性性=フェミニズム」が浮き彫りとなった、言うなればゴリゴリの“left-field music”である。それこそUlverの『惡の華』やトランスジェンダーのハンター・ヘンドリックス率いるLiturgyの最新作を筆頭に、全ての音楽ジャンルの中でも特に保守的なイメージを持つメタルシーンこそ今最もダイバーシティ(多様性)が進んでいる音楽ジャンルなんじゃねぇか説あって、そのジェンダーフリーの流れを総括したのが『TFB™️』におけるSWというオチ。もはや森友発言すらも「計画の一部」だったと言われても納得しちゃうほど、全ての出来事がこのアルバム・コンセプトを真正面から肯定するための「駒」として動いているとしか思えなかった。
そして、色々な意味で『To the Bone』のレビューに書いた伏線回収がものの見事に回収された事に、改めてミュージシャンやクリエイター側が伏線回収に行動してくれた事に、今はただ感謝の気持ちで一杯です。昨年から(厳密に言えばもっと前から)続く小島秀夫監督の『デス・ストランディング』からBMTHの『ポストヒューマン』、そしてSWの『TFB™️』から東京五輪〜大阪万博における荒木飛呂彦までの繋がりと伏線回収(言わずもがなジョジョとスネークのルーツはイギリス)、これもう【日本の俺ィ】兼【ラジオネーム:スティーヴン・ウィルソン】であり小島秀夫と荒木飛呂彦の間に生まれた子供である俺ィに対する匂わせを超えた私信としか思えない・・・これもう実質「シン・薩英同盟」だろw この勢いのままチンカス長州勢に乗っ取られた日本のドクサレ政権をぶっ潰そう!w
しっかし、前作の国内盤リリース元だった某レーベルが夜逃げして本作の国内盤リリース未定なのを知ってか知らずか、(謎の日本語デザインを売りとする)ヴァイナル専門のAssai Recordsとコラボして実質日本(語)盤を用意してくれるとか、どんだけいい奴なんだSW・・・よ〜し!こうなったら「シン・薩英同盟」の締結を祝して、666代目薩摩藩主の僕が日本国民に対する『TFB™️』製のワクチン接種を許可する!(中身はアストラゼネカw)