Welcome To My ”俺の感性”

墓っ地・ざ・ろっく!

2020年10月

tricot 『10』

Artist tricot
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Album 『10』
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Tracklist
01. おまえ
02. サマーナイトタウン
03. WARP
04.
05. 炒飯
06. あげない
07. 悪戯
08. 幽霊船
09. Laststep
10. 體

なんだろうね、普通ならtricotの新作がリリースされることを素直に喜ぶべきなのに、リリース日の直前にまさかあんな訃報が届くなんて、本当になんなんだろうね。少なからず言える事は、「メジャー」なんてロクなもんじゃないことはSiggy Jr.赤い公園が身をもって証明してくれたのと、津野米咲の頭の中には盟友tricotの新譜がリリースされるソースはどこにもなかったんだってこと。というより、tricot赤い公園がライバル関係あるいは盟友だなんてのはただの妄信だったのかもしれない。しかしながら、こいつらなかなか薄情な奴らだなって。

その「メジャー1stアルバム」という、日本でメジャーデビューしたバンドならではの大々的な謳い文句を引っ提げて、かのエイベックス内にあるカッティングエッジからメジャーの仲間入りを果たしたtricotさんは、晴れてエイベックス〜カッティングエッジの大先輩である(ベーシストの粥がやらかして解散した)「平成最悪のヴィジュアル系バンド」ことJanne Da Arcの正当後継者となり、いわゆる「メジャー行って終わったバンド」としての大きな一歩を踏み出した。一足も二足も先にメジャーデビューした赤い公園がどんな事になったのかなんて無意味な話はさて置き・・・と見せかけて、メジャーデビューした赤い公園で苦労したであろう津野からしてみれば「オメーら一丁前に大手からメジャーデビューしてんじゃねーよwしかもよりによってべクソかよべクソwあ、ウチはウチでファッキソ・ソニーだったわw」てな感じかもしれない。知らんけどw

今年はコロナ禍の影響で、ろくにライブツアーができない状態が続いているので、必然的にミュージシャンは家に引きこもって作曲する暇しかないせいか、昨年に13年ぶりとなる新作を発表したヘヴィロック界のレジェンド=TOOLが早くも新曲に取りかかっているという皮肉めいた冗談か噂話が囁かれる始末。とにかくアーティストの活動スケジュールを全て予定変更せざるを得ない状況の中、今年の1月にに「メジャー1stアルバム」となる『真っ黒』をリリースしたばかりのtricotも例外はなく、その前作から約9ヶ月ぶりに「メジャー2ndアルバム」となる『10』を発表した。この『10』という数字はデビュー10周年の『10』を意味している。

前作の『真っ黒』は「メジャー1stアルバム」のプレッシャーか、メジャー感バリバリの方向へと色気づいたドギツいギトギトメイクのtricotだったけど、本作の『10』はそのド派手メイクの前作ほど変に肩肘も気負ってもない適度なユルさのある、いわゆる「メジャー2ndアルバム」というよりは、どこにも色気づいていない「いつものtricot」すなわちノーメイクのtricot、つまりインディーズ時代に近いフラットな状態のtricotがEPのような実験的なアプローチをフルアルバムの尺でやってみたような印象。それこそ「メジャー1stアルバム」の押し売りみたいな日本の音楽業界特有のメジャー至上主義に引いた人には間違いなく合うと思う(メジャーには変わりないけどw)。

色々やってる本作、前作のメタル/ハードコアにイキってたリフは鳴りを潜め、良くも悪くも教科書通りのマスロックに回帰したようなリフ回しを中心に、3人のコーラス/ハーモニーが映えるちょっと歌謡曲っぽい雰囲気が新鮮な#2“サマーナイトタウン”、らしい転調転調雨転調から相対性理論でもお馴染みのリフレインと水曜日のカンパネラのコムアイに化けたイッキュウ中嶋のラップが織りなす渋谷系tricotの#3“WARP”(そういえばコムアイって今何してんの?活動家?)。本作における「実験性」を司る#4“箱”は、全編に渡りパーカッションをフィーチャーしたスティーヴン・ウィルソン〜トクマルシューゴ〜岡田拓郎ラインに精通するニューエイジナンバーかと思えば、次の#5“炒飯”も同様にやくしまるえつこがヤクマルシューゴ化した相対整理論『TOWN AGE』風のリフ回しや陽気な口笛からも、俄然トクマルシューゴ〜ヤクマルシューゴ〜岡田拓郎ラインが総出演の映画『PARKS パークス』の井の頭公園界隈に大胆にアプローチしていく。この序盤の流れからもわかるように、そのトクマルシューゴ〜ヤクマルシューゴ色の強さからも「ほ〜こっち側に寄せて来たか」と、初めはちょっと想定外の反応を示したのも事実。で、その相対性理論的なイメージから思い出されるtricotのアルバムと言えば2ndアルバムの『A N D』に他ならなくて、適当に例えるなら前作の『真っ黒』がインディーズ時代における『T H E』で、この『10』がインディーズ時代における『A N D』みたいな立ち位置。

『真っ黒』における“低速道路”みたいなミニマルにトリップする#6“あげない”、サビのメロがジュディマリの“LOVER SOUL”感のあるキャッチーな歌モノの#7“悪戯”、切ない系の歌モノポップスの#8“幽霊船”、「この曲いかにもインディーズ時代のトリコットって感じだな」と思ったら『爆裂パニエさん』の“Laststep”だった#9、椎名林檎リスペクトなオルタナティブでアヴァンギャルドな実験性を内包したラストの#10“體”まで、デビュー10周年だから全10曲なのかは知らんけど、実験的かつ挑戦的なアルバム前半と比べてアルバム後半は比較的歌モノ傾向のtricotって感じで、謎のジュディマリ感の強い歌モノは歌モノでも『真っ黒』に収録された歌モノの方がメロディの質は断然上です。あと同じ水カン=コムアイリスペクトでもポエトリーラッパーの春ねむりの方が全然コアで面白いことやってますね。

そもそも、インディーズ時代の“Laststep”のリメイクした曲が収録されてる時点で、必然的にインディーズ時代のtricotをフラッシュバックさせる事を意図したような作品で、前作の『真っ黒』が苦手だった人を見捨てず、しっかりとフォローするバンドの器の広さを証明するような一枚でもある。改めて「色々やってる」このアルバムの形式を装った実質EPは、その『A N D』時代を連想させる曲や、ニューエイジやコムアイばりのラップを駆使した実験的な曲、いかにもメジャーな曲まで、このメジャー行ってもインディーズ時代と何ら変わらない音を自由に鳴らせる二面性、つまり「日本のメタリカ」の異名を持つバンドならではのソリッドでゴリゴリなリフも書ければ、一方でスティーヴン・ウィルソンみたいなウェットでウィットに富んだ実験性を内包した曲も書けちゃう二面性こそtricotの真髄と言える。

確かに、この程度の内容ならアルバム形式じゃなくて実験的な曲だけのEPでよかったんじゃないかと思ったけど、それはべクソという名の問屋が卸さないか。でもアルバム後半に無理くりポップな歌モノ入れる必要があったのかという疑問もあって、とは言えライブツアーがまともに実施されていたら本作はリリースすらされていなかった可能性云々のタラレバはここで語ってもしょうがない。というか、この『10』もデビュー10周年の集大成と意気込んでいる割には小遣い稼ぎにもならないような内容だし(いかにもメジャーなダサ過ぎるジャケも嫌い)、このメジャーデビューして終わった薄情バンドもそろそろ解散が近いんじゃないかな。それまでさぞお偉いさんのべクソとファッキソ・ソニーでやり合ってろよw

Svalbard 『When I Die, Will I Get Better?』

Artist Svalbard
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Album 『When I Die, Will I Get Better?』
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Tracklist
02. Click Bait
03. Throw Your Heart Away
05. Silent Restraint
06. What Was She Wearing?
07. The Currency Of Beauty
08. Pearlescent

ロンドンを拠点に置くHoly Roar Recordsといえば、「最近のメタルはクソだ」とシーンを批判して炎上したBFMVのフロントマンであるマシュー・タックに対して、代表のアレックスが反論文を綴った手紙を送るぐらいにはパンクでハードコアな気鋭メタルレーベルとして知られ、そんなイキりレーベルに所属するバンドも大概クセの強い猛者揃いなのは周知の事実。近年、改めてHoly Roarの評判を著しく高める事となった代表作が、それこそ2017年に発表されたRolo Tomassiの5thアルバム『Time Will Die And Love Bury It』と、その翌年に発表されたSvalbardの2ndアルバム『It's Hard to Have Hope』というレーベルの屋台骨である二大女UKバンドであり、そのアルバムでは従来の彼らを司るConvergeTDEPなどのクラスト/マスコア/カオティック・ハードコアの遺伝子をベースに、そこへDeafheavenAlcestに代表されるBlackgazeの遺伝子を遺伝子組み換えという名の魔改造を施し、全く新しい新世代メタルを産み落とす事に成功した。

そんな紅一点セレナ・チェリー率いるSvalbardが前作から約2年ぶりに放つ3rdアルバム『When I Die, Will I Get Better?』では、一体どんな遺伝子組み換えメタルに魔改造されたヤバい怪物が出てくるのかと、あらゆる想像を巡らせながら本作を再生すると、そこには自分の想像を超えた「想定外」の遺伝子が注入されていた。その「想定外」の遺伝子こそ、Bandcamp界における「投げ銭王」ことUSポストメタルのAstronoidだった。

幕開けを飾る#1“Open Wound”からして、ブツ切りの始まりから前作で魔改造された「女版アルセスト」ならではの「Ah〜Ah〜Ah〜」というリチュアル=儀式的なコーラスで展開すると、突如としてAstronoid顔負けの多幸感溢れるアトモスフェリックなキラキラシンセとアヘ顔デフヘヴン状態のバチクソエピックなトレモロリフが織りなす、この世のものとは思えない美し過ぎる美メロの洪水が襲いかかる。なんだろう、それこそAlcestAstronoidが4光年先にある銀河の果てで出会い、銀河を支配する宇宙人に魔改造されてジャンルや性別そしてAI(機械)と人間の垣根を越えたAndroid(アンドロイド)が生まれちゃった感。正直、この変化は全くの想定外で驚いた。前作からのアストロノイド(Android)化は想像もつかない。この出来事を競馬用語で例えるなら、完全に「人気の盲点」だったわ。先日の秋華賞で言えば2着したマジックキャッスルは、典型的な「人気の盲点」だったから余裕で買えた(馬連1500円)。しかし、やっぱり凄いなこのバンド。発想がオルタナ過ぎて笑ってしまった。本当に好きすぎる。

まだクラストじみた泥臭い激情ハードコアを軸としていた前作から一転して、AlcestAstronoidに急接近したドリーム・ポップやシューゲイザーを基とするポストメタルを軸に、またギアを一段上げた扇情的かつ激情的な恍惚感溢れるトレモロリフやシューゲイザー然としたリバーブがかった幻想的な美メロを中心とする天上の音楽として、天上の視点からこのクソサイテーな下界に向かって「怒り」と「激情」を交錯させながらFUCK OFFする#2“Click Bait”、Alcestの4thアルバム『シェルター』のボートラである“Wings”を想起させる、それこそ「女版ネージュ」と呼ぶに相応しいセレナのイーサリアルな癒し系ボイスと天上から降り注ぐ神々しいくらいに眩いシンセとリバーブ全開の幻想的なサウンド、その全てが「女版アルセスト」としての本領を発揮する#4“Listen To Someone”、前作における“For The Sake Of The Breed”みたいな自身の出自がハードコアにある事を再確認させる、UKポスト・ハードコアレジェンド=Funeral For A Friendばりに爽やかなメロコアチューンの#5“Silent Restraint”、今度はAlcestの2ndアルバム『Écailles de Lune』を彷彿とさせるオルタナ然としたリバーブ全開でフレンチアニメばりに幻想的な世界観を繰り広げる#6“What Was She Wearing?”、ブラゲ然としたトレモロ主体の#7“The Currency Of Beauty”、ここまでAlcestの4th→2ndときて最後は伝説の1stアルバム『Souvenirs D'un Autre Monde』のオマージュとばかり、今にも幼女が水辺で遊んでいる声が聞こえてきそうな#8“Pearlescent”で、その「女版アルセスト」の名を不動のものとする。改めて、やっぱこのバンド面白すぎてヤバいな・・・。

改めて本作は、あくまでハードコア側からBlackgazeに対するアプローチに過ぎなかった前作とは打って変わって、今回はハードコア云々そっちのけでAlcestAstronoidを連想させるシューゲイザー・ポストメタル方面にどっぷり浸かりきっている。なんだろう、いわゆる「アチエネはメロコア」の正統後継者である「デフヘヴンはメロコア」的な側面を詳細に描写しつつも、昨今のシーンのトレンドであるポストメタルへの巧みな迎合を図る彼らのフレキシブルな才能に脱帽すること請け合い。もはやアルセストの歴代アルバムのオマージュとばかりの癒し系の美メロと激情のコントラストは、(もはやアングラ感は皆無に近い)むしろオシャンティ過ぎるぐらいに洗練された美の極地により相対的に拡大の一途をたどり、そして相変わらずのセレナ姐さんによるネージュ化が著しく進行した美声と野獣化した咆哮のギャップ萌えはカッコ良すぎて痺れる。もちろん、衝撃度という点では(その魔改造っぷりから)前作に軍配が上がるけど、競馬で「人気の盲点」が外から突っ込んできたような想定外度では本作が断然上です。

誰が津野米咲を殺したのか?

この訃報を聞いた時はしばらく動悸が止まらなかった。

確かに、確かに赤い公園についてはこのブログで好き勝手書いてきたけれど、津野米咲が亡くなったのは「俺のせい」だなんて話は、それこそ自意識過剰の勘違い野郎でしかないので(そもそも津野がこんなブログ見てるわけがない)、そういう事は微塵も思ったりしないんですけど、確かに佐藤千明が脱退してから興味を無くした自分が「今更」何を言ったところで本当に「今更」だけど、でもこの先死ぬまでずっと津野のいない世界が続いていくと考えただけでどうしようもない悲しみが込み上げてくる。

今年、この2020年における当ブログのラッキーカラーって「オレンジ」あるいは「Orange」もしくは「Oranssi」だったのと、事実上の津野の遺作であり最新シングルのタイトルが『オレンジ』なのは偶然の一致と思いたい。その名前にOranssiを冠するブラック・メタルバンドの新作でも、日本のシンガーソングライター岡田拓郎の新作でも赤い公園の影がチラついたのも事実だけど、それについては津野が筋金入りのジム・オルーク好きと知って腑に落ちた。そのジム・オルークとのコラボでも知られるギタリスト=クリスチャン・フェネスが、Ulverの新作『惡の華』で披露した唸るように歪みまくったギターノイズにも津野米咲の影が脳裏を過った。僕は知らず知らずのうちに赤い公園の残像を追い求めていたのかもしれない。まだ『華』のある20代のうちに死にたかったなんて推測するだけ無駄だけど、その『命』という名の『華』の散らせ方=終末論が津野なりの『惡の華』の咲かせ方だったんだろうね。

この訃報に寄せられたロキノン編集長の言葉にもあるように、赤い公園が2014年に発表した歴史的名盤『猛烈リトミック』に反応できない現代日本人の反知性主義が極まった結果が昨今における『鬼滅の刃』ブームで、その設定/ストーリー/キャラクター/絵柄まで歴代のジャンプ漫画からトレースしただけのような、つまり赤い公園の音楽とは真逆のオリジナリティのカケラもない、何も考えなくても脳死で喜怒哀楽できるジャンプ史上最悪の駄作漫画を有り難がっている日本人の未熟な感性が憎い。

僕は思う。津野米咲を殺した犯人の正体は、その日本人の幼稚な感性であると。

The Ocean 『Phanerozoic II: Mesozoic | Cenozoic』

Artist The Ocean
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Album 『Phanerozoic II: Mesozoic | Cenozoic』
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Tracklist
【Mesozoic】
01. Triassic
02. Jurassic | Cretaceous
【Cenozoic】
03. Palaeocene
04. Eocene
06. Miocene | Pliocene
08. Holocene

ドイツが産んだ近年の名作といえば、今年配信のシーズン3で完結したNetflixのドラマ『ダーク』は近年稀に見る本格SFドラマの傑作で、理論物理学の天才アインシュタインを生んだドイツを代表するメタルバンド=The Ocean Collectiveもデビュー当初から一貫して考古学における土層(地層)を題材とした地質学をはじめ、旧約聖書における人間中心主義やコペルニクスの地動説、そして謎多き深海などの地球環境/思想/宗教に基づいた学説的な作品を売りとするインテリ系のバンドとして知られる。

中でも彼らを代表する2007年作の3rdアルバム『Precambrian』では、「地球が誕生した約46億年前以降、肉眼で見える大きさで硬い殻をもった生物の化石が初めて産出する5億4100万年前以前の期間を指す地質時代」=【冥王代】【太古代】【原生代】の3つに区分される「先カンブリア時代」を描き出していた。そのアートワークが示唆するように、その『Precambrian』のCDの裏ジャケに描かれた年表の最後にある空欄部分の約5億4100万年から現在(0)までの期間=【顕生代】、その【顕生代】における約5億4100万-約2億5190万年前に相当する【古生代(Palaeozoic)】を描いた2018年作の7thアルバム『Phanerozoic I: Palaeozoic』【顕生代】における約2億5217万年前から約6600万年前に相当する【中生代(Mesozoic)】と、約6500万年前から現代までに相当する【新生代(Cenozoic)】を描いた本作の『Phanerozoic II: Mesozoic / Cenozoic』の2部作をもって、2007年作の『Precambrian』から13年の歳月を経て現在に至るまでの地質年表が完成する運びとなった。

まず「深海」をテーマにした2013年作の6thアルバム『Pelagial』を振り返ってみる。実にユニークだと思ったのは、深海を形成する水深200mまでの表層(Epipelagic)から約6000m以深までの超深海層(Hadopelagic)に至る5つの海層レベルを各メタルバンドの音で再現していた点。例えば、水深の浅い表層から中深層(Mesopelagic)〜漸深層(Bathypelagic)までをUSのMastodon的なポストハードコアで再現し、水深が深くなるにつれて「コア」が徐々に巨大化して「核」のメタファーであるフランスのGojiraへと変貌し、最終的には大水圧により探査不可能とされる深海層(Abyssopelagic)から超深海層(Hadopelagic)まではニューロシスばりのポストメタル然としたヘヴィネスに到達、そして人類未開の水域の最低レベルにある底生地帯(Benthic)に生息する底魚(Demersal)と遭遇する。それはまるで貴重な黒いトゲトゲのウニかと思いきや、そのトゲトゲの正体は芸能界の伏魔殿という名の『悪の華』に触れた能年玲奈が干されて織田nonもといのんに姿を変えられてしまう「深海物語」で、ある種のメタル版『あまちゃん』と称すべき傑作だった。

そんな傑作『Pelagial』から約5年ぶり、先述した通り『Precambrian(先カンブリア時代)』の続編にあたる顕生代の序章=古生代を描いた『Phanerozoic I: Palaeozoic』は、これまでの彼らがインスパイアされてきた同レーベルの盟友Cult of LunaGojiraをベースとした比較的王道的な色のない無印エクストリーム/ポスト・メタルを展開しつつ、中にはKATATONIAヨナス・レンクスを迎えた曲もあった。決して地味というわけじゃないが、扱い的にはあくまでも序章ってのもあって、別段突出した何かがあるというわけでもなかった(感覚的には2010年リリースの2部作の前者『Heliocentric』に近い)。しかし本編に当たる今作は、その前作の漠然とした「つかみどころの無さ」を払拭するような、それこそ約13年前の傑作『Precambrian』に匹敵する新時代のエクストリーム・メタル王の座を襲名するかのような一枚となっている。

顕生代における中生代(Mesozoic)の幕開けを飾る#1“Triassic”は、約2億5217年前〜約2億130万年前までを指す「三畳紀」と呼ばれ、この頃から爬虫類や恐竜が出現して繁栄を遂げる。その曲調としては、それこそRiversideのマリウス・デューダくんのソロプロジェクト=Lunatic Soulを想起させる、現代プログレ〜ネオサイケ〜ポスト・プログレッシブラインに沿ったベースギターやパーカッションを駆使したオリエンタルかつエクスペリメンタルなプログレメタルで、中生代の後期にあたる鳥類が誕生し恐竜が繁栄する「ジュラ紀」と、花を咲かせる被子植物が出現する「白亜紀」を描き出す約13分を超える大作の#2“Jurassic | Cretaceous”は、イントロからプログレメタル然としたヘヴィなリフとドイツ人らしいクラシック音楽の素養を垣間見せ、そのイントロが明けると「三畳紀」のトライバルな流れを汲んだスティックやカウベル使いのドラミングから、二大暗黒メタルを代表するTOOLの名盤『Lateralus』とその名盤の影響下にあるOpethの名盤『Ghost Reveries』という世界三大プログレメタルのラスボスを召喚するグルーヴィに刻むリフ回し、中盤からは前作に引き続きヨナス・レンクスを迎えてKATATONIAのBサイド然としたミニマルなエレクトロパートに突入(まだヨナスがボーカリストとして勘違い、もとい自覚を持っていない頃の陰鬱ボイスなのが良い)(むしろまだこの歌い方できるんだなって感心してしまったw)、するとクライマックスでは「白亜紀末」に起きた地球規模の大絶滅をブルータルかつエクストリームに描き出すと、最後はメイナード・キーナンが憑依したような「例」のパンキッシュな歌唱からTOOLでもお馴染みのリフに収束していく、まさに46億年分の歴史が詰まった圧倒的なスケール感・・・!

なんだろう、この一曲の中にTOOLとその取り巻き、もとい10年代の現代プログレを一つにコレクティブさせたような、もはや20年代最高のプログレメタル絵巻と呼んでも過言じゃあない名曲で、改めて今のメタルシーンでTOOLOpethらのレジェンドと真っ向からタイマン張れる中堅バンドってこいつらしかいないって。そのレジェンドに対して玉砕覚悟で単騎突撃カチコミに行ってるカッコ良さったらないし、それこそ聴いてる途中で「ホーリーイェス!ホーリーイェス!」ってガッツポーズするくらいには、それこそプログレ界のレジェンド=TOOLへの回答を示すような新世代ポストメタルVS現代ポストメタの構図がアツ過ぎる。この時点で優勝。

「白亜紀末」の大絶滅により中生代が終わりを告げると、能年玲奈が超深海層で探し求めていた棘皮動物のウニをはじめとする哺乳類と鳥類が繁栄した新生代(Cenozoic)が幕を開ける。ゲストボーカルに過去作でもお馴染みのトーマス・リシュダールを迎えたハードコアの#3“Palaeocene”、いかにもポスト・プログレッシブ的なATMS系エレクトロインストの#5“Oligocene”、冒頭の咆哮は元よりバックのアレンジ的な面でも盟友Cult of Lunaのヨハネスが「ちょっと待って、これ俺やんw」てなるのが容易に想像できる#6“Miocene | Pliocene”、荘厳なストリングスとオルガンをフィーチャーしたバロック調のゴシックな前半から突如ブラストビートを駆使して「The OceanなりのBlackgaze」をやってのける#7“Pleistocene”、ここまでTOOLOpethに代表される暗黒プログレ勢を全て網羅しているのにも関わらず、「ちょっと待って、誰か忘れてね?」と気づいた矢先にエンディングを締め括る#8“Holocene”で、現代プログレを語る上で欠かせない最重要人物であるスティーヴン・ウィルソン率いるPorcupine Treeの中期の名盤『In Absentia』をオマージュするという、この「僕が考えた最強のプログレ」を俺たちのイェンス・ボグレンがミックスしている、そんな「誰かの夢」を実現させた涙なしには語れない名盤です。ちなみに、最後の#8はドラマー兼コンポーザーのポールが歌っている。

46億年前というまるで想像のつかないような先カンブリア時代から地層に「記憶」として刻み込まれた生命の歴史、そして大絶滅を経験してもなお生命を紡いできた生体の発展(Progress)と人類の進化の歴史を描き尽くしている。本作の舞台である顕生代は、先カンブリア記とは違い化石が大量に発見され、恐竜の繁栄が最も豊かだった時代だけあって、前章と比較してもより知的で、より生物的な「動き」と「色」に溢れた作風となっている。例えるなら、傑作『Pelagial』「深海大好きあまちゃんメタル」とすると、本作は「地層大好きブラタモリメタル」だ。

その名の通り海洋戦術に長けたThe Ocean Collectiveは、海の波動を自在に操り浜辺美波をはじめ様々な波の音=音波を発信することで、TOOLOpeth、そしてPorcupine TreeKATATONIAなどの現代プログレをコレクティブの一部として飲み込み、巨大な大波という名の轟音で盟友Cult of Lunaすら喰らい尽くす。というか、そのCoLは新作でキーボードが脱退して中期の王道ポストメタルに回帰したかと思えば、逆にライバルのThe Oceanがエレクトロなシンセやサンプラーを駆使したモダンな方向性に舵を切るという謎の談合感ある。確かに、初期の頃からMastodonConvergeらのハードコア勢からの影響を惜しみ隠さず取り入れてきたバンドで、その影響元が今作では現代プログレ界隈になったというだけで、それらの確かな影響と自前のポストメタルをベースメイクに柔軟性をもって対応する姿は、まるで照明の加減で色が七色に変化するクラゲのよう。それすなわち、日々進化し続けるポストメタルの可能性を大幅に広げるブレイクスルーならぬジャーマンスープレックスをブチかましている。そういった意味では、バンドの頭脳であるロビン・ステップスという男は「ポストメタル界のスティーヴン・ウィルソン」なのかもしれない。これはどうでもいい話だけど、Netflix『ダーク』の主人公の名前もヨナスで思った。もしかしてKATATONIAのヨナスってドイツ系?

Deftones 『Ohms』

Artist Deftones
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Album 『Ohms』
Deftones-Ohms

Tracklist
02. Ceremony
03. Urantia
04. Error
05. The Spell Of Mathematics
06. Pompeji
07. This Link Is Dead
08. Radiant City
09. Headless
10. Ohms

白ポニーこと『White Pony』から20年、白梟こと『Diamond Eyes』から10年・・・デブ豚ことDeftonesって、10年周期の節目節目にその後の10年間のヘヴィロックシーンのトレンドとなる「ヘヴィネスの基準」を更新してくるバンドで、そんなバンドが10年周期の始まりを告げる2020年に待望の新作を出してくるってんだから、その内容にも普段とは違う特別な期待を寄せずにはいられなかった。

2000年に発表された白ポニーがいかに偉大なアルバムかなんて事は散々語り尽くされているはずだから割愛するとして、個人的にデブ豚の卓越的な音楽センスって2010年に発表した白梟こと『Diamond Eyes』にあると思っていて、というのも“10年代メタル総選挙ランキング同率1位”メシュガーが編み出した現代的なヘヴィネスをオルタナティブの解釈を通して自身のヘヴィロックに落とし込むことで、10年前の白ポニー「ヘヴィネスの基準」をシーンに掲示したバンドが10年周期で新たに「ヘヴィネスの基準」を刷新した歴史的名盤に他ならないから。その白梟がシーンに及ぼした影響は計り知れず、ザッと思い出すだけでもDIR EN GREY『The Insulated World』やヘヴィロック界のレジェンド=TOOLの約13年ぶりとなる『Fear Inoculum』は、漏れなく白梟におけるガニキ考案の「ガーの精神」に則った10年代のヘヴィロックを総括するような名盤だった。そんな白梟から2年後、あのゴリゴリにトガった硬派な白梟をシーンの先駆者という立場的な意味でもメインストリーム=大衆的なヘヴィロックへとスタイリッシュにブラッシュアップしてみせた次作の『恋の予感』も、同じくしてエクストリーム・メタルの始祖メシュガー「ガーの精神」を大衆の耳に届けることに成功した名盤である。

2010年代早々にヘヴィロック界の金字塔とも呼べる2枚の名盤をリリースし、その後も安泰かと思われたDeftones。しかし、2016年作の『Gore』はバンドにとって黒歴史的な駄作となった。このアルバムの何がダメだったかって、端的に言ってしまえば「曲が書けていない」の一言に尽きると思うのだけど、その『恋の予感』にあったセクシャルなエロさも白梟にあったリフも革新的なヘヴィネスも、肝心の音作りにおいても、このアルバム特有の突出した「何か」があるというわけでもなかった。本当に何がやりたいのかわからなかった。強いて言うなら、表題曲以降の曲を聴く限りでは、「Deftonesなりのポストメタル」がやりたかったんじゃないかって。そのニューロシスに代表されるポストメタルを目指してみたはいいものの、いかんせんその前に出た二作が完璧過ぎたってのもあって、あまり好意的なイメージが持てなかったのも確か。知らんけど。

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デブ豚ってこう見えて、音楽的にもフレキシブルな感性と価値観をもってヘヴィロックを昨今にアップデイトし続けているバンドだけあって、ロックシーン以外の音楽シーンに対する見識の広さと昨今における世界的潮流の一つであるダイバーシティ=多様性への意識の高さを兼ね備えていて、最近その音楽業界や音楽ジャンルの垣根を超えたダイバーシティぶりを発揮した案件こそ、ローレン・メイベリー率いるエレポップバンド=チャーチズデンゼル・カリーとのコラボでも知られるボルチモアのラッパーJEPGMAFIA、そしてメタル界からは“10年代メタル総合ランキング同率一位”ことGojiraがラインナップされたDeftones主催のフェス『Dia De Los Deftones』の開催である。

しかし、それに対して反発したメタル界屈指の問題児ことHatebreedジェイミー・ジャスタがツイッターで放った今の音楽業界マジクソすぎ!のツイートに、チャーチズの大天使ローレンが噛みついて激しいレスバトルが繰り広げられ、そのレスバの中で大天使がゴジラ好きだという新事実が発覚したのは今も記憶に新しい(ジェイミーナイス!)。その流れで、イギリスのロック雑誌Kerrang!の表紙にデブ豚チノ・モレノローレン・メイベリーがツーショットを飾るというダイバーシティの連鎖を引き起こす。しかし、表紙の「この女があのジェイミーをレスバで負かした女か・・・怖いから近づかんとこ・・・」みたいな少し距離感のあるチノの引き顔は傑作だった。とにかく、近頃のDeftonesは音楽ジャンルの垣根を超えたフェスを主催したり、常に革新的な音楽性のみならず、各音楽シーンの「壁」を超えた対外的かつ改革的な意識でファンを驚かせてくれるレジェンドなんですね。で、この話の本筋はここからで、実はそのフェスにラインナップされたメンツの中に見覚えのあるバンドを発見した。それこそ今年、約22年ぶりの復活作をリリースしたHumで、もちろん去年の時点ではその存在すら知らなかったから、その伏線がここに繋がってたなんて思いもよらなかった。何を隠そう、本作の『Ohms』Humの約22年ぶりとなる復活作『Inlet』に対する回答的な役割を果たしているんじゃあないかって。


一聴して驚いたというか、妙な違和感を憶えたのは、本作の最後を飾る表題曲だけ少し毛色の違うヘヴィネスを披露している点で、実はその一際「異質」なヘヴィネスこそ本作を紐解く重要な鍵を握っているんじゃないかって。ある種のブルーズがかったストーナー的なイントロから始まって、その00年代のポストメタルを象徴するペリカンを彷彿とさせるミドルテンポのリフ回しを耳にした瞬間、最近どっかで聴いたようなデジャブを感じた。そのデジャブの正体こそ、Humの復活作の冒頭を飾った“Waves”に他ならなかった。その90年代のオルタナシーンを縁の下から支えたHumの復活作その内容って、それこそ2010年以降のデブ豚や現代ポストメタルのニューロシスの影響下にある現代的なヘヴィネスをバックグラウンドとした、まさに「新世代ポストメタル」と呼ぶに相応しい内容だった。そこから導き出せる答えはただ一つで、実は『Ohms』の目的って駄作だった前作の『Gore』で実践していたニューロシス型のポストメタルという名のペリカン=アートワークのゴアさん(正確にはフラミンゴだけど)を救い出すために、過去に遡って10年前の白ポニーに乗り、そして20年前に発見した1カラットのブラックダイヤモンド『恋の予感』を懐に忍ばせて、グロテスクな黒歴史として過去に葬り去られたゴアさんを救い出すメタ的なアルバムなんじゃないかって。再三の考察の末に、たった一つの『真実』にたどり着いたら、俄然『Ohms』のジャケ写ばりにぴえん🥺ってなった。まるで「失われた600万羽のペリカンを取り戻す」ならぬ「失われた600万匹の豚さんを取り戻す」とばかり、それこそ何者かによって豚さんを略奪された飼い主のような「ぴえん🥺」の気持ちだ。

冒頭の“Genesis”から、主催のフェスに何故チャーチズが呼ばれたのかを証明するような、80年代を彷彿とさせるネオン瞬くノスタルジックなシンセと、(例えるなら)真夜中に“Sextape”を再生してオキニのAV女優を発見して「ムム...これは『恋の予感』・・・!!」とガチ恋発令警報不可避のドリーミーでフェミニンなリフレインからしてぴえん🥺案件で(最近のオヌヌメ女優は梓ヒカリぐらいかなぁ)、その「人をバールのようなもので殴り続けると死ぬ」を座右の銘とするサイコパスみたいな武骨で粗暴なヘヴィネスの重さと適度なグルーヴ感は、まさに白梟『恋の予感』が芽生えかけているゴアさんのようでもり、そしてアウトロのシャウトから津波のような鬼ヘヴィネスへと畳みかける楽曲構成は、それこそ白梟をはじめ『Saturday Night Wrist』あたりの2000年代後半から2010年にかけてのデブ豚、その「ナイトプールで自撮りする水着美女の官能的なエロスの後にそびえ立つ伏魔殿に轟く重厚なヘヴィネス」という構図、それこそ映画で例えるなら『アンダー・ザ・シルバーレイク』みたいな、一見複雑のようで実はシンプルな構図で成り立っているのがデブ豚の真髄をメタしてて俄然ぴえん🥺。

本作のリフって思いのほか「動く」。盟友TOOLの傑作『Fear Inoculum』に触発されたのかは知らんけど、デブ豚にしては珍し過ぎるソリッドなキザミリフを駆使した#3“Urantia”は、これこそまさに「動けるデブ」そのもので、その「動けるデブ」の本領を発揮する『恋の予感』をベースとした「チャラいメシュガー」みたいな10年代のヘヴィネスでアップテンポにギョンギョン飛び跳ねる#4“Error”、まるでシルバーレイクの闇へと引きずり込まれるようなシンセの魅惑のアトモスフィアと、低域の底を突き破ったポストメタル然とした轟音ヘヴィネスは嫌でもハムのジューシーな新作を匂わせる通称「指パッチンメタル」の#5“The Spell Of Mathematics”、そしてゴアさんへの『恋の予感』に終止符が打たれ失恋を経験した「ぴえん🥺」な気持ちを歌った#6“Pompeji”は本作のハイライトで、10年代のヘヴィネスから抽出されるギョン成分の濃度を高めたヘヴィネスをニューロシス的なポストメタルに邂逅させたバチグソタイトなリフと、ゴアさんとの幸せだった日々の思い出を懐かしむノスタルジックなシンセと例のアートワークを暗喩するカモメさんの鳴き声がこだまする【浜辺を寄せては返す美しい波=浜辺美波】でお馴染みのアウトロのSEも確信犯で泣ける🥺。ホラー映画のサントラ的なイントロのシンセから、全盛期を思わせるバグったシャウト中心のチノのボーカルと10年代風のモダンなリフがクロスする#7“This Link Is Dead”、本作を象徴する「動くリフ」主体の#8“Radiant City”は、曲構成は元よりチノのシャウト的な面でも白梟“Rocket Skates”を2020年代仕様にアップデイトしたような曲で、もう隠す気もなく普通に「Deftonesなりのポストメタル」やっちゃう#9“Headless”、そして表題曲の“Ohms”は先ほども述べたように他と比べて明らかに異質。

冒頭で述べたように、10周年の節目となるDeftonesだからこそ、時代の動き、シーンのトレンドを先読みした流動的かつ革新的な音楽性で常に時代の最先端を走り続けてきた彼らだからこそ、この10周期の節目となる2020年に一体どんなヘヴィネスを鳴らすのか?20年前の白ポニーや10年前の白梟の時と同じように、全く新しいヘヴィネスを更新してくるに違いないと。正直そこの部分にしか興味なかった。しかし実際に伏魔殿の蓋を開けてみると、意図的なのか過去作とリンクさせるメロディやフレーズ、そしてチノのシャウトまでもどこかデジャブのような既視感を憶えたのも事実で、それこそ本作が「伏魔殿に囚われたゴアさんを救い出す物語」のメタファーであると解釈すれば、白梟『恋の予感』で培った10年代の現代ヘヴィネスとヘヴィロック全盛の00年代のヘヴィネスを、あくまでもフラットな状態で繋ぎわせたのが20年代のDeftones説あって、つまり前作のゴアさんで培ったポストメタル的な側面と革新性に溢れていた10年代と20年代のDeftonesが邂逅して“20年代のヘヴィネス”へとアップデイトしている。決して10年代のように変に色めき立つわけでもなく、色気は色気でもフラットな平常心から放たれるオーガニックなヘヴィネス、その「落とし所」が絶妙過ぎる。

その過去作からの引用を意図的なものと捉えるか、それとも単にネタ切れ的なものと捉えるかは人それぞれかもしれない。過去作で手に入れたブラックダイヤモンドや恋心を装備した豚=豚に真珠が陰毛がモシャモシャと蠢く伏魔殿からゴアさんを救い出す物語だと捉えた人には名盤に聴こえるだろうし、一方でクソゲーマー伊集院光もといチノ・モレノのボーカルワークをはじめ、表題曲を筆頭に一貫して統一性のないヘヴィネスや「動けるデブ」並みに動くリフ(これは意図して過去作をミックスしているから説)に対して「単なるネタ切れ」と捉える人には駄作に聴こえるかもしれない。

しかしTOOL『Fear Inoculum』といい、最近のメタルシーンは新時代のヘヴィネスを追求していくと最終的にポストメタルに行き着く説あって、それこそ本作は聴けば聴くほどHum『Inlet』にしか聞こえないというか、むしろ復活後のHumの方がよっぽどニューロシスmeetデブ豚やってるのは皮肉ではある。オリジナリティの面でも完成度の面でもぴえん🥺。このやって様々な面でぴえんと泣きたくなるアルバムなのは確かです。

このバンドに対して「集大成」みたいな言葉は使いたくなかったけど、「集大成」と呼ぶだけの内容になってるのも事実。自分自身の過去を総括するという意味でも、駄作を駄作と、失敗を失敗と認めて、そこからまた新たに改良を施すベテランの業に唸る作品でもある。そういった意味では、白梟よりも一年先に“10年代のヘヴィネス”を先取りしていたスウェーデンのクソゲーマーもといKATATONIAが今年出した『City Burials』と方向性は近いのかもしれない(やっぱりKATATONIAデブ豚ってボーカルの体型以外は全く繋がりないように見えて、実はめちゃくちゃ共通点があり過ぎるその意外な関係性は、この2020年においても互いの新作同士で繋がっている)。

ある意味、ある意味で本作は『Gore』の続編であり、『Gore』で本当にやりたかった事がやれている気がする。確かに、確かに白ポニーは元より、白梟『恋の予感』のような革新性は皆無に等しい。2020年という10年周期にあたる貴重な一枚を、「強奪された600万匹の豚さんを取り戻す」その一心で棒に振ったと考えれば考えるほどやっぱりぴえん🥺。これも全てゴアさんのおかげかもしれない。ゴアさんが報われて本当によかった・・・ありがとうゴアさん・・・。
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