2. 紫電一閃 (Shiden-Issen)
3. 百折不撓 (Hyakusetsu-Futou)
4. 臥薪嘗胆 (Gashin-Shoutan)
5. 悲歌慷慨 (Hika-Kougai)
6. 夢幻泡影 (Mugen-Houyou)
7. 余韻嫋々 (Yoin-Joujou)
8. 疾風怒濤 (Shippu-Dotou)
9. 神武不殺 (Shimbu-Fusatsu)
10. 空即是色 (Kusoku-Zeshiki)
『偶然』・・・最近、ふとCyclamenって今ナニしてるんだっけ?もしシクラメンがBiSに楽曲提供なんかしたら面白いなぁ...とかいうしょーもない妄想に耽っていたそんな矢先、当ブログにシクラメンの創設者である今西勇人氏から直接「新譜がリリースされた」というコメントを頂き、こんな偶然もあるもんだなぁ...と少し驚きながらも、さっそく新譜を聴かせてもらった、というお話の流れ。
『Sikth is God』・・・その前に、あの伝説のUKバンドSikthのメンバーが参加し話題を呼んだデビュー作の『Senjyu』といえば→まさにSikth直系のブルブルブルータルなテクデスをベースに、マスロックやポストロックに通じるメロゥなインテリズム、今西ニキの刹那的な感情を吐き散らす激情HC直系のカオティックな咆哮やエモーショナルなロキノン系クリーンボイス、そして【怒りと悲しみ】...【絶望と希望】が込められたメッセージ性の強い歌詞が、まさしく『千手観音』の如くエクストリーム合体した結果だった。もはやコレを聴いてない奴はモグリだと断言できるぐらい、それこそCloudkickerの『Beacons』に匹敵する、これぞ知る人ぞ知るDjent界の隠れた名盤と言える。自分自身、これを期に久々に聴いてみたんだが→コレってやっぱクラスト系ハードコアパンク勢だったり、マスい複雑な変拍子を組み込んだエッグい轟音ギターが波状攻撃のように襲いかかる、この破天荒なハチャメチャ感は初期のProtest the Heroに通じる部分あるよなぁ...と、あらためて謎の感動をおぼえたほど。
『Cyclamen-Sikth=Djent?』・・・そんな、衝撃のデビュー作から約三年ぶりとなる待望の新作、その名も『Ashura』なんだけど、今作でもシクラメンの持ち味であるブルータルな暴虐パートと、『希望』に満ち溢れた感情(エモーション)をエモい歌詞に込めて解き放つ、それこそ”シクラメン”という名の希望の花を咲かせるクリーンパートの対比は建材・・・と言いたいところだが、今回はSikthのメンバーが関わっていないという事もあって、やはり前作とのギャップを感じる。その前作の大きな特徴である、Sikth直系のガッチガチな音質面やメロディのあるクリーンパートに関しても、この『Ashura』では前作を象徴するそれらの要素が消え失せてしまったせいか、とにかく前作よりも”ダーク”で”ヘヴィ”、そして”アグレッシヴ”な作風だなぁ・・・という第一印象を持った。わかりやすい話→前作のような、Sikth直系のデロデロレロレロガッガガッガガッガガッガ...的なバカリズムを刻むテクデス/ジェントというよりは、ほのかにテクニカルなプログレッシブ系メタルコア/デスコア的なアプローチを強めた作風で、その結果→ポストロック/ポストメタル/マスロック成分の減退に繋がっている。
『変化』・・・それらの”変化”もしくは”違和感”は、この『阿修羅』の幕開けを飾る#1”破邪顕正”から顕著で、イマニシ氏によるリアルスクリーモばりにリアルな咆哮や凶暴な低音グロウル、そして全てを焼き尽くすように猪突猛進するシンフォブラばりに邪悪なオープニングから、前作『Senjyu』との”違い”をその一瞬で明確化してみせる。と同時に、この曲を聴いた時→「あれ?音がDjentじゃない?ギョンギョンしてない!?」という、漠然とした違和感を感じた。ポストメタル的な立体感のあるソリッドな音だった前作のイメージが強く耳に残っていたせいか、率直な意見として→「これ、音悪すぎない?」って。なんというか、最近のTriviumみたいに、エッジを削がれたモコモコ感のある篭もり気味の音というか・・・。少なくとも、ジェントというジャンルの鉄則すなわちオキテである”音で聴かせる音”ではない、どちらかと言えばオーガニックな音。しかし、今作に対するイマニシ氏のインタビューから『Ashura』のコンセプト/テーマを知り、その作風を理解ッしたらスグに”納得”が生まれ、そして→「これはジェントではない・・・」という結論に至った。なんつーか、Peripheryの1stから2ndまでの”変化”を想像してもらうと分かりやすいかもしれない。
『コンセプトは”怒り”』・・・ジャケからイメージされるように、前作の『Senjyu』が”祈り”もしくは”希望”をコンセプトとした作品ならば、今作の『Ashura』は”怒り”をコンセプトとした作品で、その”怒り”を一点に込めて激昂する今西氏の咆哮中心のボーカルパートを筆頭に、とにかく曲展開からリフまで全ての音エネルギーが、それこそ『阿修羅』の如く憤怒し、激しく怒り狂っている。そのエゲツナイ音の塊が映し出す絶望的な光景は、まるでガンツの仏像編を読んでいるかのようだ。それはオープニングを飾る#1”破邪顕正”をはじめ、フュージョン系のGソロやリフからジェント的な匂いを感じる#2”紫電一閃”、前作譲りのカオティックなハチャメチャ感のある#3”百折不撓”、そしてエモくて力強い歌詞が聞き手に訴えかける#4”臥薪嘗胆”までは、いわゆるオペにゃんを長としたプログレッシヴ・ヘヴィ直系の殺傷力の高いリフで曲を組み立てていく。それ以降は、前作の”Hope”の続編と言っていい#5”悲歌慷慨”やメッセージ性の強い#6”夢幻泡影”、特に本作のハイライトを飾る#9”神武不殺”のようなインテリ感のある曲は前作を彷彿とさせたりして、これこそ”俺たちがシクラメンに求めていた”と言える名曲だし、Cloudkickerを彷彿とさせるアコギをフューチャーしたラストの#10”空即是色”までシッカリと聴かせる。さすがに三部作というだけあって、前作との関連性や対比を要所で垣間見せながら、今作のコンセプトである”怒り”を厳格に、生々しく表現している。また、曲のタイトルが仏教語となっているところも、この作品のコンセプト、そのメッセージ性をより強く表している。
『NoDjent』・・・確かに、音のプロダクションを含めて全てが”Djentそのもの”だった『Senjyu』のようなSikthリスペクトな作風を期待すると肩透かしを食らいそうだが・・・しかし、”日本のベン・シャープ”こと今西勇人氏を中心とした、激情と静寂の間で揺れ動くエモーショナルな歌と極楽浄土のブルータリティ、そして仏教の教えに沿った”生と死”を深裂に映し出す歌詞まで、全てにおいてスケール感が増した現代的なヘヴィネス、計算されたプログレスに納得ッさせられる一枚。もはやジェントだ、いやジェジェジェ!?だ、いやジェントじゃないはどうでもいい、それぐらい総合的な完成度では前作を凌ぐ勢いがある。
『三部作』・・・現在はタイで活動していると言う今西氏のインタビューによると、既に次回作のタイトルは『AMIDA』と決まっていて、どうやら三部作として繋がっているらしく、物語的には『ASHURA』から『SENJYU』に進んで、次の『AMIDA』が最終章という構成、とのこと。何にせよ、DIY精神をもって音楽に取り組む今西氏の姿勢にあらためて感銘を受けたし、Sikthが解散してしまった今(なにやら復活するという噂もあるが)、彼らの精神と音を受け継ぐ存在となり得るのは、唯一このシクラメンしかいないと勝手に思っているので、是非ともシクラメンにはCloudkickerのBen Sharpニキとの対バンを日本で実現してもらいたいです(願望)